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父と娘のすべて

 ガイゼンまでラシャ村から徒歩で一週間。馬車で数日だが、レストは一両日、家を空けることはできない。そのため、二週間に一回、村を訪れる交易商人に素材を売ったり、商品を頼んで買ってきて貰う方法が基本だ。


 今日は、交易商人が村を訪れる日だった。


 狩りは中止だ。交易商人がいつ来るかわからないので、待っている必要がある。

 そのため、レストはノアと一緒に時間を過ごしている。リオンも部屋の隅で寝ていた。


 話をしたり、紅茶を飲んでゆっくりと過ごす。本を読み、何があった、どこに行きたい、ここはどういう場所、といった質問が飛んでくる。それにレストは丁寧に答えていった。レストは他国へ行ったことはない。しかし、ノアに比べれば多少は様々な場所を訪問している。雪の国内であれば、それなりに旅をしたものだ。その途中、妻に出会ったのだが、それはまた別の話だった。


「お父さん、お父さん」

「どうした?」


 ノアは楽しそうにレストに話しかける。一人で居る時は本を読むことくらいしかできず、暇を持て余しているのだろう。不安にもなるだろうし、寂しい思いもさせている自覚はある。もっと傍にいてやりたいが、そうも言っていられない。


 温かな時間が過ぎていく。この時、この瞬間が、レストにとって至福だった。ノアも同じ気持ちなのか、澄んだ笑顔を浮かべている。


 しばらくして外で喧噪が湧いた。


「ん? 来たみたいだな」

「お父さん、ノアも出ちゃだめ? 少しだけでいいの」


 窺うような声音だったが、レストは迷った。家から出ることを禁じているのは、単純に心配だからという理由だけではない。ノアの身体は常に弱っている。外に出るだけで病気に発展する可能性があるし、怪我もしやすい。だが、部屋に閉じこもってばかりでは心の病に侵されてしまうかもしれない。それに、ノアも交易商人が持ってくる商品を見たいだろう。あまり気は進まないが。


「わかった。ただし、おとなしくするんだぞ?」

「やった! ありがと、お父さん、大好き!」


 首に抱きついてくる娘の背中をポンポンと叩いてやる。まったく、こんなに嬉しくされてしまっては、何も言えなくなってしまうではないか。

 ノアの手を取り、風邪をひかないように上着を着せてやる。何枚も重ね着させるとずんぐりむっくりに見えた。さっきまで嬉しそうにしていたが、ノアは鏡を見ると何とも複雑そうな顔をする。


「可愛くない」

「我慢してくれ」


 それ以上、言えることがなく苦笑していると、ノアは、仕方ないといった感じで嘆息した。やはりお洒落が好きなのだろうか。今度は、もっと可愛い服を買うべきだろうか。しかし、レストにはそういうものがわからない。今回の交易で、女の子用の服があればいいが。いやだめだ。治癒薬を買うためにもう少し我慢しなければ。ノアには悪いが、しばらくは耐えて貰おう。しかし本ならばいいかもしれない。服と違い、有用だ。家からほとんど出られないノアにとっては読書くらいしか娯楽がないのだから。


 レストはノアの手を取って、ゆっくりと歩く。ノアは走ることができない。歩きも遅いし、気を抜くと転んでしまう。そうなると危険だ。結晶化は何も外見部分だけではない。内部も見えないが進行している。特に骨が脆くなっており、転倒の衝撃で折れてしまう可能性がある。たった数歩、数十歩でその危険と隣り合わせになる。背負ってもいいが、どうしても目立つし、ノアが恥ずかしがるかもしれない。それにたまには運動した方が体にもいいはずだ。


 レストは慎重にノアを歩かせ、外に出た。すでに交易商人の周りには村人が集まっており、色々な商品を買ったり、交渉したりしている。レスト達が近づくと、村人達が気を遣い、避けてくれた。


「申し訳ない。ありがとう」


 頭を垂れるレストに倣い、ノアもぺこりと頭を下げる。


「これはレストさん。こんにちは」

「ああ、こんにちは、ダルタニアン。商品を見ても?」

「もちろん、構いませんよ」


 ノアはとことこ、と馬車の荷台前に行くとレストを見上げた。

 レストはノアを抱えて、荷台を見せてやった。ほろがない形式なので見やすい。

 乾燥果物や日持ちするような食料の他に、本、衣服、薬品類が入っている。種類はそれだけだ。ラシャ村付近の村も訪れるだろうが、同じような品ぞろえでいいらしい。場所によれば武器防具の類もあるだろう。ラシャ村ではそういった物を買う人はいない。


 抱えたまま、ノアの横顔を覗くと、目を爛々と輝かせて本を見ている。やはり唯一の娯楽である本に興味津々のようだ。


「好きな本を買ってやるから、選んでいいぞ」

「ほんと!?」

「ああ、ほんとだ。ただし、一冊だけだぞ」


 本は比較的高価ではあったが、最近は印刷技術が向上したらしく、以前に比べて安価になりつつある。手軽に買える額ではないが、手が出せないほどではない。娘が喜んでくれるのならば、安い買い物だろう。最近、本を買っていないので、今日は特別だ。今後は節約しなくてはいけない。


 ノアは真剣な様子ですべての本を吟味していた。立ち位置から遠くにあったりするので、その度にレストがノアを抱えたまま移動した。その姿がおかしいのか、周囲でくすくすと笑い声が生まれた。ちょっとだけ恥ずかしかったが、ノアが真剣なので何も言えない。


「ノア、まだか?」

「もうちょっと!」


 そう言えば、妻も買い物にやたら時間をかけていたことを思いだした。女性特有の習性らしい。しかし、いい物を買おうとするという考えは合理的だ。レストならば途中で面倒臭くなって、適当に選んでしまうだろう。ただし仕事道具に関しては慎重に選ぶが。なるほど、ノアも同じような心情なのか、とレストは勝手に納得した。


