月光の下、日影が咲く
戦いは苛烈さを増していた。
「多すぎる……!」
シャールと別れた後、西門へと向かっていたレスト達は、ガルフリア達に追いつかれていた。時は佳境。終わりは近づいている。死ぬのはどちらか。現状では、相手の方が有利なのは間違いない。
遠くのガルフリアに向けて矢を放つ。見事に弾かれてしまったが、一瞬の足止めにはなった。死角になっていた、細路地からガルフリアが現れたが、ルスカが瞬間的に剣を振り降ろした。
所詮は付け焼刃の剣術だが、恵まれた反射神経によって繰り出された初撃だけはガルフリアに直撃した。だが剣速は遅く、簡単に剣で防御されてしまう。それでも一手、相手を後手に回すことができた。その隙を見逃さず、レストはガルフリアの足に矢を射た。二本目の射的は、秒間にも満たない空白を経て放たれた。そしてそれは見事に着弾する。
「くっ……!」
仕留めることはできなかったが、ガルフリアの太腿を貫いた。そのため、移動速度は著しく下がる。
レスト達は大して速度を緩めず西門へ急いだ。
「くそがっ! さっさと殺せ!」
「わかってんだよ!」
「おまえこそ、さっさとしろ!」
仲違いが生まれているようだった。同じガルフリアだが、一枚岩ではないらしい。同じ性格だからこそ、受け入れられないところもある、ということだろうか。長時間に及ぶ戦闘に、ガルフリア達も精神的にも肉体的にも疲弊しているようだった。
英雄であっても、人間であることは間違いない。永遠に動き続けることはできないし、何かしら制限はあるはずだ。ならば、勝機はまだあるはず。逃げ切れば。この場を切り抜けられれば。
「見えた!」
ルスカの一声にレストは正面に視線を移した。真っ直ぐ伸びた通路の先、情景が開けている。中央通りの店舗が見えた。そこには門があるはずだ。
レスト達は速度を上げる。後方から聞こえる怒号を振り切り、路地を抜けた。広い空間、通りに出ると、右側に西門が屹立していた。左側からは、他のガルフリア達が迫っている。
門近くには衛兵がいない。よくよく見ると、地面に倒れている。どうやらガルフリアが気絶させたらしい。騒ぎにしたくないという考えは一応はあるようだ。
逡巡せず、西門側へ移動。そのまま通用口を抜ける――かに見えたがレストは足を止めた。
「逃げないの!?」
ルスカも戸惑いつつ、レストの隣で止まった。振り返ると、ガルフリア達がぞろぞろと迫ってきているところだった。逃げ場は後ろにしかない。門の横にある通用口を抜けなければ、殺されることは必至だった。だが、レストは動かない。
「観念したか?」
嘲るように、苛立ちを覚えているかのように、ガルフリアは言う。
たった一人にここまで翻弄されて、平静を保てるわけもなかった。ガルフリア達はじりじりとレスト達に近づいてきた。
どうするのか、とルスカが見上げてくるが、レストは反応しない。
――ギリギリまで待たなければ。
続々とガルフリア達が集まる。そして、集結する人影がなくなった。
――そろそろ限界、か。
レストはルスカの手を引き、踵を返した。西門の通用口を進む。
「待て!」
通用口は狭く、高さも馬が通れるかどうか程度。馬車は通れないし、人が通るならば、二列が限界。必然、ガルフリア達は列をなして通用口を通るしかない。
外に出たレストは、僅かに進み、即座に振り返った。
「レスト!?」
再三、振り回されているルスカは、どうしたらいいのかわからないといった様子だった。だがガイゼンを旅立つ前とは違い、強い意思を所作から感じた。主人の行動を理解しようと必死だったようだが、その意図を汲めずにいた。それでもレストの邪魔にならないように、少し離れた場所に移動した。
細い通用口を進んだガルフリア達は、行列を成し、外へと出てきていた。
同時に、レストは遠くで聞き慣れた声に気づいた。
――間に合ったようだ。
レストは魔女の言葉を思い出す。召喚の力は連続して使ってはいけないという言葉を。一週間は間を空けなければ危険だ、と言っていた。最初に使用してからまだ数日しか経っていない。だが、ここで使わなければいつ使うのだ。
レストは集中した。白い感覚に身を委ね、黒い空間に意識を与える。手を伸ばし、虚空にあるはずのない感触を覚える。手で掴むと同時に、顕現した魔弓は煌々と発光していた。火傷しそうなほどの温度を感じるが、なぜか心地よく、痛みを感じない。
