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幽霊の正体

冒頭のみR-15相当の暴力表現があります。

苦手な方はお気をつけ下さい。

 血と紅に塗れた暗い木々の中で、激しい剣戟の音が響いた。

 一方は半分に折れた剣に血を浴びた濃緑の衣を纏っており、もう一方は本来の光沢と切れ味を失った剣に、至る所が凹み砕けた甲冑を着込んでいた。

「がっ!」

 火花を散らす打ち合いの末、緑衣の得物が鈍く煌き、鎧の男の腕を砕いた。肘から先が僅かな肉で繋がれるのみとなり、男は意識の飛ぶ程の衝撃と痛みの余りにその場に蹲った。

 そんな男の前に、緑衣が顔から滴りだす血を拭いながら立ち尽くす。

「くそっ、くそっ、こんなっ、こんな筈じゃなかったのに……」

「言いたいことはそれだけか?」

 男は顔を上げた。彼の目には、フードから覗くどこか憔悴した表情が映った。

「……ロビン」

 それが、男の最後の言葉だった。


 〇


 昼夜の区別もできない紅い色の世界。

 変哲もない長方形のビルが立ち並ぶ通りの道路の真ん中に、男女が6人集まっていた。

 端から、六堂銀次、宇佐美楓、北谷志賀、そして高田舞に士幌唯といった老若に偏りある編成。

 そして、並ぶ5人の前に最後の1人であるバケツの幽霊が居た。

「一応、事前に見せてもらったけど……ここ、やっぱりちょっと怖いね」

「……大丈夫。他の人たちもいるし私もいる」

「しっかし、夜更けにこっちへ連れ出すっつうことは、よっぽど重要な話なんだな?」

 唯が舞を励ます一方で銀次がバケツを、ついで志賀を見る。2人とも同時に肯定した。

 楓はというと、バケツと志賀の様子をちらと伺いながら不安で僅かに顔を曇らせていた。

「北谷さん」

「どうした?」

 取り合えず呼び掛けてはみたが、何と言えばいいか分からず、俯いてしまった。

「……気をつけて」

 辛うじて絞り出したその言葉に、志賀は笑って頷いた。

「心配しなくていいよ。実は、今になってなんとなくわかった気もするんだ」

 そこでいったん口を切ると、皆が静まったところを見計らってバケツに面と向かう。

「さぁ、”力”を持つ人間はこれで全員揃った」

「お前の正体を、明かしてくれ」

「……あぁ」

 幽霊は約束の通り、バケツの縁に手を掛け静かに持ち上げた。

 すると、くたびれたブリキは元の形を留めずに鼠色の靄となって大気の中に消えてしまった。

 制服も同様で、形状を失うと煙になって世界へ溶けていった。

 視界を覆うものが晴れたとき、当の本人と楓を除いた全員が多かれ少なかれ驚きの声を上げた。

「北谷、さん?」

 長く伸びた黒の髪に、穏やかさを湛えた黒の瞳。雰囲気こそは全く違えどその顔は志賀とほぼ同じといっても過言ではなく、違いを挙げるとするならば、額から鼻筋まで走る痛々しい傷跡と自身を包む濃緑の外套くらいのものだった。

「私……いや、僕の名前はロビン。北谷志賀、君と同じ依り代を持った人間だ」

「依り代?」

「肉体のことと考えてもらえばいいのかな。宿る魂は違うから、体は同じでも個人の性格は変わる」

「北谷さんと同じ依り代であることには何か理由が?」

 舞が気になったことを訊ねると、ロビンはその答えに首を振った。

「いいや。全くの偶然だよ。でも、そのおかげで僕は救われた」

「事情、話してくれるな?」

「うん。結構、長い話になってしまうけど」

 こほん、と軽く咳払いをすると、異界の青年は語り始めた……。


 〇


「まずは、僕の生まれのことから始めよう」

「遥か昔、およそ人が住むには適さない過酷な環境に暮らす人々がいた。彼らは毎日をなんとかやり過ごしながら、次第にこういう思いを抱いていった。『どこか、もっと住み良い場所へ行きたい』、と」

