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崩壊 前編

 交易商人が訪問して、一週間以上が経過した。

 ある日。

 それは突然起きた。


 耳障りな音が聞こえた瞬間、レストは眠りの海から這い上がった。


「……なんだ?」


 深更。月明りが部屋に射しているが、室内の大半は暗闇に包まれている。レストは半身を起こし、周囲を見回した。そして耳をすます。特に何も聞こえない。勘違いなのかとも思ったが、狩人の本能が警鐘を鳴らしている。居間で寝ていたレストは、台所に置いたままにしていた動物解体用のナイフを腰に差した。置きっぱなしにしていた上着だけを羽織って、ノアの部屋へと入る。


「ノア、ノア」


 規則的な寝息を漏らしている娘を軽く揺する。と、眠そうにしながら目を覚ました。ノアは目を擦りながら起き上がり、レストを見上げた。


「ん……どうしたの? お父さん」

「何か、村の中がおかしい。念のため、起きておいてくれ」

「うん、わかった」


 曖昧な内容でもノアは素直にレストの言葉を信じ、目をギュッとつぶった。どうやら眠気を飛ばそうと頑張っているようだ。


「リオン、ノアから離れるなよ」


 ノアの部屋に寝ていたリオンもすでに起床し、ノアの横で耳や鼻を動かしている。小さく唸り、何やら不穏な空気を醸し出している。やはり何かあったらしい。


「私は外を見てくる。リオンと一緒に居るんだぞ」

「うん、ノア、いうこと聞くよ」


 コクコクと真剣な顔で頷くノア。レストの顔を見て、状況をくみ取ったらしい。

 レストは部屋を出て玄関前に移動する。隣にある窓から外を見てみた。しかし、何も変化はなく、しばらく眺めてもいつもの村内だった。窓からだとよくわからない。外に出てみようと、入口の扉に手をかけた時、悲鳴が聞こえた。


 レストは再び、窓から外の様子を窺う。家の影に隠れているがほのかに灯りが見える。こんな深夜に松明かランプを持って村の中をうろつく村人は早々いない。灯りは一つ、二つと増え、やがて村内を埋め尽くした。


「あれは……」


 喧噪、悲痛な叫び。徐々に大きくなる違和が、やがて村を包み込んだ。何者かが村を襲撃している。不意に灯りを持っている人間の顔が見えた。粗野な格好に手には剣。賊の類に違いない。奴らは村人を襲っていた。

 一人、こちらへ向かって来ている。


 レストは跳ねるようにその場から移動し、ノアの部屋へ移動した。


「お父さん、何があったの?」

「大丈夫だ。いいかノア。声を出すなよ」

「う、うん」


 説明している時間はない。レストは簡単な構造の衣服をノアに着させた。時間がないので腕を通すだけの型式だ。そしてすぐに自分の上着をノアへ被せる。その後、ノアを両手で抱えてリオンに目配せした。リオンはそれだけで、レストの後に続いた。


 ガンガンと玄関の扉が叩かれた。蹴破ろうとしているのか。その所作だけで相手がどういう意図なのかがわかる。賊が玄関に集まった時を見計らい、レストは部屋の窓を開けて、そろりと外に出た。外は雪がしんしんと降り注いでいる。寒風が顔を打った。静寂さの中で時折聞こえる声が、すべての調和を崩していた。白い息を吐きながらも声を出さず、雪を踏みしめる。まずは裏手にある解体小屋へ行かなければ。弓具は小屋に置いたままだ。


 周囲を警戒しつつ壁沿いに進むと、レストは足を止めた。


 村は狭く、すでにあちこちに賊が侵入しているようだ。小屋前にも一人、賊が辺りを見回していた。レストは小さく舌打ちをして踵を返した。弓具は諦めるしかない。一人相手ならばなんとかなるだろうが、ノアが一緒だ。危害が及ぶ可能性がある。それに近くには別の賊がいる。仲間が集まってくれば終わりだ。


