EP1アースシェイキング・オカマ・ショー中編②『颯斗の職歴』
特能省は日本の根幹を変えるような実績を上げると、その業務領域を広げ始めた。
結果、『第二の法務省』『影のFBI』『第二の経産省』『第二の厚労省』と様々な呼び名で
呼ばれるようになった。だからその一期に採用されたことが黒木に矜持を持たせた。
初登省に際しては期待で武者震いした。しかし期待は現実に裏切られた。
労働推進室での黒木の仕事は『ハローワーク』以下だった。
黒木は数多のプロジェクトを手掛ける労働推進室の中でも中小企業担当だった。
労働推進と言ってもそもそも情報保護の観点から能力者と企業のマッチングが困難だったのだ。
「そんなに情報保全のコストが高いなら新しいラインを組んだ方がましだ」、
そういう理由で企業側から特殊能力者の雇用を何度も断られた。
中小企業は社員を一人増やすだけで、生産効率は倍になるという神話を特殊能力者に抱いていた。
だから、情報保全のためのコストは毛嫌いされる。
自分の会社にマッチした特殊能力者を雇い入れても、もし辞職されたら保全コストが全部無駄だ。
だったら通常の社員を増やし、設備投資に回した方が堅実と判断される。
これは賢明な判断だと黒木は思う。
仮にマッチングしても企業の情報保全体制が整ってないと判断されると上からストップがかかる。
この時は罵詈雑言を浴びせかけられる。
「おたくのせいでムダ金をどれだけ出したと思ってるんだ」、これが大体の中身だ。
そして、相手が訴訟しようとしたところで特能省から『示談金』が支払われる。
労働推進の観点から訴訟で特能省の悪名をとどろかせるよりもいいという判断だ。
だから黒木が携わっていた中小企業向けの労働推進業務は忙しく、そして無意味だった。
それでも特能省の三文字は自分の中でわずかな誇りを抱かせていた。
そして採用から二年が経った時、ちょうど今から二か月前辞令が下った。どこか期待していた。
一期生の出向は初めてで大体特殊能力に関する研究機関じゃないかという噂が立っていた、
他省庁のキャリア組はこの時期になると留学していた、そういう理論だった。
現在は留学先なんてないのだから、どこかの地方でいい思いをしているらしい。
『東京都 青少年治安対策本部 特殊能力者生活相談室』
それが黒木の出向先だと官報に記されていた。
「お悩み相談室が出向先だって、それも都庁だ」、人目も気にせず黒木は唇をかみしめた。
その文字を何度も読み返した、驚きはすぐに失望へとつながった。それが約二か月前。
東京という言葉は、今やゴーストタウンに近しい響きがある。
そんな鬱屈とした思いを胸に黒木は新たな職場へと向かう準備を整える。
黒木は『特能』のIDカードをつけず、新しい『都庁』のIDをつけ、スーツに着替えた。
だが、すこしばかり考えて、見栄で特能のIDもつけていくことにした。
それに、どこかで役に立つかもしれない。
母の部屋に入る。部屋は大きな介護用ベットが面積の半分を占めている。
寝たきりの母に仕事に行ってくると伝えた、母はわずかに手を振ってくれた。
それを作り笑顔で見届けると母の部屋を後にした。
母は認知症とそれに伴ううつ病を併発している。保護施設に入れた方がいいかと何度も勘案したが、母が正気を失う寸前に「家で死にたい」と言っていたことから自宅で介護している。
しているというのは正しくない、難民のヘルパーを雇い入れ、委託している。
難民といっても特殊能力者難民の身内だ、黒木の仕事に支障はない。
むしろ特殊能力関連難民の生活経済の安定という意味で推奨されるべき雇用だ。
革靴を履き重い足取りで新しい職場へと向かった。代々木の実家から都庁へは歩いた方が早いが、バスで向かうことにした。都庁まで歩く気がしない、それに都庁まで『一人』で歩くのは何か嫌だ。家を出ると細い小道に出た、ぎっしりと家々が連なっている。
だがほとんどが空っぽの器だ。
大通りまででた、が人はいない。綺麗な街がそのままそっくり死んでいる。
スプレーで己の縄張りを主張し、ゴミを道に捨てる輩すらも東京から消えていた。
代わりに送電線にカラスや雀がちらほらとたむろしていた。
電柱を地中に埋めると言っていたのは何年前か、黒木は思い出そうとする。
結局東京から人がいなくなったせいで、その話も立ち消えした。
オリンピックは国際情勢が急展開の連続で臨むべくもなかった。
黒木は一昔前のことを思い出しながら歩いている。
そうするうちにバス停につくと、ちょうどバスがやってきた。
バスに乗り込み車内を見渡す。数年前ならぎっしりと人が詰まっていたバスの乗客は、
今や両手で数えるほどしかいない。老人か、役人っぽい人間しかいない。
東京は日本一の過疎地となっている。都庁への出向が嫌だったのはそれが理由だった。