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非道の王と災厄の魔女  作者: 春川 こばと
プロローグ
4/23

4

人だ。前を向いても振り返っても、左を見ても右を見ても人、人、人。老若男女が大通りを埋め尽くし、忙しなく動き回っている。通りの両脇に建ち並ぶ出店の数々と、頭上に張り巡らされた花提灯。入り乱れて混ざり合って、いろんな音といろんな匂いが押し寄せてくる。


「多過ぎだろ……人間」


ぽつりと落とした独白も、すぐに雑踏に掻き消される。視界いっぱいに広がる光景があまりに目まぐるしくて、気を抜けば酔って立ちくらみを起こしそうだった。

これだけの人数がいるのに、誰一人ぶつかることなくスムーズに行き来しているのはどういうことなんだ…。


呆然と立ち尽くしていれば、強い風が吹いて周囲に満ちた匂いが風下へと流される。「今日は風が強いな」という周囲の会話の隙間から、私に届いたのは花とはまた違う甘い匂い。


「美味しそうな匂いがする…!」


またいろんな匂いが満ちる前にと、視線を彷徨わせ甘い匂いを辿る。釣られるようにふらふらと足を動かしていれば、小さな出店の前へと行き着いた。そこでは髭面の男が、エプロンをつけ城下の子供達を相手に串に刺さった何かを売っている。


「甘い!」

「美味しいね〜」


嬉しそうに串刺しの何かを頬張りながら、きゃっきゃと声を弾ませる子供達。…ふむ、甘くて美味しいのか。それはぜひとも食べてみたいな。

店の前まで行き、「おい、店主」と声をかける。そうすれば髭面の店主が、にかっと気前のいい笑みを浮かべた。


「いらっしゃい!お嬢ちゃん」


私は決してお嬢ちゃんではないが…、ここでそんな問答を繰り広げるのは時間の無駄だな。


「この串に刺さってるのはなんだ?」


商品を指差して尋ねれば、店主は不思議そうに小首を傾げる。


「なにって、果物の飴がけだよ。こっちは苺、こっちはコケモモ。こういう祭じゃよく売られてるけど、お嬢ちゃん見たことないのかい?」


果物の飴がけ…。街では果物も変わった食べ方をするんだな。ともかく甘くて美味しいというのはわかった。子供達に人気の食べ物だということも。


「ああ、初めて見た。祭も初めてだ」


「お嬢ちゃん、どこかの貴族の子か?」


「いや、そういうのじゃない」


首を振り否定していれば、横から小さな男の子が「おじさん、いちご1本ね!」と身を乗り出してくる。なんというか、幼いのに手馴れているな。


「はいよ、10ぺリンだよ」

「はい!10ぺリン!」


ぺリン…。そういえば、街で何かを得ようと思えばお金がいるんだったか。金でも銀でも出そうと思えば出せるだろうが…、魔法をそんなことに使うのもな。


「ありがとよ。串の先が尖ってて危ないから気をつけな」

「うん!ありがとー」


苺の串を買った男の子は、笑顔のままパタパタと駆けていく。その姿を数秒見送った店主は、「で、」と改めて私に視線を落とした。


「お嬢ちゃんはどうする?買うかい?」

「…いいや、また改める。商売の邪魔をして悪かったな」

「おう、今度は保護者と一緒に来な」


気前の良さそうな店主は、私に向かって一度ひらりと手を振る。その言葉に特に返すこともないまま、私もゆるく口角を上げてからその場を離れた。

人波に身を投じ、流されるまま歩を進める。保護者か…。居るものなんだよなぁ、普通は。

軽く見回す限り、保護者の居なさそうな子供はいないように思う。アゼリアだけがこうなのか、それとも今では他の国もそうなのか。城下の中心から外れれば、また違うのかもしれないな。


「…少し逸れるか」


賑やかな大通りをなんとか横切り、脇道へ入って路地裏へと進む。石畳の道、レンガ造りの家。家の裏口や窓際に花が飾られてはいるけれど、頭上に広がるのは花飾りではなく干されている洗濯物。…なるほど、こっちが普段の生活っぽいな。

奥へ奥へと進んで行けば、道は徐々に細く薄暗くなっていく。かといって何か変わったものや危ないものが出てくるわけでもなく、道も舗装されていて場所として荒れているわけでもない。すれ違う人間もおらず、唯一出会ったのは小魚を咥えた黒猫一匹。住人は皆、祭の準備で大通りへと出ているらしい。


