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盗賊狩り 後編


 ――レストは跪き、少女に視線を合わせた。


「小声で話せ」


 少女はカクカクと頷いた。


 レストは少女の反応に満足しながら、言葉を続けた。


「怪我は?」

「え? あ、な、ない、けど」

「そうか。では質問だ。こいつら以外に、夜中におまえを襲おうとする盗賊はいるか?」


 質問の意図がわからないといった風に、少女は小刻みに震えながら目を泳がせた。レストは冷静に再び質問を口にした。


「他におまえを襲おうとする盗賊はいるか? 今夜、この後に、だ」

「……多分、あと五人くらい……今日かは、わからない、けど」

「時間は?」

「も、もうすぐ、だと思う。来なければ、今日はない、と、お、思うけどさ」

「そうか。ならば、私は外で待っていよう」


 レストは立ち上がるとリオンと共に外へ出ようとした。手拭いで滴る血を拭い、最低限、外の雪を汚さないように努める。リオンの毛に付着した血液を簡単に拭ってやり、天幕を出ようとした。


「え? あ、あの助けてくれないの?」

「助ける? その必要はない」

「た、助けに来てくれたんじゃ」

「違う。私は盗賊達を殺しに来たんだ。誰も助けるつもりはない」


 レストの冷徹な言葉と視線に村人達は竦み上がる。殺さないだけ有難く思え、そう言外に匂わせた。少女は戸惑い、何か言おうとしたが、諦めたように顔を伏せた。何か考え事をしている様子だった。


「あ、あんたは盗賊達を殺したい。それで、あ、あたしを囮にしようとしている。だよね?」

「そうだ」

「……じゃ、じゃあ、代わりに助けてよ。あ、あたしはいいから、この人達をさ」


 少女は恐れながらも交渉を持ちだしてきた。レストは僅かに驚く。この状況、さっきまで犯されそうになっていたのに、他の人間は助けようともしなかったのに、だ。それでも彼女は村人達を助けて欲しいと言ったのだ。


 現実が見えていないのか。いや、違う。彼女がどういう状況なのか、レストにも少しはわかっていた。彼女自身、酷い仕打ちも受けてきたはず。それでも他人を助けようという思いを抱いたのだ。


 レストは村人達へと視線を移した。いつも、顔を合わせていたはずなのに感慨もない。脆弱で身勝手で独りよがりで、誰かに縋らなければ生きていけない弱い生き物たちだ。もう、レストの中で、彼等の位置づけは決まってしまっている。どうでもいい。


「どうせ、盗賊達を皆殺しにできなければ、おまえ達は死ぬ。私の目的も達成できないが、この場で殺しつくすことは必須ではない。立場が違う。ならば敢えて助ける必要もない。おまえが手伝わなければ、盗賊達は生き残り、おまえ達は売られる。交渉の余地もないだろう」

「そ、それは……」


 懸命に考えたのだろうが、交渉にもなっていない。そも、レストがこの場から立ち去れば、彼女達は売られ、物のように扱われるだけだ。レストには何の不利益もない。金ならば今日でなくとも、後々に取り戻せばいいのだから。勿論、奴らを逃がすつもりもないが。


 だが、レストは小さく嘆息し、少女を半眼で見詰めた。まだ若い。たった一人で、恐らく知り合いはおらず、そんな中、奴隷に身を落としながらも正しい見識を持ち合わせている。それが過去の自分と重なった。


 レストは再び嘆息し、言葉を紡ぐ。


「だが、私が盗賊を殺しつくした後、おまえ達がどうするかは自由だ。助けるつもりはないが危害を加えるつもりもない」

「あ、じゃ、じゃあ」

「……拘束ぐらいは解いてやる」

「あ、ありがとう。は、はは、あなたが神様に見えてきたよ」

「神などいない。だから私も、おまえ達もここにいる」


 吐き捨てるように言い放ち、レストとリオンは天幕を出た。野営地から死角になる天幕の裏手に出ると、そのままの姿勢でしばし待つ。すると、盗賊達の天幕から、一人二人、と次々と盗賊達が出てきては、奴隷達の天幕に入って行った。馬鹿の一つ覚えのように、欲望に忠実な愚か者達は、天幕に入り、ランプを点けて、内部の惨劇を見て狼狽し、そして背後からレストに刺され、殺される。


 そのやりとりを三度続けた。少女が言うよりも多く、七人の盗賊が天幕を訪れた。性欲が旺盛な奴らは、悪事に手を染めやすいのか。盗賊連中はほぼ全員が頭の中が女のことで一杯に違いない。


