EP1.5幕間『市街戦』
廃墟街と化した大阪の中でも最も凄惨な状況にある、あいりん地区の街角、
そこに二人の男が立っている。男達は懐にノリンコ製92式手槍——拳銃を潜ませている。
廃墟街に西日が差す、奴らの同僚の何人かは今日もう既にこの世にはいない。
男達を超え、更にその先の十字路を超えた先に元は安宿の中国マフィア中規模拠点がある。
他の拠点と連絡が不通になり、こうしていつもより広い区域で警備を回しているのだ。
この二人の男達の他に拠点の周囲の交差点には四人の男が立っている、無論武装はしている。
男達はこの拠点を守っているのだ、無論東和会構成員であることは言うまでもない。
武器を隠し持つ者が醸し出す、特有のモーションを山崎は見逃す筈もなかった。
山崎は浮浪者の恰好をしているが、所属は特殊能力省特殊能力対策局の通称『特能狩り』と呼ばれる特殊部隊の隊員である。山崎は前進警備をしているマフィアの二人と車道をはさんで向かい合う。
ただし山崎は片手には安酒の瓶を握り、時折それをあおり、酔っ払いを演じている。
特能狩りの総数は増強1個中隊300人だが、その半数が現在大阪に投入されている。特殊能力犯罪者の中でもテロ、大規模殺人を犯した者を即座に『処分』するべくして創設された部隊がマフィア狩りに投入されているのは、ひとえに特殊能力省警備局局長と警備部門審議官の鶴の一声によるものだった。山崎はブリーフィングで奴らの罪状を叩きこまれた。特殊能力者家族の拉致監禁と特殊能力者への恐喝、特殊能力を用いた偽札づくり、その他諸々。更に最近では中国からの難民を吸収しようする節があるらしい、これは国民の反難民感情を増長させかねないと繰り返し述べられた。
日本の生命線は特殊能力政策であり、中国からの特殊能力難民の受け入れが困難になれば国家の 戦略方針すらも転換されかねないため『深く憂慮』している、と警備局長は述べ、
作戦目的を『犯罪を行った東和会構成員の逮捕』ではなく『東和会拠点の制圧』であると明言した。つまり逮捕は関係なくて拠点を抑えればよく、その間に抵抗してくるものが居れば射殺もやむなしということに他ならない。そもそも特殊能力省は警察と違い、無警告先制で銃火器の使用が認められている。山崎の古巣である自衛隊でもそんなことは滅多に認められるものではない。
山崎はこの目の前の二人を消音器付きの拳銃で殺すことが命令されている。
遠くの通りからトラックの低いエンジン音が響いてくる、偽装した機装具の運搬車だ。
もうすぐ作戦開始時間だ。酒に酔ったふりをしながら立ち上がる。
千鳥足で車道を渡り、敵との距離を詰める。拳銃の有効射程は短い。
男達がこっちを見てくる、『酔っ払ったホームレス』への侮蔑の目だ、
まぁいい、そうやってのんきに残り少ない命を楽しんで使え。
車道半ばに差し掛かる、イヤーピースから小隊長の作戦開始の命令が下る
山崎はとっさの機転で男達の背後にあるビルを指さし、驚いた声を上げてやった。
構成員は訝し気な顔をして振り返る、その瞬間山崎の放った亜音速弾により、頭蓋骨は砕け、
彼らの脳漿と脳とがビルの壁にピンクの華を咲かせた。
どこからともなく4人の同僚が現れ、次の交差点にいた4、5人の男達を音もなく掃射した。
彼らは昆虫の顔染みたフルフェイスのヘルメットを被っている。これは小銃弾を弾くだけでなく、
式統制、必要な動画のリンクをリアルタイムで映し出すヘッドアップディスプレーも内蔵しており、
更に生物剤、化学剤、放射性物質への防護マスクの能力も持っている万能装備だ、重量を除けば。
そのうちの1人が山崎に自動小銃を渡す。彼らは全身防弾装備だが、山崎はあいりん地区で手に入れたボロ服しかもっていない。山崎はこんなチンピラに不覚を取られる覚えはないが、安全優先ということでバックアップとして彼らの最後尾に付いた。もう既に他の四つ角も制圧済み、残るは拠点となる安宿だけだ。ありがちな事務所を拠点にすればよかったものを、連中は一室一室クリアリングしなければならない安ホテルを選んだ。だから、こっちも強硬策で行くことにした。
山崎達はそれぞれの死角をカバーする隊形を保ち、拠点を囲む四つ角まで前進した、安い作りの
