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EP1アースシェイキング・オカマ・ショー中編④『権限と赤沢』

 大神家が疎開して一か月も経つと一等地と呼ばれた東京の区画がちょっと乗り気になれば

手の届く値段になった。当時大学生だった黒木は元々地方に頼りがなかったことに加え、

実家を売る機会をみすみす逃した。結局は高齢の母親と都内の土地に縛りつけられる形になった。

地方は『田舎であるほど安全』という神話によって、働き盛りの世代や金持ちが集まり好況だ。

いつかは自分も地方に住みたい、いつしか黒木はそんな願いを持つようになった。

だが、悪いことに黒木家は颯斗で東京に住まいを構えて四代目、つまり江戸っ子だ。

そして父方、母方両方とも江戸っ子の家系だから、地方に頼れる親族もいない。

残された手段は、金にものを言わせるか、栄転ともいえる地方配属になるかのどちらかだ。

だが、この人事じゃ無理だろう、そんな気がした。


 バスはがらがらの道を法定速度きっちりで走った。

無人のバス停を通り越すたび、アナウンスがなされる。

『ベイジンショック』以降サイバーテロが激増したため自動運転技術は退化した。

自動運転のみならず、インターネットに依拠する技術が大幅に後退した。

2019年あたりにはインターネットを利用した取引、業務がほとんどできなくなった。

ここ半年でようやく端末の復権がなされる程度のセキュリティーが確立された

このバスにも運転手がいる。かつては2020年ぐらいにはもう無人化されてると思っていた。


 黒木はこの運転手がどんな境遇なのか気になった。

自分と同じで土地や家族に縛られて東京に残っているのではないか、

地方に行けぬ理由でもあるのか、

それとも彼は仕事に誇りを持っているのか。

矜持がそうさせるなら羨ましい、素直にそう思った。


 特能一期は野心家、冒険者、向こう見ず、そんな人間が集まっていた。

だが誰をとっても逸材ぞろいなのは間違いがなかった。

そもそも他省庁のエリートキャリアに匹敵する人材だ、それも他省庁の

安定したキャリアコースを選ばず形式上の「一般職」を選ぶ様な人間だ。

特能省には最初からキャリア組として組み込まれる総合職採用はない。


 特能関係は自分の見聞きした情報量がモノをいうそういう世界だ。

特能関連情報は高度な研究員でもなければ断片的な「知るべき」内容しか与えられない。

逆をいえば現場で働けば働くほど複雑怪奇な特能に関する知識を得られる。

情報漏洩は厳罰でも自分の脳に収める分には問題はない。

さらに特能は単体で使うのではなく、特能と特能を組み合わせることで複雑で高度な技をなしえる。

黒木が中小企業向けの特能ハローワークで得た見地から例えるなら、こんな具合だ。

ナノよりも小さい、ピコという単位がある、とんでもない小ささだ。

これを「触覚で感知できる」特殊能力者Aがいた。

そして「何でも切断できる」特殊能力者Bもいた

ここで仮に「五感を共有させる」特殊能力者Cが居たとする。

そしてCがAの触覚をBに与えるとどうなるか。

「ピコサイズでの切削加工」が可能になるのだ。

これは最近、実証実験段階に入ったと噂されるナノマシン関連技術を推し進めるだろう。

ただ、これは黒木の勝手な想像である。

なにせ、黒木は文系人間でナノマシンのナの字も分からぬ門外漢だからだ。

それに黒木の特能関連情報の開示権限は『4級B区分』どまりだからだ。

ちなみに開示権限の級と区分の意味は単純だ。

級が、公開される情報の断片化、抽象化度合を示す。

上は1級、下は6級。6級は他省庁の役人や、特殊能力者を雇う企業の責任者に与えられる。

1級は部長、局長クラスだ。

区分は、開示される特殊能力に纏わる区分だ。上はG区分、下はAA区分。

これは軍事転用が容易な特殊能力や、組み合わせで他の能力を『化け』させる様な能力を開示可能

かどうか示す区分だ。

だから警察系では危険な能力の情報が手に入る『四級E区分』の権限を持った捜査官、逆に産業系では課長が安全性の高いと判断される能力のみではあるが正確なデータを得られる『二級C区分』の権限をだったりする。この様に役職に必要な情報が得られる柔軟なシステムだ。

