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 自分に向かって飛んで来た人物を、彼は精一杯受け止めようとした。


 両腕を広げて彼女の腰を抱きよせる。だが、あまりにも衝撃が強すぎて二人そろって吹っ飛ばされ、固い塔の床に投げ出されてしまった。

 頭をぶつけなかったのは不幸中の幸いという所か。


「った……」


 尻から転んだお蔭で、ダメージは少ないが……それでも痛い。衝撃にくらんだ目をそっと開ければ、仰向けに倒れたロスの腹の上に、小柄な人物が倒れ込んでいた。


 空を飛んでいた人間だ。


 地上の光を反射して、昼夜問わず鈍い光が周囲を照らす王都の、その人工的な光源によって、彼の胸の上に広がる髪が不思議な色に輝いている。


 ほんのりピンク掛かった腰までのゴールドの髪。ゆるくウェーブしたそれの下から、ほっそりとした色の白い手が伸びている。


 遠くから見た通り、濃紺のドレスは赤いサッシュで縛っただけの地味な作り。裾に銀糸で蔦のような、星座のような模様が刺繍されて、その裾はふくらはぎの半ばまでめくれ上がっていた。


 両肘を付いて身体を起こし、ロスは倒れ込むその人の肩を掴んだ。


「おい、大丈夫か?」

 すると、彼の腹の上でその人は身動ぎした。

「ふあい……」

 くぐもった声が答える。

「ご……迷惑をおかけしました」

 白い手を闇雲に動かし、彼の太ももを掴む。そのままぐいっと勢いよく身体を起こしたその人は、顔を覆う髪の隙間から、きらきらした目をロスに向けた。


「普段はもうちょっとまともに操縦できるんですが、なんせあちらから黒煙が襲ってきたもので……」


 立てた彼の膝の間に座り込み、どうもスイマセン、と謝るのが小柄な少女だと気付きロスは少々驚いた。


 箒で飛べるだけのキャンディを持つ者なんて、見た事が無い。


 そもそも『空を飛ぶ』為に必要な精霊は高位の精霊で、彼等がキャンディを使って使役できる風の精霊はせいぜい二メートルくらい物を飛ばす事が出来る程度のものである。


「君は……精霊を使役して、空を飛んで来たのか? どこから?」


 見たことも無い離れ業をやってのけた相手に胡散臭さが先立ち、意図せず鋭い口調になってしまった。


「え?」

 眉間に皺を寄せてこちらを睨んでいるロスに、少女は目を瞬く。


「えーっと……王都より北にある、ホルダードの森から参りました」

「ホルダード!」

 ブラウン山脈を越えた、更に向こうだ。最新鋭のキャンディを使った蒸気機関車でも最低一日は掛かる。


(……と、いうことは……)


 冷たい笑みがロスの口元に漂った。


 ナルホド、とんだペテン師も居たものだ。


「―――ユノの端の真下と言われる有名な森から、何故わざわざ空を飛んでこの学院へ?」

 奇妙な程優しい声に笑顔。だが瞳はこれっぽっちも笑っていないロスに対して、鈍いのか少女はぱっと嬉しそうに微笑み返した。

「実は私……」


(ペテンかサギが……どっちにしろこの俺をカモにしようってなら……)


 サッシュにぶら下がっていた小さな巾着から、彼女は一通の書状を引っ張り出した。


「この学院に教師として招待されたんです」


 くるくると巻かれ、青色のリボンで止められていた書状を開き、少女はロスの目の前に誇らしげに掲げて見せた。


「下記の者を我が『王立魔導学院』教師として任命する……魔導学院主席理事サジタリウス・クープラン………………って……」


 にこにこ笑うぼさぼさのピンク頭の少女に、ロスは驚愕に目を見開いた。

 こんな小柄で貧相で……おまけにどう見ても十八歳未満のこの少女が、この学院の教師だとのたまっている。


「―――ありえない」


 低いロスの呟きに、彼女は数度瞬きした後自らその書状に目を通し肩を竦めた。


「いえ、あり得るんです。現に私、ロゼット・コールリッジはお館様に命じられてここの教師として参ったのですから」

「コールリッジって……あの、名門の、コールリッジ?」

 更に驚嘆に目を見開く彼に、ロゼは得意げに胸を張った。


「はい。その名門家当主のお館様は私のおじいさまですから」


 アマデウス・コールリッジは確かに名の通った大魔法使いだ。

 彼女は彼の孫だという。

 ゆっくりと脳裏に染み渡ったその情報により、ロスは自らの取るべき行動が決まった。


「なるほど……そう言う事か」

「はい?」


 きょとんとするロゼに、彼はブリザードのような笑みを見せて彼女の手首を掴んだ。


「嘘を吐くならもっとましなものにするんだな」

「…………どういう意味でしょうか?」


 怪訝そうに掴まれた手首を見詰めるロゼに、彼はせせら笑った。


「そのままの意味だ、ペテン師君。何故なら大魔法使いの孫はつい先週、この学院に就任したばかりだからだよ」



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