古いビルを盾に陣取る。先頭の太田が小型カメラで敵の拠点の様子をうかがう。この映像は機装具とHUDヘルメットをかぶった隊員で即座に共有される。敵は四方の警備を倒されたことにまだ気が付いていないようだ。山崎が交差点を確保すると、偽装したトラックが山崎のそばまで前進した、
トラックから機装具が降り立つ。通常は12.7mm重機関銃があるはずの腕にはその代わりにオートマチックグレネードランチャーが握られている。装填してあるのは着弾と同時に爆破し、
破片で敵を殺傷する『てき弾』ではなく、催涙弾だ。これを安宿の窓から各部屋に打ち込む。
機装具は撃ってくれと言わんばかりに交差点へと躍り出た。
機装具に気が付いたマフィアどもは狂った様に銃を撃ちまくる、安ホテルのロビーから、
畳一枚もないような狭い部屋の窓から、隠し拠点の他のビルから、いたるところから。
何れの構成員も銃声収音マイクとIRセンサーによりその位置を即座に特定される。
彼らの弾丸どれ一つ機装具に傷をつけることすらできない。敵の位置の把握を完了した機装具は
グレネードランチャーによる掃射を始めた。火器管制装置による極めて精密なそれは掃射というより連続した狙撃に近い。
最初マフィアどもは拍子抜けした風だった。
催涙ガスとは笑わせる、俺達を殺したいなら大砲でもミサイルでももってこいと言いたい様な顔だ。
その顔を見て山崎はほくそ笑む、こいつら何もわかっていない。
この催涙ガスは吸引すると痛覚を刺激する物質を脳内で生成させる物質が含まれている、無論特殊能力が
生産過程に関わっている。痛覚過敏物質生成材以外は一般的なデモ隊にも使われる催涙弾だ。
特能狩りでは必ず一回こいつの洗礼を受けることになる、気密室の中でコレを吸わされるのだ。山崎はあの時これを撃たれるくらいなら殺してくれと思ったものだ。体は胎児のように丸まり、本当に窒息死するのではないかと思った。そして痛覚過敏という障害を抱えて生まれてしまった人々の存在に初めて気が付いた。それから山崎は毎月ワンコイン程度であるが慈善団体に募金をしている。
案の定、ガスの霧が広がると銃声が止んだ。痛みのあまり自殺しようとしても、自分に銃口を
向けることすら敵わない、そういう痛みだ。胎児のような体勢でうずくまるのがやっとだろう。
静かなドヤ街にうめき声が木霊する。同僚たちはフルフェイスヘルメットのマスク部分がきちんと 密封されていることを確認すると隊形を整えスの雲の中に突入していく。
山崎はこれじゃ想定より生存者が出たなと思った。
この結果では回りくどい言い方で『殲滅』を命令した警備局長は渋い顔をするだろう。
だが、ただでさえ燃えやすい安宿にてき弾を打ち込めば拠点は焼失し証拠も集められないだろうし、下手をするとマスコミに叩かれる。かといって一部屋一部屋クリアリングするのではこっちが被害をこうむりかねない。小隊長立案の催涙弾で『半殺し』にする作戦は正しい判断だと思った。
それに逮捕された彼らは内戦真っ最中の中国に送り返され、懲罰部隊で戦線へ送られるか、死刑かの
二択を迫られるはずだ。だから、ここでどうこうしようとしまいとあまり関係はない。
山崎機装具とバディーを組み、車道をふさいで逮捕者輸送に送られてくる大阪府警銃器対策部隊の前進位置を確保することになっていた。バスが三台は必要だし、逮捕者を捌にも1個小隊欲しい。
なにせこの拠点だけでも最初に始末した警備6人が4か所にいるから24人、3交代なら72人いる計算になる。それでもただの警備要員だけだ。警備対象の人員を勘案するとそれなりの数だ。
山崎の後ろで複数の銃声が聞こえる、この銃声はライフルと拳銃だ。
恐らくここに来る手はずだった大阪府警とここ周辺にいる東和会の連中が撃ち合っている。
だが、大阪府警は20式装甲輸送車と21式機動戦闘車の警察モデルを持ってくるはずだ、
警察は特殊能力関連装備の痛覚過敏催涙ガスを持っていないから、真正面から撃ち合うことになる。
東和会はここで殺された数の倍は損害を被るだろう。
ここが落ちたらいよいよ本丸だ、まさしく頂上作戦となる。
ここは殆ど有効な抵抗もなかったが、次はどうなのだろうという一抹の不安と、
同時にこの編成、練度、装備なら大丈夫だろうという安心感が芽生えていた。




