EP1アースシェイキング・オカマ・ショー前編①『オカマと地震と新人と』
第二次世界大戦後、闇市の一角としてのし上がり嘗ては眠らない街と言われていた新宿、
その東口の一角が、この一夜だけ新たな息吹を得たかのように煌々と光り輝いている。
だが昔と違い街が自ら光を放っているのではない、
何台かの装甲車に取り付けられた大型投光器が真白の光を投げ打っているのだ。
春のくせにやけに寒い廃墟街にビル風が吹きすさぶ。
黒木颯斗はコートを着てこなかったことを後悔した。
ただ、その後悔も目の前の光景の独特の圧力により一瞬で消し飛ばされてしまう。
地震を起こすオカマが軍隊じみた装備の大勢の警官に包囲されている。
黒木は目の前の光景を現実とは受け入れられない。
先の投光器達は奇妙な姿をした男を舞台上の役者のように照らし出している
男は重量級の格闘家を思わせるがっしりとした体つきで、筋骨隆々。身長はおそらく180はあるであろう。
だが、そうした体つきとは裏腹に肌は白く滑らかで、マッチョに付き物の体毛が一切ない。
何故脱毛云々がわかるのか、それはこの男の恰好に起因する。
彼はチープな光沢を放つ、バラの刺繍の入った赤いワンピースドレスを身にまとっている。
靴は片足だけ特注だと思われる巨大なハイヒールを履いている、片足は裸足だ。
奇妙なのは服装に留まらない。ロングの金髪を下ろし、真紅の口紅指している。
おまけに頬には赤みが強すぎるチークを入れていた。
強靭な肉体と、場末のママの様な格好。
男の体と身なりは明らかにチグハグだ。
この男はやはりオカマだ。
つまり女性らしさを追求したオカマではない、古典的オカマだ。
筋肉質のオカマは体形に見合わず、ふさぎ込んだ少女のように内股で歩道に座り込りこんでいる。
オカマの背にはビルの壁がそびえたち、そこにオカマの影が大きく映し出される。
オカマは先ほどから啜り泣きを続けている、
飴玉は程の大きな涙はボロボロとほほを伝い、鼻水と合流する。
それら体液の集合体でオカマの顔はヌメヌメとした光沢を放っている。
オカマは誰かへの恨み事と自分を責めるようなうわごとを繰り返している。
曰く、「やっぱり全部キャサリンを信じた私が悪いのよ」
曰く、「やっぱりキャサリンが悪いわ。私たちの、私の夢を踏みつけて。許さない」
曰く、「私の勝手な夢だったんだわ。理想が遠すぎたの」
これを呂律の回らない口で延々と繰り返す。
そのうわごとの合間に、まるで拗ねた子供がものに当たるように地面を平手打ちする。
しかし、その叩き方とはアンバランスに、平手打ちのたびに地面が揺れ、立木はざわつく。
オカマの平手打ちが地震を起こしている、それは明白だ。
否、この地震のような揺れは『地震』ではなくオカマの持つ『特殊能力の産物』だ。
黒木は今日初めて会った同僚二人と共に、この奇妙な光景をただ茫然と眺めていた。
『地震を起こすオカマ』は昨日までの単調な生活を一変させるには十分なインパクトをもっていた。
黒木にとって『生活』と『仕事』は同義であり、その仕事は恐ろしく単調、非生産的な内容だった。
『特殊能力省 生活局 労働政策課 労働推進室』
それが黒木の仕事場、『昨日までの』だが。
特殊能力省は特殊能力者、つまり『昔風に言えば超能力者』に纏わる一切合切を取り仕切っている。
通称特能省は日本の省庁の中でも担う行政範囲は最も巨大で、同時に最も若い省だ。
特能省が関わる『特殊能力関連政策』は正に日本国家と社会の要石だ。
実際、二〇二二年現在の日本は特殊能力とその関連産業に完全に依存している。
だから黒木のかつての職場『労働推進室』が特殊能力者向け『ハローワーク』だったとしても、
労働推進室の成果はただの雇用創出を超えたものは確かにあった。
推進室が挙げた実績の一例として失われた身体を再生させる技術の開発がなんかが挙げられる。
ただ、職務上余りにも制約、情報規制が多いため新人の黒木には何もできることが無かった。。
だから『お国』にとって重大な案件が飛び交う中で黒木は無意味な労働を繰り返した。
「無意味な日々を昨日まで過ごしていた、なのに何故突然こんなことに巻き込まれている」
オカマが地震を起こすという奇妙なショーを前に黒木は自問する。
この奇妙な出し物に『おひねり』を投げるような観客はいない。
黒木とその同僚二人、それに加えてライフルをオカマに向けた大勢の警官。
オカマとの距離はまちまちだが、警官は皆装甲車やパトカー、バンの陰に身を隠し、
オカマを取り囲むように陣取っている。オカマは恐らくどう足掻いても逃げようはない。
それに『警官』といってもここにいる彼らの大半は分厚い防弾ベストを着こみ、
ベストの上から予備の弾倉やトランシーバーなどを取り付けている。
彼らは所謂『お巡りさん』とは違う種類の警官だ。
門外漢の黒木には彼らは機動隊やSATと呼ばれる部隊なのだろうという程度の認識しかない、
