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盗賊狩り 前編

 舗装された道を抜ける。ある程度、進むと草木が生い茂り、まともな道とはいえなくなっていく。僻地の村へ向かう道だ。これだけ人の手が入った道があることの方が珍しい。獣道じみた道を進むと、やがて日が暮れ始める。


 闇夜の中、レストとリオンは無言で進む。音を鳴らさず、警戒を緩めない。まだ新しい足跡を見つけると、追跡を続けた。


 木々の中、粉雪が舞い始める。まだ雪は収まらない。雪を踏みしめると小気味いい音が響き、レストの神経はその度に研ぎ澄まされる。闇の帳が降りてしばらくすると、レストとリオンは足を止めた。


 いた。奴らだ。


 森の開けた場所。そこで盗賊達は野営をしていた。天幕が幾つかあり、据え置きの松明が周辺に立てられている。中央で夕餉にありつくつもりらしい。複数の焚火が見えた。盗賊達の数は――外に見えるだけで十二。天幕内にもいるのは間違いないため、過信は禁物だ。


 さて、いつ動き出すか。


 狩りの最も適した瞬間は獲物が油断した時。つまり食事か就寝時か、排泄、或いは……性行中だ。よほど普段から人に狙われるような生活をしていなければ、常に警戒してはいない。食事中を狙うには人数が多く、起きている間に、盗賊の一人でも殺そうものならまたしても山狩りが始まるだろう。


 レストは影に隠れて気配を隠し、動向を見守ることにした。そっとリオンを撫で、伏せさせる。レストが命令しない限り、彼女がその態勢から動くことはない。


「ったく、しけた村だったぜ。英雄殿のせいで、こんな辺鄙な場所に来るしかなかったけどよ……」


 おざなりに見張りをしている盗賊が渋面を浮かべて言う。隣に立っている盗賊の若者が何度も頷き肯定した。


「ちげぇねぇ。ラシャ村、だったっけか? あんな金品がない村も珍しいわな」

「ああ、無駄骨だったぜ。しかも狩人と娘には逃げられるしよ。さすがに魔獣だらけの場所は行けねぇからな」

「……だから余計にかしらが荒れてるんだよな。納得して、引き返してくれたのが信じられねぇよ。あんな寂れた村にいたくなかったんだろうけどよ」

「狩人に刺されたからな。かなりキレちまってる。今の頭には近づきたくねぇな。まあ、村の女が相手してるから俺達は気にしなくていいか。本当は若いのがいいんだろうけど、処女は食えねぇからな。値段下がるし。けどよ人妻相手ってのも、飽きてんじゃねぇの」

「まったく可哀想な奴らだ。狩人のせいで、自分達が煽りを受けてるんだからよ」

「ははっ、まっ、自業自得だろ。毎回思うけど、人間ってのは本当に、自分のことしか考えてねぇよな。毎度同じ光景になる。滑稽だぜ」

「俺達はこっち側でよかったよなぁ」

「ああ、本当によ」


 村人の、女衆は頭領の慰み者になっている様子だった。しかしレストは心の波を微塵も乱れさせず、黙して時期を待った。時折聞こえる悲鳴も、レストの感情を動かすことはなかった。すでに彼は決意している。ノアを助けるためならば何者も犠牲にすると。


「あー、クソいてぇええええええぇっ! クソ、クソが、クソが!!」


 一つの天幕から出てきた頭領が突然、叫びだした。周囲の盗賊達がビクッと身体を震わせた。かなりご立腹の様子で地団駄を踏み、顔を赤くしている。

 腹部には包帯を巻いており血が滲んでいる。天幕の中、暗がりに包まれた空間に、女達の身体の一部が視界に入る。泣き痕と痣が複数見えた。


「ああああああ! クッソ! なんだよ、いってぇ! クッソが! はあ……いっつっ……だりぃ、あの野郎、怪我治したらすぐに探してやるからな……」


 目をひん剥き狂ったように叫んでは物に当たっていた。その光景が、少しだけレストの胸を晴れさせる。

 安心しろ。すぐに目の前に現れてやる。

 頭領は怒り狂いながら、部下達や村人を殴りつつ、酒の酌をさせていたが、やがて酔ったのか、天幕に戻って行った。今度は村人達がいた場所とは違う天幕だ。あそこが寝室のようだ。


