EP1アースシェイキング・オカマ・ショー中編⑤『新人と変人』
相談室には二人の男がいた。一番奥の室長席に老齢の男性、さっきの声の主だろう。
そして対面で並べられた事務机に中年の、強面の男。
黒木の目が中年の手に握られていたものに吸い寄せられる。
それは、銀色に輝く大きなリボルバーだった。
「け、拳銃!? 」
黒木は理性的な挨拶や自己紹介といったまともな言葉の前に、情けない素っ頓狂な声を出した。
「おうよ、お目が高いね特能の兄ちゃん。これは私物でな、スミス&ウェッソンのM29。
仲の良かったマル暴がたまたまヤクザから押収した正規品を譲ってもらってだな——」
男は自慢げに、そのデカい拳銃をくるくると回して見せている。
拳銃は回転に合わせ光を反射し、キラキラと光る。
「自己紹介の前から横領した拳銃の自慢話をするなんて正気? あんたも気が小さいのね」
赤沢のクールで事務的な口調が一変した。
黒木は赤沢に自分が『あんた』呼ばわりされたことにしばらく気が付かなかった。
間抜けな声で彼女の黒木に対する評価が決まったのだろう。
なんてこった、最初に舐められるのは今後の職務上良くない。
「ここは禁煙。あたしがいない間にタバコを吸わないで。あとヤニ吸いながら銃の整備をするな」
確かに相談室はタバコ臭い、窓が無い分空調はきちんとしているのだろうが、それでも臭う。
ベイジンショック以降、ストレスやら気苦労やらが原因で喫煙者が増えたらしい。
黒木もその一人だ、上司に付き合う形で吸い始めた。喫煙者の権利なんてものも生まれつつある。
だが仕事場で吸っていいほど前時代的でもないはずだ。
「おー怖い怖い。あのな、このねーちゃん、すこしインテリっぽいけど中身脳みそは筋肉。
それもバリバリの銃やら戦闘のマニア、だから相談室じゃ逆らわないのが得策だぞ」
男が赤沢をからかうように、内緒話の恰好であけっぴろげにしゃべる。
赤沢は軽い侮蔑の目で男を睨んでいる。
赤沢は確かにどこか知的な印象を漂わせてる、だがどこか強面でもある。
もしかしたら、この男の言う通り、赤沢はそういう手の戦闘向きの人間なのかもしれない。
だが、ここまでの情報では何とも言い難い。
「俺は植山道弘、相談室の係員。見ての通りハードボイドな男だが、
ハードボイルドすぎて刑事じゃいられなくなってここにいる訳よ。ひとつよろしくな」
男はようやく自己紹介をした、軽く敬礼してくる。確かに恰好はハードボイルドだ。
丁寧に撫でつけたオールバック、サスペンダーに拳銃のホルスターを脇に下げてる。
少し肥満気味だががっしりとした筋肉がワイシャツを盛り上げている。
だが日本の刑事のイメージじゃない、どっちかというと昔のハリウッド映画のソレだ。
まぁ、それはそれとしてハードボイルドと言えばそういう風体はしている。
だが、それを自分からハードボイルドと名乗るのは何か違うだろ。
「ハードボイルドな男は自分でそう言わないものよ」
黒木の気持ちを赤沢が代弁してくれた。口調はきついが案外率直な性格なのかもしれない。
そういう人はありがたい、嫌味や、皮肉を言われるより気分がいいし、
相手の主張とこっちがどれだけ譲歩できるかがはっきりする。
つまり多少グサリとくるが付き合いやすい性格なのだ。
「はっはっはっは、若者同士仲がいいのはいいことですな」
室長席から老人の声がする。みると頭が綺麗に光る年配の男がいた。
如何にも人がよさそうな顔だ、もう少し老け込んだら好々爺然たる顔になるだろう。
「私が室長の楠木です。『くすのき』の漢字一文字じゃなくて、下に木がつく方です」
「特殊能力省から参りました、黒木颯斗です。皆様、よろしくおねがいします」
ここまで狭い部屋だから一人一人挨拶するのもなんだか滑稽なので、まとめて挨拶した。
ただ、全員に向かって軽くお辞儀をする。
「見ての通り小さな所帯ですが、特殊能力を扱う部署です。特能省の一期生だとか、期待してますおりますよ。私は友人が退職前の花道にと、ここにおいてくださったようなポンコツですから……ぜひ植山君、赤沢さんの力になってください」
楠木は至極丁寧な口調だ。
しかし初対面でここまで謙遜されるとどう返せばいいかわからない。
黒木は返答に詰まる。
「はいわかりました」と言えば、楠木の「ポンコツ」を認める形になる。
それを察したのか、すっと赤沢が助け舟を出してくれた。
「室長、業務説明と備品の貸与を行ってもいいでしょうか」
