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虜囚の少女

 狭く薄暗い部屋だ。ときおり湿った音が聞こえる。

 天井から吊された革紐。両手首がそれに緊縛され、頭上にまっすぐ伸ばした状態で固定されている。

 長い金髪の少女だ。憂いの翳りを宿した朱色の瞳を伏し目がちにして、何かに耐えるように唇を噛んでいた。

 そんな表情でさえ、彼女の美貌を引き立てている。

 身に付けた服装は袖なしの上衣とスカート。いずれもやたらに丈が短い。すらりと伸びた素足は爪先までまっ白だ。すべすべな肌は部屋の僅かな光を反射し、淡く発光しているようにさえ見える。

 上衣を押し上げる二つの膨らみは裾を大きく広げ、細く締まった腹部を露出して形良いへそを見せている。

 細身の割に大きめの乳房をしているが、絶妙なバランスで適度な曲線を描く身体の線が強調される格好となっていた。

 金髪少女の正面に立つのは、長い銀髪の女だ。こちらも朱色の瞳をしている。少しえらの張った顔に薄ら笑いを浮かべ、腰に手を当てて話しかけた。

「ええと、リサちゃん、で良かったっけ? あなた、野暮ったいお洋服しか持ってないでしょ。だから、これはお姉さんからのプレゼントよぉ」

 『お姉さん』を自称する銀髪女はバネッサ。少女の全身を舐めるように見回しては機嫌良く笑っている。

「お胸もおっきいし、おみ脚だってとってもいい形。それなのにお洋服で隠すなんてもったいないわぁ。うふっ。そ・こ・で。お姉さんが男受けしそうなのをコーディネートしてあげたのよ」

「そんなこと頼んでいませんっ」

 少女が抗議するが、バネッサの表情は変わらない。

「いいのよ別に。こちらが好きでやってることなんだから。感謝とかお返しとか要求しないから安心して頂戴」

 バネッサの両手が腰から離れる。

「あっ……、駄目。嫌っ! んっ。あ、はうっ」

 リサの顎が上がり、自由にならない手首が革紐を揺らす。もがく掌は為す術なく革紐を摑んだ。

「あらぁ、いい声で鳴くのねぇん。まだまだ控えめだけどぉ。じゃ、お姉さん、腕によりをかけて開発しちゃおうかしらぁ」

 ほとんどキスでもしそうなほど近づくバネッサに対し、リサは口を真一文字に結ぶと顔をそむけた。

 しかし顎を掴まれてしまう。

「あっ」

 キスこそされなかったものの、耳に息を吹きかけられた。思わず声が漏れる。

「こ、こんなことされたからって、お答えできることは何もありませんっ。知らないものは知らないんです」

 やはり、バネッサは例の呪文を聞きだそうとしていたのだ。

「あらまあ。気丈に拒絶する乙女ってなんだか素敵だわぁ」

 困ったような作り声が、途中から笑いを含んだものに変わる。これ見よがしに舌なめずりして見せた。

「慌てなくていいのよ。いえ、むしろそうやってゆっくり頑張ってね。その方がお姉さんも燃えるし、嬉しくなっちゃうもの」

 そう言ってリサの細い首筋に手を伸ばした。

「船の上でのあなた、格好良かったわよぉ。そんなにたくさんのことを知りたいわけじゃないの。あの呪文だけ、教えてくれればそれでいいのよぉ。だからぁ、ここでも同じことしてみればいいじゃない?」