手前まで引くと、大弓が明瞭に姿を現した。
ルスカは横であんぐりと口を開けている。
「またアレだ! 気をつけろ!」
英雄であるガルフリア達の間に緊張が走った。一度、レストの攻撃を受け、警戒しているようだった。レスト自身も驚きを隠せないほどの力だった。だが、その代償は少なくない。今回使えばどうなるかわからない。しかし、どれほどの代償を払おうと構いはしない。英雄を殺すためならば、安い物だ。
レストは瞬時に魔弓の弦を掴んだ。軽い。まるでなにもないような感触。
先頭のガルフリアは外に出ているが、大半のガルフリアは通用口の中とガイゼンの街中にいるはずだ。レストの姿を見たガルフリアは攻撃から逃れようと横へと移動した。
しかしレストはまだ動かない。何かを待っているかのように。いや、違う。『まだ、標的の場所が正確にわからない』からだった。
その時、遠くでまた声が聞こえた。『リオンの声』だ。
レストはカッと目を開き、手元に矢を生み出す。白き矢。綺麗な直線を描いた、白矢だった。見目はただの木矢だったが、強烈な存在感を醸し出していた。清廉な、神聖な物に見えた。
蒼雷の一矢とは違う。
それは――【白貫の一矢】
レストは目に見えに対象に向け、矢を放った。遠く、遥か遠く。声が聞こえただけ。リオンの目の前にいるはずの、その標的に向けて。
場所は反対側、正門前。そこから声は聞こえた。一度目、二度目の進行方向と、声の強弱。それを一瞬で把握し、矢を放ったのだ。甲高い音に鼓膜が悲鳴を上げる。
張力から跳ねた一矢は通用口に向けて走った。レストの行動に気づかなかったガルフリア達を貫き、尚も矢は勢いをなくさない。
「がっ!」
「な、にが」
「くっ……!」
次々に倒れるガルフリア達。だが、全員を巻き込むことはできず、外壁前に移動し、回避したガルフリア達は存在していた。
「はっ、残念だったな! まだ、俺達は生きてるぜ!」
見える範囲内だけでも半分以上のガルフリアは無傷だった。蒼雷の一矢であれば、より多くのガルフリアを殺せただろうが、レストはその手段を講じなかった。
魔弓は光の粒子を生み出しつつ消失した。その途端、レストは膝を突き、息を荒げた。
「ぐ……あ……」
痛みを超えた、強い感覚。熱さも超え、痺れを生み出し、感覚がなくなる。気づけば地面に倒れ込んでいたレストは、呼吸ができないことに気づいた。
「レスト!」
声が遠くに聞こえる。ルスカに肩を揺すられたが、レストは反応出来ない。身体中の感覚が奪われているかのようだった。全身が痙攣し、まともに動けなかった。
特に左目が痛みを訴える。そこでようやくレストは気づく。左目が完全に見えなくなっていたのだ。『視力を食われた』のだ。それに伴い頭痛が続き、思考が働かない。脳みそを直接握り潰されているような激痛が走った。
「がああああっ!」
意識が飛びそうだった。自我を保っているのは奇跡だった。レストは背中を反り、何度も痙攣していた。
「レスト、レストッ!」
ルスカの嗚咽を含んだ叫びにも答えられない。過去の経験や理性を超越した刺激。精神力なんてものは、まったく役に立たないほどの痛烈な状況。何もできない。ただ与えられる拷問を享受することしかできなかった。
「なるほど、力の代償か。そりゃそうだ、おまえが魔力を持っているはずがねぇ。こんな……こ、んな……あ?」
薄ら笑いを浮かべていたガルフリアだったが、突然わなわなと震えだした。それが徐々に他のガルフリアにも広がり、全員が同じようにくずおれた。地面に倒れて動かなくなったのだ。やがてすべてのガルフリア達が倒れて動かなくなった。
「な、何が起こったの……?」
ルスカは状況を飲み込めない。そんな中、レストは緩慢に身体を起こした。
「……くっ……はぁ、ぐっ!」
「レ、レスト! だ、大丈夫?」
「ああ……な、んとか、な」
異常な程の形容しがたい痛痒はなくなり、ただの痛みに戻っている。全身を走る単純な激痛だけならば、何とか耐えられた。レストは覚束ない足取りだったが、何とか立ち上がった。ルスカが心配そうな顔をしてレストに手を貸す。
体格差はあるが、多少は楽になった。
「レスト……か、髪が……色が変わってる」
自分では見ることができないが、ルスカはレストの頭を見て、唇を震わせた。魔女の力に関してはルスカにも説明している。だから事情は知っているはずだ。しかし、その代償がどんなものなのか、ルスカもレストも知らなかった。
