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19話 侵入、五城郭

「ですが、ナナちゃんはどうやって潜入させましょうかねぇ……今回わたしのフードには入れられませんからぁ」

「ん……? それなら、初めのようにオレの胸ぐらの中に入れて隠しておけばいいんじゃないか?」

「あ……あぁ、確かにそれはそうですねっ。はい、それでいきましょうっ」

「ニャアァいっ」


 ナナコも乗り気になったようで、プニプニの肉球の片手を振り上げてオレにハイタッチをしてきた。

 オレが〈暗黒の衣〉と名付けた戦闘衣装バトルスーツ、その陣羽織や甲冑には凹凸おうとつがいくつもある上、シーラのそれより大きさもあるためナナコが身を隠すにはより最適だ。

 しかし天才とバカは紙一重と言うか……IQの高い者は、時に思慮深すぎて簡単なところを見落としたり、気がつかないところでもあるのか?

 ルシフェルに備わっていたとされるその〈異才〉、天才が思いつかないような違った側面からの物の考え方とその発想力……誰でも簡単に気づいたような先ほどのオレの意見が、そうだと思うのは早計だろう。

 シーラはオレの補佐とも言えるが、オレも彼女を補佐できるといい……ペインからも魔族の旗頭として祭り上げられることになった大魔王オレ。しかし自分自身、そんな立場よりもこの少女やペイン、そして魔族美女たちが、その大小こそ違うがオレのような負け組の苦しみから立ち上がり、勝ち組の七勇士たちをくつがえす。そのためのフォロー役としてみんなの助けになりたい……オレは心からそう思っていた。

 それは、以前にシーラから聞いた〈ルシフェルは別に最強だった訳ではない〉その言葉が、肩の荷を軽くし程良く緊張を和らげてくれていたことで、さらにオレをやる気にさせていたのかも知れない。


 さて、作戦の手順に話を戻そう……。

 オレがシーラに捕らわれた振りをして五城郭宮殿に潜入。その後、宮殿内に捕らわれている魔族美女たちを捜索し、その解放となる糸口を見つけ次第彼女たちを救出するという段取りだ。

 そこで、もし途中戦闘に入った場合はできるだけ狭路で待ち構えてから戦う。これも敵の勢力が圧倒的に多いため、その数を必要最小限に抑え対峙する上で有効と考えたシーラの戦略。

 そして、魔族美女たちの身の安全と脱出先を確保する時には、こちらからわざわざ出向くことなく怒り心頭のゲス大佐が、血相を変えて姿を見せるだろう。しかし、その頃には敵勢の数も大方削がれているため、美女たちを疲れさせることなくその安全を保ったまま、こちらも有利に戦うことができる。

 今回潜入してからの奇襲となるが、戦いにおける相手の出方を読んだ心理戦、そして攻防そのいずれにおいても抜かりなく考えられている。まさにこれ以上ないと言ってもいいほど実にいい作戦だ。


「いや……さすがシーラだなぁ、畏れ入った。芸術的なまでに見事なこの作戦、もうオレは成功することしか確信していないぞ……」

「はいな、まさに魔界の叡知ですわ」

「えっ……へんんん。まぁ、それほどでもありますけどねぇっ」


 シーラは両手を腰に回し、得意気になって胸を張る。しかし、まだ未発達で絶賛発展途上中と思われるその小さな胸は頼りなく、膨らんでいるのか出っ張っているのかすら見分けがつかない。

 よし、これならいける……もちろん作戦の話だ。

 アニメやマンガ、そしてゲームなどでも常に多勢に無勢でやられていた魔族たち……それをオレたちがくつがえしてやるんだ、これは痛快な奇襲作戦になるぞ。

 あの鬼畜でド変態なゲス大佐め、もうすぐだ……今に目に物を言わせてやる……。




「皆様……タチハコの街が見えてきましたわっ」


「「「ッ……!?」」」


「あの五角形の海星ひとでのような敷地が五城郭、その中央にそびえ立つあの建物が、悪評高い氷獄圏No3バッカスケス大佐の宮殿でございますわ。皆様、出立のご準備をっ」


 戦闘衣装バトルスーツのことや作戦のことなどで話に夢中になっていたが、下を見ると眼下の雲の先に、星々のようにキラキラと広がるタチハコの街の夜景。そして、ひと際目立つ五城郭宮殿が悠然ゆうぜんと光り輝きその姿を現した……。

