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歪んだ関係性

 ――篝火を前に、レストとルスカ、リオンは車座になっている。森の広場、そこには焚火の跡があった。旅人達がこの場で一夜を過ごしたのだろう。レスト達もそれに倣い、一夜を過ごすことにした。雪解けの時間、気温は低いが、耐えられなくもない。火を絶やさなければ問題はなかった。


 レストはルスカに経緯を話した。彼がなぜここにいるのか、これからどうするのかを。


「――以上だ」


 淡々と話していたレストを前に、ルスカは真剣な表情で耳を傾けた。相槌を打つこともなく、じっとレストを見つめ、話に聞き入った。


 一気に話したせいか、レストは疲労を感じていた。考えてみれば、魔女の家からここまで休息を取っていなかった。盗賊達の野営地で一夜を明かして、丸一日動きっぱなしだったのだ。その上、初めての命のやり取り、様々な出来事による精神的な負担によって、肉体も悲鳴を上げているようだった。


 レストはルスカを見た。話を聞いてはいたが、きちんと飲み込んだのかはわからない。荒唐無稽な話だ。信じろという方が無理がある。結晶病、魔女、英雄殺し。あまりにも現実的ではない。それでもルスカは茶化すことも、話の邪魔をすることもなかった。


 ルスカは真剣な顔のまま、視線を落としていた。そして顔を上げ、レストを見つめる。


「……辛い、ね」


 予想もしていなかった言葉に、レストは面食らう。同情、なのだろうか、それとも同調か。ルスカの双眸は僅かに濡れていた。月の淡い光を反射して蒼い瞳はより蒼く見える。幻想的だが、どこかもの悲しかった。


「信じるのか?」

「嘘を吐く必要ないじゃない。それに、例え嘘でもあたしには真実を知る方法もないし、関係ないじゃない? だってあたしはあなたの奴隷なんだから。あなたが白と言えば、黒でも白だと思うしかない」

「……そうか」


 諦めからの言葉のように聞こえたが、その実、ルスカは笑っていた。悲しげに。言葉の裏には、忠誠心のようなものを感じる。短期間の付き合いなのに、この少女は一体、なぜこれほどまでに心を開いているのか。演技なのか、なにか目論見でもあるのか。そう思わずにはいられなかった。


 本当にこの指輪の効力は聞いているのか。疑念を抱いてしまうほどだった。いや、やめよう。疑えばきりがないことはわかっている。ならば、これからの旅で彼女の真意を確かめればいいのだ。利益と不利益を天秤にかければ、まだ利益の方が大きい。


 レストは自嘲気味な思考に陥った。たった数日で、ここまで人を信用できなくなるとは。だが、これでいいのだろう。そうでなければ、英雄を殺せなどしない。簡単なことではない。命を賭しても達成できるとは限らないのだから。


「でも、その、魔女っての? 本当に魔女なのかな」

「さてな。少なくとも、結晶病に関しては、詳しかった。私が知っている誰よりも、な。雪の国内中で情報を集めて、様々な方法を知ったが、どれも詐欺まがいだった。その中の、唯一希望になりそうだった治癒薬も、まがい物だった。魔女が魔女でなかろうとどうでもいい。今、私の手の中にある希望は魔女以外存在しない。ならば縋るしかない」

「それが、英雄を殺すことでも、か……」


 ルスカの反応は薄い。もっと驚くか忌避感を抱くかと思っていたが、些末なこととばかりに反論さえしないし、感想も端的だった。


「おまえは、何も思わないのか? 私は英雄を殺す、その近くにいる人間も、善人も。もしかしたら……おまえも殺すことになるかもしれない」


 ルスカの視線と絡む。彼女の瞳は妖しく光っているようにも見えた。だが、そうではなかった。その瞳には見覚えがあったのだ。自分と同じ。


「世界を救った、魔王を倒した英雄様、か。ふふ、どうでもいいよ。魔王を倒しても、生きていても、あたしの日常は変わらなかったんだもの。腐った世界が、腐ったまま。むしろ魔王が人間を滅ぼせばいいのにとさえ思っていたんだから」


