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 研究室付きの広々とした個室を期待していたわけではない。


 学生寮と変わらない位の……こじんまりとしたものだろうと予想していた。

 の、だが。


「ここだ」


 ロゼを先導してきたガーランドが、ピカピカ光る真鍮のドアノブを回す。


 黒塗りの大きな扉がゆっくりと内側に開き、熱水晶のランタンが幾つも天井からぶら下がる、温かなクリーム色の部屋が目の前に広がった。

 正面には大きなガラス窓と低いテーブルにソファが置かれている。

 ウッド調の飾り棚や引き出しがこまこまと並び、部屋の奥には石造りの丸っこい暖炉が設置されていた。

 板張りの床にはふかふかの絨毯が敷かれ、所々に本が山になって積まれている。

 暖炉と反対側の窓際には書き物机があり、書類が散乱していた。


 ランタンのガラスが白い熱水晶の光を蜂蜜色にし、部屋全体が温かく居心地のいい雰囲気に包まれているのがロゼには意外だった。


「もっと……機能的な部屋が多いんだと思ってました……」


 ロゼが想像していたのは、白が基調の調度はベッドと机しかないようなそんな部屋だ。


「そういうのは学生寮の方だ。こっちの建物は学院の運営に関わる人間が暮らす所だから、ある程度自由に出来る」


 塔の地下にあった牢獄から地上に出た二人は、コの字型に配置されている三つの大きな建物の内、一番右側の建物にやって来ていた。

 五階建てであちこちに破風や煙突が飛び出る、一風変わった様相のこの館には沢山の階段や、謎の扉、謎の部屋が溢れていた。


 迷路のような廊下を進み、階段を上がったり下りたりした二人は恐らく三階だと思われるフロアに辿り着き、この部屋へと足を踏み入れたのだ。


 分厚いカーテンの掛かった窓へと歩み寄り、ロゼはひんやりとしたガラスに額を押し当てて外を見た。


 日は落ちているが相変わらずピンクや紫の雲が分厚く空を覆い、都の灯りの照り返しによって世界はぼんやりと明るい。


 ホルダードの森では夜になればユノの端から降り注ぐ星明りしか見えない為、世界は影の中に沈む。

 だがこの都では夜も煌々と明るく、窓の下に広がる中庭と、そのベンチに腰を下ろし熱心に話し込む学生の輪が良く見えた。


「こんなに明るくて寝られるかしら……」


 寝れないかもしれない。


「君の部屋はこっちだ」


 眉間に皺を寄せて、窓から差し込む夜の灯りをどう真っ暗にするか考えていたロゼが振り返った。

 ガーランドが入り口から見て右側のドアを開けてこちらを見ていた。いそいそとそちらに近寄り、ロゼは急激に膨らんだ期待に胸を躍らせて中を覗いた。


 そこは居間と同じようなウッド調の部屋なのだが、細長い窓の他、壁という壁が本棚に占領されていた。


「…………え?」


 中に踏み込みぽかんと部屋を見渡すロゼを他所に、ガーランドがドア枠に腕を組んで凭れかかった。


「書斎として使っている部屋だが、梯子を上った窓際の隅の方に空きスペースがある。そこに寝泊まりしてくれ」


 確かに書棚は上と下の二段に別れており、梯子を登ればロフト状の上の書棚に行ける寸法だ。だが……その隅の空きスペースとは一体……?


「ていうか……」


 振り返り、無表情でこちらを見て居るガーランドにロゼは顔をひきつらせた。


「書斎?」

「ああ。君の荷物は後で学生に取りに行かせる。布団やなんかはこっちだ」

「ちょーっと待って待って待って……」

 

 さっさとそこを後にする彼を追って、ロゼは部屋を出るとこちらとは反対側の部屋へと向かった。


 扉を潜って仰天する。


 同じようにウッド調の部屋があるのだが、こちらには真鍮の支柱が特徴的な大きなベッドと使い心地の良さそうな大きな机と椅子。

 いくつものクッションが置かれたソファといかにも落ち着きそうな寝室が広がっていた。


 先ほどとは違う理由で口をぽかんと空けるロゼを他所に、ガーランドは大きなクローゼットから敷布団と毛布、羽枕を取り出すと彼女に押し付けた。


「衝立は居間の収納に入ってる。洗濯紐は自分で買ってくれ」

「なんかおかしくない!?」


 思わず声を荒げる。こんなに使い心地が良さそうな寝室があるにも関わらず、何故自分が書斎の……更に隅へと追いやられるのか。


 赤い瞳に怒りを灯してこちらを見るロゼに、無表情だったガーランドがにたりと笑った。


「俺としてはベッドに女性が居るのは大歓迎だが、素性の判らない女を連れ込むほど危機管理が甘くは無いんでね」


 意味が分からない。ただなんとなく侮辱されたのは分かり、ロゼはますます深く眉間に縦ジワを刻んだ。


「あなたの性癖とこの寝室と何の関係が?」


 怪訝そうな彼女の表情をしげしげと眺めた後、ガーランドが馬鹿にしたように鼻で笑った。


「君……本気でこの部屋が自分に割り当てられたものだと思ったのか? だとしたら随分とおめでたいな」

「なっ」

「ここは」


 怒りに目を見開くロゼをいなし、彼は続けた。


「俺の部屋」


「………………え?」


「俺の部屋。学院から与えられた、俺、ロス・アルスハイル・ガーランドの居室」


 開いた口が塞がらない。

 三度目の間の抜けた「ぽかん面」をするロゼの頭を、彼は馬鹿にしたように二度叩いた。


「この俺が君の監視をするんだ。だったら、俺の領域に居て貰った方が有り難い。君に……というか、コールリッジに依頼した教員用の部屋はすでにフィンが使ってるからな」


 唖然とするロゼを置いて部屋を出たガーランドの声が、居間かが響いて来る。


「牢獄の冷たい床じゃ病気になるのがオチだからな。書斎を使わせてやるから有り難く思え」


「…………有り難い……」


「それから俺、彼女居るから変な事考えるなよ」


 彼の、寝室に立ち尽くしロゼはその言葉を吟味する。そして三秒後に絶叫した。


「ってぇ、考えるかぁあああぁああ!」



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