 ついに、奴の頭上に文字通り正義の……いや、怒りの鉄槌を下す決戦の時がやって来たのだ。

 オレは降下の際に暗黒の衣が引っ掛かったり、服がバタついて視界を塞いだりしないようにチェックをする。

 ペインはみんなの準備が整うまで待つため減速し、ゆっくりと周囲を旋回し始める。

 そこへシーラが彼女としばしの別れを惜しみ、そのモフモフの羽毛が生い茂る背中へ、抱擁を交わすように顔をすり寄せる。


「それではペイン、行ってきますね……」

「はいな、ご武運を祈っていますわ……」


 あの奈落圏で数十年間を共に暮らしていた2人。親友以上、今や年齢が逆転した姉妹のように深く繋がっていたことだろう。

 それは……平和な日常で友人と遊んだ帰りの別れ際の挨拶などという生易しいものではない。次に会うことができるのは一体いつになるのか、まだそれは分からない。何よりこの戦場をともに勝ち残り、生きて2人がまた会えるかも分からない。

 そういう状況の中に、今オレたちはいるんだ。そして訓練なんかではなく、オレにはこれが本当の実戦としての初陣になる……ならば、華々しく飾ってくれようじゃないか。


「いい戦勝報告を聞かせてやるぞペイン」

「またニャ」

「はいな、トシオ様、ナナコちゃん……けれど、これが今生のお別れではございません。きっと今後もわたくしの力が必要とする時が来るでしょう。その時にはまたお会いできますわ。それまではわたくしも遠くから皆様の勝利を信じております。そんなわたくしのような魔族が他にも、この魔界の至るところにいるということを信じて戦ってくださいな」

「あぁ、また会えるその時までには、オレは今以上に男を上げているだろう」

「お二方とも、いい意気込みでございます。それでは、シーラ様と捕らわれている魔族の女たちのこと、よろしくお頼みしますわ」


 オレは振り返るペインを見てニッコリとほほ笑み、前に出した右手親指を上に突き出した。

 そして、オレはナナコを暗黒の衣の胸ぐらに入れる。すると、シーラは手慣れた様子で離れないようにオレの手を繋いで並び立ち、降下態勢に入った……。

 そうだな、シーラはあの時もこんな感じで召喚したオレを探しにペインとともにこの街に来て、こんな天空からゲス大佐の頭上に舞い降りたんだ。やはりあれほど寸分の狂いもないダイビングは、一度や二度でできるものではなかったな。

 この天才……いや、天災魔王少女シーラ、まさに才色兼備に文武両道そのすべてを兼ね備えていると言っても過言ではない。あ……1つ、いや2つ、胸のところは兼ね備えられていないと言えるが、それはさすがに贅沢というものだろう。文字通り天は二物(・・)を与えないというところか……。


「ではトシオ様、ナナちゃん――行きますよっ」


「「ああぁっ……」」


 冷たい夜風が吹きすさぶ中、不死鳥ペインの背中から前のめりに飛び降り、オレたちは夜空に光り輝く闇夜の街タチハコへダイブした――。


 ――雲海を突き抜け激しく空を切る音が、間近で笛を吹くようにビュウビュウと耳元をつんざく。

 横からも吹き付けてくる突風と落ちていく重力で、一瞬でも気を緩めてしまうと遠くに身体を飛ばされていきそうだ。翼を使った自力飛行とはまたその高度も技術も大きく違うし、そもそもこんなスカイダイビングを体験すること自体オレは初めてなんだ。

 例えるなら……大型バイクで高速道路をそれもノーヘルで速度計をとっくに振り切り、時速300km以上のスピードを飛ばして進んでいるようなもの。オレの心音はバクバクと激しく鼓動を打ち、とてもじゃないが夜景をのんびり見るような余裕など……ない。