だが、ここ数年で知れ渡った「パラミリタリー」いう区分であることは理解していた、
準軍事組織、その響きだけでも物々しいことを物語っている。
それだけ、二〇一〇年代と比べてテロや物騒な事件が増えたということだ。
街頭でライフルを携え、やけに重そうな装備を着こんだ警官を見ることも珍しくなくない。
警察はテロに加えて、特能省と縄張り争いする形で特殊能力者対処もしなければならなくなった。
黒木は警察の任務が重要かつ広域になったことに今更のように気が付いた。
黒木は任務という言葉でふと我に返る、「そう、仕事だ」
黒木は一人ではない、二人の同僚と共にこの光景を眺めている。同僚即ち仕事仲間。
黒木は特殊能力省から『都庁特殊能力者生活相談室』への本日付けで配属になったばかりだ。
そしてつい先ほどまで、それなりに楽しく黒木の『相談室』の歓迎会が開かれていたのだ。
それを中断して自分たちは野次馬に来たのではない、ここで仕事をする。
そのために即座に駆け付けた、より正確に表現するならこの同僚二人に半ば連行された。
だが黒木の相談室での『新しい仕事』が何なのか、オカマの地震を目にしてもピンとこない。
それも当然で相談室と目の前の戦場という言葉には全く関係性がないからだ。
だから、ここに連れてこられても黒木の仕事が何なのか全く理解できない。
黒木は内心毒づく、
今日は全く訳が分からないことだらけだ
先輩、これってドッキリじゃないでしょうね
確かに昨日までの仕事に不満は持っていましたよ
今日からの出向も何も起きはしないと高をくくっていたのも事実です
でもこのありさまは一体何なんですか!
なぜ事務屋の自分がここに連れてこられたんですか!
自分はこれから何をさせられるですか!
これらは口から出ない、あくまで黒木は心の声にとどめている。
これらをどうにかつなぎ合わせ、一つにまとめた言葉が口に出る。
「なん、ですかこれ……」
やっと喉からでてきた一言は我ながらあまりにも間抜けだったと思う。『金の卵』と呼ばれ、
日本のパワーエリートの候補生と言われる特能省職員一期生とは到底思えない、情けない声だった。
「特殊能力者のオカマ『ジェリー』がやけ酒、大暴れ中。ここが俺達の仕事場だ」
端的な答えだ。答えたのは中年にしては白髪が目立つ、少し肥満気味の男、植山。
『元刑事』だと言っていた、確かに贅肉はついているが骨格から既に強面で、
丁寧に撫でつけたオールバックがなんとなくデカって感じだ。
実物の刑事を見たことがないから、これは勝手な黒木な黒木のイメージなのだが。
植山はスーツの襟から懐の中に手を突っ込み、脇の下のホルスターから大きなリボルバーを抜く、だがなにをするでもなくただ立っている。肥満気味なのを抜けば正にハードボイルドという絵面。
植山はこうした修羅場には慣れているのか、どこか冷めた目でこのショーを見つめている。
だがこのショーに立ち会っている黒木と植山も立場は『刑事』でも『荒事専門の探偵』でもない。
『都庁』の『相談室係員』だ。何が『仕事場だ』だ、僕には関係ない
「だって僕たち『生活相談室』なんですよ、これのどこが『相談』なんですか」
必死の思いで叫ぶ、僕はオカマショーにもハードボイルドにも無関係だ。
「馬鹿野郎、『生活相談室』の上には『特殊能力者』って付いてるじゃねぇか」
そういえばそうだ。それに確かに渦中のオカマは特殊能力者だ。
そうでなきゃ拳で地面を揺るがすなんてマネはできない。
だが『生活』と『相談』どちらの言葉も目の前のオカマショーと戦場、どちらとも噛み合わない。
「この状況じゃ相談もなにもないですよ! 」
必死だった。銃弾が飛び交うようなところに飛び出すは絶対に嫌だ。
「最初に説明しなかったのは悪いけど『相談可能な状態』に戻すのも私たちの仕事よ」
もう一人の同僚、赤沢美咲がクールに告げる。
黒木よりは2、3歳は上だったはずだ。セミロングの黒髪にナチュラルメイクがお堅い感じ。
そして美人だ。クールかつ姉御肌な物言いだがどこかにやさしさがある、その塩梅が絶妙。
だが直前までは恰好いいと思えた口調も今となっては冷酷にさえ思えた。
相談可能な状態に戻すなんてことは一言たりとも説明を受けていない、否仮に説明を受けていたとしても既にこれは立派な特殊能力事件だ。対応するのは警察か特能省の特殊部隊か緊急保護部隊だ。
これは地方自治体、それもゴーストタウンと化した東京都の生活相談室が介入すべき案件ではない。
相談室には捜査権も逮捕権も無いはずだぞ、なんの権限があってこの事件に介入できるんだ。
「私たち、つまりあなたの仕事でもあるの。腹をくくりなさい」
赤沢の言葉は事務屋の黒木に対して戦場への「突撃」を命じた。
途端に黒木の脳内で突撃ラッパが鳴り響いた。
勿論黒木は軍隊にいたことはないから突撃ラッパがどんなものか知らない、
だがとにかく突撃ラッパが鳴り響いたのだ。