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救出チームの出撃

 夜も明けきらぬ部屋の中、甘やかな喘ぎが部屋を充たす。

「はぁ……あん。ふぅ……うん」

 エマーユは寝ぼけ(まなこ)を擦りながら身体を起こした。

「ヘンリー兄様とドロテア様かしらね。もう少し離れた部屋にしていただくべきだったかしら」

 エルフの耳は聞こえすぎるから、聞くつもりのなかった兄夫婦の営みを聞いてしまったのかもしれない。

 そう思って赤面していたが、何かが違う。自分の胸に心地よい刺激の名残りがあるのだ。

 少しずつ、頭がはっきりしてくる。

 思わず口に手を当てた。

 ――もしかして、さっきの。

 自分の声――この口が漏らした声ではなかったか。

 その手の夢を見た覚えはないのだが、彼女の場合、見た夢は起きた瞬間に高い確率で忘れてしまうのだ。もしかしたらはしたない寝言を漏らしてしまったのではないか、と思った途端。

「やんっ」

 意志に関係なく、乳房が揺れた。

「もう、キースったら好きねぇ。こんなに気持ちよさそうに寝てるのに……はうんっ」

 まただ。しかし、彼ではない。

 確かに隣で寝息をたてている。寝ている間に服を脱いでしまったのか、金髪王子は下着姿となっていた。しかし、その腕は彼自身の身体にぴたりと寄せられていて、こちらに伸ばされてはいないのだ。

 では、この刺激は何だ。

 恐る恐る胸元に視線を下ろす。

「ひゃん」

「全く、けしからん爆乳ねっ。もちもちすべすべで気持ちいいけどっ」

 赤い髪の少女が、谷間に身体を埋めていた。

「なにしてんのよっ」

「あんたこそなんてサイズしてんのよっ。もみもみ」

「…………」

「バレグのアイテムであたしの身体がおっきくなるなら、おっぱいもおっきくなるようにしてもらわなきゃね。あたしだってどっちかと言うと巨乳な方だと自負してたけど、それはあくまでもフェアリーの中での話だったわ。身体だけおっきくなっても二号のには全然敵わないもの。キースってば、おっきい方が好きそうだし。……あ、おはよう二号」

 さんざん独り言を呟いてから、ようやく気付いた風を装って挨拶をしてくる。

「おはよ、マミナ。いいかげん、その『二号』ってのやめてくれない?」

「爆乳」

「そこまで大きくないもん! パーミラとほとんど同じくらいだし」

「そういやパーミラもおっきいわね。じゃ、エロエルフ――」

「わかったもういい二号でいいっ」

「ようやく認めたわね。これであたしこそが正妻よ」

「言ってなさい。認めたのは渾名だけよ。ちなみに、あなたの正妻ってのはただの自称ね。この際、あなたの渾名は『正妻』ってことにしてあげようかしら。ふふ、せめて渾名だけでも幸せな気分に浸るといいわ」

「うっわなにその余裕ぶっこいた悪役みたいな台詞。こうしてやるんだから。えいっ」

「あ、こら……あんっ」

 ふと、二人の動きが止まる。

 妙に冷静な、青い瞳が二人の少女を見つめていたのだ。

「何やってんだお前ら。これから作戦だぞ、しっかり寝られたのか」

 少年は毛布をめくり、上体を起こす。

「おは、よう……、キース」

「わ、すっご……! おはようキース。あたし正妻として、絶対にバレグには巨大化アイテムを作らせる。それと、おっぱいも二号よりおっきくしてもらうんだから。待っててね!」

 少女たちの視線が向かう先は、何故か彼の顔よりずっと下。

 少年は堂々と胸を張るが、その顔は未明の部屋の中でもそれとわかるほど赤面している。

「男として自然な反応だ。元気な証拠だからごめん俺が悪かったそんなに見ないでくれ……」

 言葉が尻すぼみに小さくなっていくが、前を隠すという発想には至らないらしい。少女たちは手で顔を覆うものの、指の隙間からしっかりと両目が覗いているのだった。二人とも。




 リサ救出班全員を叩き起こすにはまだ少し時間が早い。出発の支度にかかる時間を計算に入れても、もう少し寝かしておいた方がいいだろう。

 しかし、この部屋の三人は完全に目が冴えたようだ。手早く身支度を調えた後、部屋の中央で角を突き合わせている。部屋に備え付けの小机を挟み、キースの対面にエマーユが座った。すると、すかさず両者の視線を遮るようにマミナが陣取る。机の上で仁王立ちしているのだ。