 彼女の瞳に浮かぶ感情が何かわかった。絶望だ。絶望の中、彼女は足掻き、苦しんでいた。その中で、人として生きようとしたが、それも虚勢に過ぎず、心のほとんどは暗く重く沈んでいたのだ。奴隷として半生を過ごした少女が、どれほどの苦難を強いられたのか、レストにわかるだけでも壮絶な世界だった。


 娘の死を恐れ、必死で耐え、抗ってきたレスト。

 奴隷の身を恨み、人間として正しく生きようとしたが、現実に打ちのめされたルスカ。


 二人はある意味、似ていた。共に世界を憎み、世界に期待せず、それでも縋ってしまい、人や世界に裏切られた者同士だった。だから、だろうか。レストはルスカに共感していた。何か、同族のような感覚があったのだ。それがこの絶望であると、レストは理解した。


 だが、それが何だと言うのだ。傷をなめ合い寄り添うような関係を、レストは望んでいない。馴れ合いは必要ないのだから。


「……あたしを人間扱いして欲しいわけじゃないよ」


 レストの顔を覗き、ルスカは乾いた笑いを浮かべる。表情に出ていたのだろうか、彼女はレストの心情を読み取ったように、一人で喋りはじめる。


「あなたに何か期待しているわけじゃない。必要ない。あたしはただ」

「自分で選んだ道を進むだけ、か?」

「うん、そゆこと。だから、あなたはあなたの思うように進めばいい。あたしはその後をついていくよ。邪魔なら殺していい。物のように扱ってもいい。好きにしていい。あなたを主人にするって、あたしが決めたんだ。あたし自身の意思で……初めて、決めたんだ」


 それが血塗られた道でもか?

 レストはそう聞こうとして自制する。最早、そんな問いかけは不必要だ。ルスカの意思は固い。自分の意思で、選んだ道であるということが大切なのだろう。


 奴隷として、選択肢のない生活を過ごし、その中で彼女ができることは命令に従うことだけ。濁流に流されて生きた日々の中、彼女に選べる道はなかった。誰も手を差し伸べなかった。だが、運よく、岸に流れ着いたのだ。断崖絶壁でも、その険しく、絶望に満ちた道を進むと決めたのだ。レストを主人に選ぶという選択を彼女自身が選んだのだ。


 ならば、もう言葉は不要だ。この件に関して、知ることはもうない。


 レストは沈黙で返し、ルスカは沈黙で答えた。パチパチと焚火が燃える。熱気が鼻をくすぐると麻痺していた感触が蘇った。生きているという感覚が生まれて、なぜか気持ち悪かった。


 レストは煌々と盛る炎を凝視する。ゆらめく篝火を見つめると、心がざわめき、落ち着き、そして揺らぐ。


 不意に自分の口が動いた。


「戦闘経験は?」

「へ?」


 いきなり質問したからか、ルスカは素っ頓狂な声を出した。きょとんとしたまま、首を傾げて、もう一度言って欲しいと動作で表している。


「過去に戦いの経験はあるか? 剣術などの武術の訓練経験は?」

「な、ないけど」 

「では肉体労働の経験は?」

「……その……下のことじゃ」

「ない。真面目に話している」


 レストの真摯な視線を受け、ルスカは自分を恥じたらしく視線を落とした。茶化したつもりはないだろうが、連想した言葉を自戒したのか。ルスカはすぐに気を取り直し、首を捻った。


「女だからね、そういう荒事の経験はないよ。傭兵奴隷でもないし……肉体労働は、廃村の片づけをした経験があることと、遠方への旅で歩きづめだったことくらい、かな。身体を動かすことは得意な方だと思うけど」


