EP1アースシェイキング・オカマ・ショー後編⑤『来訪者』
「ま、特能省が東和商会からお店を返してくれても、続けるか迷ってるんだけどね」、
ジェリーは憂鬱な雰囲気でため息を吐いた。
「やっぱり売り上げが少ないか」、植山の声も暗い。
「そうなの。維持費だって私の特能給付金で賄ってるから、実質大赤字って訳なのよ。
先代から引き継いだ、せっかくのお店を無くしたくはないんだけど、残すだけでも大変」
うっすらとジェリーの瞳に涙が浮かぶ、ジェリーはサイドテーブルにあったティッシュボックスから何枚も抜き取り、大きく鼻をかみ、涙を拭いた。
「それに、お客さんが来てくれない店を続けてても、先代のお墓参りもできないわ」
ジェリーにとって店は、単なる労働を行う場所以上の価値があるのだ。
「僕は、ジェリーさんが羨ましいですよ」、初めて黒木が口をはさむ。
「僕にとって職場なんてただ働くための場所でした、それ以外に価値はないんです。
でもジェリーさんにとってのお店は、それ以上の価値がある。それって重要なことじゃないですか。
お客さんが来なくったっていいじゃないですか、大疎開で東京どこもすっからかんですよ、
人がいないんです、客足が無くても当然ですよ。それはあなたの負い目でもなんでもない。
だから、胸を張ってジェリーさんがパトロン兼経営者でいいじゃないですか」
黒木は珍しく熱くなっている自分を自覚しながら、長セリフを吐いた。
病室にいた全員が黒木を凝視する。
あくまで黒木の自分勝手な、人の気持ちも知らない意見なのも十分承知だ。
怒られたって、殴られたってかまわない、だが自分が持っていない大切なものを、
ジェリーがあっさりと捨てるのが我慢ならなかった。
「そうね、黒木君、ちょっと、ううん、しっかり考えてみるわ。ありがとーう」
ジェリーは『とーう』に妙なイントネーションがある、そしてその『とーう』に合わせて
抱き着こうとする。ジェリーがベットの柵を乗り越えようとするとドクターストップがかかる。
またもやこの医者に救われた。
「皆も私の店来てよね。私の命の恩人が来たら先代もきっと喜ぶから。サービスするわよ」
「いや、本当なら今日お前の店行く予定だったんだ」、植山が参ったなと頭を掻く。
ちょっとまて、東和商会が店を乗っ取っているなら……
「今日ジェリーさんの店に行ってたら、僕たち東和とか言うのと鉢合わせしてましたね……」
冷や汗が黒木の背中を滑り落ちる。
「そうね、歓迎会兼銃撃戦になってたかもね」、赤沢がしれっと言ってのける。
「でも安心して、一次会でちょっと酔っ払ってるっていっても私は元SPだし、車は防弾。
ちょっとしたマフィア相手なら、銃対《銃器対策部隊》を呼ぶくらいの時間は稼げるから」
本当だろうか、結構酔っ払ってたよな赤沢は。
ドアがノックされる。
「特殊能力省特殊能力評価委員会の滝匡司でーす、ジェリーさん入りますよー」
黒木はその軽薄な口調とその名に覚えがあった。
横開きのドアが開く、そこには名乗った所属と釣り合わない恰好の男が経っていた。
短い金髪にクロームのネックレス、マスタードイエローのジャケットを薄いセーターの上に着こみ、
質の高そうなデニム、シンプルだがブランド物のスニーカー。
一昔前には渋谷系と言われていたファッションの若い男が経っていた。
「黒木、おひさー。聞いたよ、今日出向したばっかりなのにマジで大変だったな」
「参った参った。でもまぁ、無事解決したからよかったよ」
「ホント、大活躍だったな。吉原なんてけっこー悔しがってたぞ、『一番槍取られた』って」
滝も黒木も笑い出す、吉原はやたら恰幅の良い、そして極めて野心家の同期だ。
赤沢も植山も口調の軽さとこの出で立ちにあっけにとられている。
だが、彼は間違いなく黒木の同期だ。滝は一見軽そうに見えるが、内実、同期の中では特殊能力者の人権擁護派の急先鋒、感情論ではなく論理派だ。