左目が失明した。
右手の感覚が鈍麻している。力が入っているのかもわからない。そして、綺麗な銀髪に、黒が混じっていた。あの魔女のような黒い髪に。
大丈夫。これくらいならば問題はない。死ななければいいのだ。英雄を殺すまで、その時まで戦えることができるのならば、それでいい。
「……気にするな。大したことはない」
今は失明したことや、右手のことは話さないでおこう。ルスカは動揺するに違いないし、まだ事態が完全に治まったのかわからないからだ。
「……その、何が、あったの?」
「行けば、わかる」
レストはルスカに視線でガイゼンへ入るように促した。ルスカに手を貸してもらい、レストは再び通用口を抜ける。そこにはガルフリア達の死体が転がっている。白貫の一矢で死んだ者が半分、もう半分は無傷だったが白目を剥いて動かない。死んでいることは間違いなかった。いや、恐らくは活動できなくなった、ということだろう。
レストとルスカはガイゼン内の大通りを真っ直ぐ進んだ。そこかしこでガルフリアが倒れており、時折、建造物に綺麗な穴が開いていた。白貫の一矢によるものだ。
レスト達は大通りを抜け、反対側、正門へと向かった。ガルフリア達の死体は転々と転がっていた。だが、これほどの数、それなりに物音を鳴らしたはずだが、住人達は気づかなかったのだろうか。英雄が頻繁に立ち寄る街だから平和ボケしているのだろうか。それとも、単純にそれほど大きな音は鳴らしていなかったのだろうか。
だがシャールは音に気づいていたようだった。ならば『住人の中には気づいている人もいる』だろうということ。危険に巻き込まれたくなくて外に出ていない、という可能性はあるだろう。だが官憲は? 衛兵達はどうしている?
「あ、あれ……」
ルスカが何かを見ながら呟いた。その視線の先には官憲の詰所があった。ガイゼンはそれなりに大きい街だが、国から派遣された憲兵の数はそう多くはない。官憲達は精々が数十。何か事が起きた時、領主へと伝達され、近隣の都市や本部、つまり王都へ援軍を要請するという簡単な仕組みだ。
だが、その詰所には灯りがついていない。入口付近には人が倒れており、微動だにしていない。死んでいるわけではなさそうだったが、意識は失っている。
街中でガルフリアの数が少なかったと思ったが、なるほど、官憲達を無力化していたらしい。見られたくなかったのか、単純に騒ぎを大きくしたくなかったのか。それとも己の保身のためか。理由は不明瞭だが、この状況はレストにとっても願ったり叶ったりだった。もしもすべてのガルフリアがレストを襲っていたら、結果は違っていたかもしれない。ガイゼンへ向かったことは奏功していたのだ。
とにかく、顔を見られれば今後の行動に制限が生まれる。それはレストも同じだった。警鐘を鳴らそうとしていた門衛は恐らく、レストの顔を見る前に気絶しただろう。ただ、ゼノには顔を見られている。今は、そのことは考えないようにした。
先へ進む。
「あ」
正門に到着するとルスカは小さく呟いた。
そこに倒れていたのは白馬。ガルフリアの愛馬である『ランス』だった。ランスの頭部にはぽっかりと穴が開き、そこからドロッと濁った血が溢れていた。目は光を反射せず、虚空を見つめている。死んでいるのだ。真反対、西門の外から放った一矢で屠られたのだ。
見えず、聞こえず、どこにいるかもわからない対象を、リオンの鳴き声という情報だけを頼りに、レストは射とめた。
リオンはいないようだ。
どこへ行ったのか気になったが、レストの視界は白馬で埋まった。
ルスカは事情がわからない、とばかりにレストを見上げた。レストは白馬を見下ろし、ルスカの手から離れて、地面に膝をついた。
「人馬一体、という言葉を聞いたことはあるか?」
「ない、けど」
「馬術をある程度学んだ人間ならば、馬は扱うものではなく、共にあるものだと認識する。馬は感情に敏感で、聡明だ。互いに信頼し、互いに持ちつ持たれつの関係を築く。やがて互いの存在が同一であるかのように思える。それが人馬一体だ」
「それが……?」
「最初に違和感を抱いたのは、一人目のガルフリアを殺した時。倒れたガルフリアを無視して、白馬はさっさと先に行ってしまった。二人目を殺した時も同じような行動をとった。長い間、共に過ごした主人をそんな風に扱うだろうか、と疑問を持った」
