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奴隷のルスカ

 盗賊達を全滅させたレストは、村人達を解放した。気まずそうにしていた連中は、おざなりな礼を言って逃げるようにその場を立ち去って行った。


 レストは盗賊達の荷物から自分の金を見つけ出して鞄へと入れた。それ以外の物は必要ない。レストは強盗ではない。どうしても必要ならば金品を奪うが、不必要ならば敢えて盗む必要もないからだ。ただ村人達がレストと同じ考えであるとは限らない。事実、一部の村人は、盗品をちょろまかしていたようだった。レストはその行為をどうでもいいとばかりに無視した。


 問題はそこではないからだ。


「ねぇ! 聞いてるの!?」


 リオンと共に野営地を抜け出したレストは、森を抜け、丘陵を進んでいた。雪は久しぶりに止み、歩きやすい。一つの目標を達成したことで、心に僅かな余裕ができていた。だが、時間に余裕があるわけではない。ノアを助けるために、英雄をできるだけ早く殺して、魂を奪わなければならない。期間は一年しかないのだ。遊んでいる時間はない。


「ね、ねぇったら」


 遊んでいる時間はないのだ。


 レストは断続的に聞こえる、不快な音を一切、遮断し黙々と歩いた。リオンも主人に倣って黙して歩いている。その後ろから、きゃんきゃんと叫ぶ何者かがいた。


「ねぇってば! 無視すんなっての!」


 うるさい。なんとうるさい娘なのだ。ノアとは大違いだ。


 あまりにしつこいため、ついに根負けしたレストは顔を顰めながら振り向いた。そこには盗賊達に捕まっていた奴隷の少女が立っている。衣服は、ボロ布で破かれていた部分を強引に修復しているため、肌が部分的に露出している。綺麗な金糸が微風に揺れているが、残念ながら彼女の肌は汚れており、その上、所作が粗雑なので貴賓さは微塵もない。


「何だ?」

「何だ? じゃないよ! 無視しないでよ!」

「わかった。ならばはっきり言おう、迷惑だ。盗賊達の野営地にある金品でも売れば金になるだろうし、服くらいならあるだろう。それを持ってどこかへ一人で行けばいい。私達について来るな」

「うっ……そ、そんな風に言わなくてもいいじゃない」

「無視するなと言われたから、正直に答えただけだ」

「性格悪いって言われない?」

「どうでもいい」


 嘆息し、再びレストは歩き出す。だが、少女はレストを追い越し、進行方向を防いだ。


「ま、待ってって、あたしも連れて行ってよ!」

「断る」


 考えるつもりもないレストは、即座に断り、少女の横を通り抜けた。しかし、再び追い抜かれて、正面に立たれた。


「ま、待ってってば! お願い、あたしも一緒に行っていいでしょ!?」

「だめだと言っている。なぜ、私達と行動を共にしたがる?」

「……話せば長いと言うか」

「だったらいい」

「ま、待って! 簡潔に話すから! え、えーと、あたしは物心ついた時から奴隷でさ、それ以外の生き方を知らないっていうか、もう結構年齢行ってるし、奴隷としての価値も下がって来てるから……その、他の主人を探すのも難しいし、一人で暮らすのもできないし……」


 どう見ても、十代後半くらいにしか見えない。しかし、奴隷としての価値は、それくらいの年齢から下がるのかもしれない。あくまで主観によるものなので、実年齢はわからなかった。わざわざ聞くつもりもなかった。


「丁度いい機会だ、一人で暮らせ。金ならあるだろう」

「だ、だから! 奴隷上がりの人間はまともな生活ができないんだって! 宿を借りたり、物を買ったりも、できない場合も多いし……ほら、これ」


 少女は右手の甲を見せてきた。そこには痛々しい程の焼き印がある。奴隷の証らしい。


「ね、これがあると大変なの。隠しても疑われることも多いみたいだしさ。わかる? だから、あたしはもう奴隷でいるしかないんだって」

「だから?」

「だから、あなた、あたしのご主人様になってよ」

「…………おまえは何を言っている?」


 レストは心の底から目の前の少女が何を言っているかわからなかった。あまりに訝しげに答えたからか、少女は顔を赤らめた。


「う、うるさい! と、とにかく、今しかないの! 自分で主人を選ぶことなんて奴隷には早々できないんだもん。例え、盗賊達から物を奪って街へ行っても、すぐに奴隷商人に捕まるよ。主人のいない奴隷に対しては、それが認められてるんだし、この国は」