 まだ覚醒しておらず翼の開花ができないナナコを入れた胸ぐらを抑えている片手、そしてもう片方の手で繋いでいるシーラの手を、オレは絶対に離さないように強く握りしめる。


「トシオ様ぁっ、五城郭から離れたあの林の中に降りまぁすっ。地上が近づいたら翼を広げてくださぁいっ」


 この強風の中でも聞こえるように、シーラがオレの耳元に向けて大声で叫び、降下地点となるその林を手で指し示した。

 風に遮られてまともに開けなかった目蓋が、まるで彼女の声に誘われ目を覚ましたかのように、ようやく目の前の視界がパァッと開かれた――。

 夜空に撒かれた無数の星々のように人家の灯りがきらめく中、大きな海星ひとでその近くの暗がりにある降下地点の林を、肉眼で確認することができた。あの海星ひとでが五城郭、そして向こうが降下地点の林だ。


「ああぁっ、分かったぁっ」


 やがて地上の灯りが目前に迫ってくる……。


「トシオ様ぁっ、翼を広げますよぉっ」


 ――バサァアッ!


 シーラの合図でオレたち2人はパラシュートのように翼を広げた。

 身体にのしかかっていた風圧と重力が一気に反転し、上体が大きく上に持ち上げられ一気に身体のバランスを奪われそうになる――。


「――ぐうぅっ」


 反動で一瞬息が止まりそうになる。

 ナナコを入れた胸ぐらと、繋いだシーラの手をさらに強く握りしめ、上体を水平に保つようにオレは必死にこらえた……。 




 ……やがて、身体がハンググライダーのように安定し滑空し始めたところで、自分の心臓がようやく普段の脈動を打っていることを感じた。

 隣にいるシーラが上手でしたよと言っているようにニコリと微笑むと、目前に控えた降下地点の林を再び手で指し示した。

 ちょ、まだ心の準備が……。

 突然シーラが繋いだその手を自ら離した。そうか、受け身――。


 ……ガサガサガサッ!


「あいっ――ててててっ」




 こうして、何とか五城郭から少し離れた林の上へとオレは突っ込んだ……。


「んニャアアアァァァ……」

「トシオ様、ナナちゃん、2人とも初めてにしては見事なダイブでしたよ。ふふふふふ……」

「おぉ、シーラもナナコもみんな無事だなっ。いやぁ、本当に戦闘衣装バトルスーツって防御性能はないんだなぁ。何だかペインにも申し訳ない」


 林の上に突っ込む際に受け身を取るためシーラは繋いだ手を離してくれたが、オレは木々の葉っぱや枝まみれとなり、新品の暗黒の衣も少し擦り切れてしまっていた。

 それに比べてシーラは、やはり熟練しているのか葉っぱの1枚も付いておらず、今しがた歩いてきたかのようにかすり傷1つ負っていないキレイな姿のままである。

 もちろんナナコも、オレが懐に入れて片手で守っていたため、無傷で無事であることは顔をのぞかせたその様子で確認することができた。

 まさか生まれて初めてのスカイダイビングを、この魔界で体験することになろうとは……。


「トシオ様、あそこが五城郭の敷地へ入るための、唯一となる1本道です。そしてあそこが……」


 シーラが手で指し示した先には、あたかもその力を誇示するようにガス灯のようなものと灯火で無数に照らされ、黄金に光り輝く堅牢な中世風の城郭が立っていた。

 こうして樹木の上から見下ろすその城郭の周囲には五角形の水堀で囲われ、五城郭敷地内部への1本道の回廊とそこを渡ったさらに先に、ひと際大きな宮殿が見える……。


「あれが門を守る守衛所で、その先の宮殿があそこですね……」


 闇夜に紛れてシーラもここまではたまに偵察に来ていたらしく、彼女が主要な場所について説明を始める……。

 なるほど、このように少し観察するだけでも回廊の先に見える守衛所。そこには剣や槍と弓などで武装して門を守っている衛兵が20……いや、80人くらい。そして、遠くに見える宮殿前にも80人ほどの人数が要所に展開し配備されている。合計すると外周だけで150人以上いるということだ……いや、どう考えても多すぎる。