「それで、馬を殺したの? 他のガルフリアが死んじゃったのは、そのせいだってこと? だったら……じゃあ、この馬は、何なの?」
「さてな。私はこの馬に『人間的な何か』を感じとった。だから怪しいと思った程度だ。はっきり言えば、真実はわからないまま、殺した。そして、それが偶々当たった。運否天賦だった」
本音では、こんな博打はしたくなかった。だがこうする以外に浮かばなかったのだ。引っかかる点はまだ残っている。だが結果、ガルフリア達は死んだ。ならば、賭けに勝ったのだろう。
「だが、恐らくは鏡の英雄という言葉、あれはガルフリア自身が命名し、流布したものだろう」
「自分で噂を流したってこと? どうして?」
「鏡という言葉を聞けば、連想する内容はある程度は決まっている。実際、人から聞いた噂ではその類の内容だった。あまりに早く動くために、彼の身体が鏡に映ったように見える。相手の動きを模倣し、鏡のように動ける。相手の攻撃をすべて跳ね返す、みたいな内容だっただろう? そして実際、奴は分身を生み出していた。それを見て、私はこう思った。鏡という言葉は分身を生み出すからついた言葉なのだ、と。だが、それはおかしいだろう」
「どうして?」
「鏡の英雄なんて言葉を言い出した人物が他にいるのなら、なぜその能力が明確に伝わっていない? なぜ曖昧なまま言葉だけが独り歩きしたんだ? 確かに鏡を連想させる能力ではあった。だが、それは『わざと鏡という言葉を使って連想させるように仕向けられている』ような印象が強かった。まるで『能力は分身である』と思い込ませるように。実際、それは正しいが、それだけで思考を終わらせるような、恣意的な内容に思えた」
鏡、何かを映し出す、同じもの、それを思わせる現象。それが分身だとわかれば、行き着く答えは同じ。ガルフリアの中に本体がいる。元のガルフリアがいる、という答えに。そして大概はそこで思考が停止する。その先に答えがあるなんて考えない。一度答えを出せば、その答えに縋るものだからだ。
実際、分身の中には本体がいないと気づいたのは集魂の首飾りのおかげだった。もし、首飾りがなければ、分身に本体がいるという考えにも行きつかなかったかもしれない。すべてを殺さなければならず、敵は無数にいる、と。
恐らく、分身がいるということに気づいた暗殺者は少ないのではないだろうか。それ以前に、殺されただろう。
もし気づいても、本体がいる、と気づいた人間もまた少ないはず。本体がいるだろうと仮定しても、どれが本体だかわからない。そしてその本体は『ガルフリアの中の一人』だと通常は考える。だが、実際は本体は馬だった。
これは段階的な謀略だ。一つ答えを見つけても、再び謎が浮かぶ。一つが間違えば、見当違いな答えに行き着く。そして、答えに行き着くまで時間がなく、回答前に殺される。
それ故に、目撃者を出さないようにしているのだろう。
「で、でも、その、じゃあ、なんで二度目に追ってきた時、馬が姿を見せていたの? 最初は偶然にしても、二回目はわざわざ姿を現す必要はないんじゃない?」
「一度しかなければ特別視されるが、二度もあれば、それは普通だと思う。だから敢えて、姿を現したと考えるのだが妥当だろう。実際、一度目に私は白馬を見逃した。だから、今度も殺さないだろう、と考えたのではないか。ただ、私は何となく白馬を狩ろうとしたが」
「あ、そうか。だから、別のガルフリアが邪魔に入ったんだ」
白馬を射ようとした時、後方からガルフリアが現れたのだ。あれは、本体を殺されそうになり、焦って邪魔に入ったのではないだろうか。
「恐らくはそうだろうな」
「すごいね。そこまでレストは考えてたんだ」
「偶然、だがな。見当違いな方向に行っている可能性も高かった。結果論に過ぎない」
「ううん、レストはすごいよ。あたしは何もできなかったから」
「確かに足手まといだったが。これは助かった」
レストは矢筒を指差して言った。淡々と答えたため、ルスカはきょとんとしていたが、ゆっくりと気恥ずかしそうに笑った。
「えへへ、そ、そうかな」
「調子に乗るな」
レストにぴしゃりと言われて、ルスカはすぐにしゅんとしてしまった。
「うっ、ご、ごめんなさい」
とにかくこれで終わったのだ。終わったはずだ。
「とにかく、ここを――」
言いかけて、レストは言葉を止めた。気づいたのだ。
『集魂の首飾りに変化がなかったことに』
そして次の瞬間、レストはその場から跳躍した。




