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EP1アースシェイキング・オカマ・ショー中編①『日本と特殊能力者』

 黒木颯斗を巡る物語は一旦、時間をさかのぼる。

黒木が酔っ払った震源地へと化したオカマを巡る事案の対処責任者となった、その日の朝だ。

2022年3月1日金曜日の朝の事である。

この日は晴れてはいるが、底冷えするような意地の悪い風が吹いていた。


 黒木は枕元のバイブレーションで、チープな冒険ものの夢から現実へと引き戻された。

内容は、ええと、確かスパイものに出てくるようなミサイルとか積んでるスポーツカーに乗って、

国際テロリストの拠点に乗り込むんだけど、ミサイルの撃ち方がわからず返り討ちになる夢だった。黒木はつぶやく、「冒険ものじゃない、コメディーものだな」


 手元に『手段』はあるのに使いこなせない、まるで昨日までの自分みたいだ。

そう思うと一層憂鬱な気分になった。


 震えるスマートフォンを手に取り見つめると、時間は午前七時三十分を示していた。

普段なら青ざめて布団から飛び出す時間だった、が今日からはそうする必要もない。

なくなってしまったといった方がいいか。


 古い家屋にありがちな目ヤニをこすり落とし、ゆっくりとベッドを抜け出す。

姿見を覗くと労働からくる疲労とは違う、やつれた27歳の男がそこにいた。

元々は温厚そうなインドア系の顔が、やつれたせいで病人みたいだ。

短くもなく、長くもない黒髪に寝癖がついている。

久方ぶりのまとまった睡眠もなんだか虚しいものに感じられた。


 なにせ今日から東京都庁への出向が始まるのだ。

黒木にとって出向は退屈な日々が始まるのと同義であり、また自分の職務に対してわずかに残っていたプライドを打ち砕くには十分なものだった。

パジャマを脱ぎ、パンツ一丁になると部屋を出て、足を重力に任せるように階段を降りる。

薄暗いリビングで作り置きの肉じゃがを食べる。

リビングはすこし埃臭い。朝食を食べ終わると、洗面台で髪を整え、クリーニングのタグが付いた ままのワイシャツを着てスーツを着る。

タグを取り外し忘れたことに気が付いたのは家に帰ってからだった。


壁にはIDカードが掛けてある。

IDには「特殊能力省 生活局 労働政策課 労働推進室係員」

という長い肩書とともに自分の顔写真が貼り付けられている。


 そう、特殊能力省。


 平成の終わり間際、常識と諸々の原理原則を平然と覆す特殊な能力を持つ人々の存在がとある事件により明らかになった。

その能力は創作の世界から飛び出してきたようないわゆる「想定の範囲内」のものから、

それから逸脱したものまで能力は多種多様だった。

その人々を公式に『超能力者』と呼称するのは何となくはばかられたので『特殊能力者』という  呼び名に決まった、そんな噂話を省内で小耳にしたことがある。

確かに超能力という言葉は万能なニュアンスを帯びているし、俗っぽい。

今じゃ『超能力者』という言葉は俗っぽさを通り越して差別的な意味を帯びだしている。

黒木としては特殊能力者という呼称はポリティカルコレクトな選択肢だったと思ってる。


 特殊能力省は国家行政法によって『特殊能力者の権利保障と社会参画促進を図り』、

『並びに特殊能力を活用した経済活力の向上を図るため』に設置された。

特殊能力省、略して特能省はかなり新しい省庁だから職員は各省庁職員の出向やヘッドハンティングで賄っている。特能省がどうやって他省庁の官僚をヘッドハンティングしたのか不明だが、

