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黒色の稲妻

 天空から朗々と『声』が響き渡る。

「楽しんでいただけましたかな、キース殿下、カール卿。メンサム以外はまだ練度が低いだけに、あなた方にとっては物足りなく感じたことでしょうな」

 すぐそこにいるかのようにはっきりと聞こえる声は、ここではないどこか遠くから届いたものだ。

 若さと老成された雰囲気が同居したその声は、ドワーフが磨き上げた薄刃にも似た切れ味と冷たさを孕んでいる。相手の名乗りを待つまでもなく、カールには声の主に見当がついていた。

「貴様、バイラスだな。姿を見せろ」

 紺碧の瞳を細め、黒雲を睨めつける。

「ふふふ、ご存知とは光栄ですなカール卿。あなた方とは同じセイクリッドファイブとして共に切磋琢磨していく間柄ですからね。末永くご昵懇に」

「俺の耳がおかしいのか。『全力で潰し合おう』の聞き間違いだよな」

 キースが割り込んだ。碧眼に冷たい光を宿し、黒雲に視線を突き刺す。

「ははは。期待していますよ。全力を出さざるを得ない程に、この私を追いつめてくださることをね。他の竜騎士を排除するにあたり、あまりに手応えなく終わってしまうようでは興醒めですから。そんなことでは、噂に聞くセイクリッドファイブとしての真の力が手に入るかどうか怪しいものです。少し待っててあげますから、もっと力をつけてくださいな」

 ふと、キースはカールと顔を見合わせた。周囲の様子を探る。

 止まっている。

 メンサムとワイバーンも。チャーリーとキュムラスも。そして、風さえも。

「気付いたようですね。そう、時の流れを緩めております」

 カールは目を限界まで見開いた。黒い稲妻といい時間操作といい、神話に登場する神の力そのものではないか。以前、本で読んだことがある。あれはたしか、白き聖獣の伝説。

 破壊と滅亡の神が使役する複数の巨獣どもを鎮めるため、あるときは黒い稲妻を浴びせて消滅させ、あるときは時を止めて斃した。弱者を護る戦神として語り継がれる巨大狼の姿をした獣神の伝説だ。

「フェンリル、か」

 グライド族の長から聞いた、バイラスが神獣フェンリルの末裔であるという話は本当のことだったのか。それでは、彼はフェンリルとしての力を失うことなく受け継いでいるというのか。

「ご心配なく。これほどの大魔法、いかな私とて年に何回も使えるようなものではございません。あなた方ならば、少しの努力ですぐにでも私や『凍獄』ドレン卿と拮抗するほどまで力をつけてくださるものと信じておりますよ」

 その言い方はまるで、どれだけ力をつけてからかかってきても返り討ちにしてやる、と言わんばかりである。

 キースの瞳の奥で深紅の炎が渦を巻く。

「気に入らない」

「結構。こちらとしては、ドレン卿の意向もあるので少しゆっくりと準備させていただきたく。それまで、そうですな。あなた方のほうでバネッサを始末しておいていただけると助かります。あれは、セイクリッドファイブを名乗る器にあらず。とは言っても、少しはあなた方の修行になるでしょうから」

「聞く道理はないな」

 オレンジ色の炎がキースの全身を覆う。

「バイラスとやら。貴様、何故ドレンに手を貸している?」

「ドレン卿は人間の中で唯一、この私が認めたお方。是非ともこの大陸の頂点に立っていただきたく」

「ほう。セイクリッドファイブ究極の力を求める貴様が言うのか。他の竜騎士全ての排除を目論む貴様が」

 空気を焦がす音を立て、腕一本分の炎のオーラが立ちのぼる。

「お見事。殿下にかかれば、凍結させた時の流れを溶かされてしまいそうです。我が敬愛する凍獄どのにとって、相性のよろしくないお方となりそうですな」

 なにが愉しいのか、しばらく高笑いが響き渡る。

「凍獄どの以外は、そう時間をかけずに始末して差し上げますとも。老い先短いこの私ですが、それでも人間の寿命とは比較にならない余命がある。あなた方には充分に力を付けていただいてからお相手いたしましょう。なに、あなた方のことだ。そう待たされることはありますまい」

 キースの両眼が髪に隠れる。噛み締められた奥歯がぎり、と音を立てた。

「先にあなた方にこの世からご退場いただいた後、凍獄どのの寿命をのんびり待つくらいなら苦になりませんな。尤も——」

 またしても笑い声。先ほどよりはずいぶん抑えた、くつくつと喉に引っかかるような声だ。それでさえ、すぐそばで聞かされているかのように鮮明である。その不快さに、カールは顔をしかめ、キースに至っては額に青筋を立てている。

「大陸制覇。それを達成なさった後、凍獄どのは必ずや次なる野望にお目覚めになることでしょう。私を排除すれば究極の力が手に入ることですし。もちろん、私としてはいつでも喜んでお相手して差し上げる所存です」

「貴様」

 確定した未来のように語る口調からは、ドレン卿の寿命が尽きるまで待つつもりなどないであろうことが伝わってくる。いや、それ以前に。

 こうしてコンタクトをとりながら、その実こちらなど眼中にないとでも言いたげな態度が我慢ならない。その想いを言葉にするまでもなく、キースの身を纏う光はどんどん温度を上昇させてゆく。

