22話 修羅の決意
あれからどれくらい進み、何人ぐらいと戦っただろうか……気がつけばもうすでに100人ほどの衛兵たちを、この手で闇へと葬り去っていた。
ナナコを乗せた双頭の大犬オルトスは、救出の〈その時〉を告げるためなおもけたたましい雄叫びを上げ、共に宮殿の1階を駆け走る……。
「グオオオォォォ……ンンン」
この事態に気づき五城郭宮殿内の至るところから、衛兵たちに追われる多種族メイド美女たちが、血相を変えて慌ただしくこちらへ向かって来る――。
「「「「助けてくださあああぁぁぁいっ」」」」
オルトスの雄叫びと、絶叫を上げて倒れゆく衛兵たち。そして彼らに追われるメイド美女たちの悲鳴。宮殿内は……もはや主たるゲス大佐の平穏な日常は消え失せ、すでに戦場の空気と化している。
ナナコを乗せたオルトスが衛兵たちに追われるメイド美女たちを守るため、素早く背後へと回り込む。
そのオルトスの両脇でオレとシーラが彼らに対峙し、教わった防御魔法を駆使して半円形のシールドを形成。衛兵たちが放つ矢のような法力攻撃から彼女たちを守りつつ反撃する……。
――ブウゥ……ゥン!
オレの身体を囲むように、バリアーのようなものが銀色に光り浮かび上がる。
「メイド美女たちの皆さん、無事ですかぁっ」
以前シーラは、魔法とは想像力のようなものですとオレに教えてくれた。
大魔王が身に付ける鎧として、自分に合ったイメージの戦闘衣装……シーラとペイン2人の美女魔王が彼女の羽毛から作り出してくれたこの〈暗黒の衣〉を身に付けているためか、身体全体にかける防御魔法も難なく使いこなせるようにまでなっていた。
しかし、さすがに止めどなく宮殿内から何十人と沸いて出てくる衛兵たちの法力攻撃を、一撃も食らわずにいられるというのは、アニメやマンガの中だけの話。直撃は避け重傷では無いものの、みんなと同じく幾つかはその身に受け傷を負っていた。
だが死属性の魔力により回復を図り、シーラも回復魔法を行使することで見た目はほぼ無傷のように見える。
ナナコが乗ったオルトスも、メイド美女たちを守りながらも果敢に戦ってくれていた……。
『『『『ぐおわあああぁぁぁ――』』』』
『『『『ぎゃあああぁぁぁ――』』』』
こと戦場においては、その場の空気に飲まれた者から順番に死神が舞い降りるという……。
戦いという命のやり取りで気圧されてしまうような者の背後には、すでに死神がニヤリと笑いを浮かべ、その灯火が消えゆくのをいつでも待ち構えているのだ。
信じるしかない……この救出作戦の成功を。そして、この多種族メイド美女たちを救出してゲス大佐に勝利することを。
彼ルシフェルも、きっとそんな気持ちで神々に戦いを挑んだのだろうか。信じるべきもののために……。
「「「「ありがとうございますっ」」」」
ナナコがカギを手に大急ぎでメイド美女たちの首輪と手枷を外していく。
すると彼女たちは大声で泣き叫び、魔族や亜人だのという種族に関係なく、共に抱き合い歓喜していた。
今や彼女たちは愚かな人間たちから散々と弄ばれ、皆同じように不当な扱いを受けていたのだ、いわばこの状況において仲間のようなものだったろう。そこにはもはや、市民階級による差別のようなものは見当たらない。
ただ等しく、ゲス大佐や人間たちの良いように扱われていた強制メイド。その扱いからようやく解放されるという安堵感だけが窺える。
しかしこの人数……衛兵たちもだが、この多種族メイド美女たちは一体何十人いるんだ? 救出した美女だけでその数はすでに50人ほどは下らない。しかし、それでも一向に……。
「いないニャアァ」
「彼女はどこにいるんでしょう」
そう……解放した彼女たちの中には、シーラから聞いた悲劇の夢魔娘サンドラや、あの100歳くらいの魔人の少女もまだ見つからない。
オルトスにも尋ねたが、担当が違うのか詳しい所在は分からないという。オレは今だに怯え震えている彼女たちに聞いてみた。
「メイド美女の皆さんの中にサンドラさんという夢魔の娘と、100歳くらいの魔人の少女を見かけませんでしたかぁっ?」