「おっと長話をするところでした。いけない、いけない。赤沢さん、よろしくお願いします」
「赤沢さんありがとう」、黒木は心の中でつぶやいた。
「それじゃ、先ずこれがマニュアル、あと黒木君に開示済みの特能情報リスト、
電子化はしてないし、持ち出し不可。できるだけ早く覚えて。あとここがあなたの席」
奥の左の席を示される。どんなに分厚い書類が渡されるのかと思えば存外に薄い。
「あとこれ、あなたの備品」
そういって赤沢は黒いプラスチックのごつごつしたケースを差し出す。
何かのロゴが入っているが、黒木は見たことが無い
「何ですかこれ、電子端末ですか」
ケースを机に置いて、留め具を外して開く。
中には緩衝剤に包まれた黒い、プラスチックのような質感の拳銃、
そしてこまごまとした備品が入っていた。
さっきの植山の持っていたなんとかとか言うリボルバーほどのインパクトはなかった。
かえって玩具っぽく見える、しかし取り出すとズシリと重い。
これは本物だ、そう脳が告げる。
「特能で訓練はしたの?」、赤沢が黒木の拳銃を握る手を睨みつけながら問う。
職務上特殊能力者と直接関わる公務員は火器の携帯が義務付けられている。
自分を守るためでもあるし、犯罪に巻き込まれた特殊能力者を守る為でもある。
しかし事務屋の黒木にとって銃は無縁の存在だった。
「ないです、というか初めて銃を触りました」
「なら早く仕舞って。来週からあたしがコーチするからそれまでは使用厳禁」
あまりにぴしゃりとした物言いに、悪戯を見咎められた子供のようにそそくさと仕舞った。
しかし赤沢はそれを見て顎に指をあて、ケースを見つめる。
「あぁ、でも一応携帯義務があるのか。後でホルスターもってくるわ。
銃は常に携帯ね、ただしさっき言ったように——」
「訓練までいじらない、ですよね」、黒木は返す。
「そうそう、素人が扱っていい代物じゃないからね」、赤沢は首肯して答える。
「こいつのトレーニング厳しいぞ。それに使う銃にも文句言うからな」
植山がさっきのように内緒話の恰好でからかう。
赤沢はカチンときたようだ、植山をキッと睨みつける。
「あんたの古臭い映画みたいな構え方どうにかしてよ」、赤沢がドスを効かせた。
結構な迫力がある、赤沢は声色を変えるのが得意なようだ。
最初にあった時の、他人行儀で事務的な声、さっきまでの姉御肌な声、
そしてこのドスの効いた声。どれもわざと作っている感じがしない。
どれが本省なのか、黒木にはまだ窺い知れない。
「だーって、なんだっけ、カー? 車か? あれじゃ俺のM29が映えないじゃないの」、
植山は肩をすくめて、どうってことないように返した。
「あれは、C.A.R。映える映えないってあんたね」、赤沢の声が震えてる。
「私たちの仕事でその威力は必要ない、かさばる、反動は大きい、弾の互換性もない。
あんたの趣味を仕事に持ち込まないで」、何とか理性的に赤沢が反論してる。
「美咲チャンがそういうから、今日から貸与、私物の二丁拳銃なのよ」
植山がからかうように答えると腰をポンポンと叩いた。そこにはもう一丁の拳銃があった。
悪びれる風でもない植山に赤沢は言葉を失った。
『ベイジンショック』以降、限定的ながら銃規制が大幅に緩和された。
先ずは元警官や元自衛官の警備員の拳銃の携行が許可された。
地方警察は『大疎開』で流入する人口を支えきれなくなった。
それに都市から逃げ出した住民はテロや犯罪に酷くおびえていた。
日本政府は特定の企業と人員に限定し、民間会社でも武装を許可した。
警察のお古となった拳銃を彼らに販売した。
代わりに警官は在日米軍の置き土産の拳銃を手に入れた。
同時に現役の警官や自衛官等の公務員は私物の銃の携帯が許されるようになった。
これは現場のニーズに合わせた采配ということだが、
実際は自費負担払ってまで買う人はそう少ないという記事をこの間読んだ。
だから植山のリボルバーは私物だろう、というか横流しの横領物だと言っていた。
「ほんとマニアね。そのリボルバーの分、予備の弾倉持ちなさいよ」
赤沢は最後に吐き捨てた、この頑固オヤジをどうこうする気力を失ったのだろう。
「な、私物を持ち込む俺も相当だが、こいつはそれ以上にヤバい戦闘狂だぞ。
だって、マガジン打ち尽くして、まだまだ撃つつもりだもの。あーくわばらわばら」
植山はまた内緒話のように手を口に当てて、大きい声で話す。
植山は赤沢をからかうのが趣味なようだ。
彼はハードボイルドを名乗るには軽すぎる、黒木はそう思った。