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「キャンディとコクーンなんて……百害あって一利なしよッ」


 げほげほ、げほげほ。


 色とりどりの雲と煙に巻かれながら悪態を吐き、ロゼは必死に箒にしがみついた。


 偉大なる魔導研究者ドーン・スプリングが発表した『魔法と精霊』論によって、魔法使いが『古代魔法使い』と呼ばれるようになって早百年。


 今では魔法を学んだ人ならば誰もが、ドーンの開発したコクーンとキャンディを使って神秘の恩恵を受けられるようになり、こうして王都上空には分厚い雲が立ち込めるようになった。


 ロゼはその漂う煙に咽ながらも、涙目で雲間を睨む。


 輝く金色の雲の向こうに、濃い藍色の空が広がっている。

 都の灯りに掻き消えそうな星々がかろうじて輝くその南の空の下には、薔薇色の帯が横切るようにして走っていた。


 ユノの端だ。


 南の空を、西から東へと横切るそれは、精霊たちが住まうと言われている。


 大昔はユノの端が何で出来ているのか判らなかったが、最近では薔薇水晶と呼ばれる物質で出来ている事が判明し、そこから時折魔力を含んだ水晶雨クォーツレインが降る事も判って来た。


 その雨を受けて育った木には魔力を溜め込む性質が、その雨が凝固して出来た丸い石には、精霊への対価となるだけの魔力が含まれていることを発見し証明したのが何を隠そうドーンだ。


 彼はユノの端の真下に広がる、水晶雨を多量に受ける地域を特定し、そこ生えていた木を削り、特殊な金属でコーティングして『コクーン』と呼ばれる魔力を溜め込むことが出来る道具を開発したのである。


 やがてそれは杖のような形となり、そのコクーンに様々な形に加工されたキャンディを嵌める事で、魔法使いと呼ばれる者達のみが許された力を、訓練を受けたものなら誰もが使えるようになった。


 その代り、キャンディを消費した際に出る『殻』が煙となり、百年の後に空を覆い尽くす程の雲となってしまったのだ。


 今ではこの色とりどりの煙と雲を自然に還す研究がおこなわれ、全体の五パーセント削減に至ったそうだが、飛ぶロゼには違いがさっぱり判らない。


 相変わらず煙は目を刺すし、喉はいがいがする。


 そりゃそうだろう。美しく、美味しいものが大好きな精霊が残したものだ。何の魅力も無いに決まっている。……まぁ、色だけは綺麗だが。


「こういうことが起きるから……誰でも彼でも精霊に助けを求めちゃダメなのよ」

 ぶつくさ文句を言いながら、ロゼは眼下に視線を遣った。

 王都上空を漂う事十五分。そろそろ彼女が『招待』された学院が見えて来る筈だ。


 現在、コクーンやキャンディの力を借りず、精霊を使役できる『古代魔法使い』は二十三人だけ。

 ロゼはその一人で、優秀な魔法使いを輩出してきた名門、『コールリッジ』家の出た。

 その家に王立魔導学院から研究者・講師として来て欲しいとの依頼が有ったのは一週間前。

 様々な調整をした結果、ロゼがこの地に赴く事となった。


 持ち物は学院から来た羊皮紙に金の箔押しがされた立派な招待状と、樫の木製の愛用箒。それから首から下がっているコールリッジ家の紋章が入ったステンドグラス製のペンダントのみだ。

 着替えは下着数枚とナイトドレスのみで、衣類は現地調達を予定している。


「あれね」


 足元を流れていく黄色い煙の向こうにじっと目を凝らし、地上を眺めていた彼女はようやく、目指す学院の象徴ともいえる塔を見付けて安堵の溜息を吐いた。


 この分厚い煙と雲の所為で通り過ぎたかと思っていたのだが、大丈夫だったようだ。


 魔力の残骸であるこの煙や雲を風の精霊が嫌うため、箒の軌道は安定しない。

 なだめすかして気ままな風の精霊を統括し、ふらつく箒をなんとか学院に向ける。

 とその時、巨大な敷地を持つ学院の、ロゼから見て右手側の校舎から唐突に灰色の煙が噴き出した。


 完全に色味が失せた灰色や黒の煙は、精霊が最も嫌う魅力のないモノだ。


 ロゼの耳に、風の精霊の喚き声が聞こえた。

「ちょっと!?」

 彼等は全力で悪態を吐くと、強引に軌道を変える。掴んでいた箒の柄が天を向き、ロゼの身体が放り出され宙づりになった。


「お、落ち着いて! イーファ! エルメルト!」


 だが勝手気ままな彼等は、自分が好まないモノには絶対に近寄らない。

 小さな背中に薄い衣をまとい、花冠を付けた精霊達が箒の柄を掴んだまま急旋回し、一目散に先ほど見えた塔を目指す。


「ぎゃあっ!」


 色気もへったくれもない悲鳴を上げたロゼが、箒から落ちそうになる。

 必死に柄を掴むと真っ直ぐに伸びた両腕が軋んだ。

 完全に箒にぶら下がった状態で、ロゼは彼等を何とか従わせようと目まぐるしく頭を回転させた。


 保存魔法を使う現代の魔法使いは、キャンディをチャージして精霊を従わせる。


 だが、そう言った道具に頼らない古代魔法使いは、精霊を動かす為に己の魅力が鍵になる。


 魅力、といっても外見だけではない。何でもいい。彼等が『綺麗だ・好きだ』と思うモノを供給できるのならなんでも良い。


 ら~らららら~ら~らら~ら~~~~~


 あらん限りの力を込めて、ロゼは歌ってみた。


 だが、精霊の一人がちらりと振り返り、凍り付くような眼差しを見せたので慌てて止める。


 あまり馬鹿な事をすると振り落される。


「ええっと……私の特技……特技……」

 がくりと高度が落ちて、ロゼははっと前を見た。石造りの塔の中腹が目前に迫っている。


 このままでは衝突する。


「か……っぜの精霊よッ!」


 あまり望ましくないが、これしかない。


「イケメンとキスさせてあげるから上昇しなさいッ!」


 咄嗟の約束は功を奏した。


 ぐいっと箒の先端が持ち上がり、壁面すれすれを上昇していく。掌が滑り、身体がずるずると箒の後ろの方へと下がって行く。だがロゼは必死にしがみつき、物凄いスピードに耐えた。


 と、唐突にふわりと身体が浮き、彼女の目が眼下に広がる塔の屋上を捉えた。


 あまり広くないが、白い石造りの丸いそこは、こじんまりとした庭とベンチがあった。


 目視した感じでは、距離は二メートル下という所。


「行けるッ!」


 再び明後日の方向に向かおうとする箒を、なけなしの腕力で力一杯押しやり、何とか下方に向けたロゼが飛び降りようとした瞬間、着地点に人が居るのが目に留まった。


 白のコートに、黒の上下。金色のボタンがピンクの空を映して輝いている。

 その人は、唖然とした表情でこちらを見て居た。

 箒はその人に向かって真っすぐ突き進んでいく。


「退いてッ!」

 何とか避けられないか画策しながらも、ロゼは悲鳴を上げた。


 その瞬間、箒を掴む手が限界を迎え、彼女はものの見事に立ち尽くす人物に向かって放り出されたのである。



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