次の一手
「各部隊に通達する。第一砲兵大隊所属第三砲兵中隊は186地点へ向かい要塞へ砲撃の準備をせよ。繰り返す、186地点へ向かい要塞へ砲撃の準備をせよ」
大隊長命令を受信した通信兵から各員に通信が入る。同時に第三砲兵中隊の面々は慌ただしくも静かに移動を始めた。
中隊長に着任してから一ヶ月、ようやく部隊の実力をある程度把握出来た。隣国との戦況はやや不利だが、この要塞が陥落すれば隣国の防衛網の一端を崩せる。幾分か戦況を五分に近づけることができる。
「大尉、各部隊の準備は着々と進んでおります。幸い186地点は間近でしたので到着次第砲撃可能であると思われます」
私と共に中隊へ着任した参謀から、敬礼と共に報告を受ける。私は答礼した後、参謀の乗る車両に乗り込んだ。
「ふむ。恐らく先に歩兵部隊で索敵をさせているのだろうが、ゲリラ戦でも仕掛けられたら厄介だな」
「まあ、隣国のゲリラ戦術と撤退速度は驚異的なものですね。奇襲が一度も通用しませんし、このままいけばこちらの被害が増える一方ですな」
参謀の言う通り、隣国に守りきられているこの状況は自国の被害だけが増加していき、国民を厭戦気分にさせてしまう。と言えども、有効な手立てが無いのも手をこまねいている原因である。
数十分の走行で186地点に到着した。森の中の開けた場所で砲撃には向いているが、遮蔽物がない。
「司令部に送れ、『我が部隊186地点に到着した。命令を待つ』、とな。
急ぎ、野戦砲を設置させ要塞へ向けさせる。そこへ通信兵と話していた参謀が戻ってきた。
「中隊長、私は小隊の様子を見て来ます」
「分かった、何かあれば報告してくれ」
参謀はよく私の側を離れるが、優秀だ。将来は将官になれるだろう。
いかん、こんな事を考えるとは年かな。此処は戦場だ。気を抜いては駄目だ。
「中隊長、砲撃準備終了しました」
「よし、命令があるまで待機だ」
各員に通達し、持ち場に配置し、上からの通信を待っていた時だった。一発の銃弾が頬を掠めた。そのすぐ後で、弾幕が我が隊へと降り注いだ。
「敵襲!退却せよ!装備を置いて走れ!」
私が命令を出す頃には遅かったようだ。どうやら私達は完全に包囲されたらしい。
「何?第三砲兵中隊が命令違反で全滅?どう言う事だ?」
大隊長が頭を抱える。
「はい、待機命令を出していたはずなのに、勝手に186地点へ進攻し、待ち伏せの餌食となった模様です」
「やはり多いな、そのような部隊が。スパイの可能性を考えた方がいいな」
「ええ」