ひと気の無い、ひっそりとした静かな場所。時折強い風が吹いて唸るように響いてはいるけれど、大勢の人間の賑わいより私にはこっちのほうが落ち着く。

しばらく当て所なく歩き続けても、やっぱり誰にも出会わない。…まぁ路地裏といえど、ここは城下だからな。大通りの人間達を見る限り、治安も悪くなさそうだったし。すぐには無理だけど、今後はアゼリア以外の国にも行ってみることにしようか。


「森以外で生活するのは厄介だな」


ふっと息を吐いて、その場に足を止める。歩くのも面倒になってきたし、このまま魔法で城に戻ろうか。…いや、待て。そういえばシリウス・レイノルズがいろいろ見て報告しろと言ってたな。


「果物の飴がけしか見てないぞ…」


そもそも準備が間に合いそうか、不備が無いか、なんて私が見て分かるはずないだろ…!あれか?地道に聞き込みでもしろって言うのか?『災厄の魔女』をいったいなんだと思ってるんだアイツ…!

シリウス・レイノルズのことを考えていると、苛立ちが募ってつい何か派手な魔法を使いたくなる。本当に城の一部でも潰してやろうか。一瞬本気でそんなことを考えるけれど、後々余計に面倒なことになるのは明白だし、最悪の場合は…。


「ああもー、仕方ないな」


舌打ちを鳴らし、大通りへ戻るためくるりと踵を返す。がつがつと足早に路地裏を進んで行けば、まただんだんと耳に入ってくる喧騒。祭の準備でここまで賑やかなら、祭本番ではどうなるのか。

頭上に張り巡らされているものが、洗濯物から再び花提灯へと変わる。明るい大通りへと出た途端に、賑わいが路地裏に入る前とは違う騒ぎになっていることに気がついた。

道行く人々に先ほどまでの笑顔は無く、一様に焦った表情を浮かべている。そして皆同じ場所へ向かって、慌ただしく駆けていく。


…なんだ?何かの出し物、という感じでもない。みんな口々に話しているせいで、巧く情報も拾えないな…。

そんなことを考えていれば、さっき話した飴がけ屋の店主が私の目の前を走り過ぎていく。もうコイツから情報を得るしかないなと思い立ち、「おい、店主!」と私も駆け出して声を上げた。


「おお、さっきのお嬢ちゃんか!」

「これはなんの騒ぎだ?」

「なんでも広場で建設途中の花の時計台が強風で崩れたって話だ!子供も何人か木材や花に埋れちまったらしくて、今男連中に招集がかかったんだよ!」


なるほど、事故が起こったってことだな。店主の後を追って走っていけば、人垣の向こうにもうもうと土煙が立っているのが見える。女子供が遠巻きから見守る中、恰幅の良い男達が大きな木材を運ぼうと躍起になっている。泣いている女性が何人かいるのは、もしかしたら家族や恋人が事故に巻き込まれたのかもしれない。名前を呼ぶ悲痛な叫び声が、空気を裂くように響いていた。


「危ないからお嬢ちゃんも離れてな!俺は、」

「おい店主」


私は『災厄の魔女』だ。畏れられる存在でなくてはならない。善人として動けない。動くからには対価が要る。契約が要る。


「私ならあの木材も花も、すぐに退けられるぞ。お前が苺の飴がけ5本を対価に私と契約するならな」

「あのなお嬢ちゃん、今は遊んでる場合じゃないんだ!もし誰かが木の下敷きになってたらすぐに助けてやらんと、」

「だから飴がけ5本ですぐ助けてやると言ってるだろ。どうするんだ」


私の言葉なんて信じていないのであろう店主は、苛立たしげに眉根を寄せる。きっとこういうヤツを、『善良な人間』と呼ぶんだろうな。礼儀も何も無い態度だが、 他人を助けるために時間を惜しみ怒っている店主の姿には、すんなりと好感が持てた。


