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復活の魔獣

 グリフォンは音もなく飛翔する。その背に跨る少年と少女の髪が風に踊っているのは結界を張っていないためだ。

 ポニーテールに結った緑の髪を真後ろへと流し、エマーユはキースの背にしがみついている。彼女が今回もその髪型にしたのは、戦闘の邪魔にならぬようにとの思惑もあるが、それ以上にスーチェとお揃いにすることにこだわったのだ。

 水着姿のエマーユは、スーチェと違って部分鎧さえ身に着けていない。だが、エルフは結界魔法を得意とする種族だ。水上・水中戦に限って言えば、水着以外の着衣は邪魔にしかならない。

「と、いうことにしておいてやるよ」

「なあにキース。何か言った?」

 金髪王子の背にしがみつきながら、しらじらしく問い返す。

 ――どうせ、さっさとリサを救出して水遊びしたいんだろう?

 言外のニュアンスを感じ取り、とぼけてみせたのである。

「いや。余計な緊張がないのはいいことだ。多分」

「ふふっ」

 微笑みながら眼下を見下ろす。

 進行方向に沿って流れるケット川は大河である。湖からほど近いこのあたりは、川幅は優に百メートルを誇る。

 彼女らを乗せたグリフォンのリムスは、救出チーム中で一番高く飛び上がっている。しかし、エマーユの視界に入る仲間はひと組の男女を乗せたリザードマンだけだ。

 すると相棒の様子に気づいたのか、金髪王子が声をかけた。

「認識阻害の魔法が使えるとはね。〈バニシングタブレット〉ってオリジナルアイテムなのに使い捨てだから、使わずに済むのはありがたい」

「あはは。でも、あたしたちのすぐ下を飛んでるはずなのに見えないなんて不思議。モノケロスって敵に回すと怖いわね」

 この早朝に、バネッサによる周辺監視がどの程度機能しているかはわからない。それなりに機能している場合、サワムー湖の近くに分布するグリフォンやリザードマンならともかく、普段ユージュの山頂から降りてこないモノケロスが接近すれば、敵対意図の有無を問わず警戒させてしまうことは避けられない。何と言っても、バネッサは一度チャーリーを見ているのだ。そこで、モノケロスたちには透明になってもらっていた。

(そう言えばあの錠剤、〈バニシングタブレット〉と言うのだったな。かなり苦かったぞ。二度と飲む気はない)

 チャーリーが念話で会話に飛び込んできた。

(こいつは傑作だぜ)

 すかさずもう一方のモノケロスも念話で参加する。

(見境なく餌付けされるとは食い意地の張ったやつだ。口に入るものならなんでももらおうとするとはな。お前まさか自分が認識阻害の魔法を使えることを忘れてたんじゃねえか)

(黙れ、キュムラス。忘れてたんじゃなくて使わなかっただけだ。あんなに苦いと知ってたらタブレットなんか飲もうと思わなかったさ)

 チャーリーはそこで言葉を切った。〈バニシングタブレット〉の味を思い出してでもいるのだろうか。

(私の魔力はこそこそ姿を隠すためのものではない。だが今回はリサを助けるのが目的だ。できることは全てやる)

(ああ、そいつはグレッグのつがいだからな。俺様としても最大限の協力を約束するぜ)

「あら。キュムラスとグレッグ、もうすっかり仲良しさんなのね」

 エマーユが何気ない一言を挟むと、機嫌よさげな返事がきた。

(おう。こいつは俺が見込んだ男だからな)

「それならすぐに息ぴったりになるわね。チャーリーとキュムラスみたいに」

 この発言には、二頭のモノケロスが同時に反応した。

(あ? 何言ってやがんだ)

(そうだぞエマーユ、耳を疑う。スーチェと私ならまだわかるが、その脳筋と私を一緒に語るな)

 くす、と笑いを含んだ吐息が漏れた。キースである。

 ――ほらやっぱり息ぴったりじゃない。

 思ったことをそのまま告げるとモノケロスたちの機嫌を損ねてしまう。エマーユは矛先を金髪王子に向けた。

「なによぉ、キースまで。あたし、何か変なこと言った?」

「いや。さっきから念話を使っていないエマーユの声に反応してるからさ。声が届くほどすぐそばを飛んでるのに気配もしないなんて、チャーリーもキュムラスも凄いと思っただけだよ」

 この言葉でたちどころに機嫌を治し、得意気な返事を寄越す二頭。エマーユはそんなモノケロスたちに適当に相槌を打ちながら、すでに彼らの扱いを学びつつあるキースのことを内心で尊敬するのだった。