「これ! これにする!」


 本当に病気なのか疑いたくなるほどに、ノアは元気に言った。しかし、叫んだ後で少しぐったりした。


「大丈夫か?」

「ごめんなさい、ちょっと疲れちゃった」

「はしゃぎ過ぎだ。本はこれでいいのか?」

「うん、これがいい」


 ノアから受け取った本は、蔵書で中々に厚みがあった。表紙には『父狼の旅』とあった。


「大人向けじゃないのか、これは」


 題名といい、形といい、どう見ても子供が見るようなものではない。レストは一応、中身に軽く目を通したが、狼の父親が子供を探す旅に出る、という話らしい。抒情的で個人的には好みの文体と内容だが、ノアが楽しめるかどうかは疑問だ。描写は一般層を意識しているようで問題はなさそうだが、やや暗い。


「これがいいの!」


 ノアの意思は固いらしい。こうなったら何があっても意見を曲げないのが娘である。厄介だ。説得の言葉が浮かばないし、そもそも説得する必要があるのかもわからない。


 内容には問題はないようだし、構わないだろうか。交易商人のダルタニアンに窺うように視線を投げかけると、ニコッと笑った。


「それは絵本のような印象が強めなので、お子さんが読んでも問題ないかと思いますよ」

「そうか……じゃあ。これを」

「毎度ありがとうございます。200リラです」


 思ったよりは安い。

 レストは代金を支払うと本をノアに渡した。


「大事に読むんだぞ」

「うん、わかってる!」


 満面の笑みだ。こんな顔が見られるのならばよかったんだろう。200リラは少し痛いが。また貯めればいい。精々、数日分の収入くらいだ。


「後でいつものを頼みたいんだが。それと少し話を聞きたい」

「ええ、わかりました。皆さんの買い物が終わってからでいいですね?」

「ああ、頼む。ノア、帰るぞ」

「はーい」


 ノアの手を取り、再び家へと戻った。部屋に入ると服を脱がせて、寝間着だけにさせる。すると待ちきれないといった感じでノアは本を開いた。やれやれ、とレストは嘆息したが、娘のそんな様子は久しぶりだったので、笑みをこぼした。


 リオンが欠伸をして、また寝入る。なんとも穏やかな風景だった。

 ノアの隣で椅子に座り、未読の本を読んで時間を潰すと、村人達の買い物が終わったらしく、玄関の扉が叩かれる。ノアは音に気付かず、本に夢中だったので、レストはクスッと笑い部屋を出て、玄関の扉を開く。


「お待たせしました」


 ダルタニアンが胸に手を当て謝辞を述べる。慇懃にも見えるが商人となると礼儀作法も気にしなければならないらしい。さして気にせずレストは外に出る。


「悪いな、わざわざ」

「いえいえ、毎度、ご贔屓にしてもらってますので。それにレストさんの素材はかなり評判がいいですよ。新鮮ですし、時折、魔獣の皮革も出ますから」

「魔獣の方は、あまり多くはないが」


 慣れた様子で二人で解体小屋へ移動した。動物や小型魔獣のなめした皮、加工した牙を入れた荷台を交易商人に見せる。


「なるほど、ちょっと計算しますね………………ふむ、これですと300リラですね」


 レストは渋面を浮かべた。


 二週間に一回の交易だ。つまりこの収益は二週間分そのまま。だというのに、さっきの本の購入代と然程変わらない。本自体は比較的高級だが、それでも以前の収益は600リラはあった。100リラあれば食事と宿泊代込みで一週間は暮らせる。レストの収益が、一般的な狩人を大きく上回ることは一目瞭然である。しかし、それは過去の話だった。


「いつもより安いな」

「最近は魔獣狩りなんてものが流行り始めてまして……そういった職業もできているんです。ですから、動物や魔獣の素材はどんどん安価になっていまして」

「今後も、そうなる感じなのか」

「そうですね。狩り専門となると、狩猟組織に入って依頼を受けて、って方が実入りはいいですよ。レストさん程の腕なら、かなりお給金貰えると思いますが。ガイゼンにもありますし」

「……私はこの村を離れられない」

「そう、ですね。すみません。ただ、今後も素材の買い取りは安くなると思いますので」


 何か別の方法を考えた方がいいのか。一度、ガイゼンに行って、狩猟組織とやらを見た方がいいかもしれない。どちらにしても、今は何もできそうにない、か。


「わかった。それと例の治癒薬だが」

「ええ、結晶病の、ですね。かなり高級ですからね。申し訳ありませんが、全額頂いてから購入となります。代金は30000リラですが」

「ああ、それで構わない。あと、そうだな……来月頭に購入を予定してるんだが」

「こちらは問題ありません。ただ商品は水の国でしか売っていませんので、お届けは数ヶ月頂きますがよろしいですか?」


 かなりの大金を渡すことになるが、レストが直接、水の国を訪れることはできない。ノアを独りには出来ないからだ。それに、交易商人のダルタニアンを信頼している。今まで、前金を渡して購入をしてもらったこともある。ノアのために買った芳香洗剤もその一つだ。彼はいつも村を訪れるし、信用が第一の仕事だ。まさか横領したりはしないだろう。そうレストは考えていた。


「わかった、それでいい」

「ありがとうございます。それでは金額がご用意出来ましたらおっしゃってください」


 頷くと、レストは素材分の金額を受け取った。

 そしてダルタニアンは素材を手に、村を出て行った。いつもの光景だ。だが、どうしてだろうか。自分とノアがこの村に取り残されたような錯覚に陥るのは。


 目標を目前に神経質になっているだけだ。そう思い、レストは頭を振って家に入った。

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