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 きゃー、可愛い。照れてらっしゃいますの? 嫌だ、彼女持ちとか勿体ないわー イケメンは全ての女性の資産でしょ。



 溢れる嬌声と歓声を無視し、指の一振りで重力を振り切って浮かぶ衝立を軽く押しながらロゼは梯子を上る。ついでに布団や毛布、シーツも横にした衝立の上に乗せて運ぶので楽勝だ。


 本棚の隙間とはいえ、彼女に与えられたスペースは結構な広さだった。


 木の床に簡易ベッドを置いて布団とシーツ、毛布と上掛けを用意すれば寝るのに十分な場所を確保できた。居間から確保したローテーブルとクッションをこれまた拝借して来たラグの上に置けば居心地も良くなる。最後に熱水晶のランプを一個据えて衝立を入り口に立てれば……。


「君の周りにはこんな精霊しか居ないのか!?」


 なかなかの出来栄えに、後は洗濯紐とカーテンだなと考えていたロゼは二人の精霊に纏わりつかれ、髪を振り乱したガーランドを見て溜飲を下げた。


 イーファは彼の首にぶら下がり、冷たい頬を首筋に押し当てている。エルメルトは彼の腕にぶら下がって胸元を撫でていた。


 眉間にくっきりと皺を寄せてこちらを睨んでくるガーランドに、彼女はにやにやと笑った。


「あなた達が接している、キャンディで契約を結んでいる精霊と一緒にしないで。キャンディで呼ばれる者達は言ってみれば……ここに居る精霊達の影みたいなものなんだから」

「そうそう」

 イーファがちゅっと音を立ててガーランドの顎にキスをする。

「あの子たちはまだ長い年月を経ていない、若い存在なのよ」

「ユーリジアの樹に宿った小さな新芽、といった所かしら?」


 神話に登場する樹の名を聞き、彼が目を見開いた。


「それは……ユノの端にあると言われている、精霊の母体の事か?」


 腕に抱かれていたエルメルトが妖しげに微笑んだ。

「さあ? どうでしょう?」

「その手の問答に彼女達は付き合ってくれないわよ」

 ぱんぱん、と両手を打ち鳴らしロゼが冷やかに言った。

「さ、もういいでしょ。契約はこれで終了」

「えー」

「もうちょっといいでしょう?」

「ダメー。もっと色々手を貸してくれるのなら考えるけど?」


 ちらりと荷物の山を見詰めて、あれこれ必要なものについて検討を始める。


「そうね……市場まで連れて行ってくれるのなら、もうちょっとイチャイチャしててもいいわよ」


 途端、精霊たちの顔が曇った。細長い書斎の窓の向こうに広がるのは、不気味な色味の雲や煙だ。彼女達の嫌いなもので溢れる空を、今日はもうこれ以上飛びたくない。


「ちぇー」

「残念ですわ」


 しぶしぶと言った体でガーランドから離れる二人を、今度は彼が引き留めようとした。


「待て。ユノの端とは一体何なんだ!? 精霊達を構成する物質は何!? そもそも君たちは一体なんどいう存在で……」


 食い下がる彼の台詞を、にこにこ笑いながら彼女達は聞き流す。


「じゃあ、またね」

「名残惜しいですが、契約は契約ですものね」


 本棚に囲まれた空間に消えるように、姿が溶けていく。完全に彼女達の気配が消えた場所で、ガーランドは茫然と立ち尽くしていた。


「くそッ……何故答えない」

 ぎゅっと手を握り締めて毒づく彼に、梯子を下りるロゼがあっさり答えた。

「答えたくないからでしょ」

「何故!? 彼等の存在はもうずっと議論されている。ユノの端に暮らしているのか……彼等は我々と同じ生命体なのか……それを解き明かせば、世界に革命がもたらされるんだぞ!?」

「だからぁ」


 ぽん、と最後の二段を飛び降りる。手すりから身を乗り出すガーランドをロゼは呆れたように見上げた。


「答えたくないんでしょ」


 馬鹿な、と低く呻く声が聞こえロゼは「そうでしょうとも」と小さく呟いた。


 この学院は、魔法の力をコクーンとキャンディという道具を使って広く使えるように指導するほかに、精霊とは何か? 魔法とは何か? 魅力とは何か? 魔力とは? と世に満ちた不可思議を解明しようと日々研究を重ねている所でもある。


