EP1アースシェイキング・オカマ・ショー中編⑨『都庁地下基地』
相談室のドアが開き、生きたギリシャ彫刻が金庫に入るのを呆然と見届ける。
「黒木、早くきなさい! 」、赤沢にせかされた。
二人は先にエレベーターに乗っていて手招きしている、まるで体をなるたけ隠すような姿勢で。。
黒木は小走りで乗り込んだ。
「あ、あの人なんなんです——」黒木の質問は赤沢の手によって物理的にふさがれる。
赤沢の暖かい掌が唇に触れる。ちょっとばかり赤面する。
エレベーターのドアが閉まり、赤沢と植山に安堵の顔が戻る。
「真矢室長、本物の地獄耳なの」、赤沢がギリギリまで声を殺してしゃべる。
「本当におっかねぇぞ。連続殺人鬼も大量殺人犯も見たことあるが、あの人にはかなわねぇ」
赤沢がIDをスキャナーにかざし、地下三階のボタンを押す。
エレベーターが動き出すのを待って植山がしゃべりだした。
「俺この間、退勤間際に赤沢と話してて、ふとあの人のことバァさんって呼んじまったんだ。
まぁほら、あのドアだろ、聞かれるわけないって高をくくってたんだな。
そしたらすれ違いざまにすっげぇ顔で睨まれて、ヒールで思いっきり足を踏まれて痛いのなんの」
「あの時の顔は、例えるならメデューサね」、あの美しくパーマされた髪が蛇になるのか。
見たものを石にする蛇の髪、確かに植山はさっき見事な兵馬俑っぷりを見せた。
「ところであの人いくつなんですか」、疑問がふと口に出る。
肌や髪は年齢による劣化を感じない、しかしあの色気は歳を重ねることで得られる、
そういう類のものだ。つまり真矢の年齢はまったく予想が付かない。
「それは目下都庁最大の機密事項ってやつよ。楠木さんと同期って噂あるよな? 」
「えぇ、黒木君のダブルスコアぐらいって見積はでてるかな」
54前後か、黒木は驚いてよろめく、勢い余ってレベーターの手すりによりかかった。
あの人は人魚の肉でも食べたのか、はたまた不死鳥の血をなめたのか。
どっちにしてもメデューサが不死ならお手上げだ。
「ま、君子危うきに近寄らず、ってな」植山が話を切り替える。
「さて、ここからがウチの醍醐味だからな。楽しみにしとけよ」
植山がはしゃいでいる。飲み会が醍醐味の部署か、お気楽なものだ。
「地下三階駐車場がウチの車庫、昔は一般にも開放されてたけど今は警備で入れないの」
そうなのか、としか思わなかった。特能省の庁舎は周囲500mから警備されている。
今や日本の政治、行政機関の中枢はそういう警備がざらにある。
目的の地下三階についた。ドアが開くとそこは想像していた駐車場とは様相が違っていた
都庁地下駐車場に警視庁の武装強化外骨格、機装具やその整備ラックが並べられている。
機装具は一機で車二台分のスペーを専有しているぐらい大きい。
まるで体育座りのような恰好で待機している、ラックには大きなマシンガン。
巨人を思わせる図体だが、この格好だと小さく見える。
水色に白いラインの入ったデザインで、肩に赤色灯が付いているのが警視庁の機装具だ。
大きな機関銃やらがラックに積まれている。
そして残りの駐車スペースには装甲車やトレーラーがきちっと並べて駐車してある。
置いてあるコンテナには『武器弾薬庫』と書かれている、これじゃ基地だ。
「今上で警備してるだろ、その拠点だよ」
植山は説明するそばからライフルを肩から吊るした機動隊員に近寄っていく。
「よ、元気にしてるか石川」、植山が話しかける、知り合いの様だ。
相手の隊員はバイザーのついたヘルメットと目出し帽で顔を隠している。
丁度交代の時間で、彼らは警備から引き揚げてきたらしい、他にも似たような恰好の隊員
はたくさんいる、植山は良く目当ての人間を見つけたものだ。
石川という隊員は目出し帽を脱ぐと、春だというのに汗で額が濡れていた。
「いや、この防弾着の熱いのなんの。歳が来たからSATから楽な部署にって言われたけど、
これ着てずっと立ちんぼじゃ敵わんぞ」
男は身にまとっている、こんもりとした防弾服を憎々し気に叩いた。