「ああくそ!ほんとに助けてくれるなら今すぐ契約するよ!」

「よしきた。契約成立だ」


にっと笑い、広場の中心へと歩み寄る。そして木材を持ち上げようとしている男達に聞こえるよう、息を吸い声を張り上げた。


「全員そこから退け!今から魔法で崩れた木材も花も全て持ち上げる!」


この世界では、魔女や魔法使いは数少ない。数少ないが、その存在は誰もが知っている。


「魔法…?」

「あの子魔女か?」

「でも杖を持ってないぞ」

「いやでも、本当に魔女なら…」


誰もが知り、そして『逆らうべきではない』と理解している。それが例え見ず知らずの、杖を持たない子供の容姿をした者であっても。“祝福”を受けていない人間に、魔女や魔法使いのことを深く知る術など無いのだから。

訝りながらも、私の言葉に男達もその場を離れる。「お願い、うちの子を助けて…!」と泣き縋ってくる女性に向かい、私はふっと笑ってみせた。


「心配するな。私は契約を破らない」

「え…」

「風の口付け その身を孵し 揺らぎ瞬き 宙へと退け」


ぶわりと一瞬強い風が吹き、視線の先では崩れた木材と花が音も無く宙に浮かび上がる。右手の人差し指をくるりと回せば、浮いたまま木材と花が一箇所へと集まった。しんと静まり返る大通りで、誰も声を発さない。ただ現実を呑み込むように、皆が宙に浮いた木材と花を見ていた。

一様に同じ表情で驚愕している姿は面白いが…、それどころじゃないんじゃなかったのか。


「おい、子供は無事か?」


私が尋ねたその瞬間、大通りにいた人間達が一斉に我に返ったのが分かった。


「お、おい!誰か担架持ってこい!」

「医者はいるか…!?」


全員が思い出したように慌て出す中、木材が崩れていた場所でもぞりと人影が動く。そこから子供が1人駆け出してきて、「ママ…!」と先ほど泣き縋っていた女性に抱きついた。


「小さな傷はあるけど、全員無事だぞ!」


そしてどうやら、他の巻き込まれていた人間にも幸い大きな怪我は無かったらしい。誰からとなく歓声が沸き上がり、大通りがまた明るい賑やかさを取り戻す。


「スゲェ!俺本物の魔法初めて見た…!」

「魔女様がアゼリアにも来てくださったぞ!」


遠巻きに向けられる好意的な言葉と視線。誰も近寄って来ないけど、表情を見るに警戒しているというよりも敬意に近い感情を抱いているようだった。

うんうん、城の連中よりも城下の人間のほうが立場というものをよく解ってるな。なんて思ったのと同時に、背中にバシッと衝撃が走る。なんだ!?と振り返るよりも先に大きな手に頭をぐりぐりと撫でられて、頭上から景気の良さそうな声が降ってきた。


「お嬢ちゃん、魔女様だったのか!しかも杖無しで魔法とは、もしかして凄い魔女様なのか!?」


…ああ、この声はアレだな。


「おい店主、“様”をつけるわりに気安すぎないか」

「さっきからこんな感じだったろ。改めようか?」

「…いや、まぁいい。あと私は別に凄い魔女ではないから過剰反応もするな」


シリウス・レイノルズやフィズ・シャノンの無礼に比べると、まるでなんとも思わない。なんだろう、ちゃんと友好的だというのが伝わるからだろうか。正直アイツらは、肚の中で何を考えてるか解らないからな。