 居間に戻り、床にうず高く積み上げられた本のタイトルを斜めに見ていく。


 魔導学、魔法研究読本、精霊論、魔力抽出結晶体図鑑……。他にも古くからの民話や伝承、伝説、子供が読むユノの端の絵本まであった。


「あなたは一般の生徒じゃなくて……研究生なのね」

「そうだ」


 乱暴な足取りで梯子を下りて来たガーランドが、断定する言い方をしたロゼの前に立ちふさがる。研究所を一冊取り上げぱらぱらとページをめくった。


「残念ながらこういった書を記す連中は精霊の存在を見たことが無い。だからどうしても憶測の域を出ない。だが俺は」


 顔を上げ、彼はロゼを見たまま首筋を抑えた。


「見ることが出来る。話しが出来る。それは随分な特権になると思わないか?」

 静かな自信に満ちたその台詞に、彼女は肩を竦めた。

「精霊には関係ない」

「人間には関係ある」

「例えば?」

 小首をかしげて尋ねるロゼに、ロスは一瞬自分の研究目的を話しそうになった。だが、彼女が依然、産業スパイとして送り込まれた存在ではないと断言できない現状、自分の研究を明かすのはどう考えてもまともじゃない。


 彼は冷ややかに笑った。


「それは純粋な好奇心からの質問か? それとも君の背後に居る誰かに利益を約束された上での質問か?」

「私を疑うのはお門違いよ」


 むっとして睨み付けるが、彼は取り合わず首を振った。


「君が疑わしいのは先刻話した通りだ。今の精霊だって何か特殊なコクーンを使ったもので、君が古代魔法使いだと証明するに足りない」


「だとしたら」


 苛々しながら、ロゼは両腕を広げ堂々と立って見せた。

「私はどこに、そんな道具を隠し持ってるのかしらね?」


 不敵に笑って見せる。


「脱がせて確かめてみる? ただし覚悟しなさいよ。あなたの彼女とやらに洗いざらい全部ぶちまけるから」

 無言で睨み合う二人は、遠慮がちなノックの音に同時にドアを振り返った。

「あの……ミスター・ガーランド、囚人の荷物をお持ちしました」

「今行く」

「講師なのに……」

 奥歯を噛みしめて唸るロゼを無視し、ロスは大股で部屋を横切るとドアを開けた。

「ありがとう、スレイマン―――」

 彼の言葉はそこで途切れた。申し訳なさそうにロゼの少ない荷物を持って立つスレイマンの後ろに、腕を組んで仁王立ちし、頬を膨らませた女性が立っていたからだ。


 更に大きくなった呻き声に、ロゼは興味を惹かれた。


 戸口に立ちふさがる彼の横からドアの向こうを見て、軽く目を見張る。


 体格の良い黒髪の生徒を押しのけて、スタイル抜群の女性が現れる。


 美しくウェーブを描く豪奢な金髪。真っ白で透き通るような肌。卵型の顔にくっきりとした目鼻立ち。カールした睫毛の奥で海のようなブルーの瞳が燃えている。


「どういうことなの?」


 彼女は開口一番にそう言うと、ずかずかとロスの居室へと踏み込んで来た。


「ホノリア……」


 彼の口から苦々しい声が漏れ、ロゼの心が躍った。


 これはどうしていわゆる一つの……


「修羅場到来?」


 にんまりと笑みを浮かべるロゼを射殺さんばかりの眼差しで睨み付けた後、彼はミス・学院の名を誇る彼女に苛立った口調で説明する。

「彼女はロゼット・コールリッジ……現在その真偽が問われている存在だ」

「コールリッジ?」

 ぴくりと彼女の完璧な弧を描く眉が上がる。それから値踏みするような眼差しで、ロゼを頭から爪先までじっくりと眺めた。

「はじめまして、ミス……」

「…………」

 無言で見下すような態度を貫き、話し掛けるな、話す気は無いを無言で訴える彼女に、ロゼは顔面が引きつるのを感じた。


「……彼女が精霊よりも男性に好かれる理由が分かる気がするわ」


 ぼそりと呟く。


 魅力はあるが、心の内側からにじみ出るような物ではない。

 彼女から垣間見えるのは異様なまでのプライドの高さと、それを十分に理解していると思われる傲慢さ。

(ま……これだけの美女ならしょうがないかもね)