 少女の首には金属製のペンダントがかけられていた。バネッサはその細い鎖を指でなぞる。

 うなじから、ゆっくりと。

「…………」

 鎖骨を通り、さらに下へ。

「んっ」

「これなーんだ」

 谷間から引きずり出されたペンダントの先端には黒い石がぶら下げられていた。

「あの時、フレイムエルフの服にくっつけたのと同じ種類のマジックアイテムよぉ。魔法を使うと痺れちゃうの」

 谷間に指を差し込み、ペンダントを元に戻す。

「あたしとしては、これに痺れて良い声で鳴くあなたも見てみたいところだけどねぇ。ほら、あたし親切だからぁ。こうして先に教えておいてあげるのよぉ。だからもう少し」

 いろんなことして遊びましょうね、と色っぽく告げると、遮るもののないリサの脇に指を這わせる。

「——————っ」

 身を捩る少女の反応に目を細めた。

「なかなか可愛いわよ」

 必死に首を振るリサに構わず、しばらく執拗に撫で回す。

「これでもお姉さん、人を見る目はあるのよぉ。あなたの場合、痛いことされても折れなさそうなのよねぇん。それより、こういう感じの方が効果的だと思ったのぉ」

 でも、と言葉を続けて少女から手を離す。するとどこから取り出したのか、次の瞬間にはその手に細長い革紐が握られていた。

 それに視線を合わせたリサは、大きく目を見開く。吸い込んだ息が喉の奥で音を立てた。

「いろんなことの中には、こういうことも含まれちゃうのよねぇ。うふふ」

 革紐の両端を握ると、勢いよく左右に引っぱった。その丈夫さを疑いようもない、硬い音が部屋に響く。

 もっとよく見せてあげようとでも言わんばかりに、それを少女の顔に近づけて見せる。

 どこからどうみても鞭であった。

 少女の知識と経験の中では、それはあくまで馬を走らせるための道具でしかなく、決して人体に対して使う武器ではない。罪人や奴隷への折檻に使われることもあるのだが、それを少女は知らないのだった。

「や、やめて……」

 か細い声を出す少女。バネッサは目を細めてくすくすと笑った。

 こつこつと足音を立て、リサの周囲を歩き回る。少女の身体のそこかしこに鞭を軽くあてがいながら。

「頑張ってほしいのはやまやまなんだけどぉ。あんまり頑張り過ぎるのもどうかなぁ。あたしとしては、おすすめしないわぁ。まあ、これ使う前に、あんなことやこんなこと、するつもりなんだけどぉ」

「…………んぅ」

 喋っている間に服の内側に手が侵入していた。その手を裾から抜くと、バネッサはぺろりと舐めて見せる。そして再び。

「ひうっ」

「あはぁ。すこぉし固くなってるわねぇ」

 それからしばらくの間、天井から吊された革紐が揺れるたび、リサの切なくもどこか甘やかな声が部屋に響いた。

「あたしとしてもぉ、その綺麗なお肌にミミズ腫れとか作っちゃうのはぁ、うふふ。すんごく楽しそうだけどぉ。でも、最後の手段よぉ。そう思ってるのぉ」

 そう告げる銀髪女の目は、少しも笑っていないのだった。


 * * * * * * * * * *


 ユグドール山脈を挟んだ西側――アーカンドル王国から見てユージュ山を越えた土地――に、アーカシサン王国という大国がある。国土面積はスカランジア帝国の三分の一、人口は四分の一だが、それでも大陸第二位の規模を誇る国である。

 スカランジアによるワイバーンの軍事利用について、大陸中に知れ渡るのは時間の問題だろう。

 そうなったとき、アーカシサンはどう動くだろうか。ウメダダ襲撃事件の際に送った親書について、完全無視を決め込んだ王国のひとつなのだ。

 仮にアーカンドル王国とスカランジア帝国との武力衝突が起きたとしても、傍観を決め込む可能性が高い。


「ふむ。少しばかり頭の痛い問題だな」

 特に深刻そうな顔を見せず、ヴァルファズルは王城の執務室で呟いた。

 アーカンドル王国はヴァルファズルが建国した、歴史の浅い小国だ。周辺諸国への影響力はごく小さい。

「うまく立ち回らないと、敵はスカランジア一国では済まなくなる可能性もある」

 アーカシサン王国は国土の四分の一近くを砂漠が占めており、砂漠でも特に支障なく活動できる“土の民”ドワーフ族が多く住み着いている。ドワーフ族の技術力は大陸中でも最高の水準だ。それは、アーカンドル王国土着のドワーフ族を見ても揺るぎない事実である。

 噂によるとアーカシサン王国とドワーフ族との関係は、アーカンドル王国とエルフ族とのそれに近いと言えるほど良好だという。

 特筆すべきこととして、アーカシサン王国では他の国では見たこともないような武器を揃えているらしい。おそらくはドワーフが作った武器であろう。

 ワイバーンを相手にどれだけ通用するかはわからない。しかし、ドワーフの武器で抵抗された時、いかにワイバーンといえども無傷で済むとは考え難い。そのため帝国強しといえど、真っ先にアーカシサンに攻め込むことはないと考えてよい。