 どうする。軽装だが、思いきって山に入るか。山の麓付近にある樹林ならば自分の庭だ。奴らに遅れは取らないだろう。だが、かなり薄着だ。レストは何とか耐えられるだろうが、娘のノアはどうだ。娘は普段、僅かな時間、外に出るだけでも体力を消耗してしまうほどに身体が弱い。今も動揺し、恐怖しているためか、精神的に疲弊するのも目に見えている。かといって、また家の中に戻る時間はない。それに戻って、衣服を重ね着しても、一時的な防寒にしかならず、結局ノアに耐えられるとは思えない。


 レストはノアに視線を落とす。声を出さないように耐えている姿を見て、レストは唇を引き絞った。だが、ここで悠長に構えていても賊に殺される。やはり森へ逃げるしかないのか。

 金は? いや、そんなことを気にしている暇はない。ノアを楽にするために治癒薬を買おうとし、そのために貯金したのだ。金のために命を懸けては本末転倒だ。


 レストは意を決し、森へ入ろうと周囲を警戒した。だが、気配が多すぎることに気づく。


 ――囲まれている。


 レスト達が見つかっているというわけではなく、単純に賊の数が多すぎるのだ。恐らく、村を襲う前から、村の周囲に配置し、村人を逃さないようにしていた。もし、村人が逃げのび、近くの村や、ガイゼンに辿り着き、官憲に報告しようものなら賊達は捕縛されてしまう可能性が高い。それを警戒してのことだろう。


 ノアを抱えて激しく動くことは困難だった。逡巡の中、肩に何かの感触が生まれる。ぞくりと背筋が凍ったが振り返ると、そこには――村長が立っていた。村長は、人差し指を口元に沿え、声を出さないように、と無言で伝えてきた。レストが頷くと、村長も頷いた。


 よかった。村長は無事だったようだ。怪我もなく、健康そのものだ。彼は賊に見つからずに逃げて来たらしい。


 村長は移動し、レストに手招きする。目的がわからないが、ここで立ち尽くすよりはいい。そう思い、レストは村長の背中を追った。


 家の物陰を進み、見事に賊達の視界から逃れて、移動していく。狩人であるレストは生物の気配には敏感だが、だからといって、隠密行動ができるわけではない。あくまで狩人は追う者。追われることは滅多にないのだから。


「おい! いたか!」

「いや、こっちにはいない」

「ったく、村人の数が足らねぇんだと」

「馬鹿が女を隠して犯してんじゃねぇのか?」

「んなことしたら頭領に殺されちまうだろ、さすがにそこまでの馬鹿はいねぇよ」

「だな。じゃあ、探すしかねぇな」

「……仕方ねぇな」


 愚痴を漏らしながら賊達は人が隠れそうな場所を捜索している。これは、自分達を探しているんだろうか。もし見つかったら、ノアはどうなる。外道達が何を考えるのか、想像はつく。身内贔屓かもしれないが、ノアはかなり顔が整っている。結晶病という特異な病にも罹っているし、非人道的な奴らに捕まれば何をされるかわかったものではない。下手をすれば奴隷や見世物としてどこかの国で売られるかもしれない。


 自分はどうなってもいい。娘だけは助けなければ。


 レストは腕の中で恐怖におののきながらも両手を握り、必死で耐えている娘を一瞥する。健気な姿に、喉の奥が収縮し、目の奥が痛んだ。ここまで不幸の連続だった。もういいだろう。もう、そろそろ娘を解放してやって欲しい。こんな、こんなのは酷過ぎる。


 レストはノアを壊れないように優しく力強く抱きしめ、決して落とさないように慎重に歩いた。姿勢を低くしながら、村長に続く。


 やがて辿り着いたのは村長の家だった。彼の家は村の中央にある。村から逃げられるような立地ではない。しかし村長は、レストに一度振り返り、大丈夫だといつもの笑みを浮かべた。人格者の村長の考えだ。ならば従うしかあるまい。