「まさか飴がけ5本で魔女様が助けてくれるとはなぁ」

「私は甘いものが好きだからな。飴がけに興味もあった」


私の言葉に、店主はああ、と納得したように頷く。


「確か食べたことないんだったな」

「まぁな。それより店主、あの木材と花を置くスペースを作るように言ってくれ。誰かに怪我をされてもつまらん」

「わかった。しかしお嬢ちゃんが言ったほうが、みんな喜んで従うんじゃないか?」

「私は注目されるのが嫌いなんだよ」


私の言葉に、店主は「今さらだな!」と声を上げて笑う。胸の内で確かになと同意しながら、またちらりと周囲に視線を巡らせた。

…見事に皆、見ているのは浮いてる木材か私だな。まぁこの国に他の魔女や魔法使いも居ないし、名乗っていないから正体が露顕することもないだろ。


「お嬢ちゃん、あっちにスペース作らせたぞ!」


話をつけたらしい店主がすぐに私の側に戻ってきて、人が避けた場所を指差す。まぁあれだけスペースが空いていたら、間違って誰かに怪我をさせることもないだろう。


「ご苦労。あとで店に寄るから、店主は先に行って飴がけを用意して待ってろ」

「了解。作りたてを渡せるようにしておくからな!」


明るい笑顔を見せて、軽く手を振ってから店主は店のある方角へ向かう。その姿を数秒だけ見送ってから、私は宙に浮かぶ木材と花を見上げた。

…さて、さっさと移動して下ろすか。

歩きながら右手の人差し指を動かせば、浮いた木材と花がふわふわとついてくる。それと同時に、周囲からはまた「おお…!」という感嘆の声が上がった。


「やっぱり凄いな…!」

「当たり前だろ、魔女様だぞ!?」


魔法を前にすると、大人達もまるで子供のようだな。まぁ私が『災厄の魔女』だと知れれば、また反応も変わりそうだけどな。


「おい、下ろすから誰も近寄るなよ」


誰にともなく声をかけ、空いたスペースにゆっくりと木材と花を下ろす。飴がけ5本の仕事としては、この程度で充分だろう。木材と花が綺麗に積み重なって崩れないのを確認してから、ふっと小さく息を吐いた。


「花の時計台…、だったか?それの再建は、お前達で頑張るんだな」


それだけ告げて、飴がけ屋に向かおうと踵を返す。そうすればいろんな方向から、「ありがとうございます!」という感謝の言葉を投げかけられた。なんとなく居心地が悪くて、僅かに眉根を寄せる。


「朧の月雲 混沌の幕 一重二重に織り上げられ 斯くも棚引き我が身を隠せ」


衝動的に姿隠しの魔法を使えば、「凄い、消えた…!!」と再び歓声に近い声が上がった。誰にも見られていない内にと、人にぶつからないよう注意して足を進める。

ああもう、なんだこの感じは。向けられる表情も視線も言葉も、どれもこれも居た堪れない。なんで私がそわそわしなきゃならないんだ。


「ねぇ、さっきの広場の魔法見た?」

「見た見た!」

「魔女様が助けてくださったんでしょ?」

「アゼリアの城仕えになってくださったのかしら」


歩けど歩けど、耳に入ってくるのは私の話題ばかり。…くそぅ、これなら恐ろしげな噂話をされているほうがまだマシだ。第一私は契約に沿って行動しただけなのに、こうも好意的な雰囲気になるとはどういうことだ。


「おい、店主!」

「うおっ!?お嬢ちゃんどっから出てきた!?」


飴がけの出店の前で姿隠しの魔法を解けば、店主も近くにいた人間達もビクッと肩を揺らす。けれどすぐに笑顔を浮かべられ、私はやっぱりそわそわと落ち着かない。やめろ、私の一挙手一投足に注目するな。


「…契約の品を受け取りに来た」

「ああ、どれも作りたてだぞ!」


店主の太く大きな手から差し出される飴がけの串。新鮮な果物をコーティングした艶やかな飴は、じっくり見れば見るほど本当に美味しそうだが。


「多いな」


私は苺の飴がけ5本で契約したのに、コケモモの飴がけも5本含まれて倍の数になっている。コケモモの飴がけも美味しそうだな…。


「そりゃああんなふうに助けてもらって、苺の飴がけ5本っていうのもなぁ」


私個人としてはコケモモの飴がけも追加してもらえるのは嬉しい。嬉しいがしかし、今回はそういう問題ではない。


「契約は5本で成立した。対価に過不足があっては、」

「あの、魔女様」


話す途中に言葉を遮られ、背後から声をかけられる。振り返れば6人の女性が、大きな編み籠を持って立っていた。そのうちの1人は、私に子供を助けて欲しいと縋った人だ。


「私に何か用か?」


尋ねかければ、彼女達は少し緊張した様子で私を見つめる。


「私達、先ほど魔女様に子供や夫を助けていただいて」

「そちらの店主に魔女様は甘いものがお好きだとお聞きしたので、お祭用に作ったお菓子をお礼にお渡ししに参りました」


ありがとうございましたというお礼の言葉と共に、差し出される編み籠。籠の上には布が被せられていて、中身が何かは確認できない。

お祭用のお菓子。それも手作り。興味深いし素直に欲しい。欲しい、が…。


「さっきも言いかけたが、助けるための対価は飴がけ5本だ。それで契約した以上、他は受け取れない」


そう告げながらも、私の視線はがっつりと籠に向いている。未練がましく目を逸らせないでいれば、くすりと小さく笑う声が耳に届いた。顔を上げれば、女性達が可笑しそうにくすくすと笑っている。

何がそんなに面白いんだ。“契約”がどれほど重いものなのか理解していないのか?


