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敵対の理由

「エマーユっ!」

 喉も嗄れよとばかりに名を呼ぶスーチェに対し、チャーリーが冷静に声をかけた。

「落ち着け、キースが行った」

 その言葉とほぼ同時に、スーチェは 視界の中で複数の魔法陣が輝いていることに気付いた。魔法陣はキュムラスの背から始まって、はるか眼下の湖面付近まで一直線に並んでいる。それはまるで人間の身長と同程度の直径を持つ皿が積み上げられているかのようだ。

 積み上げられた魔法陣の皿の中心を突き破るかのようにして、金髪少年が滑り降りてゆく。その速度たるや、エマーユの自由落下の倍ほどであろうか。……いや。

 実際に高所から落ちた経験のないスーチェではあるが、自由落下にしてはエマーユの落下速度が遅いように感じられる。

 自分自身が落下しながら、エマーユの落下速度を殺す魔法をも併用しているというのだろうか。多分、そうなのだろう。

「キース。あなたという人は」

 スーチェが王室警護隊を志す理由の半分は、父を継ぎ、いつか彼を超える戦士となりたいという想いである。残り半分は、王子でありながら『王室の余り物』などという不名誉な渾名とともに陰口を叩かれてきたキースのことを、なるべく近くで支えたいという想いである。

「もう、私なんかの手では届かないほどの高みにいるのだな」

 片手で自ら頬を張り、気合いを入れ直す。こんな自分をバレグが支えてくれているではないか。一人ではキースを支える手が届かなくても、二人がかりなら届くかも知れない。

「なんであいつの名前が出てくるんだ」

 頬が赤らむのを自覚してしまう。首を左右に振って赤毛の少年の顔を脳裏から追い出した。

「…………」

 なんとなくチャーリーからの視線を感じたが、気付かないふりをして周囲を警戒する。ふと見ると、キースの移動に合わせてキュムラスに近いところから順に魔法陣が消えていくのがわかった。

「魔法陣で加速するとは考えたな。しかし、飛べない奴にとっては、あの速度で湖面が近付いてくるのは相当な恐怖だろう」

 エマーユよりも先に湖面すれすれまで滑り降りたキースは、ほぼ湖面に接触するかのような魔法陣一つを残し、他を消滅させた。まるで湖面に立っているかのような姿勢の彼は、すぐさまエマーユを受け止めるべく腕を伸ばす。

 エマーユの落下速度を殺すために、おそらく〈蜘蛛糸〉を併用していたのだろう。金髪王子が抱きとめる直前、フレイムエルフの落下速度がさらに目に見えてゆっくりになった。

 難なく抱きとめられたエマーユを見届け、チャーリーがつぶやく。

「面白い魔法の使い方だ。しかし、魔法陣の枚数は一体何枚になることやら。相当な魔力を浪費したはずなのに、なぜ奴は平然としていられるのだ。全く――」

 人間業とは思えない。

 その呟きに頷くスーチェ。彼女らは、キースの誕生に関する話をまだ知らない。キース自身も父王の手紙で知らされたばかりであり、周囲の者にゆっくり話をする機会もなかったのだ。

