生け贄
生け贄
ダーマはその恐るべき闇について話し始めた。
「何だと、女王の妹『香奈様』を『シュラ』の生け贄にするというのか、正気か」
「もちろんです、何をためらうことがありましょう。元はと言えばシュラはムシビトの作ったもの、ムシビトの女王を使いコマンドを書き変えるのです」
「わしらカイリュウはむろん、あのヤマタノオロチ、いやヨミ様ですら倒した『マンジュリカーナ』、あの巫女は『アマテラス』の末裔ではないかともいわれておるのだぞ」
『ダーマ』は不敵に笑い話を続けた。
「考えても見てください、セイレ様のために全ての人魚は死んでしまった。確かに人魚の卵は産まれました、しかし払った代償はあまりにも大きい。ギバ様、私はなにも王子やセイレ様の母である、女王を殺せと言っているのではないのです。その妹『マンジュリカーナ』を捕らえあの『シュラ』のコマンドを書き変えるために使うことを進言しているのですよ」
「マンジュリカーナを捕らえよと」
「この闇はきっと女王がシルラ様の妃になった時からアガルタを覆い始めたのでしょう?」
「……ばかな、それに今後シュラが目覚めたとしても、アガルタにはメイフ殿もわしもいる」
ダーマは、しかしそれも打ち消した。
「このままいつまでもお二人でアガルタを守れますか、カイリュウの力はもうあなたにしか残ってはいないのですよ」
「……しかし、『タケル』も『セイレ』も新たに覚醒するかも知れぬではないか」
「女王がアガルタを本当に復活させようと考えているはずがありません」
「な、何を言い出すのだ!」
「王子もセイレ様もアガルタにはいらっしゃらない。いえひょっとすると既にこの世にも」
「……」
ダーマは、危険を察知した香奈により身を隠した二人まで利用して最後の嘘をつく。それを聞き、狼狽し、ギバの唇がかすかに震えた、ダーマはそれを見てほくそ笑んだ。
(ついに『ギバ』はこの手に堕ちたぞ)
捕われた女王『里奈』
いつの間にかギバの配下は、ダーマの配下のものと大半はすり替わっていた。それを指示していたのは『ヨミの戦士』たちだった。結界が解けたのは翌日だが、香奈はそれまで別室で待っていた。
「セイレの事を話しておかなければ」
魚人の後を香奈はついていった。
「どうぞこちらへ、女王はすぐいらっしゃいます」
香奈はあの日以来メイフの行方が知れないという噂も聞いていたのである。
「姉さんは、これからひとりで大丈夫かしら。『ギバハチ』が助けてくれていると聞いたけれど」
「あのギバハチがねえ、わたしにはすぐには信じられないわ」
『香奈』のブローチに収まっていた『オロシアーナの精霊』は『香奈』とともに『里奈』を元気づけようとしたのだった。
「それにしても、少し遅いわね」
明かりの色が紫色に変わった、それが合図のようだった。
「こちらです、女王様。香奈様が部屋でお待ちかねですよ」
「まったく、私はもう大丈夫だって何度言わせるの?」
マツカサウオがドアの前で叫んだ。
「女王様がいらっしゃいました」
「……香奈」
扉を開けた女王は背後から口と鼻を押さえられ強烈な催眠ガスを吸わされた。意識とともにぼやけていく目の前を白黒のオルカが横切る。最後のカイリュウが吐き捨てるように言った。
「アガルタを裏切る女王など、もはや不要だ」
「ギバ様、これで『香奈』が手に入ったのも同然です。きっと『シュラ』のコマンドを書き変えることができましょう」
(ただし、コマンドは『わし以外の全ての知的生命体を殲滅せよ』と変えるがな…)
『香奈』はセイレをアコヤガイとともに『マナトの洞窟』に再び戻した。エスメラーダとしての『クシナの力』を抜き取ったのはダーマたちに気付かれない様にだった。マナトに地震が起こったのは、そのミドリアコヤガイをわざと人間に見つけさせるためだ、そのまま『マナト』から地上に運ばれるように計画していたのだ。
「何、人間がアコヤガイを持ち出しただと、クククッちょうど良い、人魚たちが産まれる前に盗掘されたのか。こじ開けられて、ひからびて死んでしまえばいいさ、なあ女王」
やっと気が付いた里奈は体の自由を奪われている事に気付いた。フードから見えた顔は母の記憶にあるものとまったく同じだ。
「お前は『ラグナ・マルマ』……」
「ほう、さすがにお前にもわしの記憶が伝わっているか、だがわしは進化している」
「進化?」
ダーマは笑い、そして自慢げに言った。
「そうとも、わしは『ラグナ・マルマ』。マナ、ヨミの次に既に体を持って産まれた『神の子』だ」
「知っています、その後タオ様に捨てられ、ムシビトの星に寄生した事も」
ダーマはゆっくり彼女に近づいて来た。
「少し違うが、まあいい。香奈がここに来るまで時間つぶしに聞かせてやろう。何故この星にわしが来ているかを……」
ダーマは女王を捕らえ、そして自分の正体を明かした。ラグナの子孫である事を、そしてラグナ・マルマがある日を境に消え去った事を。ダーマはラグナ族の星からこの地球に来たのだ、その母星がシュラに破壊されたことも知っていた、シュラの恐ろしさは誰よりも知っていたのだった。そのシュラを止める方法はマンジュリカーナを使うしかないだろうとも。