元々東大法学部で国家の役割と人権の両立を学びつつ、趣味の音楽活動やイベントサークルを通じ、マイノリティーに分類される人々と交流してきたと言っていた。
今でこそ評価委員会という部署だが、出世できなくてもいいから法務系で勤めたいらしい。
滝は同期の中でも結構な頻度で己の主張をする論客の一人だ、曰く
『現在、特殊能力者の人権確立に手が回る国は日本をおいて他はない。他の国は単なる『兵器』か『殺戮対象』としてしか見なしていない。その日本ですら大抵は『工業設備』としてしか見なしていない。特殊能力者はパワーを持ったマイノリティー、つまり国家にとって最も扱いにくい分類の人間であり、悪いことに、特殊能力者同士のコミュニティーは無い。つまり個別では扱いづらいが、 まとめて『処分』するのは楽だ。世界中に散らばっても結束を守る華僑の様なパワーがない。
だから彼らの人権を一刻も早く、そして人としてまっとうな形で確立しないと、彼らの人権を生み出す機会が失われてしまう』というのが目下の問題らしい。
つまり人は見た目によらないと言われるが、ことこの男はその度合いがすさまじく高い。
「あ、信用してないっスね、お二方」、滝は赤沢と植山を見やる。
「これ見てください、あとウチは服装は自由なんスよ。ほらお堅い服装だと浮いちゃうところにも行くでしょ、ウチの部署。それに扱う情報の機密度も——」、滝はIDカードを見せる。
「植山ちゃん、赤沢ちゃん、彼は本物よ、安心して」、ジェリーが告げる。
「それより滝君、お久しぶり。特能省のお役人さんになるなんて驚いたわ」
「滝、ジェリーさんと知り合いだったの」
この口調からして滝との付き合いはジェリーのほうが黒木より長い付き合いだ。
「うん、大学時代にサークルで開いたLGBTのクラブイベントでショーやってくれたんだ」
「あんな大勢の前でショーできて楽しかったのよ、私たちも。ありがとね」
ジェリーが昔を懐かしんでいる、今の東京では望むべくもない光景だ。
「それで、評価委員会のあんちゃんが何の用だい」
植山が口をはさむ、イライラした口調ではなく本当に来訪の目的をはかりかねる様子だ。
「そっした。ジェリーさん、良いニュースと悪いニュースどっちから聞きたいっスか。
ちなみに良いのが二つ、悪いのが一つ」
「悪い方から聞くわ、良い思いをしてから突き落とされるの嫌だもの」
「それじゃこれを」、滝はジャケットのポケットから箱を取り出した。
それを、童話で王子がプリンセスに指輪を送るように、跪いて、うやうやしく開いて見せた。
中には指輪でも宝石でもなく、男物と思われる太い銀色のブレスレットが入っていた。
「ジェリーさんごめんなさい、ジェリーさんの腕の太さにあう女性ものが無くて……
これは一部の特殊能力者に着用が義務付けられていて、GPS、街頭センサーに反応して居場所を把握するようになってます」
滝は嫌そうに話す、当然だ人権派が監視システムに特殊能力者を組み込もうとしてるのだ。
「それとアルコール量が一定数に達した場合やその他薬物などで能力が制御不能になった時の為にアルコール分解促進剤と麻酔薬が入ってます。つまり安全装置です」
本当に滝は悔しいのだろう、その思いをバネに彼の望む形で活躍してほしいと黒木は願う。
「24時間着用してください、ゼッタイ女性向けのデザインのものに取り替えますから」
「滝クン、お心遣いありがとね。つまりアタシは常に監視されてるワケね」
「そうです」
「いいわ、私隠すことなんてなんにもないから。股の下を監視されてもヘーキよ」
ジェリーは何ともなさげに返す、悔しそうな滝を気遣っているのは明らかだった。
「あざっス。上司と情報局にそう伝えときます」
滝はようやく普段の顔にもどった。
ジェリーの『接客』によって本音と仕事のジレンマに苦しむ『客』は僅かだが安らぎを得たようだ。




