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猛禽との遭遇

 モノケロスが二頭、サワムー湖上空を高速で飛行していく。その片方、チャーリーの背にはエマーユの姿があった。彼女の視界は今、その多くが肌色に占められている。

「なんだか手の置き場に迷うわね、ワルキュリア様」

「やめてくれ、エマーユまで。私も正直、この格好で戦うのはどうかと思っているところなのに」

 その言葉とともに振り向いたのは黒髪ポニーテールの少女、スーチェだ。ブルーサーペントと戦った日と同じように水着の上から『天翔の鎧』を装着しており、素肌を大胆に露出した格好である。エマーユは今、彼女の肩に手を置いているのだ。

「そんなにおかしな格好かしら? 聞いたことあるわよ。大陸のどこかに、女の人だけで構成された戦闘ユニットを持つ『アマゾネス』という集団があるって。人間か魔族か、そもそも実在するのかを含めて謎だらけなんだけど」

「知っている。ちょうど今の私と同じように、動きやすさを最優先し、素肌のほとんどを晒して戦う連中の噂だな。なんでも、どんなに強い敵が相手でも『肉を斬らせて骨を断つ』ことを自らに課した戦闘狂だとか。……言っておくが、私は戦闘狂じゃないぞ」

「そうね。スピードを活かして舞い踊るような剣技を操り、敵の攻撃を最大限回避した上で急所に痛撃を加えるのがスーチェのスタイルだものね」

「面と向かって言われると照れ臭いが、まだその理想に届いていないのが辛いところだ。しかし、改めて言われてみると」

 戦闘狂とどう違うのだろう、と呟くスーチェの表情は、割と本気で考え込んでしまっているように見えた。

「まあ、それはさておき。ワルキュリア号での戦闘で思ったけど、戦場が水浸しでは布製の服も革製の軽鎧も水を吸って動きにくくなるのは事実ね。あたしもウメダダで水着を用意しようかしら」

 顎に手を当てて天を仰ぎ、思案顔になるエマーユ。彼女の豊かな緑の髪も、今はスーチェと似たようなポニーテールにまとめられている。チャーリーの結界に守られているので、二人の髪が風になびくことはない。

 ふと、会話が途切れる。

「……」

 沈黙を訝しんだエマーユは、スーチェから見つめられていることに気付いて首を傾げた。

「そういえば今日のエマーユの服、パーミラが普段よく着ているものに似ているじゃないか。セパレートタイプだし、布面積だって水着より少しだけ多い程度だ。動きやすさという点では大差ない気がするんだが」

「それでも布と水着じゃ大違いよ。あたしはスーチェと同じがいいのっ。えいっ」

 肩に置いていた手を腹に回しながらそう言うと、身体を密着させた。

「わ、なんだなんだ、急にどうした」

「うふっ。スーチェとこんな風に仲良くなれたのが、なんだかとても嬉しいのよ」

「いや、もともと仲が悪かったとは思ってないぞ。前にも言ったと思うが」

 ただ自分が一方的にライバル視していただけで、などと口の中でもごもごと続ける。その小さな呟きでさえエルフの耳は余さず拾ってしまうのだが、聞こえないふりをしながらもエマーユの頬は嬉しそうに緩んでいる。

 少女たちの前方斜め下から、大きめに鼻息を漏らす音が聞こえてきた。

「お前ら緊張感ないな。ま、あの王子にしてこの仲間あり、か」

 そう言うチャーリーの声には、呆れたような響きと若干の諦めが入り混じっていた。

 スーチェは振り向いていた顔を正面に戻し、チャーリーに話しかける。

「チャーリー、一つ聞きたい。出発の時は父上に大見得を切ってしまっただけに聞きそびれてしまったんだが。メリク先生やリュウ先輩をさしおいて、私なんかでよかったのか? もちろん、私を指名してくれたのは嬉しいし、リサは必ず助け出してみせるのだが」

 チャーリーはそれに応じ、特に勿体ぶることなく告げた。

「単純な話だ、スーチェ。お前の勇敢さをこの私が認めた。私がお前を乗せ、一緒に戦いたいと思った。それが全てだ」

「え」

「そうね。一緒に戦うのなら相性って大事だし、スーチェなら実力だってあるし」

 なおも首を傾げるスーチェの背中を微笑ましげに見つめながら、チャーリーの言葉にはエマーユが相槌を打つ。そして内心、密かに苦笑した。

 チャーリーの言葉は本心だろう。ただ実のところ、スーチェを指名したのは彼女ではない。

 エマーユは出発前の一悶着について思い返していた。




 スーチェがリサ救出隊に参加することになったのは突然のことだ。

「私の主人はカール様だ。本来なら、私はカール様と行動を共にすべきところだ」

 だが、と荒々しい声で告げると、チャーリーはキースに詰め寄った。

「カール様からの命令もあるし、私も個人的にリサを助けたい。だから今回に限り、カール様と別行動でも我慢してやる。その代わり、一つ我儘を通してもらいたい」

 彼女は国王が選んだメンバーのうち、エマーユ以外の者は背に乗せないと言い出したのである。

「まてよコラ」

「わたしのなまえはコラなどではないぞ、キュムラス」

「うるせえわかってるから少し黙ってろ、チャーリー。俺はたしかに二人まで乗せられるとは言った。だが片方はキースだ。俺が協力するのはあくまでキースなんだからよ。お前が乗らないなら誰も乗せねえぞ」

