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EP1アースシェイキング・オカマ・ショー中編⑫『急変』

 植山が酔っ払い二人の暴走を止めようとした瞬間だった。

ズドンという音と共に店が揺れる。ジョッキがぶつかり、ガシャガシャと音を立てる。

黒木は一瞬地震かと身構えた、だが揺れは一回で収まった。

「直下ですかね」、多少酔いがさめ黒木が誰となく尋ねる。

「いや、まさか、でも」植山が青ざめる、だが黒木にはその理由がわからない。

同時に二回目の地震、一瞬電気が切れる。

「植山さん、これは——」赤沢はいつの間にか素面に切り替わっている。

「ちょっと待ってろ」赤沢の言葉を遮り、植山が携帯をどこかにかける。

相手は夜間相談室室長の真矢らしい、深刻そうなやり取りの後、植山が携帯を切る

「これはジェリーの仕業だ! 日中班が現場に急行とのこと」植山が唸る、

そしてこの宴会の初めに頼んでおいた水を一気に飲む。

「おい黒木、お前も水のめ、水」、黒木も訳も分からず水を飲む。

二人は真剣な顔で水を飲み干す、黒木もやや遅れて三つのジョッキを空にした。

水をジョッキ一杯でも飲み干すのにも苦労するから三杯は結構くるものがある。

「水飲んだわね、じゃあこれ」、赤沢が出したのは車で確認した銀色のケースだった。

中には6本の細い注射器がシガーケースよろしく並んでいる。

「打つぞ」植山が黒木の腕に注射器を刺す。

先刻の地震もあり、酔いがさめかけていたタイミングのせいか思ったより痛む。

赤沢は自分で注射しているようだ、スーツを脱いで、シャツをめくっている。

中途半端な酔いのせいか、体のラインが綺麗だという思考に黒木の脳内が乗っ取られた。

経歴を聞いた後だと、ホルスターに収まっている銃も装飾品の様に見える。

黒木に注射し終えると、植山が自ら注射する。

「なんなんですか、これ」、いきなり注射されたら誰でも困惑する。

「アルコール分解促進剤。特殊能力で作られた合成新薬、薬っていうか、酵素らしいんだけど詳しいことは公開されてない。一分ぐらいで体中のアルコールを分解してくれるの」

スーツを着なおした赤沢が答える。

「ただこれだけじゃ分解に必要な水分までは補ってくれない。水を飲まずに打つと脱水症状、まぁ酷い二日酔いになるの。打ったら一分間は動いちゃダメ、エネルギーを使うから」

「そんな便利なモノあるなんて知らなかったですよ」

黒木が特能省にいた時もこんなものがあるなんて知らなかった。

確かに急に酔いが醒めていくのが判る。

「一般に流通させて、飲酒事故でも起こされてみなさい。大問題になるでしょ。

警察とか自衛隊とかそういうところにしか配備されてないの。

これは『便利なおクスリ』じゃなくてれっきとした『装備品』」

確かにそうだ、言うまでもない。特殊能力の乱用が禁忌なのは特性省で仕込まれたはずじゃないか。黒木は己の浅さを恥じた。


 「よし、一分たったな、行くぞ」、植山はすでに金をテーブルに置いていた。

黒木が植山に押し出され、靴を履き店の出口へと小走りへ向かう。

植山が後ろでオヤジに声をかける

「悪ィ、事件だ。金は置いておいた」

「山さん、デカやめたんじゃないの」店主が驚いた声を出す

「相談室でも事件は起こるのさ」

一足先に外にでた黒木は春の夜の外気に頬を上気させた。


 路上に止めたSUVに乗り込む、赤沢が素早い動きでセンタークラスターのスイッチを押した。

赤色灯をつけたのだろう、車の中でもわかるけたたましいサイレンが鳴り響き、周辺に赤い

光が踊りだす。植山がアクセルを踏むと、猛スピードで車が走り出す。

「こちら、日中班(ニッパン)、これより現場へ緊急走行(キンソウ)で向かう。なんで夜間班(ヨルハン)で対応しないんですか」

赤沢が無線で愚痴、というか正論を述べる。

「こちら夜間室長(ヨルチョウ)了解。だーって植っちが一番ジェリーちゃん(マルタイ)のことわかってるから」

無線の相手は真矢だった、あのギリシャ像人間だ、植山相手には結構普通のしゃべり方をする。

「俺とジェリーがアツい仲みたいな言い方よしてくだいよ」

直接相手にしなければ植山も兵馬俑にならずまともに真矢に対処できるらしい。

日中班(ニッパン)、了解。現着し次第連絡します」

夜間室長(ヨルチョウ)了解」

警察24時みたいな場面に出くわすとは思わなかった、ただし都庁なのだが。

『都庁相談室緊急走行中です。はい、赤信号右折します』

誰も通るはずのない、すっからかんの街路に拡声器で増量された赤沢の声がこだまする。

植山の運転は荒い、というか車体重量と速度がかみ合っていない、カーブする度にかなりの

傾斜がかかる。時折、地面から突き上げを食らったような衝撃が走る。


 何回かカーブを繰り返すと、前方に赤い赤色灯の海が広がっていた。

植山はその一角にSUVを止める。警官が何人か駆け寄ってきたが、植山の顔を見ると彼らの張る

陣地へと通してくれた。さっきまでは赤色灯の波にかき消されて見えなかったが、投光器が

真っ白い光を投げうっている。その照らされた先では巨躯の男がべそをかいていた。

「なんだよ、ただのおセンチじゃねぇか、急いできて損した」、植山が一気に疲れた顔を浮かべる。

「いやでも、あの人が特殊能力者なんですよね、放っておいていいんですか」

「なに、あそこにデカいカーゴがあるだろ。あれは機動隊の機装中隊だ。あれの中隊長はジェリーのこと知ってるから、まぁどうにかなるだろう」、後の顛末を知りもせず植山が白けたセリフを吐く。


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