『すいません。私には分かりません……』
『そういえば、お姉様がまだ……?』
「ん、お姉……さま?」
『あ……私ちょっと前のことなんですが、大佐の部屋に入っていった魔人の子たちを見ました。でもあれは確か……』
「――それだっ」
彼女たちの1人が言った〈お姉様〉という女性は、彼女たちから慕われているメイド美女の1人らしい。
だがオレが気になったのは、少し前に大佐の部屋に入っていったという魔人の子たち……。
あれは門のところで、守衛所の衛兵が大佐との電話で話していた。そう、たしか〈もうひと遊び〉するだとか……すると2階かぁ、ちぃっ。
オレは頼みこむようにシーラの方を振り向いたが、やはり彼女は険しい表情で首を横に振った……つまり深追いしてはいけませんということだ。
どうか頼む……この騒動に気づき何とか自力で抜け出しこっちの方まで来てくれ。
もはやいるかも分からない神々などではなく、何かに向かってオレはそう願った。いや、それこそ運命と呼べるものかも知れない……。
その頃、五城郭宮殿の2階では……突如として起きたこの騒ぎにより、彼らバッカスケス大佐など人間たちの指揮系統は混乱していた。
何せ魔族たちの戦力に上昇補正がかかる夜間の警備には、常日頃から厳戒体制を敷いているため大抵は侵入不可能とされており、実際に襲撃を受けたのはここ数十年の間は一度も無いのだ。
そう、もう何十年も昔……七勇士たちが市民階級を制定した直後、一般の魔族からなる数千人規模の集団から数回攻撃を受けた時以来のことだった。だが、その時は今のような性欲に堕落し切った衛兵たちなどではなく、どれも屈強な戦士たちばかりでメイド美女などもそこには存在していなかった……。
「何が起こっとるっ? 一体どうなっとるんだぁっ。誰か早くこの状況を説明せんかぁっ」
白いバスローブを乱したバッカスケス大佐は、大慌てで自室の扉から出て来るなり大声で叫んだ。
しかし、聞こえてくるのは宮殿内に響き渡る獣の雄叫びと騒々しい建物の破壊音、そして衛兵やメイドたちの悲鳴だけだった……。
よりにもよって、特別ゲストのゼノフォン様が訪れた今夜を狙って来るとは、どこのどいつかは知らんがいい度胸だ……八つ裂きにしてやる。
バッカスケス大佐は、己の自尊心を踏みにじられた思いで腸が煮えくり返っていた。
そこへ、少年の声で返事が聞こえてくる。
『どうやら、侵入者のようですね。それも随分と気合いが入っていて威勢がいい……』
「これはゼノフォン様っ……見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません。先ほど私に逆らったあの魔人を捕らえたという戦士が来たと、そう衛兵から連絡がありました。おそらくあれが偽装工作だったかと……ですがご安心ください。必ずやこの私が返り討ちにしてみせましょう――」
バッカスケス大佐はそう言い放ち、やがて彼の元に集まった数人の衛兵たちと、自ら侵入者に対峙するべく走ってゆく……。
『そうですか。まぁ、精々がんばってください……果たして彼がどこまでやるのか、これは中々見物ですねぇ……』
ゲストのゼノフォン、彼もゆっくりと落ち着いた足取りで、戦いに向かったバッカスケス大佐を追っていった……。
……やがて大佐の部屋の扉前に誰もいなくなると、そこへ近衛兵のエピドゥスとメイド美女の泡姫ウェイブルが、廊下の壁際から姿を見せた。
見たことが無いが、あの少年もどこからか連れて来られた犠牲者なんだろうか。メイド服に首輪と手枷を付けられていた……だがすまない、今はそれよりも一刻も早く先に助け出したい子がいるんだ。
「先ほどの子も助けてあげたいけど、今は彼女の方が先です。さぁ、行きましょうエピドゥスさんっ」
「はい、今が〈その時〉ですよね。ウェイブルさんっ」
周囲に人がいなくなったことを確認すると、2人はバッカスケス大佐の部屋の扉をゆっくりと開ける……。
ハッ……!?