 そこで銀次がポツリと呟いた。

「魔法……」

「そうです。思いは祈りとなり祈りはやがて力となって、ある日、ふと気が付けば彼らは全く違う場所の中にいた。つまり魔法が起こった。その出来事から彼らはその転移の魔法を並ならぬ努力で理論化し安定させ、各地を転々としていき、一番住み心地の良いと思われたとある大きな森を村に定めた。そこが、僕の生まれた村だ」

「……ということは、あなたは転移の魔法というものを使う一族の子孫?」

「うん」

 楓が頭を捻る。

「まだ、あの<鉄の巨人>と繋がりませんね……」

「続けよう。僕は生まれてすぐに両親を亡くしてしまった。だから、村の大人からはとても気にかけてもらえたんだけれど、同世代の子供はというとそうはいかなかった。要するに、友達がいなかったんだね」

「そんな僕の前に、一人の男の子が手を差し伸べてくれた」

「マット……」

 志賀が発した名前に、ロビンは息を呑んだ。しかし、問うことはせずに話を進めていく。

「……そうだ。彼はマットと名乗った。僕と彼はすぐに打ち解けた。親友とも呼べる仲だったと思う。しかし」

「ある日、彼は村を抜け出した。転移の魔法の技術を持ち出して」

「ちょ、ちょっといいですか?」

 舞が手を挙げる。

「魔法って意志の力ですよね。さっきも理論化と言っていたけど、どうやって形にするんですか?」

 青年は腕を組んでしばし考えて、

「……意志、即ち思いは、程度の差こそあれ言葉に代えられる。その言葉を組み合わせたり図式を表すことで、魔法は取りあえず誰にでも使えるようになるんだ。マットは、世に広まらないよう厳重に保管されていたその技術を盗んだ」

「そこまでして、その、マットという人は一体何がしたかったのかしら」

「それは……僕にも分からない。多分、村の中に留まっていることに、心のどこかで嫌気が差したのかもしれない。ともかく、即座に技術の秘匿のために追手が駆り出された。僕も追いかけた」

「偶然、僕がマットを見つけた。捕まえるチャンスだったんだ。でも、自分の甘さで彼を逃してしまった……」

 しばらくロビンは黙った。どうやら今でも後悔しているようだった。

 やがて顔を上げると、また話を続けた。

「それから数年後、僕は成人し穏やかな日々を過ごしていた。ところが、その平穏は突如として破られた。森に向かう、武装した近隣国の軍隊を見張り人が発見したんだ」

「その報告を聞いた途端、嫌な予感がした。友を逃した日を思い出した。そして予感は当たってしまった」

「……マットが兵隊の中に確認された。しかも、隊長格になっていた。親友に裏切られたんだ」

「そんな……」

「正直、気が滅入った。どう考えても、彼を逃した自分の責任だとしか思えなかった」

「犯した罪には償いが必要だ。そこで僕は村の人々が避難する時間を稼ぐ為、自分を囮にして兵隊を遠い場所へ転移させる案を申し出、無理やり納得させた」

「一人で全部やろうとしてたってのか。全く若ぇモンは……」

 銀次が何事かぶつぶつと言う。

「そしていざ、それを実行に移すとなったとき、全く奇妙なことが起きた。起きてしまった。こちらが転移の魔法を使おうとしていたように、軍隊も同じ手段を用意していたんだ」

「……<鉄の巨人>」

「……よく分かったね。そう、転移の魔法は通常輸送に苦労する物、例えば兵器でも簡単に運用できるようになる。僕が囮になって転移の魔法を使おうとしていたと同時に、彼らは<鉄の巨人>を召喚しようとしていた。その魔法同士の大規模な衝突の所為か、気が付くと、僕と兵隊はこの異世界の、あの山に飛ばされていた」

 ロビンは<鉄の巨人>が蠢動する遠くの山を指差した。

「飛ばされた兵士は非常事態でパニックに陥り、戦意を失くした者や、自害した者、自棄になって辺り構わず暴力を振るう者で阿鼻叫喚の地獄と化した。そんな中、僕はマットを見つけ一騎打ちを仕掛け、決着をつけた」

