第四章 味方
味方
その生き物は堆積したマリンスノーの中から、灰色の二対の触覚をそろそろと持ち上げた。そのうち長い方の一対を左右にいっぱいに伸ばした。
「どうやら行ったようだな」
海底1万メートルを超える深海までダーマの手下が定期的にパトロールをしている。アガルタの海底の底の底かつて『根の国』と呼ばれていた洞窟だ。彼は細いトンネルからはい出し、ひたすらマナトに向って歩き続けていた。
「メイフがタケルと隠れそうな場所は巨大な洞窟だろう、それほどあるはずがない」ダーマはこの『根の国』を真っ先に調べていた。そしてついにそれを見つけて追っ手を放ったのだ。一足違いでメイフは脱出したものの、アガルタの生き物はかつての王さえ裏切り者だと信じ込まされていた。深海魚はメイフの居場所を次々とダーマに報告し、凶暴なサメやオルカがすぐ後ろから狂った様に叫ぶ。
「裏切り者を殺せ!」
彼は、メイフの味方だった。いや彼はアガルタの生き物として数に入れられていなかったという方が正しい。深海の海底の掃除屋としてダーマに気にもとめられていなかったのだ。彼は『アガルタオオグソクムシ』、個別の名前はなかった。名前しか知らぬアガルタの先王『メイフ』が名もない自分に頼み事をした。それだけで彼は奮い立ち歩き始めたのだ、幸いな事に光のない海底では彼の二対の触覚以上の『目』は存在しない。休む事なくただ歩いて行く。目指すのはマナト、伝えるべき相手はアコヤガイの中のセレナだ。アガルタの生き物のほとんどはダーマに脅されている。シルラ様でさえ『シュラ』と言う機械昆虫人に歯が立たなかったそうだ。『それを見て先王メイフは真っ先に逃げ出した。しかもそれは女王の故郷からこのアガルタに向って発射されたものだ』とダーマの手下は言いふらしている。それを確かめる術はない、しかし王族がことごとく姿を消した今それを信じる以外に彼らが生き残れない事だけは、はっきりしていた。服従かそれとも死か、選択は決まっていた。
「伝えなければならない……」
遥かな道のりを進む彼を、何度も奮い立たせた言葉だ。ようやく、彼は紅珊瑚の林に入った。彼は甲羅の隙間に入れた預かりものの袋をもう一度確かめた。
マナトに、少し早く到着したのが『フクロウナギ』だった。
「ちくしょう、ちくしょう。大嘘つきのダーマめ」
彼はアコヤガイを調べに来たのだった。
「セレナの入った、王女の貝が人間界に運ばれたとしたら、マナトで壊されたアコヤガイの『貝紋』はそれとは違うはずだ」
アコヤガイが岩に着床すると特有の紋が貝の着床部分に現れる。しかし壊された貝の中に王女の入っていた『ミドリアコヤガイ』の破片はついに、見つけられなかった。
「ない、やはりやつらが言ったのは本当だ。セイレ様は生きていらっしゃった」
彼は取り返しのつかないない過ちをするところだったと思った。背後で気配がした。
(まさか、もう追っ手が……)
彼は身構えて振り返った。
「ああ、隊長ご苦労様です」
「隊長? 俺のことをまだそう呼んでくれるものがこのアガルタにいるのか?」
「隊長、『エドゥル』隊長ではないのですか?」
「お前は、確か深海の海底に棲む」
「はい、オオグソクムシです。ここまで歩いて来たので遅くなりました。実は」
彼はたった今復活した『アガルタ親衛隊』の最初の隊員になった。