 レストは首肯を返すと、村長と共に、村長の家に入った。


 暗い。何も見えない。月明りが屋内に入ってこない。雨戸を閉めているのか。ノアは恐怖に耐えきれなくなりつつあった。その証拠に、小さな手でレストの服を強く掴んでいた。微かに震えている。リオンも唸り声を上げている。しかしレストの命令がないため唸っているだけだ。彼女は何かに気づいている。


 レストもようやく感づいた。動揺、混乱、娘を思うあまり冷静さを欠いていた。狩人として普段通り平静な心であれば気づいていたはずだ。


 レストは咄嗟に暗がりの中、そっとナイフをブーツの中に隠した。小型の形状なので、なんとか覆い隠すことができた。次の瞬間、光がレストの足元に射した。奥の部屋の扉が開かれたようだ。そこには人影が一つ立ち、レスト達を見ていた。


「集まったな。これで全部か」

「は、はい。これで村人すべてです」

「そいつが、例の狩人か」

「え、ええ、そうです」

「ふん……それじゃ、抵抗できる人間は抑えたな」


 しゃがれた声の男は村長と話していた。まるで知り合いのように。

 奥には大広間がある。村長の家は他の村人の家よりもやや広い。それは人が集まり話し合いをする場合もあるからである。広間は会議にも使われ、大人数を収容できるほどの広さ。村人全員が入っても余る程度には。


 広間には賊達が下卑た声を挙げながら、村人達を縄で拘束し、乱暴に座らせていた。男や老人は暴行を加えられている。一部の女は半裸だった。無事な人間はほとんどいない。村長くらいだった。


 奴らは村人達をこの家に集めているようだった。それはつまり村長も加担していたということでもあった。


 レストは信じられないといった顔で村長を見つめた。すると村長は気まずそうに顔を逸らした。彼は知っていたのだ。いや違う。自分の意思で、レスト達を自宅へと連れてきたのだ。一体なぜ、そんな疑問が浮かぶが声にならない。


「おい、そいつらも捕えろ」

「へい! 頭領!」


 頭領らしき男の命令で、賊達がレストに近づいてくる。この場で抵抗しても勝ち目はないだろう。こんな状態ではノアを守り切れるとは思えない。屋内では数が優位に働く。解体用のナイフ一本で戦えるはずがない。こんなことならば解体小屋前にいた賊を殺してでも、弓具を手に入れ、森から奴らを狙えばよかった。人間を殺した経験はないが、娘のためならばどんなことでもできる確信があった。だが、もう遅い。レストは村長を信じ、そして裏切られたのだから。


 レストは狼狽しつつも、リオンに逃げるように命令した。唸り声をあげながらも、リオンは僅かに迷い、そして賊達が傍に寄る前に家から脱走した。


「あ! 犬が逃げた!」

「ほっとけ、犬畜生なんざどうでもいい」

「へ、へい!」


 頭領らしき男は、不清潔そうな見た目だった。体格がよく、それなりに腕に覚えがあるのか、自信満々といった感じでレスト達を見下ろす。


「おら、こっちに来い」


 レストは抵抗せず、賊達の指示に従った。抗えばノアに何をされるかわからない。慎重に考えた結果だったが、功を奏するのかどうかはレストにはわからない。


 身体で娘を守りながら広間に入る。若者は少なく、老人が多い。男と子供は部屋の隅に追いやられ、数人の盗賊が睨みを利かせている。相手の人数は十程度。外にもいるだろうから、多くても二十か三十。村人と同数程度だろう。しかし手には凶器を握っており、素手の村人達では抵抗できない上に、取り囲まれており逃げ場はなかった。


 女性、それも比較的若い者は、男達と分けて固まっている。意図が読み取れ、レストは必死でノアを抱きしめる。


「お父さん、怖いよ……」

「大丈夫だ。私が守ってやる」


 レストは根拠のない言葉で娘を安心させようとした。しかし聡明なノアはすでに状況をある程度、理解してしまっている。どうなるか、詳細まではわからずとも、恐ろしい目に合うだろうとは思っているに違いない。そしてその考えは間違っていない。


