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決死の急降下

 赤い輝きがキースの目の前を過ぎる。

 グレッグが、そしてスーチェが炎魔法を宿した剣を振り、彼ら自身に降り注ぐ水槍による猛攻の合間を縫って攻撃しているのだ。なんとかしてリサを救うために。

「リサ、目を覚ませ! リサあっ!」

 グレッグが叫ぶたび、炎剣が強く輝く。それと同時に狼男自身も全身が淡く発光するのが見てとれた。

(キース、早いとこなんとかしやがれ! てめえの魔法陣がグレッグに与えた力、俺には熱すぎるんだよっ)

 時折苦しげに嘶きつつ、キュムラスは角から雷撃を飛ばす。だが彼は防御だけでも手一杯なはずだ。案の定、ろくに狙いをつけることもしていないらしく、ほとんどの攻撃は出鱈目な方向へと撒き散らされる。

(莫迦者、仲間に当たるだろうが! 多少の火傷など気にしている場合かっ。お前は防御と回避に専念していればいいっ)

 こちらは嘶くことなく飛び回っているが、チャーリーもまた背中から伝わる熱のせいで余裕を失いつつあるようだ。スーチェも炎剣を振るうたび、全身が淡く発光しているのだ。念話を聞くことのできないスーチェは、仲間たちの苦労に気付くことなく炎弾を撃ちまくっている。

 しかし、グレッグもスーチェも本調子ではない。肩で息をする彼らの動きはかなり鈍っており、自身を守るための剣捌きは見るからに危なっかしいものとなっている。

 そんな状況の中、いくつかの攻撃はリサを狙う水槍へと届いた。そしてそれは、その動きを止めさせるには十分だったらしい。

 ブルーサーペントの注意がいったんリサから逸れたようだ。モノケロスたちへの攻撃倍加と引き替えにして。

「くそ、今こそ絶好のチャンスだと言うのに!」

 飛べぬ我が身に歯がみしつつ、キースは己の足場となっている水柱の縁から身を乗り出した。

 ここから川面までは約十アード。飛び込むにはそれなりに勇気が要るが、川の深さやキースの体力などの条件において何の問題もない。ただし、川の水が大蛇の制御下になければの話である。

