EP1アースシェイキング・オカマ・ショー中編③『東京と超能力と戦争と』
黒木を乗せたバスがほとんど無人の東京をひた走る。
東京がこんなにも過疎化した理由は海を越えた中国にあるといってもいい。
2018年、世界初の大規模特殊能力テロが北京で起きた。
北京で開かれていた国際エネルギー会議が「液体化」した。
会場となった北京郊外の国際会議場と中国の首脳部、そして参加していた数か国の閣僚、高官が
本来あるべき融点を超えていないにもかかわらず、文字通り液体になった。
黒木はその映像ははっきり覚えている、テレビで、ネットで何度も繰り返されたからだ。
黒木は幼かったが、9.11と呼ばれる日も似たような感じだったと母は言っていた。
初めは会場の外にいたテレビクルーがセンターの風景をなんとなく撮っているような映像だった。
クルーも雑談をしており、和やかな雰囲気だった。
後日知ったがこのテレビクルーはアメリカのニュースネットワークの下請けで、
会議場に入れないから外見だけをあくまで資料映像として映していたらしい。
しばらくは何の変哲もない映像が続く。
だが突如として銃声が響き、直後に大きな地鳴りがした。
その一秒はなにも起きなかったように見える。
だがほんのニ、三秒の後ビルが文字通り滝となって崩れ落ちた。
滝は降り注ぐ間に様々な構築物の色が混じり合い、どんどんと薄黒く色を変えた。
映像は轟音を立てる「元固体」の津波に飲まれるクルーの絶叫で締めくくられていた。
液体化した範囲内に居た人間は、皮膚も、肉も、骨も液体となり絶命し、他人と混じり合った。
DNA検査による身元検査が全くと言っていいほど進んでいないのはこれが理由だ。
半径500m以内にあったものが全て液体になったのだから、そこから『元人間』の成分を検出すること自体が困難だった。結局、事件から一か月も経つと大国の首脳であるにもかかわらず、
主席の遺体を発見できぬまま葬儀が執り行われることとなった。
この世界初の特殊能力テロとそれに起因する国際紛争は『ベイジンショック』と呼ばれた。
世界は最初、何が起きたか理解できなかった。戦争も災害も、何が起きたかくらいの判別はつく。
しかし、物理法則を無視したその現象が現実のものであると把握するのに幾日かの時間を要した。
そして会議場と人々とが液体になった事が現実だと判明すると今度は原因究明が進められた。
液体化したエネルギー会議の中身は中国の南シナ海戦略に纏わる「身内」の会議だった。
だからエネルギーの名を関しているが、どちらかというと軍事的な内容だった。
それもあって液状化の原因に纏わる主張は百家争鳴状態になった。
アメリカ、ロシアの新型兵器説や軍によるクーデター説は『現実的な』モノだった。
宗教過激派の呪術攻撃説、超能力者犯人説でも『まだマシ』だった。
実際クーデターは現実となった。中央政府から締め付けを食らった元将官が反乱を起こした。
中国のサイバー防諜も機能しなくなった。首脳部の溶解は金盾の命令系統をも溶かした。
そうした内部での対立と、独裁国家において本来機能すべき締め付けが機能しなくなった結果、
この事件に纏わる真贋混じった様々な動画が中国から噴出した。
中国と全く関係のないような地球の裏側のテロ組織も犯行声明を出した、どれも説得力はなかった。
だが、これだけ騒ぎが大きくなると便乗したくなるのがテロ組織というものらしい。
しかし、液体化という事態そのものに真実味が無く、どの声明文もそれなりに真剣に検討された。
だが、このテロが『事件』であるなら必然的に『真犯人』がいるのである。
事件から二週間が経って一本の動画が動画サイトにアップされた。
一人の日に焼けた青年が顔を隠さず、しかしうろたえた姿で映っていた。
背景はボロ家の一室だった。彼は噴出した数多の動画の一つに映り込んでいた人物の一人だった。
彼は小さな湖となった会議場から唯一泳いで出てきた謎の男として監視カメラに映っていたのだ。
この動画は所謂『フェイク』としてだが、他のものに比べると再生回数が多かった。
他の動画には生存者が移り込んでいなかったからだ。
青年はひどく訛った北京語で話した。彼の話をまとめると、彼は復讐の為にテロを起こしたのだ。
彼の故郷は民族というにはあまりにも小さく、しかし村と片付けるには独特な文化を持っていた。
彼は中国のパイプライン建設によって生まれた土地からの立ち退きを余儀なくされたと、
そのせいで家族は売春や過剰労働を強いられたこと、結果村の皆が死に絶えたことを訴えた。
彼はテロは自分の、自分たち家族の復讐だ、他のテロ組織の便乗が許せないと怒りを露わにした。
最後に彼は自身の能力の証明として鉄パイプを持ち出し、それを液体にしてみせた。
彼はこの動画を上げた直後、武警に射殺された。
そんな彼の小さな復讐心にも関わらず、このテロを発端に数多の国内、国際紛争が勃発した。
『良き隣人がテロリスト』、この悪夢に欧米は9.11以降悩まされてきた。
しかし、『ベイジンパニック』はこの悪夢をより悪質にして世界中にばらまいた。
『良き隣人が大量破壊兵器』、この悪夢は世界を戦争へと駆り立てた。
「敵は超能力者を隠し玉にもっているんじゃないのか」、猜疑心が武力衝突として爆発した。
