或少女の別れ際
気をつけて。
そんな決まり文句で、彼を送る。 もっと違う言葉があるだろうに。
でも、それは言えない。自分のなかでも、ちゃんとした言葉になっていないから。
彼が私にもたらしてくれるのは、非日常。楽しくて、時間が悪戯に早く進んでいってしまう、そんな非日常。
無論、嫌なことなどありはしない。
どんなに冗談を重ねようとも、いつだって、私のことを考えて、私のしたいようにさせてくれる。それが、どれほどのお金と時間、自身の体力を削ろうとも。
だから、引き留めてしまいそうになる。帰らないで、行かないで、と。
そんな、自分に都合のいい時間が、終わってしまうから。彼と共に過ごせる時間が、終わってしまうから。
別れの時、私は笑って手を振った。
気をつけて。
今日は、ありがとう。
定型文句を口にして。残念ながら、それしか言えないのだ。どうしても、声が震えてしまいそうで。別れが辛い、帰らないでと幼子のように、すがってしまいそうで。
だから、小雨がありがたかった。
頬に流れる水も、雨と言い訳が出来るだろうから。
車が見えなくなるまで見送っていたいけれど、そうしたくない自分もいて。混乱する中で、そっと、離れていく車に背を向ける。
これが今生の別れになってしまったらどうしよう。
毎度、そんな不安がよぎる。
そして、そうはなっていないのに、もっと話したかった、もっと一緒にいたかった、などと思い、苦しくなるのだ。
胸の辺りがこう、冷たいなにかで締め付けられるような、そんな、感覚。
非日常を過ごしすぎてしまったせいか、その感覚を、彼に会う前から感じるようになってしまった。
けれどもやはり、その時の方がより苦しくて、辛くて。
もう一度、会いたいから。
もう一度、一緒に過ごしたいから。
もう一度、笑って話したいから。
だから、言うのだ。本当に言いたいことを、その一言に全て詰め込んで。気付いてほしいと願いながら、気づいてくれるなとも、思いながら。
私は今日も、今回も、彼に言う。
___気をつけて。