独裁者の道楽 3
「なんのつもり……か。上層部の内紛、あるいは私の気が触れたようにでも見えるかね?」
ベルヴェルクの質問に対し、ドレン卿も質問で返した。
「……」
それには沈黙を返す。会話へは不必要に集中せず、警戒を怠らない。
なにしろ、相手はセイクリッドファイブの一人『凍獄』のドレン卿なのだ。
「まあそう警戒するな。妾腹の王子殿と決着をつける前に貴様とも決着をつけたいところだが、それはまだ今日ではない」
ドレン卿が一方的に話し続ける。
「そろそろ組織の膿を出しておかぬと、大陸中の人口が何千万人いても追いつかんのでな」
廊下から複数の足音が聞こえる。さきほどの轟音――銃声を聞きつけ、この謁見の間を目指しサルトー・リラ王城の衛兵たちが押し寄せているのだ。ただし駆け足ではなく、腰を落とした重たげな足音であることから察するに、未知の敵に対し及び腰で対応しているといったところか。いかにも錬度の低そうな衛兵たちである。
「我が国の目的は、大陸に統一国家を作り、我々人間が支配者として君臨することだ。その意味では二十九年前、ワーウルフどもを制圧したヴァルファズル王を私は評価しているのだよ。だが彼は、人間同士、互いの国家の主権を尊重して共存しようなどと甘っちょろいことを抜かす。それどころかエルフやドワーフどもにさえ利権を与える始末。それでは人間が大陸中の種族の頂点に立つことができないではないか」
ベルヴェルクは眉を顰めた。低い声で反論する。
「そういう貴様は闇の民の力を借りているではないか。我が陛下が追い払ったワーウルフを部下にし、そればかりか軍の要職にまでつけて」
しかし、ドレン卿の態度や表情に変化はない。
「力というものは利用するだけ利用し、用済みの時点で捨てる。それが正しい使い方というものだ」
そう言いながら、干からびたランディの死体を指差した。
「人間が大陸の頂点に立つに当たって一番の障害は闇の民だ。しかし、それを承知で私は彼らの力を利用しておる。我が帝国が人間以外の種族の排除を標榜してきたのは、奴ら闇の民が暗躍できる場を提供することが目的なのだ。人間が人間を支配する。そのためには人間を超える力を持つものを利用する。中でも私が利用するのは、魔族の中でも最強の力を誇る闇の民だ。道理だろう?」
魔力を持つ種族――人間以外の種族なら、いくら闇の民が人間のふりをしていようと敏感に察知してしまう。ドレン卿が闇の民の力を利用し続けるにあたって、他の種族の存在は邪魔だというのがドレン卿の言い分だ。
「もっとも、こやつは私にとって仇でな。私の左目を奪いおったのよ。お陰でこの身にフリズルーンを宿すきっかけになったこともまた事実だが、恨みというのは理屈ではないのでな。帝国の執務に支障を来たさないで済む段階で、こやつを始末するタイミングを図っていたのだよ」
「……」
「もう一匹の方は母上を食い殺しおった。だが、奴の忠誠心と能力はこやつの比ではない。私としても、奴に対してはこの拳銃を向ける日が来ないことを願う気持ちが、まあ少しはある」
ベルヴェルクは沈黙したままだ。表面的には貴族の品性を損なうことのない冷静なドレン卿の物腰に、ある種の狂気を感じていたのだ。
なにより恐ろしいのは、無自覚な狂気でなく、はっきりと自覚した狂気を飼い慣らしているとしか思えぬその様子である。
「扱いにくい力というものは諸刃の剣に似ておる。下手をするとこちらも怪我をしてしまうからな」
ドレン卿は、いつだったかバイラスに言ったのと同じことをベルヴェルクに言った。そしてこう付け加えた。
「……だが最終的な制御は常に、こちらの手の内にある」
言い終えると、ドレン卿はさきほど床に転がした空薬莢を手袋をはめた手で拾い上げ、小さなケースに入れて懐にしまった。
「去る前に、一つ忠告しておこう。貴様は人間であることをやめた土蜘蛛だ。だが魔族でもない。ならば、人の上に立つことを考えよ。魔族に未来はない。人間にはそれがある。
優秀な人間はスカランジアでこそ実力に見合った栄誉を手にすることができる。その気になればいつでも私のところに来るがいい。それなりの椅子を用意しておこう」
ドレン卿は青く光る球体に姿を変えると、その中にルーナを包み込む。そのまま浮き上がり、高速で飛び去ってしまった。
立ち尽くしていたベルヴェルクは、いつしか握ったままの拳を開いた。じっとりと汗ばんでいる。
「なんてざまだ。私としたことが」
おっとり刀で謁見の間に近寄りつつあった衛兵たちの気配は、今や出口のすぐ向こう側にある。ベルヴェルクは瞬間移動の呪符を取り出して額に貼ると、そのまま消え去った。
やがて部屋に入ってきた衛兵たちは、血の海に沈む仲間たちを目の当たりにして腰を抜かすのだった。
* * * * * * * * * *
薄暗い部屋に近付く気配がある。
部屋からは、どこか切なく、それでいてほんのり甘やかな高い声が漏れている。
