表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/28

EP1アースシェイキング・オカマ・ショー前編②『新しいシゴト』


 

 地震を引き起こすオカマジェリーを取り巻く環境は最早戦場のそれだった。

突破不可能に思える警官の包囲陣、彼らが構えるライフルの照門がジェリーを捉える。 

警官たちの怒号じみた号令が飛び交い、それにサイレン、低空で旋回するヘリの爆音が加わる。


 修羅場の騒音の中でも聞こえるようボリュームを上げた結果、音が割れ、威圧的になってしまった

優しく冷静なトーンのネゴシエーションが寒い春の夜に響く。

ネゴシエーションは事件当初から実施されているらしかったが、

その効果は素人の黒木でも懐疑的だ。


 先ず黒木から見渡せるだけでも装甲車とやたらと威圧的な黒塗りのバンはそれぞれ四台、

上空にはヘリが飛び交う。普通のパトカーに至っては二〇台から先は数えるのを止めた。

そしてそれぞれの車の影からは銃口とヘルメットをかぶった男達の顔がのぞくのだ。


 こんな環境で交渉なんてものは成立しない、成立するなら交渉ではなく脅迫だ。

そんな状況で行われている()()を交渉と呼ぶのは全くのナンセンスと言わざるを得ない。

交渉担当者はどうかしているんじゃないか、黒木は毒づいた。

そんな相手を「相談可能に戻す」と言っている赤沢はもっとどうかしているのだが。


 だが、そうした黒木の考えとは無関係に、交渉らしきなにかは行われている。

温和な声が拡声器から響く、「繰り返すようで悪いけど、君は『特殊能力者』だね、そうだね」

「この地震は君が起こしているんだね」

「一応取り囲んではいるけども、君が地震を起こすのをやめれば私たちは引き上げる」

「今自分の力を制御できていないのかな?だったら君を安全に保護する人を呼ぶからね」

一句一句をバカ丁寧に区切って話しかけている。

酔っ払った歩く震源地に冷静に対処してるつもりだろうが、及び腰なのは明らかだ。

まるで子供をあやしているみたいだと思った。


 「ちがうってば!そうじゃないの!ほっといてよ!」

歩く震源地となったオカマが必死に叫ぶ。

必死の形相だが、涙と鼻水でヌメヌメとした顔が一層滑稽だ。

オカマが大きく首を振りかぶると、スルリと金色の塊が落ちた。カツラが取れて、短髪の黒髪が

あらわになった。最早オカマというより、宴会の余興に担ぎ上げられた若手スポーツマンだ。


 オカマはカツラと同時にテンションも落としてしまったらしい。

外見も中身も一気にズタボロになった。オカマはカツラに目を遣ると改めて嗚咽を漏らした。

今度は平手ではなく、力を込めた拳で地面を殴る。さっきより揺れは大きかった。

殴られたアスファルトはひび割れ、揺れた信号機が点滅する。

装甲車に取り付けられた投光器の光は乱れ、ビルに映し出された男の影が踊りだす。

号令も拡声器もすべてが一瞬静かになった、だがすぐ倍の音量で響く。


 遂に警官隊の中に角ばった大きな人型のシルエットが加わった。

それは2mは優にある巨体に見合わず、全く足音を立てずトレーラから地面へと降り立った、

衝撃吸収材と油圧アクチュエーター相互作用がなせる業だ。

これは『機動装甲具』、通称『機装具』と呼ばれる武装強化外骨格だ。


 この機装具という物騒な代物は黒木にとってこの二、三年で見慣れた存在になっていた。

機装具は重機関銃、最新鋭の指揮通信システムと火器管制システム、偵察装置を装備している。

装甲も厚く、重機関銃を容易にはじき返せる上、対戦車ロケットへの防御システムも装備している。

機装具は日本警察が誇る特殊能力者対処に有効な新装備だ、大抵の戦場なら優位に立てる鉄の巨人。

黒木にとって機装具とは、職場の通用門に並ぶシンボリックな像でしかなかった。

だがこの戦場じみた状況では普段より攻撃的で冷徹なオーラを醸し出している。