「スカランジアが今狙っているのは我々かサーマツ王国。キースの報告を聞く限り、先に狙われているのはサーマツ王国と見て間違いなかろう」

 サーマツ王国が陥落すれば、アーカンドル王国はサルトー・カン王国ともども南北から挟撃される。おそらく、ひとたまりもあるまい。そうなった時、アーカシサン王国がどう動くか全く予測がつかない。あるいは、スカランジア側について一緒にアーカンドル王国を攻撃してくるかもしれない。

 それを見越し、ヴァルファズルは第三王子ピートをサーマツ王国に派遣した。

 しかし、敵の動きはさらに早かったのだ。


 キースの話によると、敵は偵察ごときに三体ものワイバーンを使ったという。控え目に見て、現時点でその倍のワイバーンの訓練が終わっていると見るべきだ。

 グレッグの情報によると、ワイバーンは合計十三体との事。実際にワイバーン・ライダーズに配属されたわけではないグレッグに対し、軍上層部が本当の情報を与えているかどうかの保証はないが、ひとまずワイバーンは十三体だと考えよう。それに加え、使い捨てのバーサーカーが最低でも十六体。おいそれと増やせないワイバーンとは違い、バーサーカーはその性質上、随時増員している可能性がある。

 ただし、バーサーカーは基本的には敵味方の区別なく戦い続ける狂戦士だ。スカランジア正規軍の陸戦部隊と同時に戦場に投入することは有り得ない。

「敵は効果的な陽動作戦を好きなように展開できる。それに対し、我々は戦力の分散を余儀なくされるというわけだ」

 今、このアーカンドルの守りは手薄である。厳しい状況だが、ヴァルファズルはにやりと笑った。

「キースには再びサーマツ王国へ行ってもらおう」

 王の言葉に、老人が応えた。

「やれやれじゃ。わしも再び同じ土俵に乗ってやるのにやぶさかでないが、大木暮らしの気楽さに慣れるとのぅ。この姿で行動するのはなかなかに億劫じゃ」

 白髪白髯の老人はグリズである。

 今、執務室ではこの二人だけで対面しているのだ。

「たしかにキースはもう回復しておるが。サーマツにはピートが行っておるのじゃろう。ならばキースには、リサ救出を任せてやってくれぬか。ファリヤの恩人なのじゃ」

 返事を渋る国王に対し、もう一押しとばかりに老人が告げる。

「なに。キースにはモノケロスがついておる。エマーユとメリク、あとはそうじゃな、グレッグがおればよかろう」

 そんな少人数で、と訝る国王に対し、グリズは首を横に振ってみせた。

「ただの人間ではあやつの催眠術に操られてしまうからの」

「しかし、グリズ殿。ピートには、ワイバーンの攻撃を止める力はありませんぞ」

 その言葉に対しても首を横に振る。

「わしとカールに任せよ。あと、一個旅団を用意できるか? 秘蔵のマジックアイテムをふんだんに用意した。旅団くらいならまとめて移動させられる。向こうにはグライド族もおるでな。戦い方はわしとグライド族の長殿が心得ておる。ひさびさじゃが、ワイバーンどもに目に物見せてやるわい」

「お手を煩わせて申し訳ありません――ラージアンの英雄殿」

 ヴァルファズルはそう言って、グリズに頭を下げた。

「その渾名、お主の息子にくれてやってはどうじゃ。いつまでも『妾腹の王子』では不憫じゃろう」

 そのとき、執務室の外がにわかに騒がしくなった。

「待たんか、キース。父上——陛下の入室許可は、まだ頂いていないのだぞ!」

「それどころじゃないぜ、マーク兄貴! なんなんだこの手紙はっ!」

 その声を聞くや老人は笑みをこぼし、父王は溜息を漏らした。

「親父ぃ!」

 ドアを蹴破るようにしてなだれ込んできたキースに対し、ヴァルファズルは厳かに告げた。

「キース。お前にはリサ救出を命じる。リュウとメリク、エマーユ、グレッグのうち必要な人員を連れて二日以内に救い出せ。成功したらサーマツ王国への派遣を命じる。わかったら急いで行動せよ」

「……は? え?」

 機先を制したのは父王である。キースは勢いを削がれ、間抜けな声を漏らした。

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