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非道の王と災厄の魔女  作者: 春川 こばと
プロローグ
1/23

1

魔女や魔法使いは数少ないけれど、その存在が秘匿されているわけではない。

中には人里離れた場所で隠居生活を送る変わり者もいるが、大多数は自ら選んだ国の王や大司教、その他権力者に仕えている。

しかし“仕える"というのも名ばかりで、魔力を持つ彼らの地位や発言は、人間の権力者と同等…否それ以上の力を持っていた。

魔女や魔法使いにとって、魔力を持たない人間など取るに足らない。今現在、世界で最も強い種族と言ってもいい。

けれどそんな彼らでさえ畏れ近づけない者が、たった1人だけ存在する。


『災厄の魔女』。

彼女の噂は人間の間でも数多く広まっている。

最強の魔力を有し、他の魔女や魔法使いが束になっても敵わない。1人で世界を滅ぼすだけの力を有している。帰らずの森に住み、侵入した者には子供であろうと容赦無く制裁を与える。世界中の男を虜にするほどの絶世の美女で、満月の夜に女の血を浴びる。神話の時代から生き長らえている。

幾つも幾つも噂はあれど、魔女も魔法使いも決して真偽は口にしない。それゆえに、ますます恐ろしげな噂ばかりが生まれ広がる。


確かな情報は二つだけ。

ひとつは“祝福”を受け魔力を持った人間が、魔女もしくは魔法使いになるための最終試験として帰らずの森へ入り、『災厄の魔女』の試練を乗り越えること。

そしてもうひとつは年に一度の立春の早朝、帰らずの森にある妖精の湖のほとりに、世界中の魔女と魔法使いが『災厄の魔女』の好物である美酒を供えること。その際に『災厄の魔女』が姿を現わすことはないが、1人の例外も無く、必ず全ての魔女と魔法使いが集う。


『災厄の魔女』に近づいてはならない。

それがこの世界に住む人間の、魔女の、魔法使いの常識……だった。



***



「陛下…!お姿が見えないと思ったら、」

「黙れフィズ。目的を果たして戻ったのだから問題は無いだろう」

「大問題です!その子供はいったい何者ですか!」


ああ、五月蝿いな。人の安眠を妨害して喚いているのはどこのどいつだ。

薄っすらと目を開ければ、私が寝ているのは柔らかい草の上…ではなく、何故か冷たく固い床の上。湖のほとりで眠っていたはずなのに、近くに妖精の気配も無い。


「『災厄の魔女』だ」

「『災厄の魔女』…!?この10歳前後にしか見えない少女が!?」


私のすぐ側で私の話題を出すとはいい度胸だな。……いや、待て。そもそも私の側に誰かが居ること自体がおかしいだろう。だって私は…。


「立春の翌朝に妖精の湖のほとりで酔っ払って眠りこけていたんだ。“コレ”がきっとそうだろう」


頭が鈍器で殴られたように痛むのは、完全に二日酔いだ。

立春の翌日はいつもそう。頭が酷く痛むし、身体は重いし、そして必ずと言っていいほど目覚めが悪い。しかも今年は、過去最悪の目覚めと言っていい。

薄く瞼を持ち上げると、人工的な光に目が眩む。手が動かせないと思えば、私の上半身にはぐるぐるとロープが巻かれている。しかも容赦も何も無く固く結ばれ、屈強な兵士が犬の散歩よろしくロープの先をしっかりと握っていた。

冷えた床の上に敷かれた緋色の絨毯、豪奢なシャンデリア、精巧な細工で飾られた窓。

起き抜けの頭でも、ここがどこその城だというのは明白だった。

…これは知らぬ間に拉致されたと見て間違いないな。


気怠く顔を動かし、酒の残りで霞む目を凝らしながら、私の転がされた床より数段高い位置にある玉座を見る。そこに座るのは黒い髪、鋭い深紅の双眸、美麗と呼んでもいい整った顔立ちと、鍛えられた体躯を持つ男。歳もまだ若いようで、20歳前後のように見える。