 リザードマンの足は速かった。人間二人を乗せているとは思えぬ速度でケット川沿いに疾走する。

 水上での移動速度はそれよりもさらに速いという。

 リムスたちがゆっくり飛んでいるのは確かだが、その平均速度は馬よりずっと速い。

 それに遅れずついてくるのだから、リザードマンは大したものである。

「乗り心地は最悪なんだけどね」

「我慢しろやねえちゃん。大陸広しと言えど背中に乗せてくれるリザードマンなんてそうはいねえ。なかなかできねえ経験だぜ」

「せめてしがみつく相手があなたでなければね」

「がっはっは! まあそう言うな」

「その点についてはルーナと同意見だわ」

「え? 何か言った?」

「あ? 俺様が聞き返さなきゃならんような小声で喋ると思うのか。……空耳だ、空耳」

 小首を傾げるルーナだったが、その目がすっと細められる。

「ちっ。あの女(バネッサ)の部下に、まだ任務に忠実な奴らがいたなんて。監視班の連中、起きてるわ」

「なに、どこだ」

「きょろきょろしないで! 怪しまれるわよ。……一時の方向と二時の方向。距離は川岸から五十アード。グリフォンとあたしたちのことを気にしてる」

 後半の言葉は、同時に念話でキースたちにも送る。

「変ね。水位がいつもより低いわ」

「低いと何か不都合があるのかよ。日照りが続いただけだろ」

「忘れたの? つい最近降ったばかりじゃな――っ!」

 突然甲高い笛の音が響き渡り、ルーナは言葉を呑み込んだ。

 その音は、比較的経験の浅い冒険者にも認知度の高いものである。音が届く範囲内において、条件によっては数十分から数時間にわたって他のマジックアイテムの効果発動を阻害するアイテム。その名を――

「〈幼竜の魔笛(まてき)〉か」

「まずいわよ! まさかモノケロスが見えているとは思えないから、用心のために吹いただけだとは思うけど。でもこれで、あなたと鎧の女の子の攻撃が封じられたわ」

「へっ、心配無用だ。ワルキュリアちゃんの剣にはエルフちゃんが炎魔法を魔術付与(エンチャント)してたし、俺にはこいつがあるぜ」

 筋肉冒険者は不敵に笑うと、懐から球体のアイテムを取り出して詠唱した。

「桃源の精霊たちよ、奔放な舞いで地上を満たせ」

「なに無駄遣いしてるのよ! こちらのマジックアイテムは――」

 ほとんど金切り声で叱りつけるルーナには取り合わず、冒険者はアイテムを高々と掲げた。

 すると虹色の光が天に上り、あっという間にグリフォンにまで届く。

 〈精霊の多情〉だ。ただ持っているだけでも〈幼竜の魔笛〉による妨害を受け付けない。その上、呪文を唱えれば一定時間、敵の魔法を反射するか味方の魔法を増幅するかいずれかの効果を発動する。どちらになるかはランダムであり、アイテムの使用者の意思で選択することはできない。

 なお、敵というのは〈幼竜の魔笛〉を吹いた者に限られるため、複数の敵がいる場合はそれらの者の魔法まで増幅する可能性があるという欠点がある。

 もっとも、〈精霊の多情〉が対象とする魔法は〈幼竜の魔笛〉と同様にマジックアイテムによるものに限られる。

「なら問題ないわね。あたしたちロレイン族は曲がりなりにも魔族で、自前で魔法が使えるから、〈幼竜の魔笛〉以外のアイテムなんか持ってないだろうし。あたし自身、元仲間のあいつらがアイテム使うところ、今日初めて見たし」

「そいつは油断できねえな。ねえちゃんが初めて見たっていうんなら、他にもアイテムを用意してる可能性があるってこった。上の連中にも伝えてやんな」

「わかった。……待って! 三時の方向、何かいるっ」

 その言葉を受けて筋肉冒険者が目を凝らすと、水面で泡が弾け出した。

 ごぼごぼと音を立て、次第に渦を巻き始める。

 ほどなく、轟音と呼ぶべき音量とともに渦を巻く速度が恐ろしく高速になっていく。

 円錐形に陥没した水面の下、川底で巨大な影が蠢いた。

「な、なによあれ。なんなのよ」

「落ち着けよ。ねえちゃんが知らねえもんなら、俺たちの誰にもわからねえっての」

 宥めるように言いながら懐を漁る冒険者は冷静だった。この時までは、まだ。

 次の瞬間、彼は目と口を限界まで広げて絶句することになった。

 そそり立つ太い水柱。

 渦の中心から飛び出た巨体。

 三つ首の大蛇、ブルーサーペントが雷鳴の如き咆哮を轟かせたのだ。

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