 勝手に結論付け、ロゼは早々に興味を失ってさっさと部屋から出て行こうとした。


「ま、あとは勝手にやってください、ミス・ナントカ。私はお腹がすいたので食堂に行きます」

「君は監視対象だ、ミス・コールリッジ」


 がっしりと腕を掴まれ、ロゼはうんざりしたように彼を見上げた。


「まさか風呂まで着いてくる気?」

「ここで入ってもらう」

「冗談じゃないわ、ロス・アルスハイル!」


 途端、ミス・ナントカが悲鳴のような声を上げた。


「そもそも、私という人が有りながら勝手にこの部屋に女を住まわせるなんてあり得ないッ!」


 ヒステリックな声音と、山脈かと見まごう程の眉間の皺。らんらんと輝くコール墨の惹かれた瞳にロゼは思わず身体を震わせた。


 虫けらでも見るような、嫌悪の滲む瞳で彼女を見るミス・ナントカと、絶対に一緒に居たくない。加えて厄介事に巻き込まれるのは心底ごめんだ。


「安心して頂戴、ミス・ナントカ」


 ロゼは素早く頭を回転させ、にっこりと微笑んで見せた。千載一遇のチャンスだ。


「すぐにでもお部屋を移動しますから」


 恋人に疑われ、激怒されているのだからガーランドももちろん承諾するだろう。

 そう結論付けて、ロゼは自分を掴む腕を振りほどこうとする。だが、彼女を掴む手はびくともしない。逆にぐいっと引き寄せられた。


「誤解するな、ホノリア。この、俺が―――」


 ぐいっと前に突き出されて掴まれた腕が軋む。怒りに燃える目で見上げれば、ガーランドの感情の見えない薄いブルーの瞳が真っ直ぐにホノリアに向けられていた。

「こんな丈の短い女、ぺったんこ女と間違いが起きると本気で思ってるのか? だとしたら、ホノリア」


 彼の視線が一層冷え冷えとしてくる。


「俺を馬鹿にし過ぎだ」

「って、それ! 私を馬鹿にしてるでしょ!」


 怒りに赤く染まるロゼを一顧だにせず、ロスはぽいっと捨てるように彼女の手を離した。たたらを踏んでつんのめる彼女を他所に、ホノリアへと歩み寄る。


「しかも、こんな美女が傍に居るのに」


 テーブルに激突しそうになり、慌てて両手を付いたロゼは、肩越しに振り返って寄り添う二人の姿を発見し半眼になった。


「違うか?」

「……でも……そこの女があなたを襲うかもしれないじゃない」

(ないない)


 媚びを含んだ鼻声に、大きな瞳を上目遣い。

 ぞわぞわする、と辟易しながら身体を起こし「あれとベッドを共にしたら身体が痛くなる」というガーランドの台詞に無反応を決め込んだ。


 どっちにしろ今が脱出のチャンスだ。


 この無礼千万な疑り深い男と一緒に過ごすなんて、考えただけで気が滅入って来る。

 それに、ロゼには『やらなければならない事』があるのだから。


 その事実を思い出し、ふと彼女はホノリアなるミス・ナントカをちらりと見た。


 ガーランドの腕の中で甘えた猫のようにしなだれかかる彼女は、その完璧な目を伏せ彼の首筋を眺めている。腰に回した手が無意識なのか、離すまいと彼のシャツを握りしめていた。


 二人並ぶ姿は……ナルホド、学院一の美人カップルという所か。


(完璧な顔立ち……完璧なスタイル……完璧な彼氏……)


 完璧の三乗。


 何故か引っかかる。


 その事実を脳裏にメモを取り、ロゼは足音を忍ばせてそーっとドアに向かった。何より今やるべきことは、食堂を探し当てて夕食をゲットすることだ。


「ロゼット・コールリッジ!」


 ドアに手を掛けた所で、抜け出す彼女に気付いたガーランドが声を荒げる。だが、くるりと振り返った彼女はにんまり笑ってひらひらと手を振った。


「どうぞごゆっくり~」

「ま」

 て、の部分でドアを叩きつけ、ロゼは一目散に廊下を駆けだした。




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