 場に集まる者たちがざわついた。モノケロスに命令できる者がいるとすれば、それはキースしかいない。そして、キースとエマーユが同時にチャーリーに跨るという選択肢がなくなったのだ。最悪、救出隊のメンバーは三人に絞られてしまうかも知れない。

「そうか」

 これに対し、キースは周囲が拍子抜けするほどあっさりと二頭の主張を認めた。そのかわり、別の条件をつけた。

「なら、チャーリーに頼みたい。スーチェを乗せてくれないか。不測の事態にも柔軟に対処するため、救出隊の人数を減らすつもりはないからな」

 唐突に名前の挙がった少女の父親、王室警護隊の隊長シグフェズル・サンダースは面食らった。

 スーチェへの知らせは、チャーリーからの指名という形で届いた。ちょっとした連絡の手違いだが、特に問題はないので誰も訂正しなかったのだ。ともあれ、知らせを聞いて喜び勇んで駆けつけた彼女の前に、シグは父親としての立場を優先すべく立ち塞がったのである。

 言葉を尽くして説得を試みるものの、シグの声も言葉の内容も次第に荒れ、雑なものになっていった。

 やがてキースたちが集う場所に到着してからも、親子の言い争いは続いた。

「お前のような未熟者、皆さんの足を引っ張るに決まっている!」

 衆人環視の中で、この言葉の刃。スーチェの瞳に熾烈な炎が宿った。エマーユたちの目の前で親子喧嘩に発展しかけたのだ。だが、双方ともに一度は堪えて見せた。

「行かせてくれ、父上。未熟は承知だ。自分にできる範囲で最大限の働きをして、皆を助けたいんだ」

 娘の冷静な言葉を聞いてなお、シグは首を縦に振らなかった。

 曰く、ファリヤ救出の際は運が味方しただけだ、と。運に見放された時、その被害は彼女の周囲にも塁が及ぶ、と。

「モノケロスが乗せることができる人数は殿下を含めてわずか四人だ。何にも増して問題なのは、敵は殿下に匹敵する力を持っているという点だ。そんな相手に、お前のへなちょこな剣などかすりさえするものか」

「父上。あなたには少しでも娘を信じるという度量がないのか。もし信じられないというのなら、子供一人満足に育てられなかったということだぞ」

「なにを」

 血管が切れる音が場に響いたような気がしたのはエマーユの幻聴だったのだろうか。

 だが、そこに割って入った者がいた。

「なあ、シグのおっちゃん」

「なんですか。たとえ殿下といえど、親子の問題に——、いえ、これは大変な失礼を」

 いくら冷静さを失っていても、分別まで失うことはない。シグフェズルとはそういう男だ。

 割って入ったキースに対し、我が子を叱りつけるかのような態度をとってしまったことで青い顔をしている。すぐにでも土下座をしそうな様子を見せた。

 そんな禿頭の大男の正面に立ち、その肩を押さえて土下座を阻止したのは、他ならぬキースであった。

「いや、いい。それは全くもってシグの言う通りだ。同時に、スーチェの言う通りでもある」

「お言葉の意味がわかりかねますが」

「未熟者だという点だよ。この俺も含めてな。だがな」

 視線に力を込め、キースは隊長を見据えた。

「このメンバー構成、キュムラスを除けば、みなリサと言葉を交わした者ばかりだ。彼女の人柄に触れ、なんとしても助けたいという想いを共有している。これは、一つの力と言えるのではないかな」

「…………」

 そう長くない沈黙を挟み、シグは深い溜息を吐いた。

「わかりました、殿下」

 深々と頭を下げた後、彼は娘へと向き直る。

「私の子育ては間違っていなかった。それを証明するためにも殿下をお助けし、リサ殿を無事に連れ帰って見せよ」

 その言葉に対し、スーチェは胸を張って堂々と応えた。

「はい父上。必ずや」

 その後、現在の姿に着替えたスーチェに赤毛の少年バレグが歩み寄り、いくつかのアイテムを手渡していた。

 スーチェは、バレグがその場にいる間は素っ気ない態度ををとっていたのだが、彼が退席するや手にしたアイテムを両手で包むようにして胸元に引き寄せる。そのまま目を閉じ、わずか数秒のこととは言え、心なしか赤い顔をしていた。