「あら。正妻を自称する割にはしたないのね」

「情報を共有するわよ」

「なんであなたが仕切るのか謎だけど、わかったわ」

 最初の言葉をあっさり無視し、胸を張って宣言するマミナ。素早く突っ込みながらも、エマーユは同意した。

 マミナは左手を腰に当て、右手の人差し指を天に向けると鋭い目付きと共に告げる。

「まずはルーナよ。あんたたちはどうか知らないけど、あたしは信用していない」

「ふむ。確かに、俺の前と兄貴の前とでは明らかに口調も態度も違ったよな……」

 ゆうべエマーユが感じた引っかかりが、キースの言葉で明らかになった。

「二面性があるわよね。バネッサへの恨みは本物だとは思うけれど」

「ああ。俺に尋問されていた時と、兄貴の前で自発的に話していた時とで、言ってる内容にブレがあるわけではない。口調だって、彼女が侍従を演じている最中にボロが出ないよう、兄貴の前では一貫して敬語を使うようにしていたと考えれば説明はつく。だが、態度に微妙な違いがあったのは気になる。尋問しているときは、俺がバネッサ殺害を二の次にしていることを知ると不満そうだった。なのに、兄貴の前じゃ後日でいいと言う。まあ、それだけのことでしかないのだがな」

「なんだ、二人ともわかってるじゃない。その二面性なんだけどさ。あんたたちの国だと、あの男――メリクだっけ? ちょっと似た感じなのよね」

「え? メリクさんって、二面性のある人だっけ」

 考え込むエルフに対し、金髪王子は納得したように膝を打った。

 もの問いたげな緑の瞳に頷いて見せると、王子の碧眼はフェアリーを真っ直ぐに見据える。

「二面性うんぬんというより、態度や物腰から滲み出る雰囲気のことを言っているんだな、マミナは」

「聞いた、二号? 彼ったら、きちんと正妻(あたし)のことを理解しているわよ」

「はいはい」

「つまり――」

 二人に相手にされず、彼女は頬を膨らませた。が、すぐに気分をリセットしたのか何も言わず、キースの言葉の続きを大人しく聞く。

「――拘束されて尋問を受けているというのに、ふてぶてしい態度で受け応えのできる精神力。兄貴の前では神妙にしてみせる演技力。土蜘蛛とまでは言わないが、諜報活動の才能があるかもしれないな、ルーナには」

「へ? ……あ、そうそう! さすがキース、あたしが言葉にしなかった部分もよくわかってるわね! ……なによぉ、その目は」

 語尾は、半目で見つめるエマーユに対するものだ。

「べっつにぃ。さすがは正妻って思っただけよ」

 キースが咳払いをしたのでエマーユは口の前に人差し指を立ててマミナを見た。

「まとめるぞ。ルーナには予定通り案内役を頼む。だが、彼女には必ず誰か一人を監視につける」

「なるほどね。で、監視役は誰?」

 質問したのは赤髪の少女。金髪王子は彼女を真っ直ぐに見据えた。

「頼む」

「わかった! 任せて」

 元気に答えると、振り向いてエルフを見上げた。勝ち誇った笑顔と目つきは「ポイントを稼いだわよ」アピールであろう。

 緑の髪の少女は薄く笑うだけでそれを流し、夕べ寝室に向かう時に背中越しに聞いた内容を伝える。

「ロレイン族に操られることがない? 兄貴がそう言ったのか」

「ええ」

「なら、連れて行くか。あの冒険者、移動手段(アシ)はあるのかな」

 キースったら名前覚えてないのね、と苦笑混じりに発言しようとしたエマーユだったが、その言葉を飲み込んだ。

 ――魔獣殺しの……、なんだっけ。

 エルフは耳が良い。しかしエマーユの耳はキースの声を優先的に拾うように最適化されている。覚える以前に、(はな)から聞いていなかったのだ。




「がっはっは! 移動手段なら問題ないぞ」

 昨晩もかなりの大声だったが、朝を迎えたことでこの筋肉冒険者、さらに声量が増している。

 エマーユは思わず耳を押さえた。

「ちょっと声を抑えてくださらない? まだ未明だし、館には侍従さんたちの家族も寝ているのよ。中には小さい子もいるんだから」

 実のところ、エルフは遠くの音を聞くことができるだけでなく、不意の大音量から半ば無意識に耳を守ることができる。耳を押さえたのは単なるパフォーマンスに過ぎない。

「おっと、これは失礼。……アシの話だがな、俺にはリザードマンがいる」

「ほう?」

 興味を持つキースに対し、身振りで外を示す冒険者。

 厩舎へと移動すると、すでに準備を終えていたらしくスーチェとグレッグが待っていた。

 スーチェはチャーリーと、グレッグはキュムラスとそれぞれ会話をしていた様子だ。

 キースとエマーユが近付くと、同じ厩舎で窮屈そうにしながらも大人しくしていたグリフォンのリムスが嬉しそうに鳴いた。

「あら、ちゃんと小さな声で挨拶できるのね。どこかの筋肉さんと違って賢いわよ、リムス」

 エマーユが駆け寄って喉をなでてやると、気持ち良さげに喉を鳴らした。

「悪かったよ。耳のいいエルフのそばで声を張り上げたことは謝るからよ……。それにしても、筋肉さんってなんだよ。いい響きじゃねえか」

「おお、おっさん! こいつがあんたの相棒か」

 金髪王子は厩舎の奥へと歩いてゆく。

 そこに頑丈な鎖で繋がれているのは、長い手足を備え、二本足で直立する大トカゲ。口を閉じた状態でもびっしりと並んだ鋭い牙が覗くその顔面は、トカゲというよりワニのそれだ。縦に長い虹彩で相手を威圧するように睨みつけている。二百セードを軽く超える身長は、ウォーガと並んでも遜色ないであろう。