「……そうか、腐ってるな」


 最近、街に降りたことがほとんどなかったレストは、奴隷事情なんてものは知らなかった。元々、そういう商売があることは知っていたが、今は、かなり表に出てしまっている業態らしい。


 ――人売りが当たり前の時代か。胸糞悪い。


「そうだよ! だ、だから、せめてあんたが、あたしのご主人様になって欲しいんだ」

「なぜ、私に」

「え? えーと、ほ、ほら! 助けてくれた恩返し、みたいな。それに、まあ、盗賊よりはいい人だと思うし……うん」

「盗賊よりはいい人、か」

「あ、ごめん、比べる相手が最低過ぎたね……」


 世界の救世主である英雄を殺そうとしているのだ。レストが、盗賊とは比べものにならないくらいの悪人であることは間違いない。


「盗賊の方がまだ、マシだと思うがな」

「あ、あんたって、も、もしかして、ものすごい性癖持っていたりするの……?」


 レストは少女の反応に思わず、溜息を洩らした。こういう性格の人間は周囲にいなかったため、調子が狂う。


「興味はない」


 レストが言うと、少女は頬をひくつかせて、後退りした。


「……同性が好き、とか?」

「そんなわけがあるか。私には娘がいる。結婚もしていた。ただ異性に対して劣情を抱く気はないというだけだ」


 本当に調子が狂ってしまう。苛立ちながらレストは少女を睨み付けた。だが少女は飄々としたまま、肩を竦める。


「ま、そだよね。で、あたしをあなたの奴隷にしてくれるの?」


 話が変わり過ぎて頭が痛かった。自己中心的というか自分勝手というか。自分の調子に相手を合わせようとしているのか、レストにとっては苦手な性格だった。


 断る、と言おうとしたが、ふと考えた。これから英雄達を殺すためには一人でどうにもならない場面に直面するのではないか。


 例えば、何から何までレストが情報収集をすればだ、もしかしたら噂になるかもしれない。顔が割れれば行動がしづらい。英雄のことを嗅ぎまわっていた男がいた時期に、英雄が殺されれば、自然に疑われるだろう。時間がないため時期もずらせない、その上、レストは英雄達のことを詳しく知らないし所在もわからないので、調査は必須だった。だが、奴隷である彼女がレスト以上に英雄達に関して詳しいとは思えない。


 調査だけでも誰かにやってもらえば危険度は下がる。他にも別行動できるので、色々と便利だろう。だが、信用出来るのだろうか。それに足手まといになる可能性もある。いや、その場合、見捨てればいいのだ。レストにとって他人はどうでもいい。少女の年齢はノアとは離れている。これくらいの年齢ならば心は痛まない。ノアの姿と重ならないからだ。


 しかし信用出来るかという問題もある。あくまで奴隷として、だが。やはり不利益を被る可能性が高い、か。


 悩んでいる様子のレストを見て、少女はこの機会を逃すわけにはいかない、とばかりに矢継ぎ早に言葉を紡いだ。


「奴隷に関して、あなたは知らないみたいだから教えてあげるけど、奴隷は主人には逆らえないんだ! 死ねって言われるようなことはさすがに無理だけど、裏切ったりはできないよ! あなたが命令すれば、い、色んなことをさせることができる! そ、その卑猥なこと、とかも、だけど、他にも色々! ほら、この指輪でさ! これだけは盗んできた」


 少女に渡されたのは、小さな指輪だった。飾りっ気がなく、銀色の指輪。勝ちはなさそうだが、裏側に何か文字が彫ってある。奴隷として傅く、といった内容の後に名前があった。