「————っ」

 勢いよく首を横に向けると、チャーリーは鋭い声で警告した。

「スーチェ、後ろだ! 油断するなっ」

 言い終わらぬうちに、狙いを定める手間さえ惜しんで複数の魔弾をばらまく。

 だが、一呼吸遅かった。

「ぐ……、くあっ」

 敵の魔力弾が背に直撃。二発だ。仰け反るスーチェの口から漏れた声は、そう大きなものではなかった。

 ノーダメージ。バレグのパウダーが完璧に防御してみせたのだ。

「このっ」

 安堵の溜息を強制的に中断させられた怒りを気合いに上乗せし、振り向きざまに剣を一閃。

 紫電迸る見事な剣捌き。水平に薙いだ剣筋から、複数の魔力弾が生じる。

 敵の回避――上だ。

 逃がさない。

 返す刀で斬り上げると、赤く輝く魔弾が猛禽の退路を断つ。

 命中。十アードの距離まで迫っていたグリフォンの喉のあたりだ。

 苦しげな鳴き声を上げ、反転するのと同時に離れていく。

「見事だ、スーチェ」

「ありがとう。だが浅い」

「なに。奴らの連携を崩すには十分だ。じきに反撃の機会が訪れる」

 エマーユがいなくなった分、チャーリーは正面だけでなく全周囲へ断続的に雷撃を放つようになった。

 やはり正面の二羽以外の個体には雷への耐性がないらしく、チャーリーやキュムラスの攻撃には迎撃も相殺も行わずに大きく避ける挙動をとる。

「ふむ。こちらを覆う行動制限魔法の効果範囲は半径十アード足らずというところか」

 接近戦なら身体の大きいグリフォンにとって有利なはず。だというのに、動きの鈍いこちらに対し、猛禽どもは十アード以内まで近付こうとはしない。

「ふん。この中に入ったら、奴ら自身もまともに動けなくなるってわけだな」

「…………」

 チャーリーの呟きを聞き流し、スーチェはしばらく無言で剣を振る。こちらに攻撃するそぶりを見せる猛禽どもを魔弾で牽制しながら、次の動きを冷静に読む。

 連射のコツを掴んだ黒髪少女の魔弾は、次第に敵の身体をかするようになった。一方、猛禽どもは攻めあぐねているようで、大きく距離をとって滞空する場面が増えてきた。

 連射への慣れはグレッグも同様のようだ。キュムラスの背から射ち出される魔弾も量産され、スーチェの死角を的確にカバーしてくれた。

「いいぞ、二人とも」

 チャーリーは満足げに頷くと、まとわりつく行動制限魔法の中で不自由ながらも精一杯の加速をした。

 そのまま正面で滞空するグリフォンへと突進する。距離二十アードほどまで接近したとき、突如として彼女の口から罵声が飛んだ。

「うるさいぞキュムラス! 戦いに集中していろ」

「どうした。キュムラスが何か言ってきたのか」

 スーチェにはモノケロスたちの会話が聞こえていない。チャーリーは相手からの念話に対し、肉声で怒鳴り返したのだろう。

「ああ。グリフォンの奴ら、本気でかかってきているようには見えない、とさ。キースがそう言ったそうだ。だが知るか、そんなこと。奴らは敵、潰すだけだ」

 その言葉を受け、スーチェは腰当ての横に括り付けたポーチに手を伸ばした。そこにはバレグが用意してくれたマジックアイテムを入れてある。いずれもレプリカ、使い捨てだ。

 攻撃手段が少ないスーチェとしては、攻撃用マジックアイテムはバネッサ戦のために温存しておきたいところだ。だが、こんなところでいつまでも足止めを食らっているわけにもいかない。

「マジックアイテム頼みの私はこのパーティのウイークポイント。出し惜しみしている場合ではないな」

 決断し、ポーチに手を突っ込んだまさにその時。

 グリフォンたちは一斉に雄叫びを上げると急降下していく。正面で滞空していた二羽も例外ではない。

 向かう先は湖面。

 そこはキースたちがいる場所。

 モノケロスたちも追うべく方向転換するが、まとわりつく粘性をもった空気が素早い追撃を許さない。

「まずい」

 その切迫した呟きに、スーチェは息をするのも忘れて目を見開いた。彼女から見たチャーリーは勇気の塊である。後に復活こそ許したものの、彼女がブルーサーペントに角を突き刺して沈黙させる様子を間近でみているのだ。

 そんな彼女がこれほど焦ってしまうとは。

 ——いや、それどころではない。猛禽どもは九羽もの個体が健在だ。その攻撃がキースたちに集中してしまう。

「くそっ」

 とにかく、手持ちのマジックアイテムの中で攻撃用のものを片っ端から撃ちまくる。黒髪少女はポーチの中身を引っ掻き回す。しかし、なかなか目的のものを掴むことができない。

 次の瞬間、ポーチをまさぐる手がぴたりと止まった。

「はあぁ!?」

 チャーリーの素っ頓狂な叫び声によって。

「戦う理由がなくなったとはどういう意味——。墜ちたグリフォンを治療したぁ? いったい何を考えているんだキースっ」

 目を凝らして湖面を見下ろすスーチェ。彼女の目が点になった。

 キースたちは湖面に降りた時の三倍ほどの魔法陣の上にいる。そこには彼とエマーユ、そして、こちらのトラップにかかって墜ちたはずのグリフォンまで乗っているのだ。

 そのグリフォンはといえば、非常におとなしくしている。なんと、キースとエマーユに身体を撫でられ、なすがまま気持ち良さげに魔法陣の上で身を横たえているではないか。

「何がどうしたと言うのだ。説明しろよ、非常識王子め」

 しばしの沈黙。どうやらキースとの間で念話による会話をしているらしい。

「なに、矢だと。ワイバーンライダーズの、か。奴ら、慣熟飛行のついでにグリフォンを的にしたというのか」

 トラップにかかった個体は、もともと胴体に矢が突き刺さった状態で飛んでいたという。それを引き抜き、エマーユの治癒魔法で治したのだ。

「というかお前、どうやってグリフォンと意思疎通していやがる。我々モノケロスと違って、こいつらの声帯では雄叫びを上げることしかできないんだぞ」


 グリフォンたちから敵意が感じられなくなった。

 チャーリーからの説明を聞くまでもなく、その空気はスーチェもはっきりと感じている。

 行動制限の領域魔法も消滅したようで、モノケロスたちは普段通りの速度で湖面へと降りてゆく。

 ようやくポーチから手を引き抜いたスーチェ。剣を握る手はもちろん、アイテムを探っていた方の手もじっとりと汗ばんでいる。

「道理で、なかなかアイテムを掴めなかったわけだ」

 修行が足りないな。苦笑とともに彼女の脳裏を過るのは、父親シグフェズル・サンダースの厳つい顔だった。

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