二〇一九年の末にはほぼ現状の組織編制になっていた。


 特能省の組織の半分は『法務』や『労働』、『産業』といった行政区分がフィールドだ。

この分野では行政区分が重複する他省庁とはそれなりの協力体制が出来ている。

「縦割りながらも意思の疎通は昔のそれと比べると格段にいい」、上司は感心していた。

上司は元々経産省上がりでそこで通信インフラの整備をやっていたのだが、

 電波監理を行う総務省、そして海外や通信会社からの圧力でかなりヤラれたらしい。

だが特能省は特殊能力関連技術を専有しているから、他の省庁は大抵従う、

もしくはそれ以上の省益を得んがためむしろ特能省に敢えて花を持たせる。

それが愉快な反面、古巣が情けないとか不安感があるとも経産省上がりの上司ははこぼしていた。


 そして特能省の残りの組織は特殊能力者の安全な生活基盤を確保する為、

そして特殊能力犯罪者に対処する為の『警察行政』を占める。実体は犯罪祖組織が特殊能力者を

利用しようとするケースへの対処が大半だ。黒木はあまりこの分野の事をよく知らない。

『警察行政』部門の組織図のある程度は頭に入っている程度だ。

警備局、特殊能力対策局、情報部、そして人事部などが並ぶ。

行政区分ごとに人事部が独立しており、黒木が所属する『民生部門』と全く異なる組織形態なのだ。特能省の警察部門は最早、同じアパートに住む赤の他人といってもいい。


 警備局の下には組織犯罪から特殊能力者を守る捜査一課、

同じ内容だが相手が外国、テロ組織と変化する捜査二課が連なる。

捜査一課が最も大きい勢力だと聞いていた、一課だけが各都道府県に拠点を持っている。

そして一課と二課はかなり緊密な関係らしい、なんでも手柄を共有にしてうまく回しているらしい。

特殊能力対策局は、そもそも特殊能力を悪用した犯罪、テロの頻度が少ないため

「局」扱いにとどまっているらしい。だが、『戦闘力』は省内でも抜きんでている。

一度、上司の代理の代理で部隊の観閲式を見学したが、攻撃ヘリや、戦車まで持っていた。

素人目だが、自衛隊と同じか、それよりも潤沢な装備を持っているはずだ。

情報部のことはよく知らない、機密事項なのだろう。

いずれの組織も警察庁、各地方警察、防衛省、自衛隊、内閣官房の情報調査室、

そんなところからのヘッドハンティングのみで賄っているらしい。


 そして黒木は新たに設けられた特能一般職の一期生に採用された。

一般職といえば他省庁では「ノンキャリ」と言われる立場だが、特能省には「キャリア組」の

総合職採用がない。特能省幹部も人事部も将来的にもキャリア採用する算段はないと断言している。

優秀な他省庁からのヘッドハンティングと、たたき上げから押し上げたノンキャリ幹部の

ハイブリッド組織を目指すという方針だと言っていた。省庁間の折り合いは、古巣をよく知る者に、政策の基本骨子は現場上がりに任せる算段だ。だから、特能省では一般職採用でも他の省庁の「ノンキャリ」とは同列でない。むしろ、現代日本における特能省の重みを考えれば十二分に『エリート』だ。


 この国の経済は特殊能力者によって根本から変質したと言って過言ではない。

原産国にはなれない、極東の小さな島国がとれる方針は一つだけだった。

原料を輸入し、加工して輸出する、もしくはその技術を海外で生かす。

しかしこの方針は原料の価格や輸送路、そして為替相場によって大きく左右されがちだ。

生産業を内需で支えると言っても限界が見える。こうした危ない橋を、戦後から渡り続けてきた。


 だが、特殊能力者を産業活用してからその方針の根本から変わった。

特能省はエネルギーを自給化し、生産と資源の再利用効率を大幅に押し上げたのだ。

自国で生み出した原料を、独占した技術で加工し輸出する方式に変えた。

原料が途絶える心配もない、為替相場によって安値で勝負を仕掛けてくる商売敵もいない。

そもそも特殊能力者が世間に知られるようになってから海外の産業は著しく低調だ。

だから、その唯一の新採用枠に滑り込んだ黒木を含めた一部の若者は『金の卵』であるのだ。


『日本の特殊能力政策』

 日本の特殊能力政策は広範な産業における活用が骨子となっている。

他国のそれが軍事活用や軍需産業、原子炉等限られた産業への転用とは好対照である。

日本では低需要の生産物であっても、その生産と特殊能力がマッチすれば特殊能力者を雇用できる。


 また複数の特殊能力を掛け合わせる研究を行っているのは治安が安定している日本のみである。

これは物体へ影響を与えた特殊能力を恒常化する唯一の能力者が日本人の為である。

 現在この能力を活用し、特殊能力で一度高温に温めた合金を一定期間温度維持する

永久機関に等しいエネルギー生産施設『恒温炉 みろく』が開発中。


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