…なるほど。あの見た目と歳で一国の王ともなれば、調子に乗って態度がデカいのも頷ける。

その横で喚いているモノクルをかけた銀髪の男は、きっと宰相やそこらだろう。


「…おい、お前」


玉座を見据えて声を発すれば、深紅の視線がこちらに向く。足を組み悠然と座るその態度の大きさが、なんとも言えず腹立たしい。

ゆったりと身体を起こせば、自分の長い灰色の髪が顔にかかった。縛られているせいで髪を払えないのが鬱陶しくて、苛立ちに拍車がかかる。


「人の寝込みを襲い拉致するとはいい度胸だな」


睨みながら吐き捨てれば、『陛下』は小馬鹿にしたようにふっと鼻で笑う。頬杖をついてこちらを観察する様には、私に対する畏怖の念など微塵も感じられなかった。


「ああ。俺もまさか『災厄』などと畏れられている魔女が、こんなにあっさり捕獲できるとは思わなかった」

「お前な…」

「妖精の湖で寝ていたから“そう”だと思い連れてきたが…そもそも魔女かどうかも怪しいな。魔女だの魔法使いだのは、身の丈と同じ長さの杖を持っているものだろう。杖も持たないこんなガキともなると、ますます疑わしい」


その言葉に、横に立つ宰相も「まぁ絶世の美女という噂もありましたからね」と溜め息混じりで目を細める。勝手に拉致して縛り上げておいて、随分な言い草だ。胃の辺りがムカムカするのは、決して二日酔いだけのせいではない。

…さぁ、コイツらをどうしてくれようか。ひと泡くらいは吹かせてやりたいものだが…。


「私をガキだと言ったな。お前、歳はいくつだ」

「俺か?今年で20になる」

「そうか、私は18だ」


「18!?」と悲鳴に近い声を上げたのは、モノクル越しに目を凝らす宰相のほう。『陛下』は一瞬ぱちくりと目を見開いたけれど、すぐに楽しげに口角を上げてみせた。


「ははっ、18か。2つ違うだけだな」


信じてないなコイツ…。

なんというか、私を小馬鹿にする度合いがどんどん酷くなっている気がする。


「…私を拉致した理由はなんだ」

「『災厄の魔女』を手にしたとなれば、近隣諸国も反乱分子も他の魔女や魔法使いを有する諸外国も、この国に戦を仕掛けようとは思わないだろう?楽に征圧できるんだよ」


ああ、なんとも単純で傲慢な話だ。

まぁそうでなければ、わざわざ危険な森に入り、『災厄の魔女』を捕まえようなどとは考えないだろう。仮に考えたとしても、実行するとはどうかしているが。


「お前、」


言いかけて、口を噤む。名を聞こうかと思ったけれど、そんな必要はもう無くなった。

目に入ったのは、タペストリーに刺繍されたこの国の紋章。二対の獅子と剣と盾。間違いなくこれは、西の大国アゼリアのものだ。

そしてアゼリアと聞いて浮かぶのは、森深くに住む私の耳にさえ届く、血塗られた噂の数々。


「…ふっ、ははは!そうか、お前が兄王を惨殺し玉座についた『非道の王』シリウス・レイノルズか…!」


私の笑い声が、無駄に天井の高い広間に響く。

情などひと匙も持ち合わせていない、冷酷非道の独裁者。『災厄の魔女』なんて言われる私も私だが、『非道』などたかだか人間が評されるには救いようのない通り名だ。


「私を利用し、世界でも手に入れるつもりか?」


私の問いかけに、シリウス・レイノルズは言葉も無く笑みを敷く。きっともう夕刻なのだろう。窓から射し込む赤い陽光が玉座の前を燦然と照らし、まるでその覇道を示しているかのようだった。


「残念ながら、私はお前の思うまま動く気は毛頭無い」

「ほう。まぁこちらも、本物の『災厄の魔女』にしか用は無い」


『災厄の魔女』ならまさか簡単に捕まらないだろうとでも言いたげだな。これが立春の翌日でなかったら、お前は私に触れるどころか姿を見ることさえ叶っていない。


「口を慎めよ。たかだか人間が」


私の見た目が子供で、杖を持っていないからなんだ。魔女や魔法使いが魔法を行使するには、その身の丈と同じ長さの杖が必要なのは事実。しかしそれは、“普通の”魔女や魔法使いならの話。

