週末エリート
「飛び級だってさ、たいすけくん。やったな」
彼は新聞をたたみ、飲み干したコーヒーカップをテーブルに置いた。新聞には『日本アカデミア』の第二期生に青葉一高の二年生が入学した事が取り上げられていた。『日本アカデミア』は先年、科学省の直轄の大学として創設された。最先端の科学者を育成するものだ。たいすけ、『的場泰輔』は『なっぴ』の幼馴染みで、小学校、中学校と同クラスだった。彼は隣の部屋で『眠ったままの妻』に、そう話しかけた。
「お父さん、バスに遅れるわよ!」
「おまえこそ遅刻するぞ」
残ったトーストを口に押し込み、一足先に『日本アカデミア』に通っている彼の一人娘、『万寿小夏』は、そうせかされて緑色のブレザーに腕を通した。コーヒーカップをシンクに放り込むと彼女も父と同じように隣の部屋の母に話しかけた。
「お母さん、行って来るわね。きっと治してあげるからね」
やはり彼女からは返事はない。なっぴの母、香奈はもう半年も眠ったままだ、偶然のきっかけでそれは起こった。
香奈は、異界の昆虫王国『レムリア』の伝説の巫女『マンジュリカーナ』の孫に当たる。その霊力で七年前、この人間界から、なっぴを『レムリア』に送り、王国の危機を救った。その香奈がこんなことになったのは、今から一年前の朝のことだ。
「なっぴ、そろそろ学校行かなきゃ遅刻よ」
香奈が、いつものように催促した。
「はぁい、じゃまたね、由美子。みんなによろしく」
香奈の声に、なっぴは由美子との通信を終えた。由美子は『レムリア』にある『フローラ国』の王女、ともに戦った巫女の一人だ。人間界に戻ったなっぴは、彼女の霊力『マナ』を全て抜き取り王国との時間の経過速度をシンクロさせようとした。完全にシンクロするのにそれから数年かかった。その時間のシンクロに関しての論文が科学省の選考委員の目にとまり、中学校卒業と同時に『日本アカデミア』に迎えられる事になった。日本海溝をはじめとして、マリアナ海溝、フィリピン海溝、トラフ……。世界の深海探査に活躍した『しんかい6500』を越える有人深海探査艇、『シーラカンス』の開発に科学省、日本アカデミア、そしてなっぴもそれに深く関わっている。中学校卒業の半年前にアカデミアの入学をすませたなっぴは、久し振りに中学生に戻れた気がした。
「なっぴ、久し振り。どう、アカデミアはもう慣れた?」
「ううん、授業についていくのがやっとかなぁ。ちんぷんかんぷんの記号ばっかり、マイこそ慣れた?」
マイはナノリアの王女だ。なっぴの親戚に当たる黒崎家に下宿し、人間界での修行(?)をしている。ともに戦った三人、テンテン、リンリン、由美子は王国を留守にはできないので、もう何年も会っていない。そのマイ、『黒崎舞』はタイスケとともに青葉一高へ進む事になっている。
「よっ、なっぴ。先越されたな」
「たいすけ、飛び級断ったって本当?」
「まあな、あと半年はかかるんだ。研究の結果が出るまで」
「あの『チタンと炭素糸のナノ融合』って何なのよ?」
「二万気圧まで耐える新素材さ、必要だろ『シーラカンス』ちゃんにはな」
「さっぱりわかんないよ、あんた達の会話」
「アカデミアへの飛び級を断ったくせに、何故かプロジェクトのメンバーなんだものね」
「アカデミアは土日だけ、飛び級したって意味ないだろ。お前だって『青葉一高』の生徒でもあるんだし」
「『週末エリート』ってとこね、お二人さんは、ふふふっ」
「おっ、そろそろ卒業証書もらおうぜ」
半年後、新素材の実験は成功し、その成果とともに正式にたいすけは、なっぴに一年遅れでアカデミアの一員になった。