「ふふっ。魔女様、これは契約の対価としてお渡しするんじゃありません」

「対価じゃないなら、いったいなんなんだ?」

「私達からの、感謝の気持ちです。心ばかりの品ですが、本当にありがとうございました」


感謝の気持ち。契約として助けただけなのに、それを知った上で私に…。

人間というのは、本当に不可思議だ。私が『災厄の魔女』だということを知らないせいもあるだろうが、それでもこんなふうに、無防備に魔女に笑いかけたりする。


「…そうか。感謝の気持ちなら、受け取らないわけにはいかないな」


編み籠を受け取ればずっしりとしていて、その重さに思わず笑みが零れる。籠を両手で抱える私を見て、彼女達も浮かべていた笑みを深めた。


「そうそう!このコケモモの飴がけだって俺からの感謝の気持ちだぜ!」


わははと豪快に笑いながら、またバシッと私の背を軽く叩く店主。つんのめりそうになるのをなんとか踏み留まり振り返れば、上機嫌な店主と目が合った。


「店主お前…」

「なんなら飴がけ前の果物も持って行ってくれ!まだその籠に入るだろ?」

「いやだから、」

「あら、じゃあ私もまだお渡ししたい物があるの!」

「だから聞け、」

「一度全部出して入れ直したほうがいいんじゃない?」


聞けよ…!なんで人間はすぐ人の話を聞かなくなるんだ!あとなんで関係無い連中までいろいろ籠に入れようとしてる…!?

ああでもないこうでもないと、近くにいた連中が籠に少しでも多く入るようにと相談を始める。当事者であったはずの私は、すでに蚊帳の外状態だ。

わいわいと勝手に盛り上がり、最終的に私に差し出されたのは。


「…おい、多すぎないか?」


大きな編み籠ひとつだったはずが、何故か大きな布袋まで用意されている。しかもふたつとも中はパンパン。布袋なんてはち切れんばかりだ。


「いやぁ、お嬢ちゃんはあまり人間の食い物を知らないみたいだったからな!」

「いろいろと召し上がっていただきたくて」


ああ、うん。まぁ善意というのは伝わるから、文句を言う気も無いが。


「でもさすがに重くなりすぎましたね…」

「そうだなぁ。お嬢ちゃんの家の近くまで送っていこうか?」


その懸念は今さらすぎるだろ、とは何故か言えない空気だから本当に困る。本気で悩んでいる姿に、見兼ねて小さく息を吐く。私がこれより重い木材を魔法で持ち上げるところを、お前達は見てただろうに。


「…平気だ。ここから直接城の部屋へ戻る」

「城…ってことは、やっぱりお嬢ちゃんアゼリアの城仕えになってくれたのか!」


わっと、瞬間的に盛り上がる周囲。いやいやいや、待て…!迂闊に喜ぶな!早まって始めたその祝杯についての話を進めようとするな…!


「一時逗留してるだけだ!私は城仕えにはならない!」


大声で否定すれば、みんな残念そうに「そうなの?」と眉尻を下げる。やめろ、そんな顔されたらなんだか私が酷いことしてる気分になるだろ…!くそ、人間と長く話すなんてほとんど未経験なせいで扱いが解らん。妖精達が相手ならいくらでも言葉が見つかるのに。


「あー…、まぁ、その、なんだ。私はそろそろ帰るから、お前達は祭の準備にでも戻ってくれ。逗留中はたまに城下に出てくることもあるだろうが、城仕えじゃないんだからそんなに畏まってもらわなくていい」


シリウス・レイノルズとフィズ・シャノンはもっと畏まれと思うがな、なんてことを考えながら、慰めにもならない言葉を並べる。まったく、どうして私が人間達に気を遣わなくちゃならないんだ。


「おう!城下に来たときは俺のとこにも顔出してくれよ!」

「私達もまた魔女様とお話したいです」


くるくると表情が変わって、目まぐるしいにも程がある。本当に厄介だ。


「ああ、また顔を出す」


『災厄の魔女』である私が、人間相手に契約にもならないただの口約束を交わすなんて。…自分の立場を、忘れているわけでもないのに。

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