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七話 ダム湖遺跡の妖精

 僕の身体は無事に橋の上まで引き上げられた。僕を固いアスファルトの上に降ろしてくれたエコナは、自分も地に降り立つなり蜻蛉燐羽せいれいりんうをたたみ、膝を折ってへたり込んでしまった。


「ありがとう、エコナ。助かったよ」


 僕はまだ目の奥が熱を持って痛むのを堪えながら彼女を労った。

 エコナは息を切らしながら、ふるふると首を横に振った。


「……ううん、こっちこそ。ソウがいなかったら私、やられちゃってた」

「でも……僕がいなければ、エコナは戦わずとも逃げられたかも知れない」


 申し訳なさから目を伏せる。だが、エコナはおもむろに立ち上がると僕の額へと手を伸ばし、ピンと指で弾いた。


「った!」

 まさか急にデコピンされるとは思わなくて、僕は目を白黒させた。


「そんな仮定の話は要らない」

「え?」

「ソウをさらって来なければ、そもそも今日私はここにいなかった。そしてソウをさらって来た以上、あなたを見捨てるという選択肢はない。どんな状況に陥っても、必ず私は戦っていた。……だから、そんな仮定の話は無意味」


「……やっぱ、よく分からないな。君がそこまで僕に執着する理由が」

 僕はざりざりと頭を掻いた。


「欲しいから、手を伸ばしているだけ」

 そう答えて、エコナは含みのある笑みを浮かべた。


「っ……早く行こう」

 顔が焼けるように熱くなった。僕は根負けするように顔を逸らして歩き出した。だがすぐに、エコナの状態を心配して振り返る。


「……」

「ん?」

 エコナは感情の読めない涼しげな表情で僕の一瞥(いちべつ)に首を傾げた。

「大丈夫なの?」

「お互い様。もうちょっとで休めるから頑張ろ?」

「あ、うん……」


 僕の隣に並んで歩き出すエコナ。その足取りは、やはりどんなに繕っているつもりでも重かった。





 湖上に架かる橋を渡りきり、僕らはダムに隣接するコンクリート製の建物の中で体を休めることにした。

 人間の手が離れたそこは電気など通っているはずもなくて、薄暗く、ガラスは割れたままで、屋内まで雑草が侵入していたが、不思議と建物自体に目立った損壊は見られなかった。人の子である僕には、最低限しっかりとした屋根のある建物の中で休めるということは大きな安心感をもたらした。


「……これでよし。他に怪我した所はない?」

 エコナは腰に下げたポーチの中から取り出した軟膏を僕の背中に塗り込んで手当てをしてくれていた。

「うん、ありがとう」


 僕の方はせいぜい背中をしたたか打ったくらいで大した怪我はなかった。まくり上げたシャツを着直し、エコナにも軟膏を塗ってあげると申し出たが、「……じ、自分でできる」と小声で断られてしまった。


 ……うん、当然だ。何を状況にかこつけて女の子の肌に触れようとしているのだ自分よ。


 この軟膏は数種類の薬草の成分を抽出して油脂で固めた傷薬だそうで、これ自体が微小な植物の精が宿った魔法薬なのだそうだ。

 あちこちにできた擦り傷や打撲の跡に傷薬を塗り込んでいく様子は見るからに手慣れていて、僕はエコナがこれまでどれだけの戦いを経てきたのかを思って表情を曇らせた。


「……どうしたの?」

 不意にエコナと目が合った。


「いや、ごめん! あっち向いているから」

「それは構わないけど、まだどこか痛むのかなって……」

 彼女の方がダメージを負っているというのに、全く頭の下がることだ。

「僕は大丈夫だから。まだ目の奥がズキズキするけれど、大したことは……」


 そう言いかけたとき、エコナはじっと僕のことを見つめてきた。いや、違う。僕の「目」そのものを凝視しているようだった。


「ソウ……あなた、その目……」

「え、ああ。赤目だってさっきも……」

「うん。そうじゃなくて、なんか……燃えてる……ような」

「へ?」


 それは比喩的な意味で、情熱にみなぎっているという意味で言っているのだろうか。たぶん違うだろう。エコナのニュアンスだと、まるで僕の目が文字通りに、下手したら物理的に燃えているとでも言いたげだ。

 思わず僕は自分の目に手を当てた。だが熱くはなかった。


「なに? どういうこと?」

「ねえ、さっきクロオニを堕とした一撃……。実は結構戦闘に自信があったりする?」

「全然」


 これは即答っだった。だが直後におかしいと気付く。あんな高威力の炎を、護身術程度の訓練を受けただけの人間に扱えるものなのか……?