嬌声というにはややか細く頼りない喘ぎ声が、ふと途切れた。
「誰だい。名乗りな」
低く鋭い声。喘ぎ声の主とは別のそれが部屋の中から気配に向けて叩きつけられる。
「はい、バネッサ様。ルーナです」
「定期報告にはまだ早いじゃないか。サルトー・リラでなんかあったのかい」
「ご賢察の通りです」
「……入りな」
扉が開き、部屋の様子がルーナの目に触れる。
彼女はそれとわからぬ程度に眉根を寄せたものの、それ以外は表情を変えることなく部屋に入ってゆく。
その視界の隅に、セレナ族の金髪少女を映して。
露出の高い薄い服をわずかに乱し、後ろ手に縛られた状態で床に横たわっていた。かすかに上気した頬は、たった今なにをされていたかを雄弁に物語っている。
「ふふ。楽しいわあ。この子、いちいち反応が可愛いのよ。思わず目的を忘れちゃいそう」
「バネッサ様、よろしいでしょうか。報告がございます」
ルーナの声は、かすかに堅く尖っていた。
* * * * * * * * * *
ドレン卿は、技術者からの報告に耳を傾けている。
「空薬莢を持ち帰れば、リロード可能です。残念ながら我々には、薬莢そのものを一から製造する技術がありませんので――」
「リロードすれば、また弾丸として利用できるのだろう?」
リロードとは、空になった弾倉に新たな弾丸を装填することだが、それとは別のことを指す場合もある。すなわち、薬莢を再利用して、再び弾頭や火薬および雷管をセットすることである。ちなみに、彼らの技術力で模倣できるのは弾頭と火薬が限界である。雷管はスペア部品の扱いで結構な数をドワーフ族から提供してもらっていた。
「はい。しかし問題があります。金属疲労により、二度目以降は撃鉄が当たっても不発になる可能性が高まります。三度目以上ともなると、最悪の場合は暴発し、卿ご自身がお怪我をなさる可能性もあります」
暴発自体はいつ起きてもおかしくない。拳銃というのはそれほどにリスクの高い武器なのだ。
「特に、発砲直後の薬莢は高温です。高い位置から薬莢を捨てると、床にぶつかることで変形してしまいますので、再利用が難しくなります。ある程度の変形であれば、魔法を使ってできるかぎり精密に成形してみせますが」
スカランジア帝国においては、金属のような硬い材質をも変形させるマジックアイテムを保有しているが、万能ではない。変形くらいは直せるかもしれないが、欠けてしまったら修復はかなり難しい。
「ふーむ」
「また、単なる不発の場合でも、場合によってはバレルやシリンダーを交換する必要が出てくるでしょう。幸い、それらもいくつか予備部品がありますが、やはり我々の技術力では部品交換後は以前と同程度の命中精度は期待できません」
「なるほど。購入した時は新しい玩具を与えられた子どものように喜んだものだが、運用は不便なものだな。もっともそれこそがオーバーテクノロジーたる所以ではあるのだが」
ドレン卿は傍目にもそれとわかるほどの渋面を作っていたが、機嫌が悪いわけではなさそうだった。技術者は安心し、報告を続けた。
「従って、リロード弾は安全のためにも火薬量を減らす必要があります。それでも至近距離での使用ならば、威力の差はさほど考慮する必要はありますまい」
火薬量が多いと、反動のため至近距離でも命中精度が低めとなる。
逆に少ないと、射程距離が犠牲となるかわりに反動が小さくなり、照準しやすくなる。また、銃本体への負担が少ない分、メンテナンスが楽になるだろう。
もっとも、撃つ弾数が同じなら実質的な差はさほど大きくはない。
「うむ。ご苦労だった。下がって良い」
「はっ!」
ドレン卿は護身用の名目で都市ひとつ分の年間予算に匹敵する武器を購入した。同じ予算を正規軍に回せばかなりの充実装備を購入できるにもかかわらず。
――構わぬ。すでに左目の仇はとってしまったのだからな。
「結局、私欲のために高い買い物をしてしまったか」
これでは、国家予算を私欲のために使い込んでしまったサルトー・リラ王国のジマイル・ハリアーと変わらない。
「だがな、ジマイル、私と貴様とでは立場が違うぞ。安易に口約束など信用しないことだ」
ジマイルの姿はこの場にない。ドレン卿の独り言である。
「この後の予定はこうだ。貴様の使い込みがスカランジア王国のユック・ダク国王の耳に入り、財政再建への助力という名の下にサルトー・リラ王国はわが国の管理下に置かれる。そうなれば当然、貴様は責任を取らされる」
暗い笑みが顔面の陰影を濃く縁取る。
「貴様は詩を嗜むのだったな。辞世の詩を一篇、書き残すが良い」
翌日、早速ジマイル・ハリアーは処刑された。罪状は背信行為である。まるで予め用意されていたかのようにスムーズに、サルトー・リラは帝国に吸収合併されるのだった。
スカランジアによるサーマツ王国への宣戦布告まで、残り十三日となった。