「待て待て、王子! そいつは俺にしか懐いていないん――」

 焦って声を張り上げた冒険者だったが、語尾を飲み込むと目を丸くした。

 姿勢を低くしたリザードマンが、キースの靴に己の鼻先を擦り付けたのだ。

 それは、リザードマンが恭順の意を示す際に見せる動作なのだ。

 時折キースが頭を撫でてやると、リムスと似たような感じに喉を鳴らして気持ち良さそうにしている。

「いいね、おっさん。よく調教しているみたいじゃないか」

 キースの朗らかな声に、エマーユは思わず微笑んでから冒険者を見た。しかし、彼の様子に小首を傾げる。

 目玉が飛び出さんばかりに瞼を広げ、顎が外れんばかりに口を広げていたのだ。彼は苦労して口を閉じると呟いた。

「リザードマンは敵を強弱で区別したりしねえ。特殊なエサを与え続けて、時間をかけて調教(テイム)しない限り、同族以外を全て敵と見做すんだ。もちろん、メスや縄張りを奪うためなら同族だって躊躇わずに攻撃する。それなのに」

 エサも持たない相手に恭順するなどあり得ない――。

 己の目が信じられないのか、冒険者は幾度となく目を擦るのだった。




「いいか、組み合わせを言うぞ。

 まず、スーチェとチャーリー。偵察と、可能なら先制攻撃だ。だが、リサの無事が確認できるまでは無理をするな」

 キースは一同を見回した。反対意見がないのを確認し、言葉を続ける。

「次に、俺とエマーユ。リムスに運んでもらう。できればバネッサを引きずり出したいところだがな。俺たちの役割は、なるべく派手に暴れて敵の注意をひくこと」

 そこで言葉を切り、彼はグレッグに顔を向ける。

「グレッグとキュムラスは突入班だ。俺たちが暴れることでバネッサが出てくるなら良し。奴と入れ替えに、アジトに突入してリサを確保だ」

「殿下、あたしは?」

 口を挟んだのはルーナだ。

「お前は筋肉と一緒にリザードマンに乗ってくれ」

「いやよ」

「乗れ」

「う……。わかったわよ。とんだサド王子ねまったく」

「頼んだぞ」

 ぶつぶつと憎まれ口を叩くロレイン族の女を無視し、キースはリザードマンに声をかけた。

 大トカゲは巨大な尻尾を器用に振り回し、喉を鳴らして了承の意を伝えた。

「難しいのはバネッサが出てこない場合の対応だ。ルーナの話じゃ、この時間なら奴は寝ている。だが、バネッサは色んな意味で異常だ。寝込みを襲ったところで冷静に対処されるかも知れない」

「じゃあなんであたしの提案どおり、この時間の強襲を決めたのよ」

 リザードマンに乗るはめになったからか、ルーナの機嫌はすこぶる悪い。だが、キースは涼しい顔だ。

「他のロレイン族も寝てるからさ。何人かは交替で起きて夜通し警戒しているだろうが、昼間や宵の口よりは気の緩みを期待できる」

「おい、王子さんよ」

 我慢の限界をアピールしてのことか、低い声に含まれる苛立ちを隠そうともせず、冒険者が口を挟んだ。

「俺の役目は、このねえちゃんを運ぶだけかよ」

「おっさんは遊撃だ」

「は……ゆうげき?」

「ルーナには敵の罠を警告してもらう手筈になってる。彼女を守り、グレッグたち突入班の行動に際し、危険な罠を排除するのがおっさんの役目だ」

 そう告げるキースに真っ直ぐな視線を向けられ、筋肉冒険者はややたじろいだ。

「頼んだぞおっさん」

「おう、魔獣殺しの――」

「マミナも頼んだぞ」

「――さまに……って、聞けよ。……マミナ? 何のことだ」

 筋肉冒険者、意外と耳が良いようだ。

「こっちのことだ。よし、行くぞみんな!」

 金髪王子の号令に、一同は気合いのこもった返事を寄越す。

 無言で見送るヘンリー領主の視線を背に、わずかに人数を増やした救出チームが出撃した。太陽はまだ、地平線から顔を出していない。

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