7.5
(どうやら厄介なことになってきた)
ばたん、と閉じた部屋のドア。ご丁寧に鍵まで盗んで廊下を爆走していったロゼットにロスが大声で悪態を吐いている。
その様子を見詰めながら、ホノリア・ヴィレッジは奥歯を噛みしめた。
ロスが言った通り、あの小娘を警戒するなど愚の骨頂だろう。
この私の美貌に勝てる人間などいやしないのだから。
だからここは寛大になって、彼が自分の気がすむまであの小娘の面倒を見させてあげれば良いのだ。それがホノリアが自負するイイ女の条件だとも思うから。
だが。
(…………)
ロゼット―――『コールリッジ』。
その名が彼女の眉間に皺を寄せさせる。
「すまない、ホノリア」
恋人の焦った声に現実に引き戻されて、ホノリアははっと顔を上げた。
怒りでどす黒くなった顔で、ロスがドアを蹴破ろうとしている。
数度蹴りつけた所で、ドアノブが取れた。
ばーん、という破砕音と共にドアが廊下に倒れ、ロスが振り返った。戸枠を握りしめた手がその強さに白くなっている。
「そういうわけだから、俺はしばらく忙しくなる」
構わないわよ。
そう、告げればいいだけなのに、ホノリアは胸騒ぎがしてすぐに言葉が出てこなかった。
彼の恋人は私。この……私なのだ。
暗い、記憶の淵からあふれ出してきそうになる『映像』。それにホノリアは慌てて蓋をすると、無理やり微笑んだ。
「フィン先生の講義に出てくださるのなら構いませんわよ」
その一言に彼が呻いた。魔法の基礎の基礎、歴史や精霊についすでに十分すぎる程学んでいる。なので彼は彼女の講義に一切参加していない。
それを知ってはいるが、じっと見詰めていると、彼は妥協するように溜息を漏らした。
「それで許してくれるか?」
もちろん、許せない。だが……
「ええ」
黒い嵐のような感情を完璧に封印してホノリアは美しく微笑んで見せた。