「ルスカ」

「え? …………あ、うん、そ、それあたしの名前、なんだ……呼ばれたこと、ないけど」


 少女、ルスカは顔を紅潮し照れ臭そうにそっぽを向いた。


「これをつければいいのか?」

「うん。そしたらあたしはあんたの命令に従うしかない。契約みたいなのはないよ。指輪をつけるだけでいいんだ」

「何とも簡易的だな」

「昔、奴隷の契約問題って複雑で無茶苦茶になってたらしくって、結局、簡易的な形式にしようってなったらしいんだ。正式に登録するには、奴隷商会に行かないといけないけど。別にいつでもいいし、しなくてもいいよ、ただそれだと仮に、あたしが別の主人が出来た場合、色々と面倒になるってだけ。あたしはあんた以外の人間を主人にするつもりはないから問題はないけどね。とにかく、指輪があれば互いの主従関係は結べるわけだし、煩わしくないでしょ?」


 レストは逡巡したが、指輪を小指にはめた。そこ以外には入りそうになかったからだ。すんなり通り、念のために外しても見たが、別に問題なく取れた。再び装着して、半信半疑のまま、ルスカに命令をしてみた。


「逆立ちしろ」

「ちょ!? スカート! あう」


 ルスカは恥ずかしがりながらも、即座にその場で逆立ちした。彼女の心情的に抵抗があったように見えたのに、身体は勝手に動いていたように見えた。下着が丸見えだが色気の欠片もない。レストが命令を取り下げないので逆立ちしたままだった。


「い、いい加減、やめさせてよ!」

「やめてよし」


 姿勢を正したルスカは、頬を膨らませ憤りながらレストを叩いた。


「い、いきなりなんちゅう命令すんの! もっと普通のにしなさいよ!」

「普通の命令だと従うのは簡単だろう。最初に、簡単な命令をすると思っているだろうところで、抵抗があるだろう命令をする方がより顕著にわかる。どうやら事実らしいな」

「だからそう言ってんでしょ! この疑り深い屋! 性格悪屋!」


 滅茶苦茶な造語だったが、レストは無視した。どうやらルスカの言う通り、この指輪があれば命令に従わせることができるらしい。これならば、レストの計画に支障は出ないだろうか。


「本当に、私が主人でいいんだな?」

「だから、いいって」

「いいか、私は善人ではない。これから、盗賊よりも、おまえが知っているどんな悪人よりも非道なことをする。これは真実だ。脅しじゃない。私の旅に追従するということは加担するということだ」


 レストの言葉を聞き、ようやくルスカに戸惑いが浮かんだ。レストはこう思っていた。ルスカは自分に対して勘違いしている。助けて貰ったからいい人間であると思っているにちがいない。だが実際、英雄を殺し、世界を混沌とさせようとしているのだ。娘のために、人を多く殺すことになる。英雄以外も、だ。


「え、と、それって、どんな」

「事情を聞けばもう逃がさない。何があっても、だ。逃げようとすれば殺す」


 レストの低い声音に、ルスカは一度だけ身震いした。その反応から、彼女はレストの言葉が事実であると認識したはずだった。だが、ルスカは表情を引き締め、首肯してしまう。


「だ、大丈夫、それでいいよ」

「……わかっているのか。これは伊達や酔狂ではない。生半可な覚悟で出来ることではない。私は決して自分の意思を曲げない。おまえが何をしようと、変わらない。もう一度言う。脅しではない。逃げようとすれば本当におまえを殺す。協力しなくても殺す。そして……私の行先では多くの人間を殺すことになる。悪人だけではない、善人もだ」


 自分を差し置いて、村人を助けようとした彼女だ。きっと善人なのだろう。そんな彼女が、修羅の道を共に進むべきではないのだ。しかし、これはレストが残していたほんの僅かな良心からの言葉ではなかった。善人であり、真っ当な人間は邪魔になるだけだ。足を引っ張られてはたまらない。余計な時間を食うだけならば、今、ここで退いて欲しかっただけだった。


 だが、ルスカは唇を真一文字にして、大きく頷いた。


「大丈夫」


 わからない。この少女は何を考えているのか。本当に理解しているのか、疑問に思ったが、少女の表情が物語っている。レストの言葉を疑っているわけではないと。しかし、覚悟を決めているとは思えない。レストの話をすべて理解はしているが、実感はないだろう。その時になって怖気づく可能性もある。