 障害はそれだけではない。

 リサが囚われている水柱にたどり着いたとして、キースにはそれを登る手段がないのだ。

「諦めてたまるか! この程度でスタミナ切れを起こして、何がセイクリッドファイブだっ」

「きゃあっ」

 突然の悲鳴にぎょっとして、彼は振り向いた。

「ご、ごめんなさいキース! ちょっと驚いただけ。あたしだって魔族の端くれ。あなたの背中くらい守って見せるっ」

 少女が伸ばす細い腕の先で、薄桃色の魔法陣が展開していた。こちらに襲いかかる水槍を弾いている。

「とにかく今はリサ救出に専念して!」

 心なしか青い顔のマミナを数秒間見つめたが——

「……よし、任せた」

 微笑む彼女に頷き返し、彼は再び前を向いた。

「グラウバーナよ、我が痛みに応えよ! 我は灼熱の矢を所望するっ」

 彼が選択した攻撃手段。それは、これまでに試したことのないものだ。

 一か八か。

 懐から取り出したダガーナイフの刃を指先にあてがうと、躊躇なく横に引いた。

 血の滴る指先でリサを捉える水柱を指し示す。

「消え去れ!」

 真下に垂れたはずの血液は突如として方向を変え、水柱へと向かってゆく。

 燃え盛る矢となって飛んでゆく。

 一発、二発。

 蒸気が立ち上り、水柱がぐらりと揺れた。

 三発、四発。

 五発目が命中した時、大蛇は苦鳴のごとき咆哮を轟かせた。

「よし」

 周囲の水槍を何本か巻き込みつつ、リサを乗せていた水柱が蒸発した。しかし——

「なんだと!?」

 金髪少女の拘束は解けておらず、そのまま川面へと落下してゆく。

 わずかに残っていた水槍が、彼女を突き刺すべく追いかけた。

「させるものか」

 指先を向けようとしたキースだったが、それを遮るように水槍が襲ってきた。

「ええい、鬱陶しいっ」

 止むを得ず迎撃している間に、リサに水槍が殺到する。


 そこに怪鳥の咆哮が割り込んだ。


「任せてっ」

 ほぼ垂直に落下してゆくグリフォン。その背に片手でしがみつくエマーユは、瞳と髪がオレンジ色のフレイムエルフとなっていた。

 その姿を見送り、思わず親指を立てたキース。


 そのとき、それが起きた。


 朝日に照らされていたはずのケット川が突然暗くなる。

 単に曇ったのとは明確に違う。

 夜の屋内で、燭台の灯りを全て吹き消したかのような暗さだ。

 大蛇の咆哮が低い呻きに変わった。


(おいキース! こいつはやべえぞ! このデカブツ、魔力を暴走させやがるつもりだっ)

 キュムラスからの報告だ。だがキースにはそれに応える余裕がなかった。

 彼の耳に少女の悲鳴が届いたのだ。

「エマーユ! 無事か、返事しろっ」

 水柱の縁からさらに身を乗り出すキース。その背に、控え目とは言え柔らかな肉の塊を押し付けられた。次いで細い腕を腹に巻きつけられる。

「放せ、マミナ。エマーユが——」

「あたしがあなたの翼になる。飛ぶよ、キース!」

 虹色の輝きが二人を包む。

 展開したフェアリーの四枚の羽根は、彼等の身体を宙に踊らせた。

(キース! 飛べるのなら今すぐここから離脱しろ! 何が起きるかわからんが、恐ろしくまずい事態だっ!)

「あそこだ、マミナ」

「うん、わかった」

 まるで耳を貸す様子のないキースたちに向けて、チャーリーは舌打ちの音が聞こえてきそうな思念波を飛ばした。

 そこに、もう一方のモノケロスが思念波を割り込ませてきた。

(ふん。てめえは逃げな。俺は行くぜ)

 グレッグを乗せたキュムラスだ。急降下してゆく。彼等の剣や角の光で、キースの目の端からもその様子が確認できた。

「頼む、チャーリー」

 たとえ思念波が聞こえなくとも、スーチェにも何が起きているかはおぼろげに判っている。

 ブルーサーペントの様子がどんどん危険になっていく中、リサとエマーユが川に落ちたのだ。

 このまま逃げるという選択肢など、彼女には存在しない。

「くっ、仕方ないな……」

 スーチェの懇願に折れる形となり、チャーリーも急降下した。

 大蛇の呻きは、少しずつトーンを上げてゆく。

 やがて川面で複数の水音が響いた。


 唐突に闇が晴れる。

 閃光が辺りを包み、やや遅れて轟音が響き渡る。

 川の水が巻き上がり、大雨と化して周囲に降り注ぐ。

 川岸はめくれ上がり、濁流が押し流されてゆく。


 ほとんど一瞬にして、その場に生きて動く者などいなくなったかに見えたが——


「とんだ見込み違いだったわね。バネッサの奴も逃がしてしまうし」

 荒れ狂うケット川に背を向けると、ルーナは悠然と歩き去る。

 そのつもりだった。

「————っ!」

 目を見開き、真下を見下ろす。

 足首が地面に埋まっている。

「ひっ!」

 手だ。何者かの手が、ルーナの足首を掴んでいるではないか。

 さらに何事か叫ぼうとした彼女だったが、それは叶わなかった。

 その全身が、土中へと引きずり込まれてしまったのだ。

「あんまりあたしを舐めんじゃないよ、ルーナ。あんたがドレンかバイラスと繋がってんのはわかってんだ」

 バネッサの昏い笑い声が、土中から漏れる。

 土が一箇所めくれ上がった。

 わずかな間をおいて、液体が噴き上がる。

 それは、鮮やかな赤い色をしていた。

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