 胆力はある。少なくとも村人達よりは勇敢で、行動力もある。意志の強さも垣間見えたし、もしかしたら悪い選択肢ではないのかもしれない。


「学業は?」

「その、苦手、です」

「読み書きは?」

「できませんです、はい……」


 レストは特に何も言わず、短い時間だけ思考し、ルスカに言った。


「明日から、戦闘訓練と読み書きの訓練、それと最低限の一般常識を勉強して貰う。もちろん、旅をしながらな」

「はぇ?」


 ルスカは間の抜けた顔をして、間の抜けた声を出した。


「何を驚いている? おまえにはこれから色々と働いて貰うつもりだ。その上で、ある程度の基礎は重要だ。逐一、知らないことを私が教えてやるわけにはいかない。それに戦いになれば、いつでも私が助けてやれるとは限らない。別行動をすることもあるだろう。やるべきことはしておかなければならん。わかるな? おまえが何でもすると言ったんだ。嫌がろうが、無理にでもやらせるぞ」


 レストが話している最中も、ルスカは呆然としたままだった。あまりにとぼけた姿だったので普段よりも幼く見える。あんぐりと口を開けて、無言のままだった。


 レストは嘆息した。そんなにやりたくないのか、と思ったからだ。だが、それでもやってもらわなくては困る。己の奴隷となるならば足を引っ張られては困るからだ。


 ルスカは突如として我に返ったように、目を泳がせ、視線を落とした。そのまま、何を思ったのか、あは、と笑った。楽しげな顔のまま、ルスカはその場に立ちあがった。


「あ、あたしやるよ!」


 今度はレストが驚く番だった。彼は表情をほとんど表には出さない。心の底で、ルスカの行動に違和感を抱いただけだ。そして小さく嘆息する。


「夜に大きな声を出すな。何がいるともわからん」


 ルスカは、あっ、と小さく呟き、委縮しながら座った。


「……すみません」


 笑ったり、怒ったり、悲しんだり、忙しい娘だ。自分とは正反対の性格。それでも、心の底にある凝固したどす黒いものは、もしかしたら同じなのかもしれない。


 共感はしない。同調も。親近感を抱くこともない。仲間ではない。彼女は奴隷だ。道具なのだ。だが……人間でもある。物ではない。感情があり、生きている。もしかしたら見捨てることもあるかもしれない、邪魔をすれば殺すかもしれない。非常にも、道具として扱うこともあるかもしれない。


 それでもレストは彼女を物のように扱う気はなかった。人間として扱い、人間として利用する。必要以上に痛めつけたり、傷つける必要はない。必要以上に優しく気遣う必要もない。英雄を殺すため、そのために利用するだけなのだ。


 一年だけの間柄だろう。英雄を狩るまで、ノアを助けるまで、自分か、あるいはルスカが死ぬまで。その関係性だ。仮初めの時間であろうと、互いに選んだのだ。この人道から外れた世界に住まうことを。


 彼女は理解していないのだろう。この世界が、これから足を踏み入れる腐敗した世界が、どれほどに残酷で薄汚く、血生臭い場所なのかを。


 だが、レストはもう、ルスカを逃すことはない。彼が望みを叶えるまで共に地獄を歩むだけだ。苦悶の中で、懇願しても遅い。すでに、二人は決して解かれぬ赤い糸で繋がってしまったのだから。その糸は、鮮血を滴らせ重く湿り、切れることはないのだから。


「就寝だ。先に寝ろ」

「はぇ? あ、うん」


 レストが言うと、ルスカは言われるままに木の根に体重を預けた。地面は雪で湿っているが、防水性のある毛皮を敷いている。寒そうに上着を被り、ルスカは目を瞑った。レストに背中を向けたまま、小さな背中が僅かに動く。


「ねぇ、その、本当に、何もしないの……?」

「しない」

「そ、そっか」


 戸惑いと喜色が混ざり合ったような声音が響くと、葉のこすれ合う音、雪が枝から落ちる音、獣の泣き言、木が揺れる音、自然の音が聞こえるだけの空間になる。


 しばらくするとルスカが寝息を漏らし始める。


 リオンはレストの隣に寝転がり、主人に温もりを与えるように身体をこすり付ける。頭から背中にかけて、撫でてやる。それをひたすらに続け、夜を過ごした。彼にとっては慣れた時間だった。狩りのために狩人は牙を研ぎ、ひたすらに待つのだから。


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