小さな諍いを抱えた様々な民族、派閥、国家が敵の先制攻撃を恐れ、『こちら』から仕掛けた。
世界の均衡はドミノ倒しのように崩された。『世界の警官』ですらこの恐怖のパンデミックからは
逃れられなかった。
不幸中の幸いと言うべきか、日本は紛争の関係国にならなかった。
中国は日本にとって最大の仮想敵国だったが、内部から崩壊した。
むしろ現在、中国共産党と日本は歴史上稀に見る高度な互恵関係にある。
他の軍閥とは一切関係はない、というのが外務省の公的な発表だ。
一方同盟国アメリカは支持政党や、民族、宗教、超能力者等等の問題が複雑に絡み合い、
暴動やテロが頻発した。これを好機とギャングや犯罪組織の対立も表面化した。
世界中に散らばっていた米軍は本土内での『防衛』のため引き揚げを余儀なくされた。
日本がアメリカの海外遠征に巻き込まれることはなくなった。
ロシアは旧ソ連領の奪還を主軸に定め、日本にはとって北方からの侵攻のリスクは無くなった。
朝鮮半島は双方の命綱であった同盟国が同時にプツリと切れた。
同じ民族の分断国家は建前として対立を保ちつつ、事実上の和平を結んだ。
時々、思い出したかのようにロケットやミサイルを撃ち合うが、
それも「特殊能力者と核は使いませんよ」という宣言に他ならない。
もちろん、人口密集地帯や工業地帯、軍事基地からは外れたところを撃ち合っている。
こうして日本は世界の紛争から『孤立』した。
しかし戦争とテロの恐怖は海を越え、日本の社会を大きく変えた。
「都市圏は真っ先に狙われる」、人々は誰が犯人かも予想できない恐怖に襲われた。
いつの間にか都市圏の人々は我先にと、かつて捨てた故郷へと帰っていった。
この『大疎開』と呼ばれる人口移動で東京は文化やブームの最先端の地位を失った。
社員を維持できなくなった大企業は本社を東京から撤退させた。
省庁もかなりの数が地方に分散した。防衛省や警察庁、そして御所はアピールのように自分の
「領地」を守った。しかし他の省庁は飛び出すように地方に逃げ出した、建前は機能の分散だが。
そこで豪勢すぎる空き家となった中央合同庁舎ビルに特能が滑り込んだ。
そういえば自宅の隣に住んでいた、大神さん一家はどうしているだろうか。
ふと懐かしい思い出が黒木の脳裏を過った。三世帯住宅で、両親共々仲良くやっていた。
大神家には真凛という名の一人娘が居た。
そこそこの進学校に通っていた彼女に定期テスト前なんかに時々勉強を教えたりしてあげていた、
そうすると『家庭教師代』として大神さんの奥さんが茄子の煮びたしなんかをくれた。
あのテロから三か月が経ち、世界地図のほとんどが燃え出した当たりに大神一家は疎開した。
「四国に親戚がいるの、それで東京より安全だから来いって。ホント心配性よねー」
「じゃあね、多分一か月もしたらもどってくるから」
彼女は黒木家に立ち寄って、最後にそう言い残した。だが結局帰ってこなかった、連絡も途絶えた。
そもそも隣の家だから、連絡先なぞ知る由もなかった。あの一家は、あの娘は、今どうしているのだろう。東京での生活を忘れるくらい青春を謳歌しているといいな、ふとそう思った。
だってかつての東京の栄華を誇るような都市はどこにもないのだから。
そのメガロポリスの幻影に若い娘が引きずられるのはあまりにもかわいそうだ。
そんな昔のことを考えていると、バスの横を戦車が通り過ぎた。
6輪の大きなタイヤを持つ、大砲を備えた奴だ。大学の同期にアレを戦車だと言ったら、
長ったらしい説明の後で「装輪戦車」か「機動戦闘車」という分類だと言われた。
8輪だと小回りが利かないから6輪にしたのだとか、そういう説明もあった。
黒木には違いが判らないが、大砲を積んでいたら戦車じゃないのかという疑問はまだ残ってる。
ともかく、昔なら自衛隊しか所有していなかったような装備も今や警察や特能省は保有している。
この車両について、自衛隊は昔通り緑色やら茶色やらで迷彩を使っている。
警察は水色に白いライン、そしてでかでかと警視庁と書いていて、大きな赤色灯が付いている。
この車両は、六グレーや黒の六角形を混ぜた何とか迷彩ってやつだ、小さい赤色灯が付いてる。
所属は特能省特殊能力対策局。
とにかく、あの戦車みたいな一昔前なら考えられなかったようなものが今の東京には満ちていて、
そのかわりに、当たり前だと思っていたものが沢山消えていった。
『ベイジンショック後の自衛隊と警察』
ベイジンショック直後は、自衛隊の治安、警備出動というオプションが検討された。
同時に弾道弾迎撃ミサイルの大量購入、市街地戦部隊、イージスアショアの増設も議論になった。
しかし、その後の国際紛争の潮流から日本が国家を主体とする敵と交戦する可能性が低下した。
そのため、自衛隊の組織改革、自衛隊法の改正は小規模なものにとどまった。
一方、特殊能力使用を含むテロの危険性が増大したことにより、警察の執行隊は増強された。
近年機動隊が減少したことにより、自衛隊からの転職という形での人員提供もなされている。
しかし、同時に特能省への人員提供も行わなければならず、流入と流出という奇妙な事態が生じた。
このため、人員あたりの戦力を向上させるという名目の元、装輪戦車、機装具の配備に踏み切った。
これら重装備は特殊能力テロ対策となっているが、治安維持の為の威圧と非難する声も多い。