「うーん……」

 エコナも訝しげに唸っていたが、やがて小さく首を振ってまた自身の手当てに戻っていった。


「エコナ?」

「ごめん。やっぱ何でもない」


 そう言って話を切り上げるエコナ。僕は納得が行かず追及しようとしたが、ふと視界の隅に動くものを捉えた。

 他の部屋へ通じる出入口から、奇妙な格好をした小人がこちらをのぞいていたのだ。


「うわっ、誰?」

 僕が驚いて声を上げると、エコナも小人の存在に気付いた。


「あ、ディース・シー」

「ディース……何だって?」


 僕が眉間にしわを寄せて聞き返すと、小人が「ディース・シーですよ!」と元気よく飛び出してきた。


「どもども人間さん! あっしこのダム湖遺跡に住み着いているもんです。修理妖精とも呼ばれてましてね」

「あ、それじゃあ、エコナが言っていた妖精っていうのは……」

「そう、この子」


 ディース・シーは僕の腰の高さほどの背丈で、全体的に丸っこくて可愛らしいシルエットをしていた。なぜか紺色のオーバーオールのような服を着ていて、赤く着色された仮面を被っている。またその仮面も子供の工作みたいに無骨で、魔除けの意味合いでもあるのかインパクト満点の民族的な装飾が施されていた。

 だがこれはこれで、いかにも妖精といった(おもむき)を感じなくもない。


「お仲間は?」

 エコナがディース・シーに尋ねた。


「なんか今日は森が騒がしくてですねえ、みんなビビっちまってあっち(・・・)に隠れてますよ」

「あっち?」

 僕が聞き返すと、ディース・シーは「ダムの内部とか、精霊界の方ですよ」と答えた。


「それはそうと、さっき橋の方で派手に戦っていましたねえ」

 感嘆するようにかけられた一言に、僕とエコナは何とも言えない表情で互いを見合わせた。


「ごめんなさい。あなたたちの大切な橋に傷を付けてしまって」

 エコナが謝ると、ディース・シーはとんでもないとばかりに首を横に振った。


「いやいや、あんた方ニンフがこの辺りを守ってくれているから、あっしらも無事にやっていけるんです。しかしあんなでかい機械兵器が現れるなんて、どうしたもんですかねえ……」

「と、言うと?」

 僕が尋ねると、ディース・シーは(仮面の下では恐らく)神妙な面持ちになって言った。


「トウノの開拓活動がこのところ激しくなってんです。それで機械兵器の数も増えてしまって」

「トウノって……まさか『トウノ呪機商会』のこと?」

「知っているの?」

 エコナが尋ねる。


「もちろん。呪術機械を造っている日本の大企業だよ。それこそ、機械兵器を数多く製造していることでも有名だ」

「そのトウノが、このエナの中心地に大規模な拠点を置いて開拓活動をしているの。……ううん、侵略行為と言うべきだね」

「なっ……」

 僕は息を飲んだ。


「でも、この辺りはどの都市やコロニーからも離れていて未開拓状態となっているはず……」

 そう言いかけるも、答えはすぐに浮かんできた。


「いや、表向きは未開拓だからこそ、そこに目を付けたのか。トウノは民間軍事会社として武力を内包しているって聞いたことはあるけど、これじゃあまるで軍隊だ。非公式の開拓、そして侵略……こんなことまでやっていたのか」

 そして僕は額に手を当てて、浅くため息を吐いた。吸い込む空気がやけにホコリっぽかった。


「……うんざりする。僕は本当に人間を裏切ることに……」

 小声でつぶやく僕に、エコナが「大丈夫……?」と声をかけた。


「ごめん、何でもない」

 そう笑ってごまかすと、エコナは僕の頭をポンポンと撫でてくれた。気恥ずかしくて、でもちょっと嬉しくて、こそばゆかった。


「ディース・シー、私たちは集落に帰る。ダムを通して欲しいの」

「合点しました! 体はもう大丈夫なんですか? ならついて来てください!」

 そうしてディース・シーは卵のような体を揺らして軽快に歩き出した。


「あ、そう言えばニンフのお嬢さん。その人間の男ってもしかして、さらってきたんですか?」

「うん」

 エコナがさくっと答えると、ディース・シーは僕の方を振り向き、赤い仮面を揺らして笑った。


「へへへ。人間のあんたには気の毒かも知れんですけど、彼女はいい子だから、大事にしてあげてくださいな」

「は、はあ……」


 僕はどう反応したらいいのか分からず気の抜けた返事をした。

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