EP1アースシェイキング・オカマ・ショー後編⑦『感謝』
ジェリーの男泣きは十分も続いた、たった十分と言えど、ジェリーには長い十分だった。
戦場じみたあの光景でもジェリーは泣きはらしていたが、意味が全く異なる涙だった。
ジェリー以外は顔に安堵を浮かべている、植山も、赤沢も、滝も、そして黒木も。
「ようやく落ち着いたわ、皆のお陰でお店も再開できそうだし、本当にありがとう」
赤い目を擦り、ジェリーが声にならない声で礼を述べる。
皆、『これが仕事だから』といいたげな表情で返す、何か言うのは野暮だと思って——
「よし、これにて一件落着。相談完了」
なかった、時代劇の登場人物よろしく植山が大見得を切る。
「空気読んでよ、全く。とりあぜ仕事は終わりね、室長に連絡するわ」
赤沢が携帯電話をとりだし、真矢に連絡する。
「じゃ、ウチの仕事も終わったんでお先ー。ジェリーさん、お店の話絶対実現させますから」
滝がジェリーに手を振る、やっぱりこの男は態度の軽薄さと人物が一致しない。
「ありがとね、お店にも来てね。もうここの皆ずっとタダだからだから」
ジェリーが泣きはらしすぎた為濁った声で返す、涙で濡れた手で振り返す。
「それはわるいなー、まいっか」
一瞬困り顔を浮かべた滝がドアを抜け、暗い廊下へ消えていった。
赤沢が携帯の通話をきり、ポケットに仕舞う。
「こっちもお仕事終了、各自撤収していいって」
「撤収してもいいって言われても、こうお涙頂戴の場面で言われても困りますね」
黒木は素直な意見を述べる、実際ジェリーはうっすらと涙を浮かべている。
「それなんだよ、相談室の悩み第一号。撤収許可は出るけど、命令が出ない」
植山が愚痴を言うが、口調はジェリーへの当てつけにならないよう至極丁寧だ。
「解決、ね。そうね解決したわ。お店も返ってくるし、私のトラブルも解決した訳だし」
ようやく平静を取り戻した声でジェリーが告げる。
「私一人でもう大丈夫よ、皆」
「そういわれても……どうしましょうか。こんな時間ですよ」
黒木の腕時計はあと僅かで三時を回るところだ。
「明日、というか今日の九時から出勤ですよ」
いくらことが円満に解決したからといって、それまでの労力が帰ってくるわけではない。
黒木はジェリーに申し訳ないと思いつつも、げんなりとする顔を隠しきれない。
「黒木、安心して今日の勤務は予備班が埋め合わせするって」
赤沢がさも当然かのように告げる
「こういう風にね、突発的な相談案件で二班じゃうまく回せないからもう一個班がある訳」
「なるほど、説明じゃ仕事もないのに整備されてるなって不思議に思ってたんですよ」
「ま、毎回こういう仕事じゃないのよ。特殊能力者の家に相談を聞きに行くのが普段の仕事」
「私、一度も相談室行ったことないもの、いつも二人がお店に来てくれてたってわけ」
ジェリーがおばさん特有の手をひらひらさせて悪びれずにしゃべる。
「勘弁してくれ、そのせいでお前、退勤後にお前の店行く羽目になったんじゃねぇかよ」
「それだけのサービスはしたつもりよ、これからはもっとサービスしてあげるけど」
「おい、あの『お別れのキス』とかいうのがサービスなのか、もうあれで十分お手上げだ」
植山が文字通り両手を挙げて、首を横に振り困惑してる。
「もーイケズなんだから」
ジェリーは大笑いして冗談っぽく植山をからかう。
「よし、ジェリーはもう元気だな。俺らは帰るぞ、黒木家まで送っていってってやるよ」
植山は椅子から腰をあげる、赤沢も床に置いていたアタッシュ——否短機関銃を肩に掛ける。
「じゃぁね、ジェリー。明日は多分警察に締め出されると思うけど、直ぐ営業再開できるわ」
赤沢はつとめて優しい声でジェリーに語り掛ける。
「ありがとね、美咲チャン。お店で待ってるからね。あと、黒木クン」
急にジェリーの視線が黒木に向いた。
さっきの様な『情熱的』な視線ではない、暖かく優しいものだった。
「あなたは私の命の恩人、もちろんここにいる人全員だけど。あなたが居なければ多分私死んじゃってた。だから本当に感謝してるの、本当にありがとう。また会いましょう、絶対」