 頭領がいなくなると盗賊達がやれやれと後片付けを始める。そんな中、一つの天幕が目に入った。村人達が入っている天幕に盗賊が入ろうとした時、中が見えたのだ。


 そこには見たことがない少女の姿があった。見事な程に金色に澄み切った髪が、松明の光を反射し存在を強調していた。特段、珍しい見目ではないが、人目を引く魅力があった。麗しく、常人とは一線を画している。適度に膨らんだ胸と臀部、引き締まった腰。勝ち気で負けん気の強そうな人相と瞳。彼女は柱に括りつけられ、盗賊を睨んでいた。


 村人ではない。ということは道中で見つけた、別の奴隷なのだろうか。それとも、元々盗賊に飼われていたのか。彼女の身体にも幾つか痣が見えた。だが村人達と違い、彼女は真向に盗賊達を威嚇している。豪胆な性格なのか、虚勢なのか。とにかく、暗澹とした空間の中、彼女だけが一つの光明のように見えた。


 ――私には関係のないことだ。


 レストは再び野営地を見回し、地理を把握した。そのまま時間が過ぎ、やがて盗賊達が就寝した。見張りを三人残し、盗賊達は睡眠に入ったらしかった。

 天幕を行き来していた盗賊を入れれば二十一人。恐らくもう少し数はいるだろう。こちらはリオンと自分のみ。明らかに戦力差があるが、やりようはある。要は、だ。相手が気づく前に殺し切ればいいのだ。


 狩られる側として隠密行動は慣れてはいないが、狩る側としての隠密行動は慣れている。最初から見つかっていない状態で気配を消し、獲物を狩ることこそが狩人の本分だ。


 レストは見張りの位置を正確に把握すると、ようやくその場から移動した。高い位置からの射撃の方が見通しが良く容易いが、移動がしにくいし、射線が読まれやすいため居場所がバレる。夜中なので見つかりはしないだろうが、一定距離まで近づき迅速に殺す方が確実だし迅速だろう。


 レストは草場に隠れ、弓を構える。矢を一本つがえ、二本は残りの指の間に挟んだ。弦を引き、震えも殆どない状態でしっかりと獲物を見据える。狙うは、一人で哨戒中の盗賊。完全に油断しており、隙だらけだ。欠伸をして呆けた顔を晒している。


 他の見張りの位置を把握しているため、所定位置に盗賊が移動する時を待ちながら、他の見張りの立ち位置も横目で確認する。


 息を止め、見張りが地面を踏む時、僅かに動きが止まる瞬間を狙って矢羽を離した。放物線など描かず、直線の軌道を通り、矢は吸い込まれるように盗賊の頭蓋を貫いた。こめかみを狙ったため、すんなりと貫通する。悲鳴さえ生まれない。即死だった。


 次いで倒れた時の音が周辺に響いた。不幸にも、盗賊の持っていた松明が岩にぶつかり、コンっと高めの音が生まれてしまう。


「ん? 今、何か聞こえたような」


 他の盗賊が音に気づき、振り返った。


 だが。


 即座にその場で、レストは二本目の矢を打つ。一人目の盗賊が倒れ切った瞬間に放たれた早業。二人目の盗賊のこめかみに、またしても矢が刺さる。一人目との距離はかなり近かった。矢が最高速度に達する距離、丁度といったところだったが、野営地を介在して、真反対に位置していた。だが、そんな距離をものともせず、レストは盗賊を屠った。


 動きは止めず、再び三人目の盗賊を射た。位置が悪く、こめかみを狙えなかったので、心臓を狙った。剛弓から放たれた高速度の矢は見事に心臓を貫いた。


「あ……?」


 突然の出来事に、盗賊は何が起こったのか理解していない。痛みもさほど感じずに、白目を向き、死んだ。


 レストはふーっ、と息を吐き、見張り達が死んだことを近寄って確認する。人を初めて殺した。なのに、平静なままだった。すでにレストは常人の思考をしていない。倫理観など破綻している。