だから黒木の『四級B区分』は、他と比べるとまぁまぁの情報は得られるが、実際それをつかって利益を出せるなにか生み出すには少し足りない。そんなところだ。


 とはいえ特殊能力の複合的利用は指数関数的に増大する『結果』を生み出せるのだ。

だが、研究者は有用性に興味を持たず、特能技術の恩恵を社会に回す方向に物事を考えない。

その上特能省は特能関連研究を外部に漏らさないように研究者を囲い込んでいる。

だが、黒木達のような事務屋にはそうした思考方法がぎっしりと詰まっている。

だから自分の力でそれをつかみ取れるチャンスがある黒木達は正に金の卵だ。


 『しかし、そんなことが本当にできるのか、この自分に』


 何度も繰り返した思考と疑問を再び浮かべている自分に気が付いた黒木はうんざりした。

とたんに全身が弛緩し緑色のシートから体がずり落ちかける。

まるで酔っ払いがどうにか座り込んでる姿勢になった。

僅かな乗客の中の一人が怪訝な顔で黒木を見つめる。

それでも気にはしなかった。


 次のバス停が都庁前だ。ボタンを押し降車を告げる。

まもなくバス停に滑り込む。

黒木がバスから降りると、二つの塔を持つ都庁がそびえたっていた。

暦では春になったはずだが少し寒い。

入口には大勢の機動隊員、そして機装具が並んでいた。

こうした警戒は『ベイジンショック』以降続いてるし、特能省には三倍はいた。

それに六角を組み合わせたグレー迷彩の特能省の戦車、いや『装輪戦車』か、もいた。

確か機動隊の装備は在日米軍が本土へ撤退する際に廃棄していったものらしい。

ライフルはどことなく、傷やら、塗装が剥げているのが痛々しい。

それでも、照準器や、なんだかごちゃごちゃとしたアクセサリーはきちんとついていた。

ポーチやらなんやらは無理やり、濃紺のペンキでも塗ったかのような色になっている。

ボロさはともかく、以前と比べると警官が持っている装備は明らかに増強されていた。


 特能省前の警備を二年間通ってきた黒木はこの手の軍団に慣れていた。

緊張もせず、重武装の機動隊員や車止めの脇を通り抜ける。

セキュリティーゲートの係員にIDを見せ、いくつかの生体認証を受けてゲートをくぐる。黒木以外にここを通る人間は十人ほどしかいない。

昔はもっと職員がいただろうが、優秀、もしくは勘所の良い順番に地方自治体へ逃げた。

ここに残ったものは、東京への愛着を持っているものか、身寄りがないものか、

とんでもないバカだ。いずれにしても、皆くたびれている。

大量の空き家、稼働し続けなければならないインフラ、課題は山積している。

だが、その忙しさも部署によって全く異なるらしい。

都民相手だった部署は暇で暇で仕方が無く、逆に首都機能に関する部署は人手不足だ。

『相談室』はどっちに転ぶのだろうか。まぁ行ってみてからのお楽しみか、楽しくはないが。


 八時にセキュリティーゲート脇へ迎えが来ているはずだ、たしか女性職員だと聞いていた。

「特殊能力省の黒木颯斗さんですね」

探す前に向こうからこっちにやってきた。振り向くと黒木より少し背の低い女性がいた。

黒木の身長は百七十とちょっとは在るので女性としては背が高い。

「はい、特殊能力省の黒木颯斗です。初めまして」

「初めまして、都庁特殊能力者生活相談室の赤沢美咲です。今後よろしくお願いします」

丁寧な口調だがどこか事務的でクールだ。会釈すると、赤沢の動作は機械の様にキレがある。

一応、名刺を交換した。美しく咲く、美咲。

改めて赤沢の顔を見た。

確かにかわいいやキレイといった言葉より美しいという表現がぴったりだ。

それにどこか知的な趣を感じる。しかし、どこかに意思の強さを感じる、そういう顔だった。何より目つきが普通の女性と比べてちょっと鋭い。

そこがいわゆる『美しい顔』との違うところといったところか。

そこでまじまじと赤沢の顔を見ていることに気が付いた黒木はちょっと気まずくなる、

が向こうも黒木を真っ直ぐに見つめていた、睨まれていたに近いか。

「あの、相談室というのはどちらに」

少し照れ臭くなって話題を変えた。

「では相談室にご案内します」

これまたキレのある動作でクルリと踵を返し、歩き出す赤沢に黒木はついて行く。


 赤沢は歩く速度が割と速い、軽く速足でついて行った。

目的の北庁舎エレベーターは入口を通って直ぐのところにあった。

エレベーターはボタンを押したらとすぐに開いた、赤沢に促され先に乗る。

赤沢は四階のボタンを押すとドアが閉まった。

後ろから赤沢を見ると細身だがすぅっと芯が入ってるような、そんな印象をうける。

パンツスーツをみても女性特有のふくよかさとかが見られない。

何かトレーニングでもしてるんだろうか、スケベ心とかとは別に疑問に思った。

そんなことを考えているとすぐに四階へとついた。

「相談室は元々入札室だったところを使っています。地下駐車場へも近いですし」

黒木は軽く相槌を打つ。今の東京じゃ昔ほど公共事業が無いのだろう。


 エレベーターが開く、目的のドアはすぐ目の前だった。

ドアの上には「都庁特殊能力者生活相談室」と書いたプラ製で、

如何にもお役所な看板が掲げられている。

しかしそのドアは鉄製の大金庫の扉を思わせる作りだ。

どう見ても『お気軽にご相談を』なんて雰囲気ではない、物々しさすらある。

黒木は多少、物おじしてしまった。

「このドア、というか部屋全体が防爆仕様なので気にしないでください」

悟られたようだ。特能本省でもこの手のセキュリティーを目にしたことはない。

実際は特性省ビル周辺を戦車で固め、内部に武装警備員がいるので、比較はできないが。

赤沢がドアの横のインターフォンのボタンを押す。

「赤沢係員、特殊能力省の黒木さんをお連れしました」

「お疲れ様でした、どうぞ」

老いた男の声と共に機械音がしてドアが開く、このドアは中からしか開かないのか。

こうなるともう相談室どころじゃない。とんでもない警備だ。

赤沢に次いで黒木も中に入る。

中はいかにも事務室というあしらえで、事務机が四つ対面で並べられている。

その奥に事務机が一個だけ離れておいてある。あれが室長席なのだろう。

しかし相談者と対話するために仕切りで区切られたブースとか、

それに窓が無い、地下施設みたいだ。

悪いことにその辛気臭さを消すための飾りつけといったものも一切ない。

ここが本当に『相談室』なのか、はなはだ疑問だ。


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