「そいつはこっちだ」


 レストを広間に移動させた盗賊の一人が、ノアを強引に奪おうとした。


「やめろ! 私の娘に触るな!」


 盗賊がノアに手を伸ばした瞬間、レストは反射的にその手を払った。しかし、その反応は現状を鑑みれば、悪手であることは明白だった。盗賊の男は一瞬で激昂し、レストの頬を殴りつける。


「くっ!」

「てめぇ、ぶっ殺すぞ!」


 殴打を受け、レストはその場に蹲った。ノアを自らの身体で隠す。衝撃が身体に走る。

 一人、二人、三人とレストに暴力を振るう盗賊は増えた。


「おい! こいつ、娘を庇ってるぞ! さっさと引き剥がせ!」

「殺すぞ、おい。邪魔すんな!」

「ぐっ、ぐあ! はっ、ぐっ」

「お、お父さん!」

「だ、大丈夫、お父さんは大丈夫だ」


 痛みは耐えられる。苦しみにも慣れている。娘を守るためならば自分の身などどうでもいい。レストは激痛にも耐え、蹴られ殴られ、引き剥がされそうになっても必死で、ノアを庇った。衝撃はノアにも伝わり、悲鳴が徐々に大きくなる。


「やめて! お、お父さんをいじめないで!」


 過去に聞いたことのない程に甲高い声だった。泡を食い、泣き叫ぶ娘の声。これほどに心を揺さぶる声音は存在しない。子を守るのは親の務めだ。レストはその生物の本能に忠実に従い、遂行しようとしているに過ぎない。

 もし、ここで娘と引き離されれば、助けられる可能性が低くなると直感していた。それに娘と離れることは、レストに強い忌避感を抱かせた。特に、こんな状況では。


「おい、やめろ」


 低い、男の声が鼓膜に届いた。あの頭領の男だ。レストは顔を上げず、姿勢を保った。何をされても、痛めつけられても、殺されてもここは動かない。決して。

 男はレストの髪を掴み、グイッと持ち上げる。強引に顔を下げようとしたが、頭領に顎を掴まれてしまった。身体はノアを覆ったままだ。それでも視界は頭領に奪われた。


「なるほど、大した男だ。この状況でありながら、痛めつけられても娘は守る。泣けるじゃねぇか。なあ? 村長」

「は、はい……」

「なあ? 知ってるか? おまえ達、村人は餌なんだよ」


 レストは痛みに悶えつつも、抗い続ける。恐怖などどうでもよかった。頭領を睨み付け、屈しないと主張しつつ、問い返した。


「餌、だと?」

「そうだ。俺達は、数日前からこの村周辺に滞在してたんだ。本当は奇襲を仕掛けるつもりだった。けどな、そこの村長が村を守るために、交渉を持ちかけてきた。村を壊さない、村人を殺さない、それを約束してくれたら、官憲に通報はしない。それに、村人全員を逃がさないようにする、ってな」


 盗賊達にバレないように村人を逃がすことはできなかったのか。いや、できたに違いない。全員は難しくとも、ある程度の人数は逃げのびることはできたはずだ。だが村長は、一言もそんなことは告げなかった。それとも、恐怖のあまり、行動に出られなかったのか。その結果がこれだと、そう言いたいのか。殺された村人はいなかったようだ。だが、それが何だと言うのだ。生きているだけだ。これからどうなるか、想像は難しくない。人売りはどこの国でもいるのだから。


 それでは、どうして村長はこんな方法を選んだのだ。


「なぜ、そんな、ことを」

「へへ、交換条件はもう一つある。村長を生かすことだ。俺達からしたら、手間をかけず、村人全員を捕縛できるし、糞爺一人助けるだけでいいんだからな、儲けもんだ。全く、大した村長だぜ。村長様様だ」