 見張りを茂みに隠し、地面を汚した血に雪をかけて隠した。簡単な隠滅だ。朝になれば隠しおおせない。粗末な方法。だが、そんな時間は必要ない。夜の内に奴らは全滅する。


 死体を隠し終えると、レストは四つの天幕を確認した。一つは奴隷と村人の天幕。一つは食料や物品の倉庫。一つは盗賊達が入っており、一つは頭領が入っている。


 さて、取れる手段はいくつかあるが、問題は相手の数がまだ十五以上残っているということ。外にいれば、いくらでも狩る自信はあるが、狩人の苦手とする場所は屋内だ。籠城されれば選択肢は限られる。大雑把に言えば、ひたすらに待つか、燻し出すか、だ。


 前者は、便意が起きるのをひたすらに待つ。出てきたところを射るのだから簡単ではある。排泄時、人間は無防備だからだ。だが、それ以外に、盗賊達が出てくることはあまりあるまい。食事に下剤でも入れれば別だろうが。


 後者は、天幕に火をつけるという単純な方法だ。効果的ではあるが、一気に敵が警戒するので、狩るにはやや状況が悪い。一人ずつならば幾らでも殺せるが、多勢だと逃げながら戦うことになる。相手が慎重になると長期戦になるし、ほぼ間違いなく空は白む。そうなるとこっちが不利になる。


 この夜の内に決着をつけなければならない。心情的にも、時間的にも。


 と、盗賊達の天幕から数人の盗賊が出て行くところが見えた。周囲を見回し、手招きをしあってどこかへ向かっている。何事かと思って見ていると、奴らは奴隷と村人がいる天幕に入って行った。


 なるほど、頭が下半身と直結している連中は、考えも一緒だということらしい。さすがにこれは予想していなかった。だが、考えてみれば、女がいるのに何もしないという考えはないだろう。少なくとも、下卑た男達ならば最初に考えそうなものだ。


 レストは盗賊達の天幕の様子を窺う。物音はいびきと衣擦れの音以外はしない。他の盗賊は眠っているらしい。抜け出した男達が音を鳴らさないように移動したということは、盗賊達の中ではあまりよろしくない行為なのだろうか。


 レストは腰からナイフを抜いた。左手には解体用のナイフ、右手には大型のナイフ。一息に二人は殺せる。人相手に切った張ったの大立ち回りをしたような経験はないし、その訓練もあまりしていない。以前……戯れでそういう機会はあったが、遊びに近かった。だが、生物の殺し方なら誰よりも知っている。急所を狙えば人間も動物も魔獣も関係ない。死ぬ。抵抗なく、死んでしまうのだ。ならば簡単だ。後は胆力と行動だけ。


 レストは両手に携えたナイフを力の限り握り、感情を促す。怒り、憎しみ、妬み。目的のために殺す。その意思は強く、歩を進める毎に増長する。そして天幕前に行くと、中から小さな悲鳴が聞こえた。


「や、やめて!」


 女の声だった。聞いたことがない声だ。あの金髪の少女なのだろうか。精一杯虚勢を張っているが、恐怖心と嫌悪感が声音に滲んでいた。


「へへ、いい加減、慣れろよ」

「いつもいつも、そうやって抵抗するから、興奮すんだぜ」

「おい、さっさとやっちまおうぜ、頭にバレたら殺される」

「あ、ああ、そうだな。おい、叫んだら殺すぞ」

「くっ! や、やだ! あ、あんたら、助けてよ。こ、こいつら、やめさせてよ」


 誰かに助けを求めていたが、誰も答えない。恐らく、村人達に言ったのだろうが、誰も声を上げなかった。男達は拘束されているだろうし、女達が盗賊達に抗えるはずがない。無言で、何もないかのように目を伏せて、時間が過ぎるのを待つしかない。それが無力な村人の選択なのだから。彼等にできることは、存在しない神に祈るだけだ。他者の救済のためではない。自分に危害が及ばないように、だ。