「お前が勝ったんだな」

「……うん。でも、僕も致命傷を受けた。この顔の傷もそのとき、付けられた」

「意識の薄れていく中、とにかく山の惨状から逃れようと僕はここの街に降りてきた。そして倒れた」

 そこまで語ると、思い出すように紅い空を見上げた。

「ふと目が覚めると、そこは騒がしかった。そして、ここのような、紅ではない色彩ある景色が目の前に広がっていた。君達の現実に来たんだ」

「そこは、後で知ったけど高校という場所だった。傷の所為で何もすることも出来ないし、後は死を待つだけだと思っていた……けど」

「死ななかった、か」

 志賀の言葉にロビンは首を縦に振る。

「何故か、死に近付くどころかむしろ遠ざかっていった。通常助からない程の大きな傷が少しづつ癒えていったんだ」

「不思議だった。自分は生かされているんだと思った。じゃあその理由は何なのか?」

「僕は傷が癒えるまでの間、ずっと、その、高校の教室で授業を眺めていた。その内、なんとなく言葉も覚えるようになって、服装もそぐわないと思ったから、制服というものに変装した。傷が治ったら、街を歩くようになって、そうしたら、君達の街がこの異世界と全く同じ構造をしていることに気が付いた。そして、もう一つの重大な発見……」

 一拍置いて、ロビンは口を開く。

「北谷志賀。君を見つけたんだ。そのとき分かった。僕が生きている理由が」

「つまり、どういうこと?」

 理解が追い付かない皆の代弁として唯が問い返す。

「さっき、僕と志賀は同じ依り代を持つと言っただろう。僕と北谷志賀の肉体は現実と異世界で共有されていて、志賀の摂った栄養が僕の肉体の治癒を早めたんだ」

「そうしたら、お前の傷も俺に写るんじゃないか?」

「いや。これも同様で肉体の共有がなされているが故に、僕の体が損傷した時点で志賀の体も傷を受けたことになるから、君の肉体に影響は及ばない」

「なんというややこしい……。えぇと、それからどうしたんだ?」

 志賀はしばらく頭を抱えていたが、先を促すことにした。

「そして僕は急いでここに戻った。似たような現象が、もしかしたらマットの身にも起こっているかもしれないと危惧したからだ」

「結果として、まだ決着は着いていなかった。<鉄の巨人>の起動を確認したんだ。おそらく、彼らの生きたいという執念や己の不運に対する怨念が、魂ごと集まって、一つの巨大な動力源となってしまったんだろう」

「もう一度、剣を手に取らなければならなかった。しかし、僕一人ではあの巨大な怪物に挑むことは出来ない」

「助けが必要だった。だから僕は、僕に一番近い感覚を持つだろう君を探して、目の前に現れたんだ。君が動揺することの無いよう、バケツを被って」

 ロビンが長い語りを終えて、一同を見渡した。

「友を止められなかったのは僕の責任だ。しかも、僕は自らの罪の償いをするために、全く関係のない君達の手を貸してもらおうとしている」

「……それでも、もう一度、誓ってくれるだろうか」

 遠慮がちに聞いた青年に、各々が答える。

「当たりめぇだ。さっさと決着、着けてやろうぜ」

「そうです。そもそも、ロビンさんは全く悪くありませんし」

「私も、頑張る!」

「……誓う」

 志賀は改めて、素顔を明かした異界の青年と相対する。

「皆がこう言ってくれてるんだ。勿論、俺も最後まで付き合うさ」

 皆の決意の言葉に青年は涙を悟られぬよう顔を伏せたが、震える声は隠せなかった。

「……ありがとう。これで僕も心置きなく戦える」

 顔を上げると、すぐに表情を引き締めて、告げた。

「あと4日。それが、<鉄の巨人>の街に到達するまでのリミットだ。それまでに、剣を作ろう」

 皆が頷く。

「いよいよ、始まりだな」

 今ここに、確かな反撃の狼煙が上がった。

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