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 窓際に据えられたロッキングチェアに座り、優雅にコーヒーを飲む部屋の主を横目に、書き物机の横にあった収納から衝立を取り出したロゼは呪いの言葉を吐かないよう必死に自制した。


 古代魔法使いたるもの、言葉と魅力には気を付けなくてはならない。


 自身の持つ『魅力』によって精霊が力を貸してくれるのと同時に、彼等は常に彼女の『言葉に』耳を傾けている。

 普通の私語や、たわいのない会話なら問題は無い。だが強い感情が混じった言葉はそれだけで呪いの意味を持つ。


 うっかり「あんな奴火だるまになればいい」なんて呟こうものなら好戦的なサラマンダーが嬉々としてやって来るはずだ。


(就任してもいないのに殺人事件なんて起こせない……)


 蛇腹状の衝立は重く、引きずらないと運べない。

 星座の彫り込まれた木製のそれは蜂蜜色で、いい香りがした。恐らく、収納の中に収められていたラベンダーやヒノキの香りを詰めたポプリの所為だろう。


「床に傷付けるなよ」


 四苦八苦するロゼに家主が分厚い本から顔を上げることなく言う。


「引きずらないと持ち運べないんですケド」

 苛立ちから言葉の端々に嫌味が混じる。悪意の塊のようなそれにも、家主は顔を上げなかった。

「コクーンが無くても魔法が使えるんだろ? 出来の悪い三流魔法使いでも自力でそれ、運ばないぞ」

「そうやってなんでもかんでも魔法に頼るから、殻が溢れて煙だらけになるんじゃないの」

 嫌味に嫌味で応酬する。と、ようやくガーランドが顔を上げた。


「じゃあそれ、どうやって運ぶんだ?」

「………………」


 例えその衝立を持って居間を移動できても、更に梯子を登らねばならない。


 それこそ、これ程気軽に魔法が使えなかった時代ならば、滑車を使って釣り上げる方法を取るだろう。それにはまず滑車を用意し、支柱を用意し、ロープを用意して……。


 にたり、と口の端を上げて笑う男に心底腹が立つ。自分の逡巡が完全に読まれた証拠だからだ。


 引きずり出した衝立を前に、ロゼは考えた。


 プライドを優先するならば滑車と支柱とロープを調達しに出掛けるだろう。

 だが、それは非常に―――メンドクサイ。


 ち、と舌打ちしロゼは顎を上げた。興味を失ったかのように書物に視線を落とすガーランドを確認する。

 彼をダシに使わない手は無い。そもそも風の精霊との契約はきちんと完了されていないし。


「風の精霊、イーファとエルメルトよ……そこのイケメンとちゅーしていいから力を貸して頂戴」


「またそれ? ていうか、前回の契約果たされてないんですケド」

「ロゼは約束を守りませんの、とシルフ様に報告してもよろしいので?」


 ちらちらと金色の光をまき散らしながら、一応呼ばれた義理で風の精霊が姿を現す。薄緑と桜色の衣を身にまとい、赤と白、紫と黒の花冠を被った美少女二人が脹れっ面でロゼを見上げた。


「まとめてよ、まとめて。これを運んでくれたら好きなだけまとわりついていいから」

「おい」


 部屋いっぱいにあふれた森と花の香り。それに気付いて顔を上げたガーランドは、自分がダシにされているのに気付いて険悪な表情でこちらを見た。


 二人の風の精霊は、その金髪と水色の瞳を目にすると態度が一変した。


「ちょっと! 何あれ、ちょーイケメンじゃない!」

 赤白の花冠に緑のドレスのイーファが興奮気味に叫ぶ。

「まあ……まあまあまあ……ロゼ、ようやく私達の趣味が分かるようになったのですね」

 紫黒の花冠、桜色のドレスのエルメルトが頬に片手を当ててうっとりとガーランドを見詰める。


 前回頼みごとをした際、二人に紹介したイケメンは、ホルダード近郊の村に住まう鍛冶職人の男性だった。


 筋骨隆々、顔いっぱいに髭、きらきらした緑の瞳が特徴的な野性味あふれる男性だったが、たいそう不評だった。


 ――ロゼは村一番の美形だと思っていたのだが。


「それでもキスしてたじゃない」

 あの時の事を思い出して告げるロゼを、イーファもエルメルトも綺麗に無視した。

「しかも……魔法使い並に『魅力』がある」

「私達の事、見えてらっしゃるのね?」

「言っておくが、俺は彼女持ちだぞ」


 喜色満面の表情で手を振る精霊二人を確認し、ぎろりとロゼを睨み付けるガーランドに、彼女は涼しい顔をする。


「衝立を運べないんですから仕方ないでしょう?」

「テメェ……」

「好戦的なのもポイント高!」

「最近の殿方は草食系ですからつまらないですものねぇ」

「これで前回と今回の契約完了で良い?」

 にっこり笑うロゼに、振り返った精霊二人がにんまり笑った。

「もちろんですわ、ロゼット」




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