「はい、絶対。お店に伺います」
強くうなずいて返した。これまで仕事でこんなに感謝されたことがなかったせいか、目頭が熱くなるのを止められない。
「それじゃあ、ジェリーさん。また今度」
そういうと黒木はドアを開き暗い廊下へと踏み出した。
植山は病室の前についた警護の警官に中の患者にはもう問題ない旨を申し送り、
赤沢は東洋会の残党がジェリーを襲う可能性を一応示唆しておいた。
それを聞いた哀れな警官は飛び上がり、牛込警察署に応援を求める連絡をしている。
「安全っていっても特殊能力者の病室に二人しか貼り付けてなかったから嫌がらせしたの」
とは赤沢談。確かに拳銃を持った警官二人ではマフィアに襲われたらひとたまりも無い。
警察もテロや、特能関連事件に対応し重武装化したといっても、変な所は昔のままだ。
暗い廊下を通り、夜間急患受け入れ口を目指す。廊下にはさっきの医者が立っていた。
「患者に打ってた薬、アレなんていうんですか。血中アルコール濃度も平常値にしたアレ」
彼の言うアレとは特殊能力で生成されたアルコール分解促進剤だ。
あからさまに特能関連の情報を聞き出そうとする医者の態度に黒木は身構える。
「あれは薬剤じゃなくて『装備』なの、特能関連情報でも防衛系だから教えられない」
赤沢がきっぱりと言ってのける、ただ黒木と違い身構えもしてない。
「何故アレに興味を持たれるんですか、先生」
威圧するでもなく、単に自分も相手の動機が気になったように植山が問う。
「あ、スパイかなんかだと思われてるか。いやいや、違うんですよ」
困ったなと医者は白髪交じりの頭を掻く。
「いえね、東京中のかなりの病院が地方移転しちゃって、ウチが数少ない急患受け入れ病院なんですけど。月に一回くらいかな、急患で酒を飲みすぎた特殊能力者が来るんです、
酩酊状態寸前の。救急救命士が話を聞くと『飲みすぎちゃって能力制御できなくなるかも』って言う199番する場合が多いんです、酔っててもギリギリ理性保ってるんでしょうね」
医者はいくつかのカルテを持っていた。
「このカルテに書いてあるのがそんな例なんですけど、まぁ生理食塩水を打って終わりっていうのが多いんです。ただ、いつ事故が起こるかと現場も特殊能力者本人も冷や汗ものだから、ああいう薬剤が病院にもあればいいなと思った訳で。そんなスパイとかじゃないです」
「まあ、確かに悪用の目的がかなり限られる部類だからな、どうにかなればいいんだが」
植山は医者に同情する立場に回った。
「ちょっと待って。先生の権限ならコレの存在は知っててもおかしく無いはずよね」
赤沢はあくまで疑う姿勢を崩さない。
もしかしてこれは『優しい警官悪い警官』じゃないかという疑念が黒木に生じた。
「いえ、僕の区分は民生系だから防衛系となると全く蚊帳の外なんですよ」
「なるほど、じゃあ一応事故防止の為ってことで特殊能力者に限って使用可能になるかも」
赤沢は納得したのか、それとも実益を鑑みたのか、いずれにせよ新たな選択肢を示した。
「でもどこに出せばいいんだろう……警備局。ちょっと違うか、うーん……」
選択肢は示したものの、赤沢も困惑してる。
「もしよろしければ、僕が同期にこの問題を共有しますよ」
被疑者と警官の間に黒木が新な手が差し伸べた。
「同期っていっても採用二年目ですけど、皆手柄欲しがってるから多分うまくいきますよ。
扱うものが防衛系だから多少時間かかるでしょうけど。ダメもとですけど」
「話を聞くに、アレは最初からダメ元だね、期待しないで待ってるよ。でも、ありがとう」
医師は手を黒木に手を差し出し、黒木が握り返す。
これまで一度も言われなかった感謝の言葉を今日だけで何回言われたか、
黒木は相談室への出向も悪くないと思い始めた。
三人は医師に別れを告げ外に出る
「思ったより寒いわね」
赤沢が身を縮めませ、両手を口に当てる。
「コート着てくればよかったですよ」
黒木も両手を口に当てる、吐息が暖かい、さっきの医師の手のぬくもりが懐かしい。
ただ、寒さが眠気を覚ましてくれるのも確かだ。
三人はSUVに乗り込み、人のいない静かな町へと繰り出した。