「あ、い、いや、やめて……ううっ……」


 艶めかしい吐息の中、嗚咽が混じっていた。少女の虚栄も所詮は見せかけだけ。事情を知らないレストでも何となく察しはしていた。村人よりは勇敢だ。ラシャ村以外の人間が彼女の他に存在しているのかは知らないが、それでもその頼りなくも勇ましい姿勢は村人と比較する必要もない。


 レストとリオンは天幕に入った。盗賊達がランプを点けていたらしく、天幕内は明るい。そのため入口の布を捲った際に見えるはずの、外の月明りや松明の光によって、盗賊達はレスト達の侵入に気づかなかった。


 丁度、盗賊達の背中が見える。少女の顔はこちらに向いているが、彼女はギュッと目を瞑り、必死に何かに耐えていた。痛々しい痣が幾つもあったが、染みは一つもない裸体に、今にも盗賊が手を触れそうだった。


 奥の村人達が、ぎょっとしてレストを見た。女達は縄に拘束されており、男達は鉄製の手錠をかけられており、簡易牢に入れられている。


 次々と村人達が一斉にレストを見た。その瞳には驚きと恐怖が滲んでいる。彼の手に全員の視線が向いた。盗賊達を前にしても、村人達はレストから目を離せない。彼等にとって、恐怖の対象はどちらになったのか、誰の眼にも明らかだった。


「へへ、おとなしくしな、すぐに終わるからよ」

「どうせなら楽しんじまえよ、気持ちいいぜ」


 下品に笑い、興奮した様子の盗賊達の背後に立ち、レストは両手を開いた。ナイフの柄を逆手に持ち、刀身を内側に向ける。そのまま二人の盗賊の首に、ナイフを突き立てた。


「へへへ、へ、べ、べべ? あが……べべ、べへっ?」

「ぎぃ、ぐっ、あがあが、なにがあ、ぎっ」


 三人中、二人が喉を刃物で貫かれ、噴水のように血液を噴き出していた。


「ひっ!?」

「な、なにが!?」


 少女の小さな悲鳴と、盗賊の驚愕の声は重なっていた。少女はレストを見ると、後退りし、距離をとって、露出していた肌を腕で隠した。


 レストは即座にナイフを抜くと残った盗賊の目の前に立つ。盗賊は座ったままのため、剣を抜いてもいない。この状態、どうあっても抵抗は不可能だった。


「お、おまえ、狩り」


 言い切る前に、リオンが盗賊の喉笛を噛みきった。苦しみに喘ぎ、じたばたとしていた最初の二人は次第に動かなくなっている。最後の盗賊も呻きながら喉の奥を鳴らしたが、喉仏の下部を裂かれているためまともな声が出ない。ヒューヒューと呼吸音を響かせながら、頸動脈から溢れる血液で床を濡らす。やがて動きが緩慢になり、少しずつ命の灯を消した。


 リオンの身体は『血で汚れていた』。それはリオンが、事態をどれほど重く受け取っているかの覚悟でもあった。彼女は白い毛を汚すことを嫌っていた。だが、血に塗れる主人を前に、彼女の決意も新たになった。狩人と飼い狼は共に血で染まっている。赤く濡れた、人以外の生物、気高き白獣もまた野生に身を委ねた。


 レストは三人の盗賊が死に至ったことを確認すると、村人達へと視線を向けた。悲鳴が上がる中、レストは無言で人差し指を立てた。それだけで村人達は声を抑えた。表情には明らかな恐怖が浮かんでいたが、レストは無視した。


 返り血で汚れた少女は、地面に座り込んだまま、レストを見上げていた。怯えてはいるが、村人達に比べるとその色は薄い。助けてくれた、という思いがあるのだろう。警戒しつつも、逃げたり叫んだりする様子はない。


 レストは跪き、少女に視線を合わせた。


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