「なにせ、現時点でこの私と真の意味で命のやり取りができるのは凍獄どの。魔族でも魔獣でもない、人間であるドレン卿ただお一人ですから」

 強風が吹き荒ぶ。カールの全身が青く発光していた。

 風はキースの前髪を持ち上げる。彼の両眼はオレンジ色に発光していた。

 キースが告げる。

「貴様の存在は危険だ。この大陸に戦乱をもたらす。そうなる前に、その鬱陶しい黒雲ごと焼き払ってやる」

 彼の全身から炎のオーラが噴き上がる。頭上に右腕を掲げると、その手に握る形となって炎の槍が顕現した。

 気合いと共に、黒雲目掛けて投げつける。

「ふふ、人間とは思えぬ魔力ですな。さすがはキース殿下。しかし」

 黒い稲妻が迸り、炎の槍を消し去った。

 今度は両腕を掲げるキース。先ほどに倍する長さの槍が顕現した。

「結果は同じことですぞ」

 投げつけた槍に、青いオーラがまとわりつく。

 カールの気合いと共に、槍は加速して黒雲へ飛んで行った。

 しかし、やはり届くことはない。雲の間近まで飛んだものの、黒い稲妻に相殺されてしまった。

「ほほう。少し驚かされましたな」

 感心したような、しかし全く慌てた様子のないバイラスの声に、キースもカールも舌打ちを漏らす。

「さて、ご挨拶も済んだことですし、今日のところはそろそろお開きということで。では、またいずれ——」

 言い終えるか終えないくらいのタイミングで黒い稲妻が迸る。

 稲妻は二本。キースとカールの視線はそれぞれが『落雷』するであろう場所を逸早く捉え、叫ぶ。

「キュムラス!」

「チャーリー!」

 それぞれ、オレンジ色と青緑色に輝く魔法陣を背負い、モノケロスの角に抱きつくようにして庇う。

「ぐ……うっ!」

 少年たちの苦鳴を合図に、時間の流れが元に戻る。

(莫迦かキース! 人間の分際で魔獣を庇う奴があるか!)

「カール様!?」

 本気で腹を立てているようなキュムラスの『声』と、ほとんど悲鳴のようなチャーリーの肉声がこだました。

(くそ、チャーリー。ここは引くぞ)

 モノケロスたちは知能の高い魔獣であり、鋭い感覚を持つ。バイラスの存在こそ知覚できなかったものの、この一瞬の間でキースたちに何かがあったことはおぼろげに気付いていたのだ。




 それぞれ少年たちを背に乗せたモノケロス二頭が山頂に降りた。

「やれやれ、一足遅かったようじゃな」

 出迎えたのは老人の他、人狼とウォーガという組合せの三人だ。杖を手にした老人、グリズは嘆息した。

 キュムラスからキースを受け取ったのはグレッグだ。

「ありがとう、グレッグ。自分の足で立てる」

「おっと」

 しかし、一人で立とうとしたキースはふらついてしまい、グレッグに肩を貸してもらう格好となった。

 一方、カールはチャーリーの背から飛び降りる。

「俺は平気——」

「じゃないよね」

 結局、ふらつくカールをギムレイが支えた。

「〈ドレインサンダー〉か。あれは鬱陶しい魔法じゃ」

 グリズは語る。百年前に見たことがあるという、バイラスの魔法について。

 それによると、黒い稲妻は、それを当てた対象を即死させるような魔法ではないようだ。どこか別の場所へ移動させる他、一時的に対象の魔力や体力を吸い取って己の力とする使い方もあるという。

「時間を止めたり、遠距離から声を届けたり、瞬間移動したり。それらが大魔法なのは言うに及ばず。しかし、近距離での〈ドレインサンダー〉ならば、年に数回しか使えないということはあるまいよ。直接対決することがあれば、今後も使ってくることじゃろう」

 キースは地面を殴りつけた。

「じいちゃん、俺悔しいよ。奴を止めたかった。本気で。なのに、全く届かない。次は! 次こそ届かせたい! 奴を止めたいんだ」

「うむ。その前に、まず今はゆっくり休むこと——」

 途中で言葉を切ると、グリズは勢い良く振り向いた。その視線は下方へ——ユージュの森へと向いている。

「これはしまった! ええい、定員オーバーじゃが仕方ない。グレッグ、ギムレイ! 森に戻るぞ、大急ぎじゃ」

 理由を尋ねるキースとカールをその場に残し、グリズは〈白竜の門扉〉を起動した。そのまま魔物二頭を連れ、森へと戻っていく。

「何かあったみたいだな、兄貴」

「ああ。休んでる場合じゃなさそうだ」

「カール様、お乗りください」

 すかさずチャーリーが声をかける。

(仕方ねえな、ほら乗れよキース。さっき庇ってもらったからな)

 キースの顔の横に鼻先を突き出し、キュムラスもそれに続く。

「悪い、頼んだ」

 馬上の人となった少年たちは、一足遅れてユージュの森を目指した。

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