 出発までに、もう時間がない。準備が済んでいる他のメンバーを待たせぬため、スーチェは急いで支度を始めた。

 そんな黒髪ポニーテール少女の様子をずっと観察していたエマーユは、応援の意味を込めて小さく拳を握った。そこへ、それまで感じたことのないプレッシャーが漂ってくる。

 ふと横を見ると、そこには苦い物でも飲み込んだかのような顔をした禿頭の大男の姿があったのだ。彼こそがプレッシャーの発生源だった。しかしすぐに、どこか諦めたような、幾分穏やかな眼差しで娘を見つめると、ゆっくりと背を向ける。

「気になるんですね」

 そんな様子を見たエマーユは、つい声をかけてしまっていた。

「ああ、いえ。私としてもバレグ君には好感を持っておりますよ。でも、頼りないと思っておりました」

「もう。なんでシグフェズル隊長があたしなんかに敬語を使うんですか」

「あなたがキース殿下のお妃となられるのは時間の問題ですからな。隊員にもそのように通達しておりますよ。それはさておき」

 そう言うとシグは、バレグが歩き去った方向を見て遠い目をした。

「ろくに戦えない身でファリヤ殿下救出隊に参加し、彼なりの方向性で大きく成長してみせた。筋肉ばかりが男の価値じゃない。それを教えられた気がするのです。彼には筋肉とは別の面での頼りがいがある。少なくとも娘にとってはね」

 言い終えて片目を閉じるシグに対しし、エマーユは輝く笑みを向けるのだった。

 結局エマーユは、先ほどスーチェの見せた一面のことをシグ以外の誰にも告げぬまま、彼女と二人でチャーリーに跨るのだった。




 チャーリーを混じえて会話をしても、スーチェにとっては納得いく答えが得られなかったらしい。

 もう一度エマーユを振り向いたスーチェは、一人にこにこと機嫌良い様子のエマーユを見て伝染したように微笑みつつ、疑問を口にする。

「へんな奴だな、エマーユ。もちろん私としても、仲良くなれたことは素直に嬉しい。正直、さんざんつらい言葉を浴びせたはずの私をこうもあっさり許してくれて、感謝しているが面食らってもいる。だいたい、エマーユにしてもチャーリーにしても、私のことを買いかぶり過ぎじゃないのか」

「鈍いやつめ。いい加減、自分の価値に気付くがいい」

 チャーリーはあきれたようにただ一言、そう告げた。

「そうね。あたしからも言わせてもらうわ。気づいてた、スーチェ? あなた、つらい言葉を浴びせたと思っているようだけど、悪口は決して言わなかったわ」

 その昔、スーチェは自分の方がキースと先に出会ったのだ、先に好きになったのだ、とは何度か言っていた。だが、エマーユに向かって『人間の王族に媚を売るはぐれ魔族』との悪口を言う者に対しては、逆に食ってかかった。スーチェは幼い頃からそういう面を持つ少女だったのだ。

「それと、キースの魔法との相性。ブルーサーペント戦の後、王室警護隊でもう一度試したの」

 リサが自分の中に眠るかも知れない魔法を試していた頃、キースは王室警護隊の訓練につきあった。バレグの〈絶縁パウダー〉を利用し、炎剣を操る訓練だ。

 結果は、最長三分。平均わずか一分弱。それ以上は、熱さのせいで誰一人として炎剣を握っていられなかったのだ。もちろん、そんな短時間であっても戦法の幅が広がることは確実である。

 しかしスーチェは、パウダーの効果が切れかけたラスト五分のあたりから炎剣を使い出した。ファリヤのために炎剣を振っていた時点では、既にその五分が経過した後なのだ。パウダーが機能していなかった可能性も考えられる。

「もしかしたら、あなたも炎の眷族になれるのかも。わからないけれどね」

「…………」

 口をぽかんと開けて話を聞いていたスーチェは、一つ息を吸い込むと口を引き締め、決然と顔を上げる。次に言おうとした言葉はしかし、エマーユとチャーリー同時の叫びによって遮られた。

「キースから念話よ! グリフォンと遭遇、上を警戒っ!」

 全員の視線が上を向く。

 鷲の顔と翼、獅子の下半身を持つ、馬の倍ほどの体躯を誇る猛禽。モノケロスらと同様、普段は峻険な山の奥深くを生活圏としている。

 群れを作ることはなく、こちらから仕掛けなければ襲ってくることもない。そのはずなのに。

 十頭はいると思われるグリフォンの群れ。その嘴の先端は確実にこちらを向いている。

 時折口を開く個体があるが、雄叫びをあげているのに違いない。

 どう考えても、友好的とは言い難い雰囲気である。

「キースからの命令を通達」

 エマーユが凛とした声を張り上げた。

「————戦闘準備!」

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