 しかも単独で灯火を携えて辺りを巡回している衛兵も、あちらこちらで歩いているのが見える。

 確かに、これじゃあ正面突破はまず無理だな。

 ひと通り観察し終わったところで、オレたちは樹木の上からゆっくりと地面に降りていく……。


「では、トシオ様ごめんなさい。首輪と手枷てかせを付けますね」

「あぁ、外す時にはどうするんだ?」

「軽く魔力を解放するだけで、すぐ外れるようになっています」

「な、なるほど……」


 実際こんな風に仲間の魔族や美女たちは、人間たちに飼われるように捕らえられているということか……まるで呪いの装備品を身に付けられたように、彼女らの悲痛な叫びが聞こえてくるようだ。

 だがよく見るとその首輪や手枷てかせには、目立たないようにハートマークが刻まれていた。

 これはアレか……本当に捕らえた訳ではないとオレを安心させるための配慮なのか? いや、逆にある意味ではオレを拘束しているようにも思えるが……気のせいだろうか。


「ナナちゃんは、トシオ様が首輪と手枷てかせを外すのを合図に出てきたら、わたしたちが手の届く範囲内でその場の雰囲気をよく読んでから行動してくださいね。それまでは、静かにしていないといけませんよぉ」

「ニャアァい」


 その場の雰囲気をよく読んで行動する……それが一番難しいと思うのだが。まぁ、気まぐれな猫のことだ、あまり細かい指示を出すのも無理な話かもな……そうすると、やはりシーラの判断は的を得ているということか。

 シーラはさらに地面の砂や泥をつかみ、それを彼女自身の戦闘衣装バトルスーツやオレの顔にペタペタとこすり付け始めた。


「うおっ……な、何だぁっ……」

「ふふふっ……偽装ですよ。こうすることで、わたしがトシオ様をひっ捕らえるまでの間に、ひと悶着あったということを装うんです」


 なるほど……しかもこの偽装で、ただでさえ黒づくめのオレたち2人を、さらにこの闇夜に紛れさせて目立たなくさせることもできる。

 よく潜入作戦に身を投じる特殊部隊などが顔に塗るメイク、いわゆる〈ドーラン〉のような効果も考えられたものなのか……さすがシーラは抜け目が無い。この林に突っ込んだ時点で、オレはもうすでにこの葉っぱと枝まみれで充分過ぎるような気もするが。

 段々と楽しそうに砂や泥をオレに塗りたくり出すシーラを見て、これも彼女の子供らしい遊び心のような一面でもあるのだろうとオレは思った……。


 やがてひと通り偽装を終えて満足すると、シーラは小悪魔のような微笑を携え、これから始める五城郭への潜入作戦その開始を告げた。


「ふふふ、これでよしと……では、行くとしましょう」


「「あぁ……」」


 念のため林からさらに離れたところへ移動し、そこから五城郭の敷地へ進む1本道へと入る。

 そしてオレはシーラの隣を彼女に捕らわれたように鎖で繋がれ、顔をうつ向かせながらその夜道を一緒に歩き始めた……。


 やがて、囲われた水面にまるで浮かんでいるかのように水堀を貫く、灯火に照らされた薄暗い回廊に差し掛かった。

 水堀には睡蓮のような花たちがキレイに咲き誇っている。どう見てもあのゲス大佐の趣味として似つかわしくない。

 捕らわれた魔族美女たちに育てさせているのだろうか……酒池肉林しゅちにくりんと言えばまだ納得できるが、それではあまりにこれらの花が可哀想だ。段々とこの花たちが、奴に捕らわれた魔族美女たちのようにも思えてくる。


 その先に見える黄金に輝く高い城壁と、回廊を渡った先の城門にある守衛所へ向けて、オレたちはゆっくりと歩みを進める……。

 うまくいくだろうか……いや、きっとうまくいく。

 シーラや美女を守り救うことができるだろうか……いや、必ず救ってみせる。

 この魔界を欲のままに好き放題暴れ、勝ち組勢のゲス大佐にオレは勝てるだろうか……いや、この大魔王オレが絶対に、ころしてやる……。




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