 だが、彼女には別の、何か強い意思があるように思えた。


「なぜだ、そうまでして私についてくる理由がわからない。もっと別の誰かを主人にすればいいだろう」

「言ったでしょ、あたしはずっと奴隷だった。今も、昔も。ずっと物のように扱われてたんだ。だから、かな、心だけは真っ直ぐなまま生きようとしてた。けどさ、そんなの意味ないんだ。どこへ行っても、奴隷は奴隷。人間じゃない。物なんだ。何をしても、人間扱いなんてされない。さっきいた人達もさ、あたしだけを奴隷だって目をしていた。自分達もそうなるのにさ。心根を真っ直ぐ持とうと、助けようとしても、助けようとした相手にでさえ見下されるんだ。そういうこと。あたしはそういう存在なんだよ」


 ルスカは目を伏せ、自嘲気味に話す。

 その様子を、レストは無感情に見つめた。


「あたしは物、人間じゃない。人間としては死んでる。だから、せめてさ……自分の意思で、自分が選んだ人の奴隷になりたい、そう思っただけ。例え、それがどんな奴でも、悪人でも、あたしが選んだんだ。あたしが選んだ、ってことが大事なんだ。あたしがあんたの奴隷になりたいって思ったんだ。あんたがこれからどうしようが、どんな人間だろうが、関係ない。大事なのは……あたしが人間みたいに……あんたが人間みたいに扱ってくれたから……はは、多分、それが切っ掛けかな、それだけで嬉しかったんだ、あたしは。それに……ううん……あんたは、ほら、助けてもくれたしね、恩返しみたいな感じかな。だから覚悟は決まってるよ」


 レストは黙してルスカの話を聞いた。饒舌に話す少女は、感情を吐露しているとは思えないほど明るかった。人間ではないと、自分のことを形容し、それでも笑顔のままだった。それは強さではないとレストは思った。恐らく、彼女は諦めてしまったのだ。長い奴隷としての生活で、もう人間としての生活を諦めた。自分は物だと思い込んでしまい、その考えはもう変えられないのだろう。


 だからせめて、己の尊厳を少しでも満たすために、自分の意思で主人を決めたかった。細やかな、世界への抵抗として。もしかしたら、自分と彼女は似ているのかもしれない。心根は、何か大きなものへ抗おうとしている。


 レストは大きく息を吸い、何か淀んだモノと一緒に吐き出した。


「わかった、そこまで言うならおまえを私の奴隷にしよう」

「ほ、ほんと!?」

「但し、簡単なことじゃない。おまえには色々とやって貰うこともある。辛いこともあるだろう。想像以上にな」

「いいよ、別に。今まで、辛いことなんて腐るほどあったからね。死にたいなんて毎日思っていたし、多分、大丈夫。あなたの望み通りに働くよ」

「ならばよろしく頼む。これからは一蓮托生だ。これからすべきこと、すべてをおまえに話そう。おまえが私と共にある限り、おまえは私の物だ」


 ルスカはきょとんとして、その後、一瞬にして全身を朱色に染めた。暑い程に体温が上がり、寒空の下だというのに、汗を掻いていた。


「な、なな、何を……あ、あにょ……ふぁい……う、うん、よ、よろ、よろしくです」

「ああ。では行くぞ。時間が惜しい。事情は歩きながら話す」


 さっさと先を進もうとしたレストを、ルスカは思わず引きとめた。


「ちょ、待ってよ、あなたの名前、まだ聞いてないんだけど!」


 レストは足を止め、肩口に振り返ると、端的に答える。


「レスト」

「レスト……か、レスト、うん、レスト、ね」


 何度も名前を呼び、確認すると、ルスカは笑いながら、レストの隣に並んだ。気温はかなり低いが、ルスカは薄着だ。幾ら慣れているからといっても寒いに決まっているし、危険でもある。レストは呆れ果てながら自分の服を鞄から出して、ルスカに渡した。


「これを着ろ、そんな恰好じゃ風邪をひくぞ、ルスカ」

「……あ、ありがと……えへへ、ルスカ、か。えへっ」


 はにかみながら嬉しそうにするルスカを見て、大きな娘が出来たような感覚に陥りそうになった。だが、それは錯覚だ。自分の娘はノアだけ。大事な存在も娘だけなのだ。もし何かあれば、この女も見捨てる。その覚悟だけは決めていなければならない。


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