『――もぅ、痛いのは嫌あぁっ。いっそ私を殺して……殺せばいいじゃないのよおぉっ――』
そこには、ベッドの上でボロボロのメイド服を乱し、ガタガタと怯え身を震わせている……鮮やかな紫色のツインテールに牛のような2本の角を生やせた少女夢魔サンドラの姿があった。それも両手両足をベッドの四隅に鎖できつく縛り付けられている。
エピドゥスはゆっくりと彼女の元へ歩み寄り、怖がらせないよう床に片膝を付くと、まるでプロポーズを申し込むように優しくその両手を差し出した。
「サンドラ、俺だよ……エピドゥスだよ。ようやく君をここから救い出せる機会が来たんだ。今まで待たせてしまってごめんよ。もうこれからはこんな苦しい思いをせずに済むんだ。俺は決心したぞ……さぁ、君も一緒に来てくれるね」
「エピ……ドゥス? お姉……様、これは一体?」
まだ今の状況が理解できていない様子のサンドラに、部屋の扉で辺りを警戒しているウェイブルが彼女に説明する。
「サンドラ……彼はあなたを助けに来てくれたの。あなたも彼のことが好きなんでしょう? 後はあなたが彼の気持ちを信じることができるなら、それに応えるだけでここから抜け出せることができます。今はそういう状況なのよ……」
『――うわあああぁぁぁ……』
サンドラは困惑しながらも、やがて静かにすすり泣くとゆっくり首を大きく縦に振った……。
彼女の返事を確認したエピドゥスは、サンドラをベッドに縛り付ける鎖をその剣で断ち切ると、彼女を大事に抱き寄せる。
部屋のタンスにあった女性用のバスローブを、ウェイブルは彼女の身体にそっと掛け回復の魔法をかけた……。
「さぁ、私たちも救出に来てくれた方に合流しましょう。ですが階段にはおそらくそれを阻止しようと待ち構えている衛兵たちがいるはず、私たちは別のルートで1階に向かいます。あそこならまだ、2階に残っている他の仲間たちもいるでしょうし、そこから一緒に逃げることもできるはず」
「「――は、はいっ」」
この五城郭宮殿の各部屋や廊下にある窓などは、常に逃げられないよう通常閉じられていて、人間たちの法力によってのみしか開閉できない仕組みになっている。そのため窓から外へ脱出することはまず不可能。そして近衛兵に成り立てのエピドゥスには、まだ法力を使うことができなかった。
かといって、このまま1階へと下りる階段へ行こうものなら、先に向かったバッカスケス大佐や逃亡を図ろうとするメイドたちを待ち受けている衛兵たちに取り押さえられてしまうのは明白。
しかし、こういう状況を想定していたウェイブルは、2階のある部屋へと向かった……そこには1階の厨房で調理される数多くの料理を、2階にいる大佐や衛兵たちの元へと運ぶ、頑丈な木材で作られた手動エレベータのある部屋がある。また、そこは主に2階で働かされているメイドたちの拠点でもあった。
ウェイブルたち3人は、そのメイド部屋に向かって2階の廊下を全速力で走った……。
しかし、その部屋の前にはすでに室内で立て籠っていると思われるメイド仲間たちと、激しい交戦を繰り広げているおよそ50人の衛兵たちに取り囲まれていた。
『ぐヘヘヘ、お姉ちゃんたちいい加減攻撃してくるのは止めて、おれたちと一緒にこんなとこおさらばしようぜ……なぁ』
『あぁ、そしたら毎日いい夢見させてやるからよぉ……ひひひひひ』
「ダメだみんな、奴らの言うことに耳を貸すんじゃないっ」
「は……はい。あ……あなたたちの言うことなんて、信じられませんっ――」
すかさず3人は廊下の壁際に身を隠し、その状況を窺う。
部屋の中にはまだ20人ほどの仲間たちが残っているようだ。しかも、奥にはエピドゥスと同じように彼女たちを助け保護している新米の衛兵たちが、数人ほど一緒に抵抗を続けているのが見える。
どうやらその人数差から、これ以上室内の仲間が1階に下りることで人数がさらに減ってしまうと、室内に残された仲間の身が危なくなるため、逃げることもできずそのまま籠城しているようである。
すでにここにも手が回っていたか……できれば彼女たちも助けてあげたい。しかし、さすがにこの人数が相手では……。
法力を使って戦うこともできないエピドゥスは、人間としては力の弱い方である。そして同時に、立ち向かう意志と行動力はあっても、己の無力さではどうにもならない事があるということを、この五城郭で充分思い知らされていた。
「くそぉっ。僕が法力を使うことさえ出来ていれば、窓からだって脱出できたのにっ……」
「エピドゥス、あなたのせいではないわ。そんなに自分を責めないで。お姉様……何か他に手立ては無いものでしょうか」
「そうですねぇ……奴ら衛兵たちの顔ぶれは知っています。たしかその戦力も知能も割りと低い方です。ちょっと、私が行ってきましょう……あなたたちはここに隠れていてください」
「でもそんな1人では……お姉様、危険ですっ――」
そう言い残すと、なんとウェイブルはたった1人で50人の衛兵の方へと歩いて行った……。
彼女はメイド仲間たちから頼れるお姉さんとして。衛兵たちからはその寝技のテクニック《魔力》で一目置かれていた。
だが、必要以上に彼ら人間に取り入ろうとしたり気取ったところはなく、それでいて絶望している様子も無い彼女は、メイド仲間のみんなからも慕われていた。
しかし所詮それだけのことで、彼女も普通の魔族の女性……みな誰しもそう思っていた。
「ねぇ、あなたたち……今言っていたことは本当なの? 本当にここをおさらばできるのかしら……」
ッ……!?
