イトの風
イトの風
一方侍アブの刀をギリーバは警戒していた。
「一瞬の太刀筋を止めた瞬間が、勝機」
ギリーバはヨミの戦士の中でもクモ族と同じで武器は使わない。かつてナノリアの王『キング』の巨大な角さえ噛み切った強力な牙がある。身体は堅い鎧に覆われてる、さらにガラスのような面でも垂直に上れる吸盤つきの脚まで持つのだ。王国の戦士として最強であることは疑いも無かった。
次第に間合いがつまっていく。次元ミズスマシが倒されたのを見ても、『侍アブ』は動揺しなかった。落ち着いてこの相手を一刀で仕留めようと気迫を込めていた。動きがあったのは今度は『侍アブ』の方だ。抜刀はおとりだった、袈裟がけで切るのが侍アブの作戦だった。抜刀を紙一重でギリーバが避けた。真上から二の太刀が襲った。
「ムン」
ギリーバはその刀を両手で受け止めた。そして強力無比の牙でそれを折った。そして左右の触覚が侍アブの後頭部にある『ラグナ』を一瞬でえぐりとった。
「さすがにピッカーが一目置くヤツだ」
触覚の先の『ラグナ』もまもなく消滅した。
不思議な事に、倒されたムシビトは息を吹返した。
「おまえは、あの『なっぴ』と言った娘か?」
次元ミズスマシは岩に腰をかけ、つぶやいた。
「まだ戦うつもりか、ならば」
ギリーバが牙を開いた。しかしその素振りは既にない。風は次第にやみ始めていた。
「いや、俺は既にこの世のものではない。あの『ラグナ』が俺の寄り代、いや俺に寄生していたという方が正しいな、なあ侍アブよ」
侍アブはうなずいた。
「あの『ラグナ』はまだ幼体だ、あのサソリが俺たちに埋め込んだのさ」
侍アブがそう言った。
「ヨミの戦士が再び甦ったという訳か、恐るべき『ラグナ』の力を得て」
キューの回転が次第に速くなり、次元の谷の淀んだ空気が撹拌される。それにあわせるかの様に乾いた砂地が次第に潤いはじめた。心地よい風が吹いてくる、なっぴは懐かしい感覚を覚えた。その時『リンリン』の声が届いた。
「どう、エビネの国のイトの風は? ちゃんと修行してたでしょう、なっぴ」
「リンリン、すごいわ。次元の谷が命を吹返し始めていく……」
「ほう、不思議なことだ。次元の谷が再びヨミの花園に続く様だ、ギリーバとやら、ダゴスに伝えろ、黒サソリがこの谷で待っているとな。もし来なければヨミの花園をいただくとな」
そういうと戦わずして黒サソリは姿を消した。『ギリーバ』はひとりごちした。
「なぜ、再び『ヨミの戦士』が現れる。やつらの狙いはどこにあるというのだ」
さすがに、侍アブは鍛錬を積んでいる。緊張の糸が先に切れたのはミコの方だった。そのわずか前に侍アブの刀が動いた。
「グッ……」
とっさによけたミコの脇腹から、血しぶきが上がった。
「ほう、紙一重で交わしたか、なかなかの反応だ。殺すには惜しい男だぞ、ゲフフフッ」
ミコは膝をついた、もうかわせはしない。その前にギリーバが立ちはだかった。
「ラグナの力を借りてもその程度か、本当のヨミ族が相手をしてやる、さあ来い」
一方、『次元ミズスマシ』はなっぴにさんざん打ちのめされる。まるで谷に満ちた生気が、生き物の『神経』のようになっぴと繋がっている様だった。『次元ミズスマシ』がこの谷に現れた瞬間、彼女はそこをキューで打突するのだからたまったものではない。ただマルマの場所を捉える事が出来ないため、とどめがさせないだけだった。
「いけそう、テンテンううん『ナナテン』、何処なのこいつのマルマは?」
なっぴは、一瞬『テントウ』を『テンテン』と勘違いし、あわてて聞き直した。
「もう、何でも縮めりゃあいいってもんじゃあないでしょう。なっぴ」
「ええっ、その声、ひょっとしてテンテン?」
「リンリンのおかげで谷は甦りつつあるわ。ナナかぁ、まっいいか。なっぴ、ナナが覚醒するまでは焦らないのよ。こいつのマルマは背中にあるわ、そこを突くのは少し難しいけれど上手く出来る?」
なっぴは笑った、いつもの笑顔だ。
「もちろん、テンテン」