この夜の体験で黒木は機装具への認識を改めることとなった。


 機装具は機関銃をオカマに向けている。オカマが動くたび、銃口もそれに合わせ動く。

つまり、機装具はオカマの急所へ精密に狙いをつけている。

ここでいうオカマの急所とは股の下にある二つの玉ではない。というか、既に玉はない。

頭蓋骨、脊髄、そして心臓。これらを同時に射貫けるよう、複数の機装具がリンクしている。

機装具はオカマのハートを物理的に射貫く死のキューピッドだ。


 それにしてもこのオカマショーには物騒な客が多すぎる。

黒木達を含め、全ての客が武装している、それも西部劇の酒場も裸足で逃げだす火力だ。

更に悪いことに相手が『桜田門組』だから用心棒を呼んでお引き取り願うこともできない。


 一層強を増した大地の震えと機装具の参戦に困惑を隠しきれない声で交渉が再開する。

元々が困惑するのが当たり前だ。本来警察が行うネゴシエーションは籠城とか人質事件における穏便な解決や治安組織が有利に立つための手段であって、オカマショーの幕引き役ではない。

「じゃあ、じゃあなんで、この地震を起こしてるのかな」

「ちょっとお酒が入っているようだけど大丈夫?お水でも飲むかい?落ち着くよ」

「あれ、お水もってないみたいだね、必要なら差し入れるよ」

警官隊が一瞬静かになる。多分全員が『えっ、だれが行くの?』と考えただろう。

黒木のすぐ脇にいた警官が「あの野郎勝手なこと言いやがって」と毒づく。


 「ふじゃけないでよ、私のか(・)ん(・)じ(・)ょ(・)う(・)は鉄なのよぅ」

そういい終わる前にオカマの口から透明なゲロがあふれでる。

オカマの言葉と裏腹に肝臓も感情もボロボロなのは明白だ。

投光器の光でキラキラと光るそれは、ゲロだということを除けば美しくさえ見える。

地震を起こすマッチョのオカマ。それを取り囲む重武装の警官隊や装甲車、強化外骨格。ゲロの滝。

オカマショーは正に最高潮を迎える。


 「相談可能な状態に戻す? 冗談はよしてくれ、交渉も通じないんだぞ」

「いくら僕が『特殊能力省』の職員だといっても、所詮事務屋じゃないか」

「オカマが特殊能力者でも、自分が介入する余地はないじゃないか、これはもう事件だ」

「特殊能力者の事件なら事件担当の部署を寄こせばいいじゃないか」

「なんで都庁の相談室に出向した今日の今日で俺が出張らなければいけないんだ」


黒木の心中は疑問と、相手のいない主張と、感嘆符とに満ち溢れ、決壊寸前になっている。


 、


『機動装甲具』通称機装具

全長1.2m 全高2.2m 全幅1.5m

基本装備 20式重機関銃(口径12.7mmテレスコープ弾)

     5.56mm狙撃銃

 本装備は元々特殊能力犯罪、大規模テロに対応する部隊の防弾服と装備の重量過多を改善する

為に開発された非武装強化外骨格を基にしている。

 非武装強化外骨格開発の過程で、新媒体を特殊能力で開発、バッテリーが小型化し、

アクチュエーター出力の体積割合が大幅に向上したた。

このため強化外骨格に武装と装甲、火器管制装置を盛り込んだ本装備の開発が決定された。

 あくまで過剰重量への支援目的で開発が源流となっている為『具』という名称が用いられている。

 

 現在は各都道府県警察と特殊能力省、海上保安庁(装甲を削減し、フロートを装備)が保有。

来年度から航空自衛隊、海上自衛隊が基地警備の為に導入予定。


 陸上自衛隊一部制服組は機装具の大量採用を希望している。

しかし、財務省と現場からは以下の理由で却下、批難されている。

①正規軍との戦闘に耐えうる性能ではない事。

②一機当たりの役割は過剰になり、撃破された場合の組織戦闘能力が激減する事。

③弾薬に互換性が無く、後方で混乱が生じること。

 但し、特殊作戦群並びに西部方面普通科連隊には配備済みとの情報もある。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