急に衛兵たちの背後から現れた麗しの泡姫の登場により、衛兵とメイド仲間たち双方の攻撃の手がピタリと止む……。
『うひょおぉっ、これは泡姫ウェイブルちゃん。探してたんだぜぇっ』
「お姉様ぁ、騙されてはいけません――」
『おうよ、おれたちと行こうぜぇ。たっぷりと可愛がってやるからよぉ……ヘヘヘ』
「そうね、それって絶好の機会じゃない……」
そう言うと、ウェイブルは何やら悩ましそうな顔で魅力的なウィンクをした。
自分よりも弱い異性に対して、性欲をぶつける対象としか考えていない50人の衛兵。彼らにはウェイブルの言ったその言葉を、あの泡姫とついに本番ができる〈機会〉と捉えたのか、皆一様に目をギラつかせ彼女の方に熱い視線を向ける――。
しかし、エピドゥスや室内のメイド仲間たちは気づいた。それが別の意味の〈機会〉であるということを……。
「そんなに熱い眼差しで一気に見つめられてしまうと、誰とイケばいいのか迷っちゃうわぁ……」
『『『『@&#+¥*♂♀=£%!?――』』』』
まるで繁殖期の獣のように醜いほど下半身を硬直させ、頭の中に大人のお花畑が咲き乱れた衛兵たちの背後から、室内にいたメイド仲間や味方の衛兵たちが一斉に襲いかかった――。
「「「「――はあああぁぁぁっ」」」」
それは一瞬の出来事だった……。
ある者は、メイド美女を庇う衛兵に剣で延髄を貫かれ。
またある者は、筋力に優れる獣人タイプの亜人メイドから重い調理器具で首にめり込むほど頭を潰され。またある者は、魔人メイドから魔力の炎に巻かれてその身を焦がし、消し炭のように焼き尽くされた。
敵の衛兵たちがその〈機会〉の意味にようやく気づいた時には、すでに何もかも遅かった。
『『『『……う、うひゃあああぁぁぁっ』』』』
「そんなにイキたいのなら、あなたたちだけで逝くといいわ……別の場所にねぇ――」
ウェイブルは、妖しく微笑むと青く光る片手をかざし、残りの衛兵数十人を大きな泡で包み込み宙へと舞い上げた……。
それまで狩る側にいた者が一旦狩られる側に回ることで、自分たちがした行いがどのような悪行だったのか、初めてようやく気づくのだろう。それも見たこともないような殺され方ならば、その恐怖は計り知れない。
『『『『た、助け……ぷえぇっ――』』』』
ウェイブルの放った魔力の泡に包まれた衛兵たちは、さながらシャボン玉のようにその身体が次々と弾け飛んでゆく――。
やがて、鮮血でいっぱいに溜まったその大きな泡が割れると、中から血潮が濁流のように噴き出し、赤い絨毯が敷かれた床はより一層赤黒く染まった……。
「散り際まで汚ない悲鳴ね……まだ小動物の方がマシなくらいよ」
「「「「――お姉様あああぁぁぁっ」」」」
「「「「な、なんという桁外れの力なんだ」」」」
50人もの衛兵たちが消滅し、悠々と室内に入っていくウェイブルの元に、エピドゥスとサンドラや、中にいた20人ほどのメイド仲間や味方の衛兵たちが駆け付ける。
「サンドラ……彼らを私に釘付けにさせたのは、あなたの力ね? あなたにとってあの魔力を使うことはさぞツラかったでしょう。ありがとう……」
「だって、お姉様が……」
「みんな大丈夫だった? 2階にいた仲間はこれで全員?」
「はいっ。他のみんなはもうここから1階に下りました。残りはここにいる私たちだけです」
「これならば心強い。共に行きましょうウェイブルさんっ」
「あぁ、俺も彼女を守り通してみせるぞっ」
他の魔族女性とも一線を画すようなウェイブルの恐ろしい力、彼女は一体何者なのだろうか……だがこの人が付いていれば、この先もきっと脱出できるはず。
エピドゥスなどの懇意になった多種族のメイド美女とともに歩むことを決めた味方の新米衛兵たちは、怖じ気づくこともなく奮い立った。
そして、木製手動エレベータの先の1階からなおも聞こえてくるおぞましい雄叫び。そして、破壊音や悲鳴に耳を澄ますと、この先も中級市民以下の彼女たちを守り続け思いのまま添い遂げるためには、このウェイブルのように修羅のような決意が必要だと、皆が悟っていたようだった……。