 最後の盗賊が絶命したあと、天幕の横に横たわらせた。丁重にではない、蹴り倒した。邪魔だったからだ。弔いの心情など持ち合わせてはいない。


「もう来ないか?」

「た、多分……こんなに来るとは思わなかったけど」

「美しい容姿をしているというのも不幸なものだな」


 少女は目を見開いて、ほんの僅かに頬を染めるとレストから視線を逸らした。


「え? え、と……ど、どうも?」

「褒めていない。事実を理解し、憐れんだだけだ」

「あ、ああ、そう」


 肩透かししたような少女は、地面の血を見下ろし、盗賊達の死体を見て、複雑そうな顔をしていた。この娘、中々に腹が据わっている。死体を前に、怯える様子はもうなかった。


 レストは感想を面に出さず、少女に言った。


「拘束はまだ解かない。騒ぎになれば怪しまれるからな」

「先に外して貰った方がいいと思うけど……それにみんな先に逃げないよ」

「逃げる。間違いなくな。自分のことしか考えていない連中だからだ。私の邪魔になろうと、誰の足を引っ張ろうと、言い訳を並べて逃げる。しかもご丁寧に、盗賊達に見つかるだろうな」


 レストは村人を微塵も信頼していない。もし、先に逃がして、物音でも鳴らそうものならば盗賊達を起こす可能性がある。もし、野営地を出ても、盗賊の内、誰かが天幕を訪れた時、誰もいなければすぐにバレる。死体があるからどちらにしてもバレるだろうが、様々な観点から見て、レストは村人と少女を逃がすつもりはなかった。少しの不安も取り除くためだ。天秤にかければ、本来ならば、先に彼等を逃がしただろう。だがレストにとってノアが第一。時間がないし、失敗は許されない。


 村人も少女も、レストに何か言える立場ではないため、納得するしかない。彼等の拘束を解くことは後回しだということは覆らない。


「わかったよ、じゃあ、大人しくしておく」

「そうしておくんだな。安易な行動はするな。私が、おまえ達を殺さないとは限らない。私はおまえ達の味方ではない。高を括るのはやめておけ」

「……肝に銘じておくよ」


 レストは少女と村人に釘を刺した。少女以外の人間は口を開かない。もし、今後、腹立たしい言葉を吐くようならば殺してしまいそうだったため、レストとしては助かった。無駄に時間を割きたくはなかったからだ。


 天幕を出るとリオンに合図を送った。彼女を盗賊の天幕右側に移動させ、自身は左側に移動した。聞き耳を立てると、まだ誰も気づいていない様子で、いびきをかいている。問題はなさそうだったので、リオンと共に天幕の入口に立ち、布を捲った。


 瞬間、目の前に男が立っていた。


「ん……? だれだぁ?」


 寝ぼけ眼の男は、半眼でレストを見ていた。目を擦り、眠そうにしている。

 レストは両手に握った二本のナイフを男の喉に近づけ、そして切り裂いた。


「か、はぐっ、あっ……?」


 血を噴き出していた男を蹴り倒し、そのまま中に入った。物音に気づいた盗賊達が目を覚ました。全員ではなく、まだ一部は寝入っている。何とも鈍感だ。レストは近場にいる、起きた盗賊に向かい疾走する。


「な、だ、誰」


 盗賊が剣に手をかけようとしていたところ、一瞬で腹を突き刺した。回転しながら喉を裂くと、次の盗賊に向かう。内部には先程の盗賊も入れて八人。予想に近い人数だった。一人の盗賊の喉をリオンが噛む。男はもがいていたがすぐに死ぬだろう。


 四人が起きている。残りの二人も上半身を起こす寸前だ。レストは駆け、近場の盗賊へと白刃を放つ。煌めいた刀身は、流れるように男の眼と脇腹を裂く。断末魔の悲鳴が響いた。


「ぎぃあああ!」


 トドメを刺さず、速度を維持し、後方の盗賊へと向かった。大型ナイフを振るうと、男は反射的に剣をかざし受け止めた。中々に、修羅場をくぐっているらしい。だが、動揺から横の動きに注意を払えなかった。解体用のナイフを敵の脇腹に何度も刺すと、血が溢れ出す。相手の力が抜けた瞬間、体当たりして突き倒した。


