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業炎の眷族

 水平に振り抜かれた軌跡を辿り、赤い輝きが揺らめく。炎の魔法剣が熱量を増し、湿った空気を薙ぐ。

 背後からキースめがけて突きかかろうとした半魚人だったが、その爪を弾かれて身体を開いた。

 キースはいま、両手に一本ずつ炎剣を握っている。

 左の剣で背後からの攻撃を凌ぐと同時に、右の剣で正面の敵を牽制した。

 しかし、三匹目は執拗に背後を狙い、キースの死角へと移動する。その敵が爪を突き立てるべく腕を振り上げた。

 重い打撃音。

 体をくの字に折り曲げて宙を舞うのは半魚人だ。炎の二刀流剣士が蹴りを放ったのだ。

 彼は流れる動作で次の攻撃に移る。蹴り上げた足を伸ばしたまま姿勢を低くし、勢い良く身体を回転させた。

 体重の乗った足払いで敵の一匹を転倒させ、もう一匹に対しては二本の炎剣で足元を薙ぐ。

 足払いは首尾よく決まったものの、剣での攻撃は躱された。

 一対多数の戦闘経験が浅い者ほど、己の攻撃が決まっている間は一種の欲にとりつかれることが多い。手が届く敵全てにダメージを与えることに意識が向いてしまうのだ。

 キースもその例に漏れず、剣を躱した相手を追撃するため身体を起こしてしまった。

 ある種の興奮状態にある彼は、平常時に近い平衡感覚の下で戦闘を行っている。だが、船酔いの影響から完全に解放されたわけではないのだ。体捌きの微妙なブレは、攻撃にしろ防御にしろ彼の体術から鋭さを奪っていたのである。

「ほいっ」

 バネッサはにやにやしながらキースの動きを注目していたのだ。ここぞというタイミングで船を揺らす。

 キースは足をもつれさせかけたが、なんとか踏みとどまる。しかし、戦闘中の挙動としては大きな隙となる。

 それは半魚人にとっての好機。キースの目が敵の爪先を捉えたとき、それはすでに己の腹に吸い込まれるように命中する瞬間であった。

「ぐっ――」

 自ら真後ろに飛び、威力の相殺を目論む。

「――――――――っ」

 そこには敵が待ち構えていた。利き腕の右上腕部を浅く抉られ、血飛沫が舞う。

「らあっ!」

 カウンター気味に応戦。投擲の動作なしで炎剣を投げつけた。剣はキースの手を離れ、それ自体が意志を持つかのように宙を飛ぶ。

 勢い良く水分が蒸発する音とともに化け物の断末魔が上がる。

 爪を振り抜いて前傾姿勢となっていた半魚人の頭蓋を、炎剣が灼いたのだ。

 息つく間もなく、半魚人は倒れた仲間を文字通り踏み越えて殺到する。

「ぐああぁ!」

 いま抉られたばかりの腕を殴りつけられた。歯を食いしばり、かろうじて蹴り飛ばすことで難を逃れる。

 反撃しようと左手の剣を構えた刹那、キースは背にプレッシャーを感じた。

 横っ飛びに転がると、視界の端を半魚人の爪が過る。

 脇腹に鋭い痛み。今日何度目かの苦鳴が漏れる。

 かすり傷だ。頭でそう理解してはいるが、飛び散る血飛沫に肝が冷える。

 ――こいつら、強い。

 いや、自分が弱いだけか。船酔いは理由にならない。運も勝敗を左右する一つの要素に過ぎないのだ。

 このままでは勝てない。負けてしまうのか。

 心臓の鼓動が早鐘を打つ。

 何が何でも勝ちたい、などとは思っていない。自分は『王室の余り物』、失うものなどない妾腹の王子だ。

 だが、負けたらどうなる。

 細腕で魔法戦士を支え続けるスーチェに顔向けできない。

 リサとグレッグを守れない。ファリヤを守れない。

 自分の勝敗に国家の存続がかかっているわけじゃない。

 だから別に勝てなくても構わない。だが。

 目の前の、手が届くところにいるかけがえのない人たちだけは。


 ——負けたくない!


 キースは右腕の傷口を舐めた。心臓の鼓動が少しずつ落ち着いて行く。

 気ばかり焦って失念していた。彼の体に流れるその血液こそ、セイクリッドファイブの証たる『グラウバーナ』なのだ。

「エマーユっ!」

「はい、キース。あたしはいつだってあなたのそばにいるわよ。もっと頼って」

 頼もしい声がキースの耳に届く。

 彼女らを襲う半魚人も三匹、しかしエマーユとリサの連携は息の合ったもので、鉄壁の守りとなってファリヤの無事を確保していた。

「其は我が分身にして竜王の眷族なり」

「させないよっ!」

 バネッサが船を揺らすが、キースは構わず詠唱を続ける。

「闇を焼き尽くす業炎の一部なり!」

 オレンジ色の光がエマーユの周囲に集まった。

 目映い光に半魚人たちは狼狽え、バネッサでさえ目を覆う。

 光がおさまったとき、そこには『フレイムエルフ』が立っていた。前回の変化とは微妙に違い、今回はエマーユの髪がオレンジ色に染まっただけだ。

 だが、魔力の波動を感じられる魔族たちは一様に驚いた様子だ。

 変身したエマーユの魔力は爆発的に上がっているのだ。

「全く、理解できないね。せっかくの力をどうして他人に分け与えるんだいこのガキは。船酔い程度で全力出せなくなるのもそのせいなんだろう」

 腰に手を当てて呆れた様子で言うバネッサは、エマーユの変身を見ても余裕綽々だ。

「バネッサには一生理解できないさ。お前は大きすぎる力をささえる柱がたったの一本。俺たちは三本だ。そう簡単には折れないぜ」

「くだらないくだらない。いま殺すすぐ殺す。おい船長。まずそこの鎧のメスガキを落とせ」

 船長と操舵手はスーチェの身体に手を伸ばし——

「おい何してる、おまえら」

——さらにその先、舳先から下へと身を乗り出して、スーチェから魔法戦士を引き受けるとあっという間に彼の身体を引き上げた。

 一瞬だけ思案顔をしたバネッサだったが、目を見開いてエマーユへと振り向く。睨みつけ、告げる。

「おまえ、何かしやがったな」

「何も。自然な状態に戻しただけよ」

 催眠術の解除。それをエマーユは、呪文の詠唱も精神集中も何もなく、まるで呼吸をするかのようにやってのけたのだ。

 さらには。彼女はその場に立ったまま、掌を半魚人たちに向ける。

 ただそれだけで、あるものは吹っ飛ばされ、あるものは自らの意志により、それぞれ湖へ飛び込んでしまった。

「詰みだ、バネッサ。負けを認めろ」

「…………」

 静かに言い放つキースに対し、人魔ハーフの女は長い沈黙とともに睨む視線を突き刺すのであった。

 いまだ降り止まぬ雨は、そんな彼らを濡らし続けている。

 ふと、バネッサの口許が笑いの形に歪んだ。そして、告げる。

「……これで勝ったとでも思っているのか?」

 派手な稲光が甲板を照らし、バネッサの顔面に濃い陰影を落とす。

 一際大きな雷鳴が轟いた。

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