セミクジラ
セミクジラ
ミコが、緑の霧の中から現れた。アキナが約束した通り、ミコは死んでなどいなかった。セイレはその姿を見て、自分の右腕の感覚が、次第になくなっていく事さえ忘れて微笑んだ。
「よかった、あなただけでも出られて」
「エスメラーダ!」
その声に黒龍は振り向いた、そして言い放った。
「ほう、姫の付き人が生きておったか。そこで二つの肉団子を見ながらおのれの無力さを恥じるがいい」
二人を捕らえた粘着網が締まっていく。ミコは駆け寄りその網に手をかけた。
「無駄な事を、ラグナの網を引きちぎれるものか。わしでもあるまいに」
ミコの金髪が逆立ちその色を緑色に変えた。
「むん」
彼のかけ声とともに、二つの網は引きちぎられ、セイレとミーシャが救い出された。タケルの腕に抱かれたセイレはしかしすでに息が弱い。なっぴが駆け寄った。
「エクタノーテ・リムリカーナ」
なっぴが回復の呪文を唱え、ミコは二人を背にしてギバの竜化した黒龍の前に立ちはだかった。
「お前、その力とその髪。まさかわしと同じカイリュウの力を持つものか」
ミコはそれにこう答えた。
「俺は、セミクジラの息子。お前を飲み込んだあのセミクジラの息子だ」
「何? では南極で海に逃れたのはお前だったのか」
「そうだ、一足早く地上に行き、人魚姫を守るために」
「何故、無くなったはずのカイリュウの力がお前にある?」
「簡単な事だ、この力は元々お前のものだ。ギバ、いや『オルカのギバハチ』よ」
「ほう、聞かせてくれ。俺が飲み込まれてからの話を」
黒龍がそう言うと、ミコは話した。
「お前を飲み込んだ俺の母は、気ままな『セミクジラ』だった。七海を泳ぐスピードはアガルタ一速い。そして何より義理堅かったのさ、カイリュウともっとも近いキョウリュウや『人間』との交流もあったと聞いている。母は『アマト』との約束を守っただけだと、俺に言い残して死んでいった」
アマトという男は、ラミナを妻にしたオロスの村の漁師だった。ラミナがラナを残しアガルタに帰った後、行方不明となった。そのアマトとの「約束」を守ったという事だった。
「ラミナが娘を残して駆けつけたアガルタにはきっと大変な事が起こったに違いない、お前ほどこの海を泳げたなら俺は人魚を守ってやれるのだがそれは叶わない」
「アマトは母にそう言った。捕鯨船団から母を救ったのが『アマト』という男だった。一隻で捕鯨船団に割って入った漁船が、その男のものだった。それ以来母は七海を泳ぎ続け、人魚を守り続けていた」
「だが、わしはアガルタや人魚を追いつめた張本人だぞ」
「知っていたさ、それが誰かに操られていた事も、決して『カイリュウ族』をこのアガルタからなくしてはならないと思っていた事も」
「しかし、それが何故お前に使える、わしから写し取った訳ではあるまい……」
「お前は、気付いていないがその姿は今までのカイリュウのものではない。お前はあの時すでに死んでいたのだ、母の体くらいでカイリュウの力を残す事など無理な事だろう」
黒龍は沈黙した。深海であろうと「創神の力」を防ぐ事などできまい。
「では、以前の俺ではないのか、この体は、この記憶は……」
ミコはまっすぐに姿勢を正した。
「キョウリュウ族の中で、再びカイリュウ族に戻った一族がいた。その一族の生き残りがおまえを救った、それだけの事だ。アガルタの危機に立ち上がれるように、その約束を果たしただけの事だ」
「クククッ、お人好しのクジラの息子か、道理で滅び去ろうとするアガルタの人魚の面倒を見ている訳だ。このわしに自分の力まで授けてな、ククククッ」
「何がおかしい、アガルタはこの星の母の国だ」
「いいお話だったが、もう飽きた。さあ、ラグナの羽化が始まる前に、ひと勝負だな、ミコ。お前の姿をこのわしに見せてくれ、相手をしてやろう」
「お前を甦らせたのは、残念ながら母の間違いだったらしい」
「お手柔らかにな、ククククッ」
「残念だ、いくぞ『竜化』」
ミコは『緑竜』となり、『黒龍』に対峙した。