「あ、ぐっ……く、そっ!」


 倒れた男の顔を体重をかけて踏みつける。ほぼ同時に起き上がった別の盗賊の首を掻っ切った。その瞬間、その男はくずおれて地面に伏した。


 リオンが天幕内を駆けて、横っ飛びしながら別の盗賊の喉に噛みついた。その間、レストは再び別の盗賊へ襲い掛かる。大型のナイフを振り、隙があれば解体用の小型ナイフで刺す。時として払い、受けに回る。暗がりの中、夜目に慣れていない男達の動きは遅い。今ならば、剣の扱いにさほど長けてはいないレストでも勝てる。


「ご、ふ……て、てめ」 


 殺した。今度は心臓を一突き。ナイフでも弓矢でも狙う場所は同じ。迷いはなかった。六人目を殺した後、リオンが相手にしていた盗賊も死んでいた。そこら中、血液で濡れ、天幕は惨劇の跡を残している。レストは息を整え、ナイフの血糊を、近場に倒れていた盗賊の服で拭った。


 唸っていたリオンを撫でる。どうやら血の臭いと味で興奮しているようだった。リオンは賢い。だが野生の本能がこみ上げることもあるだろう。彼女もレスト同様に、少しずつ変わっていくのかもしれない。


 外に出る。ほんの数分の出来事。その間に八人の命は散った。すでに盗賊は全滅した。後は……頭領だけ。


 レストは天幕を出る。その足で、頭領の寝ている天幕に入った。間抜けにも、あれだけ音を鳴らしていたのにも関わらずまだ寝ている。近くで大きな音が鳴っていたというわけではないが、それでも起きてもおかしくない音量だったはずだ。


 これが、この滑稽な男が、ノアを襲ったのだ。人間の屑であることは明白だった。レストには最早関係ないが、村人を殺したのもこの男だ。ならば、簡単に殺して楽にするのは気が進まない。


 他の天幕とは違い、内部は豪奢だった。盗賊達は床にただの毛布を敷いていただけだったが、頭領の天幕内にはベッドがあった。しかもかなり大きめ。わざわざ運ばせたのか。虎の毛皮が床に転がっており、金品の数々がそこかしこにあった。私物、らしい。


 頭領は似合わない寝間着を纏ってベッドに寝ている。念のため、周辺を探り武器の類を確認して、離れた場所に置いておく。準備ができると、レストは拳を握り、思いっきり頭領の顔面を殴った。


「がぶっ! なっ!? いづっ! がっ、だれ、がっ!?」


 何度も殴った。何度も、何度も、何度も。


 大柄のレストに抑えつけられ、頭領は身動きが取れない。じたばたと暴れてはいたが、レストの膂力は尋常ではなく、拘束から逃れられない。十数、それ以上の回数を殴打され、頭領は泣きながら、叫んだ。


「やべで! やべでぐで、うご!」


 拳に痛みが上がってきたところで、レストは手を止め、ナイフを頭領の目の前に掲げた。


「ひっ!」


 気持ち悪い悲鳴を上げた頭領は、レストの顔を見て、驚愕に打ち震える。


「お、おまえは、か、狩人」

「覚えていたか、馬鹿でも一日じゃ忘れないらしい」


 頭領は一瞬だけ苛立ちを覚えた顔をしたが、すぐに目の前のナイフを見て、えへへと笑った。感情的になるほどの愚かな男ではなかったようだ。だが、その判断は正しくはなかった。余計にレストを苛立たせたからだ。


「お、覚えていますとも、へへ」

「では、私が何をしにきたのか、わかるか?」

「お、お金ならお返しします。そ、倉庫の方にあるので、そうだ! あ、案内しましょう!」


 頭領はレストが許可する前に立ち上がろうとした。だが、大型のナイフを見せつけると、また乾いた笑いを浮かべてベッドに横たわった。


「そ、そうだ! 他にも、宝石とか、そう! 村人もお返しします、へへ、も、持ってるものなら、何でも上げます! だから、ほら、へへ、ゆ、許してくださいよ。ね? だって、あなたは、結局、何も被害を受けてないじゃないですか。俺は、腹を刺されて……くっ……へ……へへ、そ、そう刺されたんですよ。だからもういいでしょう?」

「何でも出すんだな?」


 頭領はレストの言葉を受け、嬉しそうに叫ぶ。


「ええ! 何でも!」


 要望を受けたということは、助かるかもしれない、そう思ったのだろう。喜色に満ちた顔をレストに向けていた。レストはその頭領を前に、歪んだ笑みを返した。それは人の顔とは思えず、獣よりももっと恐ろしい存在だった。一瞬で、身震いした頭領はすべてを後悔し、触れてはいけない領域に足を踏み入れたのだと直感したはずだ。


