最後の仲間
『……昨日午前6時頃、〇〇県✕✕市△△山で多数の倒木が発見されました。木が倒れた原因は不明であり、現在調査が進められているとのことです。では、次のニュースです……』
〇
穏やかな晴天の下、✕✕市内のある中学校の体育の授業では、グラウンドに列に並んで集まる体操服姿の生徒たちの前で教師が競技の内容を説明していた。
「ねぇ、唯ちゃん」
その中に、ひそひそと声を掛ける生徒が一人。底抜けな素直さを見せる丸い目に、長い髪を側頭で二つに纏めた所謂ツインテールの女子、高田舞だった。
「なに、舞?」
話しかけられた唯という女子は、教師の喋りを他所に舞に顔を向けた。肩までに揃えた短い髪に眠たげな目付きが特徴的だった。
「最近有名な幽霊の噂って知ってる?」
「えぇ。たまに見かけもするわね……私の予想が間違ってなければ」
「本当っ!?」
何の気もなく出した話題の意外な答えを聞いた舞は思わず大きな声をあげてしまった。
「こらそこ、喋っているんじゃない!」
すぐさま教師に注意を受け睨みを利かされ、浮きかけた腰をそっとまた落として、今度はより小さな声で喋るために唯の耳元で囁いた。顔はというと、真剣に話を聞いて居るかのようにしっかり正面を向いている。
「……どんな幽霊?」
唯は心なし顔を赤らめながら同じようにひそひそと答える。
「えっと、用具入れにあるようなバケツを被って、ブレザーの恰好をした奴」
「ビンゴ……!」
舞の謎めいた呟きとテンションの高さに、唯の頭に疑問符が浮かぶ。
「なにか良いことでもあった?」
「とっても。でね、あの、お願いなんだけど……」
〇
人通りの多い道の脇に佇む周りを緑で区切られた公園に、志賀と功成はいた。夕焼けが景色を赤く染める頃だった。
家に帰る時間であるから、滑り台やブランコで遊んでいた子供も自然といなくなっていた。
「舞ちゃんが”力”を持つ人を見つけたって、本当か?」
「まぁ、確認しなきゃ分からんけどひどく興奮してたのは確かだな。あぁ、それと」
「それと?」
「舞に全部話した。異世界とバケツの幽霊のこと」
「喋った!?」
閑散とした空気とやや冷たい風の吹く中、功成が携帯の連絡で得た情報と共にどさくさに紛れて言った事柄に、志賀の驚きの声が響いた。
「おう」
公園内の自販機で買った冷えた缶コーヒーを啜りながら、功成はこともなげに頷いた。
「お前なぁ……」
呆れる志賀に、功成は甘いと言わんばかりに人差し指を振る。
「最後の1人というほど見つかりにくいもんだぜ。それなら探す人間は多い方が良いだろ?」
「そういうもんかね……」
「おにいちゃーん」
そんなやり取りをしている二人の背中に甲高い声が掛けられた。振り返ると、制服にカバンを提げた舞とその後ろに隠れるように彼女の袖を掴んでいる女の子がいた。
「お、来たな」
「その子が?」
「うん。幽霊が見えるって」
その言葉と共に、舞は背中にひっつく唯を優しく押し出した。
「士幌唯ちゃん。私のお友達」
逃げ場のなくなった唯は仕方なく俯きがちに会釈する。
「……どうも」
上目遣いに二人の顔を見たまどろんだ目は思いのほか冷たく、鈍い志賀はともかく功成はちょっと竦んだ。
「曲者の予感がするぜ……」
功成の独り言はさておいて、志賀は本人に向かい合って単刀直入に聞き出す。
「もう一度聞くけど、幽霊が見えるんだね?」
唯は目を反らして少々面倒そうに答える。
「えぇ、まぁ。たまに」
「あー、ここに来た事情は教えてもらった?」
「よく分からなかったですけど、一応」
「そうか……」
志賀は手を貸してもらうべきか迷った。ついさっき目を合わせたときには楓のような"力"を示す炎が見えなかったからだ。
どうしたものかと考えこんでいる内に、話題のバケツの幽霊が何の前触れもなく志賀の隣に現れた。
もはや動ずることもなくなった志賀はバケツをちらと見て、再び唯に訊ねる。
「今、その幽霊が俺の隣に来たんだけど……どうだ?」
唯は志賀の隣、功成のいない方をじっと目を凝らしたが、まもなく首を振った。
「いえ。見えません」
「えぇっ!? そんなぁ……」
「ごめん。この人の言ってることが本当なら、やっぱり見えない」
当てが外れた事に落胆する舞に、功成が溜め息を吐いた。
「やれやれ。舞の勘違いだったか……」
「むっ……」
気まずさの漂う雰囲気に堪えられなくなった舞は何を思ったか唯の腕をがっしりと掴んだ。
唯が驚いて舞の顔を見ると、舞は泣きそうな表情で懇願してきた。
「お願い唯ちゃん、どうにかしてバケツの幽霊さんを見て!」
「あの、えっと、腕……」
舞の唐突な行動と目と鼻の先にある舞の顔にしどろもどろになった唯は、堪らず目を逸らした。そして、固まった。
「あ、ご、ごめん」
唯の指摘で慌てて手を離すと、唯が一つの方向を見たままであることに気が付く。
不愛想な表情は変わらずとも、その顔は仄かに紅潮していた。
「どうしたの?」
「見えた」
「ほ、ホントに!?」
先程とは一転、嬉しそうな笑顔で唯の手を握った。唯はあまりのことに困惑しつつも頷いた。
「また、見えた」
今度は志賀の目にも彼女の瞳に翡翠色の小さな灯が映った。
「……どういうことだ?」
「フム……」
唯の不規則な”力”の反応に対する疑問に、バケツは縁に手を当てて喋り出した。
「どうやら、この子は自分が強く思う者に呼応して”力”を発するようだ」
「それって……」
功成はバケツから目線を二人の少女に移す。舞ははしゃぎ、唯も微笑んでいた。
その間、功成が発言しようとするのを無視して、バケツは唯に近づく。
それに気づいた唯は、顔の見えない幽霊と対面した。表情は元の不愛想な顔に戻り、しかし舞の手を固く握っていた。
「私に協力してほしい。……どうか、お願いだ」
幽霊の言葉を聞いて、無表情だった唯も少なからず目をぱちくりさせた。ましてやそれが生気の籠った青年のものであったから。
「……舞も一緒なら。それと、彼女をちゃんと守るのなら」
バケツは舞を見た。唯の視線の先を追ってバケツを真っすぐ見つめていた。
そして功成に振り向いた。功成はバケツの意志を汲み、頷く。
「舞。お前も一緒に行ってこい」
兄の言葉に妹は反発するかと思いきやむしろその声は弾んでいた。
「行っていいの?」
「あぁ。唯ちゃんが”力”を使うにはお前も一緒にいなきゃ駄目みたいだからな」
舞は唯と顔を合わせた。唯は握っていた手を、空いているもう片方の手で包む。
「一緒に、いてくれる?」
「もちろん!」
「了承、てことで良いみたいだな」
志賀の言葉に唯は頷いた。
「これで全員揃った……って、あれ」
バケツの方を振り向くと、彼の姿はもう既に跡形もなくなっていた。
「また勝手に消えやがった……」
〇
あらゆるものが真っ赤に染まった世界に、男が立っていた。
「そろそろ、全てを話す時が来た、か」
彼の睨む先。木々の覆う山に聳え立つ城の如き巨大な異形は、男に呼応するように橙色の火を禍々しく煌かせていた。