中年が始まるか始まらないかぐらいの屈強な男が汗びっしょりでげっそりとしている。
「銃だって前のMP5で良かったのにさ、なんだこのM4ってのは、重くなるばっかりじゃねぇか」
今度は叩かないものの憎々し気な視線を銃に向ける。
「特能対策なら確かに防弾服はいらんな」、植山は心底同情しているようだ。
「一応うちは編成上まだ銃対だからな。なのに武装は過剰気味。お役所ってのは嫌だね」、
参ったという顔の石川。
「全くだ」、やれやれ顔で植山も同調する。
「あ、そうだ美咲ちゃん、お父さんお元気? 」、石川が赤沢に話しかける。
石川と赤沢の父親は知り合いらしい。
「こんばんは、オヤジは元気すぎて困ってますよ。石川さんが都庁警備にあたってるって
言ったら『娘をよろしくって言っておいてくれ』って。結婚するわけでもないのに」
石川と赤沢が笑い出した。石川が豪快に、赤沢はクスクスと。
「『赤沢鬼軍曹のご命令とあらば命に代えましても』って言ってたって伝えてくれ」
石川はそう言うとさっきの真矢に植山がしたものより、数段恰好良く挙手で敬礼する。
「はい、了解いたしました」、赤沢はラフに返礼する。
「これから歓迎会なの、お先に失礼するわね石川上等兵」
冗談めかして赤沢がバイバイと手を振る。
「そうかい、じゃあまたな」、石川は手を振り返して、踵を返し武器庫のほうに向かう。
赤沢も元々向かおうとしていた方向に歩き出す。
赤沢が目指す方向にはコンクリの壁に分厚そうな金属の扉があった。
壁には「都庁特殊能力者相談室車両・装備庫」とある。
赤沢の歩く速度はやっぱり少し速い。
そのせいで『装備庫ってなんだ、何の装備だ』と疑問を持つ暇もない。
ドアまでは案外近かった。エレベーター同様ここにも認証がある、
ただし複数の生体認証が必要で、エレベーターよりセキュリティーは厳重だ。
赤沢が虹彩認証を終えるとドアが開く、1mほどの短い通路の先にまた扉がある、
そこでも同じように認証し、ようやく中に入れた。
中には黒いSUVと白く塗られ東京都のロゴが入った装甲車がそれぞれ2台、
そしてアメリカの救急車のような形をした白い中型車両がある。
脇にコンテナが置いてあるが、標識はない。赤沢が白いSUVに向かって歩いていく。
「あのー僕免許もってるので運転しましょうか」
自分の歓迎会だから断られるのを承知で、礼儀として聞いておく。
だが黒木の予想と反し、二人は笑い始めた。
「黒木よぅ、てめぇやれるもんならやってみな」植山がからかう。
「ちょっとまって、これを運転できるなんていえる?」
赤沢はクスクスと笑いながらスマートキーを操作する。
ウィンドウの下から何かがせりあがってくる。
窓全面を覆うまで5秒とかからなかった、装甲板だと気が付くのに時間がかかった。
一見普通のSUVだが、実際まるでスパイ映画から飛び出してきたみたいだ。
「これはちょっとした装甲車なの。素人が運転できる訳無いじゃない」
「特能関連だから普通の車じゃ話にならん時も想定されるだろ。
しかしモノホンの装甲車で御用聞きなんてしたら目立つし物々しいわ、でアレだ。
だから目立たず、でも頑丈なこいつがちょうどいい塩梅な訳よ」
「そうですね、僕じゃ無理ですお願いします」
ろくな仕事もないのに今日は朝から驚きっぱなしだ。黒木はもう脱力した声しか出ない。
赤沢が今度は装甲板を下げて鍵を開けた、植山が運転席に座り、赤沢が助手席に座る。
黒木は自然と植山の後ろに座る恰好になる、年功序列は関係なく実用的な配置なんだろう。
このころにはこの手の上下関係について質問する気も失せた。
この部署の上下関係は謎すぎる、若い赤沢が一番勝気だ。
赤沢はダッシュボードの中身をさぐり銀色の箱を取り出すと中身を確認して戻した。
黒木の位置から銀のケースの中身は見えなかった。
だが、それがなんであろうと気にしない、そんな気力はない。
無線関係と思われるスイッチを除けば車の中はいたって普通だった、
クッションが心地よいくらいだ。
植山がエンジンをスタートさせる力強い音が響く、装甲の分エンジンも強力なのだろう。




