捕われの香奈
捕われの香奈
ダーマは香奈の忘れ物(なっぴの壊れたブローチ)を手に入れようと地上に魚人を送った。やがて偶然にもなっぴの通う『日本アカデミア』にミドリアコヤガイのひとつが運ばれた。その中に香奈が隠したセイレがいたのである。分離の術で里奈の精霊を一緒に封じ、ダーマに感知されない様にしたのも彼女だった。ダーマの言った通りに香奈はマナの力を使い過ぎていたのだが、それだけではない。彼女はダーマの過去と自分の記憶が似ている事を確認したかったのだ、そのためわざと捕らえられギバの近くにいようと決意した。
「こんなにこのマユが硬く厄介なのは計算外ね。このマユってもしかしたら……」
香奈は薄々気が付いていた。そしてその先にある真実が見え始めていた。
「なっぴ、最後はあなたが決めなさい。マンジュリカーナとして。ためらう事無く」
香奈はマナの力が失われるのを少しでも遅らせようと、休眠を始めた。ムシビトとしての血が防御反応をとり始めたのだった。
ギバはマナトを出て、アガルタの洞窟にある彼の部屋に戻ると深いため息をついた。
「わしに、もう一度立ち上がれというのか」
ギバはダーマの提案を繰り返し思った。
「ギバ様、この星を守るためにはどうしてもあなたが必要なのですぞ」
ギバは悩んでいた。
ギバの苦悩と決断
「香奈の娘がレムリアを救ったと、『次元の谷』でダゴスは言った。だがそれも芝居かも知れぬな。いやたとえ無関係であるとしても、シュラは確かにあのときこう言った。『ソノ星二先住ノ知的生命体ガ存在シテイレバ、殲滅セヨ』と」
ギバはシュラのそのコマンドが頭にこびりついていた。彼が決断するまでダーマはゆっくり待っていた。
(悩め、苦しめ。おまえの力は香奈をシュラに捧げる時に必要なものだ。そのために進んでわしの力を取り込むのだ。それしかおまえには道がないのだ。クククッ)
ギバがダーマの部屋に再び訪れたのは、翌日の事だった。彼は香奈の入ったマユを机に置くとダーマにこう尋ねた。
「何故、遠い星の話やこの星の歴史、マンジュリカーナの事を知っている。ダーマお前はいったい何者なんだ?」
ダーマはギバが決心してここに来たのを見て、ついにフードを脱ぎ、話し始めた。
「わしはマナ、ヨミの次にこの宇宙に誕生した『ラグナ』。既に実体を持って産まれた『神の子』その子孫だ。最初のラグナはムシビトの星の地中に住み、その星の生命力エネルギー『マルマ』を使い生き続けていた。やがてムシビトたちが繁栄した頃、その星の力が尽きかける。その星『ルノクス』の星の力は最初に造られた星のため、ひ弱でまだ不完全だった」
ダーマは、ギバを自らの意思でラグナを受け入れさせなければならなかった。
「マルマが尽きかけるとムシビトたちも新しく産まれなくなった。その時のムシビトの女王は『リリナ』といった。女王は巫女もかねる、ムシビトには見えぬはずのラグナが不思議な事にその女王には見えたそうだ。ラグナは女王のもつその力と引き換えに彼の術を授け、兄弟星『ゴリアンクス』に向った。しかし、その星の寿命も同じ様に尽きかけていた。ラグナはその星を離れ彼方に消え去ったと伝えられる。その子孫が当時もっとも安定していた星、『火星』にたどり着いた。その星を滅ぼしたのが、シュラだった。だからわしには解る、シュラの恐ろしさが」
「マンジュリカーナはシュラを使うのか?」
ダーマは、その事実を伝えようとした。
「最近までマンジュリカーナはシュラの存在を知らなかった。だが、あれを作ったのはムシビトの科学者『カグマ』。そして起動すれば全ての知的生命体は死に絶える。これは本当だ、シュラを止めるには破壊するかコマンドを書き変えるかしかない。これができるのか、あの小娘に」
「そうか、シュラを止めるためにマンジュリカーナが必要だというのは本当なのか」
「ああ、この星を火星の様にはしたくない。もはやこの星はわしの星だ、二度と渡さない。たとえ……」
(それがタオの意志であろうとも)
ダーマは心の中でそうつぶやいた。
「何故この星にこだわる、ダーマ」
「この星の全ての生き物はわしがこの星のマルマを使って産んだものだ。その後、別の系統のものも現れる。それが『創三神(アマテラス、アマオロス、ツクヨミ)』により産まれたものだ。しかし圧倒的な数の生き物はこの星に着いた時にわしが一度に産んだのだ。そうのちに『カンブリア爆発』と呼ばれるものだ。いいかこれを見ろ」
ダーマは腕をまくった。それは節々の触手がめいめいの方向に伸び、曲がり、収縮を繰り返す。まるでそれぞれの触手の一本づつが生き物の様に動くのだ。赤い触手は次の瞬間紫色に変わった。
「それはまるで……」
「そう、全て生きている、そしてわしの中から外へ出たがっている。わしの体の中にはこうした生命の溢れんばかりのエネルギーが閉じ込められているのだ。それを使って爆発的にこの星に様々な生命を産んだ。それは遥か昔の事だ」
そこまで話すと、ダーマは腕を一本引きちぎった。たちまちそれはうごめくラグナの幼体になった。
「それがラグナなのか」
ギバは低くつぶやいた、彼は『シュラ』を止めるというダーマの言葉を信じた。
「こいつを住まわせて、知るがいい。マナとヨミがこの星に何をしたかを、そしてシュラとは何なのかを、時間はまだある。ラグナが成長するまで、お前はまだ暫くの間、お前でいられる時間が残っている」
彼はラグナの幼体をギバの口から飲み込ませた。ラグナは静かにその触手を伸ばし、ギバの脳へ向う。痛みは無い、むしろ甘美な体ごと浮遊するような不思議な感覚だ。やがて何処か懐かしい香りが溢れた。それはアガルタの最深部『根の国』に残る太古の大気に似ていた。