すっと瞼を閉じて、口を開く。私を侮ったこと、後悔するといい。


「朧の月雲 混沌の幕」

「…何を、」

「一重二重に織り上げられ 斯くも棚引き我が身を隠せ」


ぶわりと風が吹き上がり、上半身を縛っていたロープが風圧で千切れていく。ぱさりとロープが床に落ちる頃には、驚嘆の表情を浮かべるシリウス・レイノルズと宰相が見えた。…まぁアイツらの目に、私はもう映っていないだろうけど。

きょろきょろと視線を彷徨わせる兵士の横をすり抜けて、悠々と出入り口の扉へと向かう。その間にシリウス・レイノルズまで玉座を下り私を見つけようと躍起になっているものだから、思わず吹き出してしまいそうだった。


「陛下、危険ですからお下がりください!」

「黙ってろ。杖も無く魔法を使った。今ので“アレ”が本物だと証明されたんだぞ」


やっと私の力を信じる気になったか。『災厄の魔女』には、杖なんて必要ない。私に出来ないことなんて、たったひとつしか存在しない。

しかし私についてシリウス・レイノルズがこれ以上何を知ることも無い。永遠にさようならだ。

口笛でも吹きたい気分になりながら、音を立てないよう歩を進める。…それにしても、広間にいるのが王と宰相と1人の兵士だけとは。この城の連中は、危機管理能力に欠けてるんじゃないのか。

そうだ、折角だから出入り口にイタズラでも仕掛けて帰ってやろう。


「確かに本物のようですが…!だからこそ危険だと申し上げているんです!『災厄の魔女』ですよ!?」

「煩いぞフィズ。アイツはまだこの広間を出ていない」


…!?

なんで出てないのが分かるんだ、あの男。普通なら姿を消した時点で、さっさとどこかへ行ったと思うものだろう。

野生的勘か?それにしては確信を持った目をしているし、当てずっぽうというわけでもなさそうだ。

…これはさっさと帰るに限るな。イタズラは諦めるか。


扉へ向かおうとしていた足を止め、方向転換し近場の壁に歩み寄る。壁を開けると場所を知られてしまうから、ここはすり抜けの魔法だな。

ひたりと壁に右手をつき、吐息で詠唱しようと唇を開いた瞬間。


「な…っ!?」


ガツッと鈍い音を立て、短剣が私の右手すれすれの壁に突き刺さる。反射的に振り返れば、不敵に笑う深紅の双眸と視線が絡んだ。

クソ、声を出したせいで姿隠しの魔法が解けた。


「お前、なんで…っ」

「酒臭いのが災いしたな、『災厄の魔女』。広間中に酒の匂いは充満してるが…、今そこで何か詠唱しようとしただろう」


…ほら、こういうのが面倒なんだ。たまに居る、気配や匂いや音にやたらと敏感な生き物。本当なら、私には詠唱だって必要無いのに。


「だからって見えてもない相手の方向に短剣投げるヤツがあるか…!刺さったらどうする気だ阿呆!」

「たかが人間の剣が刺さるのか?『災厄の魔女』に」


魔女だろうが魔法使いだろうが、魔法壁張ってない時に剣投げられたら普通に刺さるわ。しかしそんなことを教える義理も無いので、「常識の話をしてるんだよ」と吐き捨てる。

私の言葉にふっと鼻で笑ったシリウス・レイノルズは、顔色も変えずつかつかと歩み寄ってきて、ぐっと短剣を引き抜いた。

…見た目が子供の相手にもこうなのだから、さすが『非道の王』とでも言うべきか。


「…私の目の前に立つとはいい度胸だな」


間近に迫ったシリウス・レイノルズを睨み上げるけれど、身長差のせいで首が痛い。ただ見下ろされているだけなのに、まるで覆い被さられているみたいだ。黒い髪が目元に影を落としているせいで、悪役感が増している。


「貴様こそいい度胸だ。この距離なら魔法を詠唱するより早く、俺は貴様の首を落とせる」

「本当にお前のほうが早いか、試してみるか?」

「よし、なら試すか」

「ば…っ、空気を読め阿呆!」


そこはお互い引くところだろ!何しれっとした顔で実行しようとしてるんだコイツ…!

慌てて声を上げれば、シリウス・レイノルズはにやりと口角を上げる。そして短剣をちらつかせながら、「まだ帰るには早いみたいだな」と満足げに言い放った。それはもう、非道く楽しそうに。

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