 レストは村長に視線を投げかける。村長は卑屈な笑みを浮かべ、レストや村人達を見ていた。村人達は耐えきれず、村長を詰問する。


「そ、村長! どうしてなんです! あなたは自分だけが助かればいいのか!」

「村人を犠牲にするなんて……!」

「私達は、今まで村に貢献して来たのに、そのあげくがこの仕打ちか!」


 拘束されていた村人達が一気に村長を責めたてた。その様子がおかしいのか、盗賊の頭領はニヤニヤとイヤらしく笑っている。レストの顎から手を離し、立ち上がると、傍観に徹し始めた。盗賊達も頭領に倣い、しばらく様子を見るつもりらしかった。


 レストは現実を受け入れられなかった。あの村長が、やはり裏切っていたのだと知ると、余計に過去の彼の顔が浮かんだ。普段、村のために働き、村人達のことを考えて行動してくれていた。レスト達のためにお金を集めたりもしてくれた。なのに、こんな。自分の身が危険に晒されたからといって、村人達を犠牲にするなんて。


 信じていたのに。感謝していたのに。この村に住めてよかった、そう思っていたのに。それはすべてまやかしだったのか。家族のように、近しい存在になれているのではないかと、そう思ってさえいたのに。


 レストの手は震えていた。


 昔を思い出す。その時、深く、連綿と続く哀しみと不幸の中、レストの精神は削られていた。妻を失い、心がまともに機能しなくなっていた。けれど村長を筆頭とした村人達に親切にして貰い、少しずつ心が癒えたのだ。だが、それは幻だった。それはただの思い過ごしだった。


 この光景は一体、なんなのだ。


 村長を詰る村人達の顔は、いつもの彼等とは違った。必死で、醜く、罵倒することに使命感さえ抱き、一時の心の暇としている。対して村長は何を言われても、立場が違う。村人達はこの後、物のように扱われるが、村長はこの村に残り、また村長を続けるのだ。


「わ、儂はですね、ずっと村のため、長として日々を費やしてきた。村長として尽力してきた。そうやって生きてきた。だからこれからもそうする。村のために、最善を尽くした結果です」

「ふざけるんじゃない! 村のためと言いながら、村人を犠牲にしてるだろ!」

「ええ、ですがね、人は募れば集まります。儂の功績はこの土地と家屋と農地。それ以外は、ただの付属品ですからね。人は消耗品。いなくともまた集まる。ですが時間は有限。土地も先に居座ることが肝要。家屋は壊れても再び建造できますが、材料や時間を浪費する。人は、村に奉仕するためにいるのです。村人は、村のために死ぬべきなのです」


 あまりに無碍な言葉に、村人達は言葉を失った。村長は本心から言っていた。ここ数日で考えを変えたのか。いや、違う。彼はそういう人物だったのだ。彼は人格者ではなく村長だった。村長そのもので、村を第一に考えていただけだ。そして村は人が支えるものという考えはなく、人は消耗品、付属品であると断じたのだ。


 土地に家屋を建てるには時間がかかる。人がいればまた建てられるが、財産は有限。失えば、彼の功績はなくなる。そして農地や村そのものという財産を大事にしていたが故に、彼は毎日のように奉仕していたのだ。村人に気を遣ったのも、すべては村のため。


 彼は悲しい程に、根っこから村長だった。不幸にも、彼の本性を暴けなかったのは、村人全員がラシャ村を愛していたからだった。よほどのことがない限り、互いの利害は相反することはなかった。


 絶句していた村人達は、化け物でも見るような目をしていた。レストは積み重ねてきたものがすべて幻想であるとわかり、すべてを心の中でガラクタだと分別した。もう、どうでもいい。村長など、どうでも。


「さて、話は終わったか? 事の顛末がわかって、村人諸君も、さぞ悲しいだろう。悔しいだろう。でもこれが現実だ。これから、おまえ達はどこぞのわけのわからない金持ちに買われ、死ぬまで働かされる。男は殴られる道具、女は犯される道具。素敵な未来じゃないか」


 あまりに希望がない。頭領の言葉は、村人達を絶望させるに十分だった。

 もうこの村は終わりだ。終わってしまったのだと、レストは理解した。しかし、それでも悪夢は始まったばかりだった。


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