台風の夜
台風の夜
夜半の事だ、台風の連れてきた暴風でアカデミアの電線が遮断された。そのとき水槽の前にいたのはなっぴひとりだった。非常電源に切り替わった直後、背後から何者かに羽交い締めにされた。なっぴは両足を跳ね上げ、かかとに体重をのせると相手の足の甲を思い切り踏んだ。そして相手の手を振りほどき肘打を食らわした。
「ぐふっ」
なっぴが振り返った時には、相手は既にそこにはいなかった。床がぐっしょりと濡れている。研究室の窓は開け放たれていた、彼女はすぐに窓から外を見たがすでに誰もいなかった。物音に駆けつけた二人は水槽を見ているなっぴに声をかけようとした。
「しっ、見て、二人とも」
『ミドリアコヤガイ』は白いあぶくを吐き出しながら、ゆっくりと開き始めた。
「何か光っているわ、深いミドリのそう、あれは真珠?」
彼女の背後で人の声がした。
「アクア・エスメラルダ、『人魚の瞳』、エメラルド色の真珠さ、さあゆっくり振り向くんだ。妙な真似はしない事だ、命は一つしかないからな、大切にしろよ」
サングラスをかけた長身の男が三人に銃を向けた。マイとたいすけの左右の手に手錠をかけると鉄のポールにつないだ。なっぴは男を睨みつけて言った。
「一体、あなたは何者? この真珠を盗みにきたって事は泥棒なんでしょうけど、さっきの男はおとりだったのね……」
「先客がいたって事か? 残念だが俺とは関係ない、それに俺は泥棒なんかじゃない。さあこれを真珠の側に置いてくれ、その作業用のアームでな、うまく使えるか?」
男は小箱をなっぴに渡し、銃口で水槽の中の真珠を指した。なっぴは器用にアームをあやつり、緑に輝く真珠の側に、男から受け取ったその箱を置いた。男の話し方に、きっとこれには深い訳があるのに違いない、そうなっぴは思った。
「あっ、殻が閉じる」
なっぴはそういいながらアームを納めた。その箱を待ち構えていたように、『ミドリアコヤガイ』は再びゆっくりとその殻を閉じた。
人魚
「なんとか間に合った、ありがとう、なっぴ」
そう言うと、男は銃を下ろした。名前を呼ばれたなっぴは、驚いて男に訪ねた。
「何故、私の名前を知っているの? それにあれは何?」
「君の事は『マンジュリカーナ』から聞いていたから知っている、それとあの中には減圧スーツが入っていたのさ。一刻を争ったから、説明する時間もなくて、手荒なことをしたな。ほらご覧、貝の殻がもう一度開く」
開いた貝の中で既にその真珠は二つに割れていた。そして信じられない事に、側に横たわっていたのは七、八十センチほどの『人魚』だった。緑の髪と瞳の『人魚』に出会った事で、なっぴは次の冒険へ深く関わっていく事になった。
男の指示の通りに減圧装置を解除し、水槽の気圧が大気圧に近づいていった。それを確認すると、人魚は、ゆっくりと開いたままの貝から離れ、水面に浮かんできた。上部のハッチが跳ね上がり、人魚はその大きな尾ひれで水面を叩くと外に飛び出た。
「おまちしておりました、エスメラーダ様」
「お前は?」
「遅れて到着し、申し訳ありません。『リュウグノツカイ』の『ミコ』です」
「あなたが、香奈の娘、なっぴか?」
「あなたは? それに何故母さんを知っているの?」
「わたしは、『アガルタ』の『エスメラーダ』、シャングリラの一つ、マリアナ海溝にあるマナトの女王。香奈は私を救ってくれた」
「母さんはそのシャングリラ『マナト』にいるのね」
「姫、お話の続きは場所を変えた方がよろしいのでは」
二人の手錠を外し、ミコはそう言った。
「そうですね、なっぴこれを受け取ってください」
彼女が手渡したのは、虹色テントウのブローチだ。『レムリア』と『人間界』の時間をシンクロナイズドさせた時、なっぴのブローチは虹の原石を抜き取られてしまった。よく見るとそれにも『七つの原石』がなかった。
「これは、母さんのブローチ。エスメラーダ、私あなたの事信じるわ、さあ、マイ手伝って」
「なっぴ、手伝うって?」
「マイは『レムリア』の筆頭巫女『ラベンデュラ』の娘でしょ。彼女をもう一度真珠に封印して、習っているでしょう!」
「なるほど、でもなっぴだって、私以上に上手いじゃない」
「あんた、修行中でしょ。さっさとやる」
「エスメラーダ、エルメラーナ、レムリアーナ」
再び閉じた『ミドリアコヤガイ』は翌日交代員を気絶させた何者かが持ち去っていった。