 そして。


「じゃあ、おまえの舌をよこせ」


 あまりの言葉に、頭領は小さく、え? と漏らした。その後、引きつった表情を浮かべる。冗談かと言おうとしたのか、じょ、と呟いたが、レストの顔を見て、事実だと知る。


「娘に這わせようとした、その汚い舌を切り取ろう」

「ま、待って、待てよ! そ、そんな」

「そんな? なんだ? 酷いとでも言うか? 散々人を殺したお前が、娘を汚そうとしたお前が、奴隷を物のように扱ったお前が、酷い、なんて言葉を吐くのか?」

「……そ、それとこれとは別の」

「同じだ、外道。貴様がやったことはなくならない。これは私刑だ。今、この瞬間、私が法だ。貴様の舌を切り取り、散々苦しめ、死にたいと懇願した時、殺してやろう。私は狩人だ。生き物がどうすれば死ぬのか、どうすれば死なないのかも知っている」

「ひっ! ひいぃいぃっ! た、助け、誰か助け! 誰か! 誰かいないのか!」

「盗賊達は全員殺した。全員。残っているのは奴隷と私達だけだ。それとも奴隷に助けを請うか? 足を舐めて服従を誓い、奴隷の奴隷になると懇願すれば、もしかしたら助けてくれるかもしれんな。だが、私を止められる存在がいるとは思えんが」

「じょ、冗談じゃない! 奴隷に傅くなんて死んだ方がマシだ!」


 頭領は、はっと我に返る。己が吐いた言葉はもう飲み込めない。レストは薄く笑った。楽しげに寂しげに悲しげに。人によって印象は変わるだろう。頭領には、愉悦に浸ったような顔に見えたに違いない。


 頭領は身震いして否定した。


「ち、ちがっ」

「そうか、死んだ方がマシなんだな?」

「や、やめろ、今なら間に合う。そんな非道を行うよりも、ま、真っ当な人生が」

「貴様が言うな」


 レストは解体用のナイフを頭領の口に突き立てる。舌の中央に刃物が屹立し、次の瞬間、鮮血が散った。


「あぐうっぅっ!」

「痛いか? それはよかった」


 ぐりぐりとナイフを動かし、痛みを促す。その度に頭領は顔を動かし、できるだけ痛みから逃れようとした。レストは散々弄んだ。


 そして、頭領の悲鳴は長らく続き、天幕の外にも響いていた。


   ●○●○●○


 ――村人達は耳を塞ぎ恐怖に打ち震える。彼等は思ったのだろう。レストに殺される。次は自分達の番なのではないか、と。あの人は、今のあの人は、自分達の知っているレストではない。娘のノアを可愛がっていたことは誰もが知っていた。子煩悩で温和な父親である、と。だが、彼等はレストの大事な娘を生贄にしようとした。暴力を働き、自分達のことだけを考えて卑劣なことをした。何をされてもおかしくはない、そう思ったことは間違いなかった。口約束なんて簡単に破られるのだから。


 今度、彼が戻って来たら、きっと……。


 怯える村人と共に、金髪の少女は、悲鳴を聞き、なぜか悲しい思いに駆られた。頭領に同情したわけではなかった。むしろ殺されて当然、痛めつけられて苦しんで当然だと思っていた。だが、これほど人を傷つける行為をするほどに、あの人には何かあったのだろうかと。


 彼は大柄の身体で存在感は強いはずなのに、どこかに行ってしまいそうなほどに儚かった。冷たく突き離すような言動の中、どこか寂しげで悲しげで優しい色が滲んでいたように見えた。


 少女は思った。


 彼は、一体、何者なのか、と。なぜあんなに寂しそうに、辛そうにしているのかと。

 不思議と、最初に感じた恐ろしい印象は薄れていった。


 少女は思った。


 あんなに恐ろしい見た目をしている人、恐ろしい所業をする人なのに、興味を持っている自分はおかしいのだろうと。

 ふと天幕内にある遺体を見た。自分を襲った連中のなれの果て。ざまあみろとは思わない。死ねばただの肉塊になるだけなのだろう。もしかしたら彼がいなければ自分もこうなっていたのかもしれない。


 少女は思った。


 彼は一体何者なのだろう、と。何度も何度も考えていた。それは悲鳴が消え、彼が姿を現すまで続いた。


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